【完結】どうか私を思い出さないで

miniko

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3 壊れた未来

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「コーデリア。大人になったら僕と結婚してくれないか?
 僕は君の隣にいる時だけ、素の自分でいられるんだ。
 必ず君を幸せにするから、どうか『イエス』と言ってくれ」

 そんな風にアルバートがプロポーズをしてくれたのは、それから間も無く。
 あの時と同じ丘の上での出来事だった。

 慌てて返事をしようと口を開いたのだけれど、声にならなくて、代わりにポロポロと涙を零しながら、必死になって首を縦に振った。
 アルバートはホッとした様に大きく息を吐くと、ポケットから取り出したクシャクシャのハンカチで、私の頬を少し乱暴に拭ってくれた。

 私と目が合った彼は嬉しそうに微笑んで、私の額にキスをした。

 その日は家に帰ってからも、ずっとフワフワした心地だった。
 眠ってしまうと今日の出来事が夢になってしまう様な気がして、なかなか寝付けなかった。

 それから直ぐに、私達はお互いの両親に、婚約をしたいと告げたのだが……。
 大人達は私達と違って、とても冷静だった。
 六歳の子供の幼い恋など、直ぐに心変わりするのではないかと危惧したのだ。
 とは言え、両家とも子供達を政略結婚の道具にするつもりは無かったので、十歳になっても二人の気持ちが変わらなかったら婚約をさせようと約束してくれた。

 それから四年の月日はあっという間に過ぎて───。
 当然の事ながら、私達の気持ちは変わらなかった。
 ……いや、更に強くなったと言えるかもしれない。
 両家の親達もちょっと呆れた様子で、私達の婚約を認めてくれた。

 私は一人っ子なので、次男のアルバートがエルウッド子爵家に婿入りしてくれる事になった。

 私達は学園に入学すると、仲の良い婚約者同士として注目された。
 倦怠期とは無縁で、常に共に行動していた。

 そして、学園を卒業すると同時に結婚する予定だった。



 状況が変わってしまったのは、私達が最終学年に進級して直ぐの頃だった。



 凶報は突然やって来て、私の穏やかな日常を一瞬で壊したのだ。


 いつも通りに授業を受けていた教室に、慌てた様子の教師が飛び込んで来て、私に耳打ちした。

「コーデリア・エルウッド嬢、落ち着いて聞いてください。
 ご両親の乗った馬車が、事故に遭われたそうです。直ぐに帰宅して、状況を確認しなさい」

「………………はぃ?」

 最初は何を言われているのか理解出来なかった。
 きっと脳が理解するのを拒否していたのだ。
 その内にどんどん指先が冷たくなって来て、視界がぐらりと大きく揺れた。
 倒れそうになった私の背を、隣の席で授業を受けていたアルバートが支えてくれて、なんとか踏みとどまった。
 その後直ぐに、アルバートに付き添われて帰宅した私は、両親が即死だったという事を聞かされたのだ。


 何も手に付かない状態の私を見兼ねて、フェルトン伯爵夫妻が親身になって色々な手配をしてくれた。
 まだ正式にアルバートと婚姻をした訳でも無いのに、親戚の様に私や私の家の事を心配してくれる彼等には、どんなに感謝をしても足りない。

 私はと言えば、実感が湧かなくて涙も出ないまま、気が付いたら葬儀も埋葬も終わっていた様な感じだった。


 アルバートは昼夜問わず常に私に寄り添って、手を繋いでいてくれた。

「コーデリア、ご両親の代わりにはなれないけど、僕がずっと君の側にいるからね」

 彼にそう言われて、やっと涙が出た。

「…ぁぁ……どうしてっ………?
 どうして、死んじゃったのっ?
 酷いよ……、私を残して…二人とも逝っちゃうなんて……うぅぅ……」

「よく我慢したね。もっと泣いて良いんだよ」

 彼は私を抱き締めて、涙が枯れるまでずっと頭を撫でた。


 だけど、運命は残酷で。
 悲劇はこれで終わらなかったのだ。


 両親の葬儀が終わってから、数日後。
 エルウッド子爵家に、令状を持った大勢の王宮騎士が押しかけて来た。

「コーデリア・エルウッド嬢ですね?
 亡くなったご両親に、横領の疑いが掛かっています。
 国王陛下の命により、今から邸を捜索させて頂きます」

「……は?横領?」

 そんな筈は無いという私の訴えは無視され、邸全体の捜索が行われた。
 財務部の父のロッカーから、証拠となる書類が数点見つかったらしい。
 それだけでは証拠が弱い為、邸の捜索が決行されたのだが、その日の捜索では何も見つからなかったようだ。

 あんな実直な父が法を犯すなんて考えられない。
 とは言え、状況的には限りなく黒に近いグレーなのだ。

 このままアルバートとの婚約を続けて婚姻をするとなれば、フェルトン家にまで累が及ぶだろう。


 大好きだった両親は、もう居ない。
 領地も爵位も邸も、このまま嫌疑が晴れなければ、きっと没収となる。
 優しかった使用人の皆んなも、このまま雇い続ける事は難しいだろう。


 私の大切なものは、もうアルバートだけしか残っていないのだ。


 彼には幸せになって欲しい。
 本当は、私の手で彼を幸せにしたかったのだけれど、どうやらそれは出来そうも無い。

 だから、別れを決意した。
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