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5 小さな恩返し
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その日、アンジェリーナは公爵夫人の代理として、孤児院に慰問へ向かう為に馬車へと乗り込んだ。
孤児院への慰問は領地に移住してから毎月続けている。
言わばアンジェリーナのライフワークだ。
「今日も、何処か立ち寄られますか?」
振り向いて尋ねる馭者に、少し考えて答える。
「そうね・・・・・・。
手芸店と、本屋に寄って貰えるかしら?
いつも面倒をかけてごめんなさいね」
「いいえ、とんでもないです」
孤児院を訪問する時は、公爵夫人から預かった寄付金と子供達に配る焼き菓子とは別に、アンジェリーナはいつも私財で購入した手土産を持参する。
子供達がそれぞれの才能を伸ばせる様にと、毎回違う物を選んでいた。
今回立ち寄った手芸店では刺繍に必要な道具を購入し、本屋では絵本と文字を練習する為の教材を購入した。
自分を守ってくれている公爵家に恩返しがしたいと、常日頃から考えているアンジェリーナ。
出来る事は少ないけれど、子供達の識字率を上げたり、裁縫や剣術などを身に付けて就職し易くさせる事は、長い目で見れば領地の利益に繋がるはずだと思っていた。
「あー!リーナ様だぁ!」
「いらっしゃーい」
馬車が孤児院の前に停まると、待ち構えていた子供達がわらわらと群がって来た。
この施設の子供達はとても人懐っこくて、訪問者が来るといつも大歓迎なのだ。
「こんにちは。
皆んな、良い子にしていたかし・・・きゃあっ!」
勢い余って飛び付いて来た女の子に、驚いて少しよろけてしまった。
「アン・・・・・・リーナ様、大丈夫ですか?」
護衛がそっとアンジェリーナの背を支える。
彼は、ついアンジェリーナの本名で呼び掛けようとしてしまったのを、慌てて言い直した。
別に隠している訳ではないが、萎縮させない様に、子供達には王女である事をわざわざ伝えたりはしない。
だから、ここでは『リーナ』と名乗っているのだ。
「ええ、大丈夫。
急だったから少しビックリしただけよ。
さあ、先ずは院長先生にご挨拶をして来ますから、皆んなはお教室でちょっとだけ待っててね」
「リーナ様、いつも済みません・・・」
子供達の向こうで、院長が困った顔で頭を下げる。
「良いのよ。
元気があるのは素晴らしい事だわ」
院長と事務室へ向かい、寄付金と後でおやつに配る菓子を手渡し、要望や問題点が無いかなどの話を聞いてから、子供達の集まる部屋へ赴く。
扉を開けて中に入ると、興奮が少し落ち着いた子供達は、お行儀良く椅子に座って待っていた。
「お待たせ。
今日も、文字を書く練習をしましょうね。
前回教えた、自分の名前は書けるようになったかしら?」
「「「はーーい」」」
元気良く返事をする子供達に、思わず笑顔になる。
一緒に来た侍女や護衛にも手伝って貰い、全員に文字の勉強をさせた。
暫く勉強した後は、個々の興味を伸ばす時間。
今日買って来た刺繍セットで刺繍の仕方をアンジェリーナに習う子達や、以前差し入れしたクレヨンと画用紙を使いアンジェリーナの侍女と一緒にお絵描きを楽しむ子達、護衛騎士に鍛錬の仕方を教わる子達と様々だ。
「まあ!アルマはとっても手先が器用なのね。
図案も自分で考えたのかしら?
とっても素敵だわ」
アルマと呼ばれた少女の手の中のハンカチには、覚えたての子供にしては見事な仕上がりの薔薇の刺繍が施されていた。
「えへへ。ありがとう。
リーナ様ぁ、アルマは大きくなったら、リーナ様が着ているみたいなキレイなドレスを作る人になりたいの」
「素晴らしい夢ね。
その時は私にもアルマのドレスを売ってくれるかしら?」
「もちろんよ!
リーナ様が私のドレスを着てくれたら最高だわ!
コレ、約束の印にリーナ様にあげるね」
満面の笑みでアルマが差し出したのは、今刺し終えたばかりの刺繍のハンカチだった。
温かな気持ちで帰路に着いたアンジェリーナは、帰りの馬車の中でポケットから先程のハンカチを取り出して、少しだけ糸の始末が未熟な薔薇の刺繍をそっと撫でた。
両親を亡くしたり、棄てられてしまったり、不幸な生い立ちから孤児となってしまった彼等だが、これから先どんな未来を掴むのかは彼等自身の頑張り次第。
そして、孤児も含めて平民達が暮らし易い社会を作るのは、王侯貴族の役割なのだ。
約束の印を胸に抱いて、決意を新たにするアンジェリーナだった。
しかし───。
(アルマ達に会いに行けるのも、あと何回かしらね……)
アンジェリーナが領地で伸び伸びと暮らせるのは、もう僅かな時間だけ。
もうすぐ彼女は学園に入学する年齢なのだ。
それは、再び王都へ戻り、仮初の婚約者と共に生活しなければならない事を意味している。
その事を思うと、先程までの楽しかった気分が急激に萎んで、なんだか重苦しい気持ちになってしまうのだった。
孤児院への慰問は領地に移住してから毎月続けている。
言わばアンジェリーナのライフワークだ。
「今日も、何処か立ち寄られますか?」
振り向いて尋ねる馭者に、少し考えて答える。
「そうね・・・・・・。
手芸店と、本屋に寄って貰えるかしら?
いつも面倒をかけてごめんなさいね」
「いいえ、とんでもないです」
孤児院を訪問する時は、公爵夫人から預かった寄付金と子供達に配る焼き菓子とは別に、アンジェリーナはいつも私財で購入した手土産を持参する。
子供達がそれぞれの才能を伸ばせる様にと、毎回違う物を選んでいた。
今回立ち寄った手芸店では刺繍に必要な道具を購入し、本屋では絵本と文字を練習する為の教材を購入した。
自分を守ってくれている公爵家に恩返しがしたいと、常日頃から考えているアンジェリーナ。
出来る事は少ないけれど、子供達の識字率を上げたり、裁縫や剣術などを身に付けて就職し易くさせる事は、長い目で見れば領地の利益に繋がるはずだと思っていた。
「あー!リーナ様だぁ!」
「いらっしゃーい」
馬車が孤児院の前に停まると、待ち構えていた子供達がわらわらと群がって来た。
この施設の子供達はとても人懐っこくて、訪問者が来るといつも大歓迎なのだ。
「こんにちは。
皆んな、良い子にしていたかし・・・きゃあっ!」
勢い余って飛び付いて来た女の子に、驚いて少しよろけてしまった。
「アン・・・・・・リーナ様、大丈夫ですか?」
護衛がそっとアンジェリーナの背を支える。
彼は、ついアンジェリーナの本名で呼び掛けようとしてしまったのを、慌てて言い直した。
別に隠している訳ではないが、萎縮させない様に、子供達には王女である事をわざわざ伝えたりはしない。
だから、ここでは『リーナ』と名乗っているのだ。
「ええ、大丈夫。
急だったから少しビックリしただけよ。
さあ、先ずは院長先生にご挨拶をして来ますから、皆んなはお教室でちょっとだけ待っててね」
「リーナ様、いつも済みません・・・」
子供達の向こうで、院長が困った顔で頭を下げる。
「良いのよ。
元気があるのは素晴らしい事だわ」
院長と事務室へ向かい、寄付金と後でおやつに配る菓子を手渡し、要望や問題点が無いかなどの話を聞いてから、子供達の集まる部屋へ赴く。
扉を開けて中に入ると、興奮が少し落ち着いた子供達は、お行儀良く椅子に座って待っていた。
「お待たせ。
今日も、文字を書く練習をしましょうね。
前回教えた、自分の名前は書けるようになったかしら?」
「「「はーーい」」」
元気良く返事をする子供達に、思わず笑顔になる。
一緒に来た侍女や護衛にも手伝って貰い、全員に文字の勉強をさせた。
暫く勉強した後は、個々の興味を伸ばす時間。
今日買って来た刺繍セットで刺繍の仕方をアンジェリーナに習う子達や、以前差し入れしたクレヨンと画用紙を使いアンジェリーナの侍女と一緒にお絵描きを楽しむ子達、護衛騎士に鍛錬の仕方を教わる子達と様々だ。
「まあ!アルマはとっても手先が器用なのね。
図案も自分で考えたのかしら?
とっても素敵だわ」
アルマと呼ばれた少女の手の中のハンカチには、覚えたての子供にしては見事な仕上がりの薔薇の刺繍が施されていた。
「えへへ。ありがとう。
リーナ様ぁ、アルマは大きくなったら、リーナ様が着ているみたいなキレイなドレスを作る人になりたいの」
「素晴らしい夢ね。
その時は私にもアルマのドレスを売ってくれるかしら?」
「もちろんよ!
リーナ様が私のドレスを着てくれたら最高だわ!
コレ、約束の印にリーナ様にあげるね」
満面の笑みでアルマが差し出したのは、今刺し終えたばかりの刺繍のハンカチだった。
温かな気持ちで帰路に着いたアンジェリーナは、帰りの馬車の中でポケットから先程のハンカチを取り出して、少しだけ糸の始末が未熟な薔薇の刺繍をそっと撫でた。
両親を亡くしたり、棄てられてしまったり、不幸な生い立ちから孤児となってしまった彼等だが、これから先どんな未来を掴むのかは彼等自身の頑張り次第。
そして、孤児も含めて平民達が暮らし易い社会を作るのは、王侯貴族の役割なのだ。
約束の印を胸に抱いて、決意を新たにするアンジェリーナだった。
しかし───。
(アルマ達に会いに行けるのも、あと何回かしらね……)
アンジェリーナが領地で伸び伸びと暮らせるのは、もう僅かな時間だけ。
もうすぐ彼女は学園に入学する年齢なのだ。
それは、再び王都へ戻り、仮初の婚約者と共に生活しなければならない事を意味している。
その事を思うと、先程までの楽しかった気分が急激に萎んで、なんだか重苦しい気持ちになってしまうのだった。
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