【完結】どうか私を思い出さないで

miniko

文字の大きさ
15 / 23

15 ペンダント

しおりを挟む
 昼時の混雑がひと段落ついて、私は二階の休憩室で遅めの昼食を取りながら、今迄の事を考えていた。



 結局、あれから私はアルバートの強い想いに負けて、婚約者に戻る事にした。
 ……と、言うよりも、フェルトン伯爵夫妻は、なんと私達の婚約破棄の書類を未だに提出していなかったのだ。
 つまり、私達はずっと婚約者のままだった。

 事件は解決したものの、まだ完全に名誉が回復したわけでもなく、貴族位も返上してしまった私では到底相応しく無いと思ったりもしたのだが……。

 父にとって、マクダウェル侯爵よりも更に上の上司だった財務大臣のアルドリッジ公爵が、エルウッド家に起こった悲劇に対して責任を感じてくれたらしく、色々と助力して下さった結果、王家に返上した子爵位と領地を取り戻せる事になった。
 更にマクダウェル侯爵家から没収した領地の一部も頂けるとの事。

 エルウッド家にかけられた嫌疑が冤罪であった事も、アルドリッジ公爵家ゆかりの方々が積極的に社交界に広めてくれている。

 それでも、一度失踪した令嬢なんて、きっと良くない噂を流される。
 そんな私が、彼のそばに居て良いのだろうか……と、いつまでもウジウジと考えていた私に、フェルトン伯爵夫妻は『貴女がアルバートと結婚したいかどうかだけを考えなさい』と言ってくれた。
 その言葉に漸く彼の想いを受け入れようと決心出来たのだ。


 ただ、騎士としての仕事を続けたい意向のアルバートは、この港町での任期がまだ一年残っており、それが終わるまでは二人とも今のままの生活を続ける方針だ。

 リッキーさん夫婦とハワードくんには私の素性を明かして、一年後に退職する事を伝えた。
 だが、お客さん達が混乱するだろうから、今でも店ではケイティと名乗っている。


 しかし……、マクダウェル侯爵は何故、毎晩悪夢を見たのだろうか?
 私の両親を殺した罪悪感からか?
 いや、横領の罪を部下に押し付けて殺す様な人間に、罪悪感があるとは思えない。
 では、悲劇の死を遂げた両親の魂が、侯爵を追い詰めたのだろうか?
 だが、両親の魂が天に昇れずまだ彷徨っているのなら、私の夢枕にも出て来てくれそうなものなのに……。
 そこまで考えて、私はふと、魔女さんに言われた言葉を思い出した。

『アンタが幸せになれる様に少しだけ手助けをしてやるよ』

 侯爵が見た悪夢は、魔女さんの手助けだったのかもしれない。



 魔女さんと言えば……。
 私は首元からペンダントを引っ張り出した。

(このペンダントって、結局何だったのかしら?)

 子供の頃に両親から受け取ったこのペンダントは、魔女さん曰く何らかの魔道具らしい。
 しかも私の魔力を流す事で作動するとかしないとか……。
 だが、元々微量の魔力しか持たない私は、何度か試してみたものの、やっぱりこのペンダントを作動させる事は出来なかった。

 私の瞳の色に似たマロンブラウンの石が嵌まったペンダントを、日の光に翳してぼんやりと眺める。



「ケイティは?」

「二階で飯を食ってるよ。上がって行ったら?」

 階下から微かに聞こえて来たのはアルバートとリッキーさんの声だ。

「じゃあ、ミックスサンドを注文するから、僕も二階で食べても良いかな?」

「出来たら持って行くから、上で待ってな」

「ありがとう。お邪魔します」

 私とアルバートが婚約したと伝えたので、最近ではアルバートも黒猫亭の皆んなから身内の様な扱いを受けている。

 休憩室の扉が遠慮がちにノックされたので、「どうぞ」と入室を促す。

「いらっしゃい、アルバート。
今からお昼休み?今日は随分遅いのね」

「ああ、ちょっと入国審査場で小競り合いがあってね。
 ……ところで、そのペンダントはどうしたの?」

 アルバートは私が手にしていたペンダントに目を止めて、微かに眉根を寄せた。
 そう言えば、幼い頃から身に付けているけれど、いつも服の下に入れていたので、アルバートに見せた事は無かった。

「コレは子供の頃に両親から渡された物よ」

「なんだ……。またレオンとか言うヤツからのプレゼントかと……」

 少しホッとした様な顔で呟く。

「お客さんからアクセサリーなんて受け取らないわよ。
 もしかして、ヤキモチ?」

「悪い?
 僕が君を思い出せなかった二年間、奴は君のそばにいたんだから、嫉妬して当たり前だろ」

 ちょっと口を尖らせて拗ねた様な物言いが可愛い。

「ごめんね、私が変な薬を飲ませたから」

「もう良いよ。二度といなくならないって約束してくれれば」

「約束するわ。だって私と別れても貴方は幸せになれないんでしょ?」

「当たり前だろ。
 寧ろ、君と別れたりしたら、絶対に僕は幸せになんてなれない。
 今頃気付いたのか?」

 そう言いながらアルバートは私の頬を愛おしそうにスルリと撫でた。
 熱い瞳で見詰められて、自然と二人の顔が近付く。
 目を閉じようとした瞬間───、

 扉をノックする音で我に返った。

「ミックスサンド、お待ち遠様………って…もしかして、俺、邪魔した?」

 真っ赤な顔で不自然に距離を取っている私達を見て、リッキーさんが申し訳無さそうに頭を掻いた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された

夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。 それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。 ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。 設定ゆるゆる全3話のショートです。

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

塩対応の婚約者に婚約解消を提案したらおかしなことになりました

宵闇 月
恋愛
侯爵令嬢のリリアナは塩対応ばかりの婚約者に限界がきて婚約解消を提案。 すると婚約者の様子がおかしくなって… ※ 四話完結 ※ ゆるゆる設定です。

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

【完結】22皇太子妃として必要ありませんね。なら、もう、、。

華蓮
恋愛
皇太子妃として、3ヶ月が経ったある日、皇太子の部屋に呼ばれて行くと隣には、女の人が、座っていた。 嫌な予感がした、、、、 皇太子妃の運命は、どうなるのでしょう? 指導係、教育係編Part1

私の婚約者様には恋人がいるようです?

鳴哉
恋愛
自称潔い性格の子爵令嬢 と 勧められて彼女と婚約した伯爵    の話 短いのでサクッと読んでいただけると思います。 読みやすいように、5話に分けました。 毎日一話、予約投稿します。

婚約者とその幼なじみがいい雰囲気すぎることに不安を覚えていましたが、誤解が解けたあとで、その立ち位置にいたのは私でした

珠宮さくら
恋愛
クレメンティアは、婚約者とその幼なじみの雰囲気が良すぎることに不安を覚えていた。 そんな時に幼なじみから、婚約破棄したがっていると聞かされてしまい……。 ※全4話。

【完結】前世の恋人達〜貴方は私を選ばない〜

恋愛
前世の記憶を持つマリア 愛し合い生涯を共にしたロバート 生まれ変わってもお互いを愛すと誓った二人 それなのに貴方が選んだのは彼女だった... ▶︎2話完結◀︎

処理中です...