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14 行かないで
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《side:ブライアン》
港町で兄上に遭遇してから、俺はずっと不安で仕方がない。
気付かれない内にアイリスを遠ざけようとしたが、焦り過ぎて失敗した。
振り返ったアイリスは、兄上とバッチリ目が合っていた。
長年一緒に居た相手だ。
あの状況で、彼女が兄上に気付かない訳がない。
だが、アイリスはその話題に触れない。
だから、俺も触れない。
触れるのが、怖い。
もしも彼女が兄上の元に戻りたいと言ったら・・・・・・。
しかし、兄上はリネットといるのだから、アイリスが望んだだけでは元には戻れないだろう。
だから、きっと大丈夫。
そう言い聞かせて、なんとかギリギリで冷静さを保っていたのだが───。
ある日、外出から帰宅すると、タウンハウスの空気が重苦しくなっていた。
使用人達もアイリスも疲弊した表情をしている。
一体何があったのだろう?
「どうしました?何かありましたか?」
「話せば長くなるから、夕食の後にお茶でも飲みながらお話ししましょう」
いつもと違う、貼り付けた様な妻の笑みに妙な胸騒ぎがした。
「今日の昼間、リネット様がいきなり私を訪ねて来たの」
アイリスの言葉に驚いて、口に入れたばかりのお茶を吹きそうになった。
───は?
なんでリネットがアイリスに会いに来るんだ?
あの女の性格からして、吉報を持って来たとは思えない。
嫌な予感しかしない。
「大丈夫でしたか?
何か酷い事をされたり、言われたりしませんでした?」
「酷い事・・・。
何をもって酷いと定義するかは分からないけど、勝手な事は言ってたわね。
貴方と離婚して欲しいそうよ」
「はぁっっ!?」
「リネット様は、子爵家に戻られているんですって」
アルバーン子爵家からは何の連絡も来てないぞ。
いつの間に戻っていたんだ?
・・・・・・ちょっと待て。
じゃあ、兄上とリネットは別れたって事か!?
だからリネットは今頃になって、俺の妻の座を狙ってる?
それなら、兄上も戻って来る可能性があるのかも知れない。
もしも、兄上によりを戻したいと言われたら・・・
アイリスは、頬を染めて頷くのだろうか。
かつて仲の良い婚約者同士だった頃の、二人の姿が頭をよぎる。
自分の心臓の音がドクドクと煩く響いて、目の前が一瞬真っ暗になった。
「だから、もし、貴方が・・・」
「嫌だっっ!!!」
「えっ?」
気付いた時には、立ち上がって叫んでいた。
なりふり構ってなんかいられない。
絶対に別れない。
別れてなんか、やらない。
「無理です!
今更貴女と離れるなんて・・・!
あの男に返すなんて・・・、出来る訳がない」
「あの男って・・・、チャールズの事?」
「好きです、アイリス。
お願いだから、どこへも行かないで・・・・・・」
彼女の肩を掴んで懇願する俺の手に、ゆっくりと小さな白い手が重ねられた。
彼女が小さく息を吐く。
「良かった・・・。
ブライアンが離婚したいって言ったら、どうしようかと思った」
そう呟いた彼女は、ホッとした様に微かに笑った。
(彼女も婚姻の継続を希望してくれている、のか・・・?)
信じられない思いで、暫く呆然としてしまった。
「ブライアン?」
呼び掛けられて我に帰ると、歓喜と共に、急に羞恥も込み上げて来る。
ああ、なんてみっともない。
駄々を捏ねる子供みたいじゃないか。
ただでさえ、俺の方が年下なのに。
「済みません・・・。
取り乱したりして・・・・・・。
でも、貴女は良いのですか?
リネットが戻って来たって事は、兄上と彼女は別れたんですよね?
貴女は兄上の事を・・・・・・」
「チャールズの事?
そんなのもういいのよ。
私が生涯をかけて愛するって誓ったのは、貴方だもの」
サラッと言い切った彼女からは、兄上への未練なんて微塵も感じられなかった。
───だけど・・・・・・・・・。
「・・・俺、見てしまったんです。
兄上との思い出の品を、アイリスが大事に持っているのを」
「思い出の品?」
「この前封筒を貰った時に、うっかり間違えて反対側の引き出しを開けてしまって・・・。
決してわざとでは無いのですが、済みませんでした。
そこに手紙と指輪が・・・」
勝手に引き出しを開けた事への罪悪感が込み上げ、俯いた顔が上げられない。
アイリスは怒っているだろうか?
だが、彼女は予想に反してフフッと笑った。
「ああ、それであの時、様子がおかしかったのね。
ちょっと待ってて」
そう言い残すと部屋を出て行く。
暫くして戻って来た彼女の手の中には、俺があの日見てしまった封筒と指輪のケースがあった。
港町で兄上に遭遇してから、俺はずっと不安で仕方がない。
気付かれない内にアイリスを遠ざけようとしたが、焦り過ぎて失敗した。
振り返ったアイリスは、兄上とバッチリ目が合っていた。
長年一緒に居た相手だ。
あの状況で、彼女が兄上に気付かない訳がない。
だが、アイリスはその話題に触れない。
だから、俺も触れない。
触れるのが、怖い。
もしも彼女が兄上の元に戻りたいと言ったら・・・・・・。
しかし、兄上はリネットといるのだから、アイリスが望んだだけでは元には戻れないだろう。
だから、きっと大丈夫。
そう言い聞かせて、なんとかギリギリで冷静さを保っていたのだが───。
ある日、外出から帰宅すると、タウンハウスの空気が重苦しくなっていた。
使用人達もアイリスも疲弊した表情をしている。
一体何があったのだろう?
「どうしました?何かありましたか?」
「話せば長くなるから、夕食の後にお茶でも飲みながらお話ししましょう」
いつもと違う、貼り付けた様な妻の笑みに妙な胸騒ぎがした。
「今日の昼間、リネット様がいきなり私を訪ねて来たの」
アイリスの言葉に驚いて、口に入れたばかりのお茶を吹きそうになった。
───は?
なんでリネットがアイリスに会いに来るんだ?
あの女の性格からして、吉報を持って来たとは思えない。
嫌な予感しかしない。
「大丈夫でしたか?
何か酷い事をされたり、言われたりしませんでした?」
「酷い事・・・。
何をもって酷いと定義するかは分からないけど、勝手な事は言ってたわね。
貴方と離婚して欲しいそうよ」
「はぁっっ!?」
「リネット様は、子爵家に戻られているんですって」
アルバーン子爵家からは何の連絡も来てないぞ。
いつの間に戻っていたんだ?
・・・・・・ちょっと待て。
じゃあ、兄上とリネットは別れたって事か!?
だからリネットは今頃になって、俺の妻の座を狙ってる?
それなら、兄上も戻って来る可能性があるのかも知れない。
もしも、兄上によりを戻したいと言われたら・・・
アイリスは、頬を染めて頷くのだろうか。
かつて仲の良い婚約者同士だった頃の、二人の姿が頭をよぎる。
自分の心臓の音がドクドクと煩く響いて、目の前が一瞬真っ暗になった。
「だから、もし、貴方が・・・」
「嫌だっっ!!!」
「えっ?」
気付いた時には、立ち上がって叫んでいた。
なりふり構ってなんかいられない。
絶対に別れない。
別れてなんか、やらない。
「無理です!
今更貴女と離れるなんて・・・!
あの男に返すなんて・・・、出来る訳がない」
「あの男って・・・、チャールズの事?」
「好きです、アイリス。
お願いだから、どこへも行かないで・・・・・・」
彼女の肩を掴んで懇願する俺の手に、ゆっくりと小さな白い手が重ねられた。
彼女が小さく息を吐く。
「良かった・・・。
ブライアンが離婚したいって言ったら、どうしようかと思った」
そう呟いた彼女は、ホッとした様に微かに笑った。
(彼女も婚姻の継続を希望してくれている、のか・・・?)
信じられない思いで、暫く呆然としてしまった。
「ブライアン?」
呼び掛けられて我に帰ると、歓喜と共に、急に羞恥も込み上げて来る。
ああ、なんてみっともない。
駄々を捏ねる子供みたいじゃないか。
ただでさえ、俺の方が年下なのに。
「済みません・・・。
取り乱したりして・・・・・・。
でも、貴女は良いのですか?
リネットが戻って来たって事は、兄上と彼女は別れたんですよね?
貴女は兄上の事を・・・・・・」
「チャールズの事?
そんなのもういいのよ。
私が生涯をかけて愛するって誓ったのは、貴方だもの」
サラッと言い切った彼女からは、兄上への未練なんて微塵も感じられなかった。
───だけど・・・・・・・・・。
「・・・俺、見てしまったんです。
兄上との思い出の品を、アイリスが大事に持っているのを」
「思い出の品?」
「この前封筒を貰った時に、うっかり間違えて反対側の引き出しを開けてしまって・・・。
決してわざとでは無いのですが、済みませんでした。
そこに手紙と指輪が・・・」
勝手に引き出しを開けた事への罪悪感が込み上げ、俯いた顔が上げられない。
アイリスは怒っているだろうか?
だが、彼女は予想に反してフフッと笑った。
「ああ、それであの時、様子がおかしかったのね。
ちょっと待ってて」
そう言い残すと部屋を出て行く。
暫くして戻って来た彼女の手の中には、俺があの日見てしまった封筒と指輪のケースがあった。
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