【完結】どうか私を思い出さないで

miniko

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4 真っ暗森

 アルバートは、私の事が大好きだ。
 決して自惚れでは無い。これは、純然たる事実である。

 だから、別れを切り出しても、きっと素直に応じては貰えないだろう。
 何も言わずに姿を消す事も考えたのだが、そんな事をすれば、きっと彼は私を探し続けてしまう。
 そういう人なのだ。


 どうしたら、彼が私を忘れてくれるのだろうか───。
 そう考えた時、子供の頃に聞いた有名な都市伝説が、ふと頭をよぎった。

『真っ暗森には、人間の願いを叶えてくれる魔女が住んでいる』

 人が持つ魔力が少なくなって久しい昨今。
 豊富な魔力を持って生まれる人間も稀に存在するが、その多くは王宮魔術師となる。
 真っ暗森の魔女とは、その王宮魔術師の比ではない位に強い魔力をその体内に有している、伝説の存在なのだと聞く。
 だが、その魔女が実在するのかどうかは、誰も知らない。

 私は、そんなの馬鹿馬鹿しい迷信だと、ずっと思っていた。
 だけど、今は───。

 藁にもすがる思いで、魔女を探してみようと決意した。



 真っ暗森は、その名の通り、鬱蒼と茂った木々が太陽の光を妨げて、昼間でも真っ暗で不気味な雰囲気の森である。
 私はランプを片手にその森の中へと分け入った。
 かろうじて道だと認識出来るくらいの、雑草が生い茂った獣道を奥へ奥へと進んで行く。

 しばらくすると、一羽の黒ウサギが、どこからともなく私の目の前に現れた。
 ウサギは私の足元をグルリと一周まわると、まるでついて来いとでも言う様に、ピョンピョンと前に進んではチラチラと私を振り返る。

「あなたが案内してくれるの?」

 問い掛けると、ウサギは「そうだ」と言う様にコクコクと頷いた。

『強い願いを持って真っ暗森の魔女に会いに来た者の前には、案内役の黒い動物が現れる。
ただし、邪悪な願いを持った者は、案内役に出会う事が出来ず、いつまでも森を彷徨う事になる』

 都市伝説には、そんな続きがある。

「まさか……本当に?」

 思わず呟いた私の思考を読んだ様に、ウサギは再び頷いた。

 黒ウサギを追いかける事、数分間。
 遠くに青い屋根の小さな家が見えて来た。
 その周りだけ木々が生えておらず、ポッカリとした空間があって、太陽の光が降り注いでいるので、ライトアップされているみたいに家が浮かび上がって見えるのだ。
 急な明るさに、眩しくて目を細めながら、玄関へと近付く。

 すると、私がノックをするより先に、扉が開かれた。

「随分と遅かったね。入りな」

 ぞんざいな口調で招き入れられる。
 私が来るのを予め知っていた様な口振りに驚かされた。

 フード付きの黒いローブを纏った彼女は、歳の頃は二十代前半くらい。
 魔女と言うとシワクチャで鷲鼻の老婆をイメージしていたのだけど、予想外の容姿だったので、なんだか肩透かしを食らった様な気持ちになる。
 本当に、彼女が魔女さんなのだろうか?

 促されて椅子に座ると、目の前のテーブルにマグカップが供された。
 中には茶色の液体がなみなみと注がれている。
 恐々とそのカップを手に取る。

「失礼な子だね!ただの紅茶だよっ」

 思わず匂いを嗅いだ私に、魔女さん(?)は不機嫌そうに言った。

「済みません」

 確かに失礼だった。
 森を歩き回って喉が渇いていたので、有り難く頂く。

「……美味しいです」

「そりゃ良かった。
 それで? お貴族様の娘が、わざわざこんな所まで来るなんて、どんな願いがあるんだい?」

「どうして、私が貴族だと?」

 平民に見える様に質素な麻のワンピースを着て来た私は首を傾げた。

「だってアンタ、微かにだけど魔力を持っているじゃないか。
それに、平民には珍しい金髪だろう」

 今でも、貴族の子供は半分くらいの確率で魔力を持って生まれる。
 私の母は、生活魔法を使える程度の魔力持ちだった。
 残念ながら私の場合は何の役にも立たないくらいに微量なのだけど、一応魔力を持っているらしい。
 国民全員に義務付けられている五歳の時の魔力測定で判明したが、実感した事は一度も無い。

「見ただけで魔力の有無がわかるんですねぇ」

 感心した私に魔女さんは胸を張った。

「アタシを誰だと思ってるんだい?
 伊達に百五十年も生きちゃいないよ」

「はっ? 百五十歳!?」

「何を驚いてるんだい。
 魔女は長命が当たり前なんだよ。
 古の魔女の中には二千年生きた奴もいるってんだから、アタシなんてまだ幼児みたいなもんさね」

「はあ……、成る程」

 こんなに態度の大きい幼児がいるもんか、という言葉が喉まで出そうになったが、グッと飲み込んだ。
 彼女の言う事を何処まで本気にすれば良いのかよく分からないけど、黒ウサギの件もある事だし、世の中にはまだ解明されていない不思議な現象が数多く存在するのかもしれない。

「で?」

「えっ?」

「だからー、願いだよっ!
アタシだって暇じゃ無いんだから」

「ああ、そうでした。済みません」

 私はここへ来るまでの経緯を説明した。

「ふうん。じゃあアンタは、婚約者に自分の事を忘れて欲しいって訳だ」

「はい」

「報酬は?」

 私は持って来たポーチの中から数点のアクセサリーを取り出した。
 私や母の持ち物の中から、高価な物だけを持って来たのだ。

「一応、宝石は本物なので、それなりに価値はあると思います」

「本当は現金の方が良いんだけど……。
 まあ、アンタの境遇なら仕方が無いか。
 世間知らずのお嬢ちゃんが質屋に売りに行ったって、二束三文で買い叩かれるだけだしね」

 魔女さんは私が渡したアクセサリーの中から、ネックレスを二つだけ手に取った。

「今回は特別にコレで手を打ってやる。
 残りは持って帰りな。これから一人で生きて行くなら、金が一番大事だからね」

 真っ暗森の魔女さんは、結構お節介な良い人だ。
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