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8 満たされない心
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《side:アルバート》
何かが欠けている。
少し前から、ずっとその思いが消えない。
でも、何が欠けているのか、自分でも分からないんだ。
大事な家族がいて、学園では友人も多い方だし、勉強も剣術も結構好きだ。
女性にだって、そこそこモテる。
まあ、今の所、特別に興味を惹かれるような相手は居ないけれど。
そんな風に充実した毎日のはずなのに、何故か満たされない。
心の中にポッカリと大きな穴が空いた様な感覚。
でも、その原因が分からない。
「あーあ、こんな時、コーデリア嬢が居れば分かりやすく教えてくれるのに……」
「おいっっ!」
「あ、ヤベっ」
大陸共通語の授業を受けている時、隣に座っていた友人がポツリと呟いたのを、別の友人が慌てた様子で制止する。
(コーデリア? 誰だっけ?)
心当たりは無い。
知らない名前のはずなのに、なんだか胸がザワザワする。
(なんか気になるなぁ。
授業が終わったら、誰の事なのか聞いてみよう)
そう思っていたのに…、結局授業が終わる頃には、その名前さえも、どうしても思い出せなくなっていた。
「なあ、さっきお前が授業中に言っていた女性の名前、何だっけ?」
そう聞いても友人は、
「さあ?何の事だ?」
と、まるで何も言わなかったみたいな反応。
なんだか不自然な感じがして、気持ち悪い。
だけど暫くすると、僕はそんな出来事があった事さえすっかり忘れてしまっていた。
頭の一部に靄がかかったみたいにスッキリしないまま、最後の学園生活を過ごし、僕はなかなかの高成績で卒業した。
(ああ、やっとだ。待ちに待った卒業だ。
……あれ?なんで卒業をそんなに楽しみにしていたんだっけ?)
卒業後の進路には悩んだけど、王宮騎士団の入団試験を受けた。
婿養子に来て欲しいという縁談も、幾つかあったみたいだが、なんだかその気になれなかったので、騎士爵を目指そうと思ったのだ。
両親は僕の結婚を政略に使う気はないから好きにしろって言ってくれたし、好きにさせてもらう事にした。
入団試験には、何とか合格したのだが、この国の王宮騎士団の新人は、二年間、研修と称して様々な場所へ派遣される。
国内の各地を巡って魔獣の討伐をする魔獣対策騎士団や、国境付近の警備や、出入国審査とか輸出入の検問をする港町などが主な赴任地だ。
僕は、とある港街に派遣された。
その街で、僕は運命の出会いを果たす事になる。
仕事の休み時間に昼食を取るため、商店街を歩いていた僕の隣を焦茶色の髪の女性が走り抜けて行った。
少し離れた場所で目当ての人物に追い付いたらしい彼女は、はぁはぁと肩で息をしながら、捕まえた男に金色の懐中時計を差し出す。
声は聞こえなかったが何か一言二言、言葉を交わすと、手を振り合って二人は別れた。
女性が来た道を戻ろうと振り返った時、マロンブラウンの瞳と目が合う。
その瞬間、えも言われぬような多幸感が、僕の胸の中に湧き上がった。
初対面のはずなのに、まるでずっと探していた物がやっと見つかったみたいな、そんな不思議な感覚。
灰色だった世界が、一気に色付いた様な気がした。
彼女は僕の顔を見て、少し驚いた様に目を見開き、直ぐに視線を逸らして何事も無かったかの様に歩き出した。
「あのっ、」
「……何でしょうか?」
「いや、………あの……」
何か言わなきゃと焦って思わず呼び止めたけど、何を言えば良いのか分からない。
彼女は困った様に眉を下げた。
「私、仕事中で忙しいので、用がないなら失礼しますね」
そう言い残してそそくさと去って行った彼女は、『黒猫亭』と看板が掲げられた食堂に入って行った。
「あそこが、彼女の職場なのか?」
何かが欠けている。
少し前から、ずっとその思いが消えない。
でも、何が欠けているのか、自分でも分からないんだ。
大事な家族がいて、学園では友人も多い方だし、勉強も剣術も結構好きだ。
女性にだって、そこそこモテる。
まあ、今の所、特別に興味を惹かれるような相手は居ないけれど。
そんな風に充実した毎日のはずなのに、何故か満たされない。
心の中にポッカリと大きな穴が空いた様な感覚。
でも、その原因が分からない。
「あーあ、こんな時、コーデリア嬢が居れば分かりやすく教えてくれるのに……」
「おいっっ!」
「あ、ヤベっ」
大陸共通語の授業を受けている時、隣に座っていた友人がポツリと呟いたのを、別の友人が慌てた様子で制止する。
(コーデリア? 誰だっけ?)
心当たりは無い。
知らない名前のはずなのに、なんだか胸がザワザワする。
(なんか気になるなぁ。
授業が終わったら、誰の事なのか聞いてみよう)
そう思っていたのに…、結局授業が終わる頃には、その名前さえも、どうしても思い出せなくなっていた。
「なあ、さっきお前が授業中に言っていた女性の名前、何だっけ?」
そう聞いても友人は、
「さあ?何の事だ?」
と、まるで何も言わなかったみたいな反応。
なんだか不自然な感じがして、気持ち悪い。
だけど暫くすると、僕はそんな出来事があった事さえすっかり忘れてしまっていた。
頭の一部に靄がかかったみたいにスッキリしないまま、最後の学園生活を過ごし、僕はなかなかの高成績で卒業した。
(ああ、やっとだ。待ちに待った卒業だ。
……あれ?なんで卒業をそんなに楽しみにしていたんだっけ?)
卒業後の進路には悩んだけど、王宮騎士団の入団試験を受けた。
婿養子に来て欲しいという縁談も、幾つかあったみたいだが、なんだかその気になれなかったので、騎士爵を目指そうと思ったのだ。
両親は僕の結婚を政略に使う気はないから好きにしろって言ってくれたし、好きにさせてもらう事にした。
入団試験には、何とか合格したのだが、この国の王宮騎士団の新人は、二年間、研修と称して様々な場所へ派遣される。
国内の各地を巡って魔獣の討伐をする魔獣対策騎士団や、国境付近の警備や、出入国審査とか輸出入の検問をする港町などが主な赴任地だ。
僕は、とある港街に派遣された。
その街で、僕は運命の出会いを果たす事になる。
仕事の休み時間に昼食を取るため、商店街を歩いていた僕の隣を焦茶色の髪の女性が走り抜けて行った。
少し離れた場所で目当ての人物に追い付いたらしい彼女は、はぁはぁと肩で息をしながら、捕まえた男に金色の懐中時計を差し出す。
声は聞こえなかったが何か一言二言、言葉を交わすと、手を振り合って二人は別れた。
女性が来た道を戻ろうと振り返った時、マロンブラウンの瞳と目が合う。
その瞬間、えも言われぬような多幸感が、僕の胸の中に湧き上がった。
初対面のはずなのに、まるでずっと探していた物がやっと見つかったみたいな、そんな不思議な感覚。
灰色だった世界が、一気に色付いた様な気がした。
彼女は僕の顔を見て、少し驚いた様に目を見開き、直ぐに視線を逸らして何事も無かったかの様に歩き出した。
「あのっ、」
「……何でしょうか?」
「いや、………あの……」
何か言わなきゃと焦って思わず呼び止めたけど、何を言えば良いのか分からない。
彼女は困った様に眉を下げた。
「私、仕事中で忙しいので、用がないなら失礼しますね」
そう言い残してそそくさと去って行った彼女は、『黒猫亭』と看板が掲げられた食堂に入って行った。
「あそこが、彼女の職場なのか?」
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