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9 何故こうなった?

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「ケイティ、間に合ったか?」

「……へっ?」

 厨房からリッキーさんがひょっこり顔を出して問い掛けるけれど、思わぬ再会に未だに動揺が続いている私は、何を言われたのかピンと来ない。

「いや、お客さんの忘れ物持って飛び出しただろ?
 追い付いたのかって聞いてんの」

「あ、あぁ。すぐに追い付きました」

「良かったな。
 でも大丈夫か? ちょっとボーッとしてるみたいだけど。
 なんか心配事でもあるのか?」

「いえ、何でもないです」

「そうか? なら良いが……」

 心配そうに私の顔を覗き込んだリッキーさんに笑顔で大丈夫だと答えると、彼は少し訝しげな顔をしながらも店の奥へと戻って行った。

 まだ心臓がバクバクとうるさいけど、サッサと気持ちを切り替えて、今は仕事に集中しなくちゃ……。

 アルバートは何故か私に声を掛けて来たけど、名前も呼ばれなかったし、捕まえようとしていた訳ではなさそうだ。
 まだ私を思い出してはいないはず。
 きっと大丈夫よ。

 きっと───。


 そんな願いも虚しく。
 翌日の昼時、懐かしい青銀髪の彼は、客として黒猫亭にやって来たのだった。


「いらっしゃいま───っ!?」

 カランカランと鳴るドアベルの音に振り返ると、蕩ける様な笑みをたたえた彼が、入り口に立っていた。
 店内のお客さんが彼に注目している。
 彼の髪や瞳の色は平民街ではあまり見かけないし、何より佇まいが上品なのだ。
 そんな彼が、大衆食堂に入って来たのが珍しいのだろう。

「……」

「……」

「……昼食を取りたいのだが、良いだろうか」

 目が合った瞬間、何も言わずに固まってしまった私に、少し困ったみたいな様子で彼は尋ねた。
 ずっと聞きたかった彼の声なのに、嬉しさよりも困惑の方が大きい。
 彼が記憶を失ったまま、こんな風に再会してしまう事は、想定していなかったのだ。

「あっ、ハイ。済みません。お一人様ですか?」

「ああ」

「では、カウンターの空いているお席へどうぞ」

 着席した彼の目の前にお水とメニューを提供しながら、私の頭の中には沢山の疑問符がグルグルと回っていた。

(えっ? なんで?
 どうして彼がここにいるの?)

「ケイティ!日替わりランチAあがったぞ」

 ハワードくんの声に我に返った私は、意識を仕事に戻す。

「お待たせしました、日替わりランチAです」

 アルバートの隣の席のお客さんに食事を運んだ時、こちらを見ていた彼と目が合った。
 また私の心臓が、猛スピードでドクドクと動き出す。

「こっちも注文、良いかい?」

「……はい、お伺いします」

 そうだよね、注文のタイミングを伺ってただけだよね?
 別に、私が気になってこっちを見ていた訳ではないのに、自意識過剰にもほどがある。

「今日の日替わりは何かな?」

「今日は、Aセットはミックスフライがメイン。
 Bセットは鹿肉のソテーがメインで、どちらもバケットとポタージュスープが付きます」

「じゃあ、Bセットを頼むよ、ケイティ」

 おそらく、さっきハワードくんが私を呼んだのを聞いていたのだろう。
 名乗ってもいないのに、さりげなく彼に偽名を呼ばれて、思わず肩がビクッと跳ねた。
責められている様な気持ちに勝手になってしまい罪悪感が胸に広がるけれど、彼は屈託のない笑みを浮かべている。

 当たり前だ。
 だって、彼は私を覚えていないのだから。
 責めたりなんか、する理由が無い。

「日替わりランチBをお一つですね。少々お待ち下さい」

 私も笑顔を浮かべたつもりだけど、頬が引き攣っていたかもしれない。



「日替わりランチB、お待たせしました」

「いただきます」

 アルバートは優雅な所作で肉を小さく切り分けると口に運んだ。
 その瞳が嬉しそうに輝く。
 そう言えば、彼は鹿肉が好物だった。

「とても美味いな。絶妙な焼き加減だ」

 ポツリと漏らされた呟きが、隣に座っていた常連さんの耳に入ったらしい。

「兄ちゃん、なかなか良い舌持ってるじゃねぇか!」

 お気に入りの店の味を褒められて嬉しかったのか、ご機嫌でアルバートの背中をバシバシと叩く。
 私はその光景にちょっとオロオロしたけど、アルバートも嬉しそうに見えたので放って置いた。



 その日から彼は、なんと毎日、黒猫亭に通う様になってしまったのだった。
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