【完結】どうか私を思い出さないで

miniko

文字の大きさ
9 / 23

9 何故こうなった?

「ケイティ、間に合ったか?」

「……へっ?」

 厨房からリッキーさんがひょっこり顔を出して問い掛けるけれど、思わぬ再会に未だに動揺が続いている私は、何を言われたのかピンと来ない。

「いや、お客さんの忘れ物持って飛び出しただろ?
 追い付いたのかって聞いてんの」

「あ、あぁ。すぐに追い付きました」

「良かったな。
 でも大丈夫か? ちょっとボーッとしてるみたいだけど。
 なんか心配事でもあるのか?」

「いえ、何でもないです」

「そうか? なら良いが……」

 心配そうに私の顔を覗き込んだリッキーさんに笑顔で大丈夫だと答えると、彼は少し訝しげな顔をしながらも店の奥へと戻って行った。

 まだ心臓がバクバクとうるさいけど、サッサと気持ちを切り替えて、今は仕事に集中しなくちゃ……。

 アルバートは何故か私に声を掛けて来たけど、名前も呼ばれなかったし、捕まえようとしていた訳ではなさそうだ。
 まだ私を思い出してはいないはず。
 きっと大丈夫よ。

 きっと───。


 そんな願いも虚しく。
 翌日の昼時、懐かしい青銀髪の彼は、客として黒猫亭にやって来たのだった。


「いらっしゃいま───っ!?」

 カランカランと鳴るドアベルの音に振り返ると、蕩ける様な笑みをたたえた彼が、入り口に立っていた。
 店内のお客さんが彼に注目している。
 彼の髪や瞳の色は平民街ではあまり見かけないし、何より佇まいが上品なのだ。
 そんな彼が、大衆食堂に入って来たのが珍しいのだろう。

「……」

「……」

「……昼食を取りたいのだが、良いだろうか」

 目が合った瞬間、何も言わずに固まってしまった私に、少し困ったみたいな様子で彼は尋ねた。
 ずっと聞きたかった彼の声なのに、嬉しさよりも困惑の方が大きい。
 彼が記憶を失ったまま、こんな風に再会してしまう事は、想定していなかったのだ。

「あっ、ハイ。済みません。お一人様ですか?」

「ああ」

「では、カウンターの空いているお席へどうぞ」

 着席した彼の目の前にお水とメニューを提供しながら、私の頭の中には沢山の疑問符がグルグルと回っていた。

(えっ? なんで?
 どうして彼がここにいるの?)

「ケイティ!日替わりランチAあがったぞ」

 ハワードくんの声に我に返った私は、意識を仕事に戻す。

「お待たせしました、日替わりランチAです」

 アルバートの隣の席のお客さんに食事を運んだ時、こちらを見ていた彼と目が合った。
 また私の心臓が、猛スピードでドクドクと動き出す。

「こっちも注文、良いかい?」

「……はい、お伺いします」

 そうだよね、注文のタイミングを伺ってただけだよね?
 別に、私が気になってこっちを見ていた訳ではないのに、自意識過剰にもほどがある。

「今日の日替わりは何かな?」

「今日は、Aセットはミックスフライがメイン。
 Bセットは鹿肉のソテーがメインで、どちらもバケットとポタージュスープが付きます」

「じゃあ、Bセットを頼むよ、ケイティ」

 おそらく、さっきハワードくんが私を呼んだのを聞いていたのだろう。
 名乗ってもいないのに、さりげなく彼に偽名を呼ばれて、思わず肩がビクッと跳ねた。
責められている様な気持ちに勝手になってしまい罪悪感が胸に広がるけれど、彼は屈託のない笑みを浮かべている。

 当たり前だ。
 だって、彼は私を覚えていないのだから。
 責めたりなんか、する理由が無い。

「日替わりランチBをお一つですね。少々お待ち下さい」

 私も笑顔を浮かべたつもりだけど、頬が引き攣っていたかもしれない。



「日替わりランチB、お待たせしました」

「いただきます」

 アルバートは優雅な所作で肉を小さく切り分けると口に運んだ。
 その瞳が嬉しそうに輝く。
 そう言えば、彼は鹿肉が好物だった。

「とても美味いな。絶妙な焼き加減だ」

 ポツリと漏らされた呟きが、隣に座っていた常連さんの耳に入ったらしい。

「兄ちゃん、なかなか良い舌持ってるじゃねぇか!」

 お気に入りの店の味を褒められて嬉しかったのか、ご機嫌でアルバートの背中をバシバシと叩く。
 私はその光景にちょっとオロオロしたけど、アルバートも嬉しそうに見えたので放って置いた。



 その日から彼は、なんと毎日、黒猫亭に通う様になってしまったのだった。
感想 16

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

【完結】今さら執着されても困ります

リリー
恋愛
「これから先も、俺が愛するのは彼女だけだ。君と結婚してからも、彼女を手放す気はない」 婚約者・リアムが寝室に連れ込んでいたのは、見知らぬ美しい女だった―― アンドレセン公爵令嬢のユリアナは、「呪われた子」として忌み嫌われながらも、政略結婚によりクロシェード公爵家の嫡男・リアムと婚約し、彼の屋敷に移り住んだ。 いつか家族になれると信じて献身的に尽くすが、リアムの隣にはいつも、彼の幼馴染であり愛人のアリスがいた。 蔑まれ、無視され、愛人の引き立て役として扱われる日々。 ある舞踏会の日、衆前で辱めを受けたユリアナの中で、何かがプツリと切れる。 「わかりました。もう、愛される努力はやめにします」 ユリアナがリアムへの関心を捨て、心を閉ざしたその夜。彼女は庭園で、謎めいた美しい青年・フィンレイと出会う。 彼との出会いが、凍りついていたユリアナの人生を劇的に変えていく。 一方、急に素っ気なくなったユリアナに、リアムは焦りと歪んだ執着を抱き始める。 ・全体的に暗い内容です。 ・注意喚起を含む章は※を付けています。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

賭けで付き合った2人の結末は…

しあ
恋愛
遊び人な先輩に告白されて、3ヶ月お付き合いすることになったけど、最終日に初めて私からデートに誘ったのに先輩はいつも通りドタキャン。 それどころか、可愛い女の子と腕を組んで幸せそうにデートしている所を発見してしまう。 どうせ3ヶ月って期間付き関係だったもんね。 仕方ない…仕方ないのはわかっているけど涙が止まらない。 涙を拭いたティッシュを芽生え始めた恋心と共にゴミ箱に捨てる。 捨てたはずなのに、どうして先輩とよく遭遇しそうになるんですか…?とりあえず、全力で避けます。 ※魔法が使える世界ですが、文明はとても進んでとても現代的な設定です。スマホとか出てきます。

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された

夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。 それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。 ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。 設定ゆるゆる全3話のショートです。

婚約解消したはずなのに、元婚約者が嫉妬心剥き出しで怖いのですが……

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のフローラと侯爵令息のカルロス。二人は恋愛感情から婚約をしたのだったが……。 カルロスは隣国の侯爵令嬢と婚約をするとのことで、フローラに別れて欲しいと告げる。 国益を考えれば確かに頷ける行為だ。フローラはカルロスとの婚約解消を受け入れることにした。 さて、悲しみのフローラは幼馴染のグラン伯爵令息と婚約を考える仲になっていくのだが……。 なぜかカルロスの妨害が入るのだった……えっ、どういうこと? フローラとグランは全く意味が分からず対処する羽目になってしまう。 「お願いだから、邪魔しないでもらえませんか?」