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第四十話 生き地獄
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■ジェシカ視点■
「はぁ……はぁ……」
いつもの様に、聖女の仕事を終えて自室に帰って来た途端、私はどさっと椅子に座り、体を全て預けた。
最近の仕事は、毎日が疲労困憊よ。あの馬鹿女がいないせいで、予知が全くできなくなったうえに、既に多くの民に不祥事がバレてしまい、民から強い反発の声が上がっている。
そのせいで、予知で見た者を教う場が、やってきた人達の罵詈雑言を投げ飛ばす会場と化している。
……セリアのせいで、私の人生が変わったのは、これだけじゃない。
セリアが余計なことをしたせいで、聖女じゃなくて性女とかいってバカにする令嬢が出てくるし、民は私を蛆虫のような扱いをするし、女共は私に快楽だけしか頭に無いと蔑んでくるし、令息は巻き込まれたくなくて、近づいて来ない。庶民の男も、私を見ると逃げていく。
おかげで、色々と溜まりに溜まった影響で、あれだけ綺麗だった髪が、短い間でボサボサ。肌の艶もいまいちで……自分が、どんどんと枯れていっているような気がしてならない。
こんな様では公の場に出られないため、使用人に念入りに準備をさせるのだが、以前まで働いていた使用人の大多数は、セリアの予知で見えた不幸に怯え、出ていってしまった。何とも情けない。
その穴埋めとして、高給で募集して集めたのだが、腕がすこぶる悪い。指摘したらすぐやめてしまうしで、最悪すぎる。
「う~……うぅぅぅぅ~~~~……あぁぁぁぁぁぁあああああ!!!! もう!! こんな生活!!!! 嫌ですわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
私は半ば発狂しながら、現実逃避と、溢れ出る怒りを発散させるために、辺りにあったものを片っ端から投げ飛ばし、部屋を滅茶苦茶にした。
それでも物足りず、これも手当たり次第に壊してまわることで、ようやく落ち着いてきた。
「ふー……! ふー……! あいつが余計なことをしなければ……今も私は、民に愛される聖女だったのに……誰か、片付けておきなさい!」
「こ、これをですか!?」
「はやくおやりなさいよ! そんなことも出来ませんの!?」
近くにいた若い男の使用人に怒鳴りつけてから、私はすがる気持ちでお父様のところに行くと、お父様はお父様で、忙しそうに書類仕事をしていた。
今回の騒動で、お父様も大変な目に遭っているせいか、私以上にやつれていて、目つきもどこか虚ろになっている。
最近は、目障りな宰相を事故に見せかけて始末したのはいいが、その後始末が大変だったと、酒を飲みながら愚痴っていた。
「何か用か」
「お父様! 私、もうこんな生活嫌っ!! イヤイヤイヤァ!!」
「ワシだって同じ気持ちだ。情報操作に、わいろでのもみ消し、最悪の場合は抹殺……やることが多すぎて、体力と精神力が削られる」
「じゃあなんとかしてよぉ! なにかあるんでしょう? とっておきの切り札!」
「切り札……そんな都合の良いものは……ある」
「あるのですか!?」
あるならあるで、早くやってほしかった。そうすれば、私がこんなに苦しむ必要なんてないじゃない。
「少々準備不足なのだが……うむ、これ以上状況が悪化するのは避けたい。我々への目を逸らし、失った信頼を再び勝ち取る方法を、見せてやろうではないか」
そう言うと、お父様は私をとある場所に案内してくれた。その場所とは、私が男を連れ込んで楽しんでいた、例の地下室のすぐそばだった。
「お父様、壁をまさぐって何をされているのですか?」
「黙ってみていろ」
言われた通りにしていると、壁に魔法陣が描かれた。そして、魔法陣が黒く光ると、壁の一部が綺麗さっぱり無くなり、下へと続く階段が現れた。
「これは、空間魔法の一種だ。この先に、我々を救う切り札が眠っている」
「それさえあれが、私達はこの地獄から出られますのね! 早く行きましょう!」
私はドレスの裾を持ち上げながら、早足で階段を駆け下りて行くと、一番下に重々しそうな石の扉があった。
この先に、その切り札とやらが……! うふふふ……やっとまた元の生活に戻れるのね! あのクソ女のせいで、酷い目に遭ったわ。落ち着いたら、必ず殺してやるんだから!
「さあ、私達を救う切り札よ! 一秒でも早く、この地獄か……ら……?」
石の扉を力いっぱい押して開けた先には小さな部屋があり、その部屋を埋め尽くすほどの魔法陣と、部屋の中心に置かれた台座……そして、そこに寝かせられるお母様の姿があった。
「お、お母様……? なにこれ、一体どういうことですの?」
どうしてこんなところで、お母様が呑気に眠っているのか、この壁や天井を埋め尽くす魔法陣は何なのか、これの一体何が切り札なのか。わからないことだらけで戸惑っていると、お父様も部屋にやってきた。
「これが切り札だ」
「り、理解できませんわ。お父様、ご説明ください!」
「なに、やることは至ってシンプルであり、今までとさほど変わらん。ワシの洗脳魔法を使い、国民全員に、ソリアン国への強い恐怖心と敵対心を植え付ける。それも、今まで以上のものをな。とにかくあの国は滅ぼさなければいけないと、強く思わせ、我々への疑惑と不信の心よりもはるかに強い、負の心で上書きをするのだ」
「せ、洗脳魔法? お父様は、そのような魔法が使えるのですか?」
「そういえば、お前たちには言っていなかったな」
そんな魔法が本当に使えるなら、理論上は可能かもしれないが、そんなことが本当に可能なのか、甚だ疑問だ。
なぜなら、昔はもの凄い魔法使いだったお父様の魔力は、ほとんど残っていないもの。
「そして、再びソリアン国と戦争を起こし、我々が指揮をして勝利することで、自分達が恐れ、忌み嫌うものを滅ぼすために指導をしてくれた、信頼できる王家と思わせる」
「それでしたら、最初から王家は信頼できるものだと思い込ませる方が、楽なのではないでしょうか?」
「もっと準備の期間があれば、その手も取れなくもなかったが……恐らく、我々に時間はさほど残されていない。いつ愚かな国民達が、暴動を起こすかわからぬからな。それに、恐怖や憎しみのような感情の方が、人間の心を支配するのに労力が少ない」
「……もう一つ問題が。今のお父様の魔力では、それは不可能ではありませんこと?」
「そうだ。今のワシの力など、全盛期に比べればたかが知れている。だから、彼女の出番というわけだ」
お父様は、基本的に私やお母様のことは愛してくれている。そんなお父様が、セリアにも見せたことがない、悪魔のような笑みをお母様に向けた。
その瞬間、私は言いようのない悪寒に襲われ、身震いをさせた。
「彼女は魔法を使う才能にはそれほど恵まれなかったが、代わりに潜在魔力は目を見張るものがあるのだ。軽く見積もっても、ワシの全盛期を超えるだろう。その魔力を奪い、ワシの魔力の代わりとすることで、大規模な洗脳魔法を可能とするのだよ」
お母様が強い魔力を持ち合わせていることは、私もお母様に聞かされていたことだ。この力をもっとうまく扱えれば、お父様の力になれるのにと、ぼやいていたものだ。
「そんなことをして、お母様はどうなるのですか!?」
「ワシの見解では、まず間違いなく助からないだろうな。魔力を一度に過剰に失えば、体が耐えきれん」
な、なんですって……!? 他の人間がどうなろうと関係ないが、それがお母様となれば話は別だ。
「いくらなんでも、そんなことには賛同できかねますわ!」
「なぜだ? この地獄から抜け出したいのだろう? 彼女も同じ様なことを言っていった。だから、ワシが王家を元の姿に戻そうとしているのだ。なに、彼女もワシのために死ねるなら、本望に決まっている」
「それは、お父様が勝手に考えていることでしょう!? お父様、考え直してくださいませ!」
「どうしたんだ、我が愛しの娘よ。お前も、こんな地獄は早く終わらせたいと、心から願っていただろう?」
「そ、それは……」
「どうしても納得できないのなら、仕方がない。お前のその愚かな慈悲の心を、ワシが消してやろう」
「っ……!? いやっ、触らないでください!」
昔から、お父様は何度も私を褒めながら撫でてくれた。それが、私は何よりも好きだった。
しかし、今の私はお父様への恐怖心から、軽く頭に触れた手を振り払ってしまった。
「まったく、いつからそんなに反抗気になってしまったのかね? まあいい……ジェシカ、お前はそこでジッとしていろ」
お父様は、腕を高々と腕をかかげあげ、指をパチンっと鳴らす。すると、部屋中に描かれた魔法陣が、黒く不気味な色に発光し、その光でお母様を包み込む。
「がっ……あ、あぁ……!?」
「お、お母様!!」
うめき声のような、苦しそうな声を漏らしながら、お母様の体から魔力がどんどんと失われていくと同時に、あんなに美しかったお母様の体が干からびていき、醜い老婆へと変わっていった。
お母様が、こんな姿になってしまうだなんて……どうして、こんなことに……私はただ王女として、聖女としてこの国に君臨し、お父様とお母様と一緒に、今まで通りの生活がしたかっただけなのに……。
「ふむ、これでよし。ジェシカよ、魔力の吸収はさほど時間はかからんだろうが、ワシの体に定着させるようにするには、少々時間がかかる。それまではつらいと思うが、なんとか耐えるように」
「……ふふっ……あははは……」
なにかお父様が喋っているが、そんなのは一切耳に入ってこない。今の私は、お母様が目の前で朽ち果てていく現実から目を背けるために、笑うことしか出来ない。
……いや、違う。なんだろう……お母様の姿を見たら、さっきまで感じていた、計画への反抗心が綺麗さっぱり消えているどころか、むしろ肯定的な感情が沸き上がっている。
「そうよ、これは必要なこと。私達が今までのような生活を送るには、必要なことですわ……あははははっ! お父様、早くお母様から全ての魔力を抜きとってくださいまし!」
「慌てるな、愛しい娘よ。今のお前には出来ることは、部屋に戻ることだ」
「わかりましたわ! ああ、早くお父様の計画が成就しないかしら……!」
私は、昔のようにお父様に撫でられて笑顔になりながら、言われた通り部屋を後にした。
ああ、私が王女として、聖女として崇められる日は、いつ帰ってくるのかしら? 今から楽しみで仕方がないわ!
「ふん、愚かな娘であるな。一時の感情で、我々の立場を取り戻す機会を逃すなど、言語道断であるというのに……まあよい。愚かゆえに、事前に少しだけ抽出した魔力で魔法をかけられたことに気づかないのだからな」
「はぁ……はぁ……」
いつもの様に、聖女の仕事を終えて自室に帰って来た途端、私はどさっと椅子に座り、体を全て預けた。
最近の仕事は、毎日が疲労困憊よ。あの馬鹿女がいないせいで、予知が全くできなくなったうえに、既に多くの民に不祥事がバレてしまい、民から強い反発の声が上がっている。
そのせいで、予知で見た者を教う場が、やってきた人達の罵詈雑言を投げ飛ばす会場と化している。
……セリアのせいで、私の人生が変わったのは、これだけじゃない。
セリアが余計なことをしたせいで、聖女じゃなくて性女とかいってバカにする令嬢が出てくるし、民は私を蛆虫のような扱いをするし、女共は私に快楽だけしか頭に無いと蔑んでくるし、令息は巻き込まれたくなくて、近づいて来ない。庶民の男も、私を見ると逃げていく。
おかげで、色々と溜まりに溜まった影響で、あれだけ綺麗だった髪が、短い間でボサボサ。肌の艶もいまいちで……自分が、どんどんと枯れていっているような気がしてならない。
こんな様では公の場に出られないため、使用人に念入りに準備をさせるのだが、以前まで働いていた使用人の大多数は、セリアの予知で見えた不幸に怯え、出ていってしまった。何とも情けない。
その穴埋めとして、高給で募集して集めたのだが、腕がすこぶる悪い。指摘したらすぐやめてしまうしで、最悪すぎる。
「う~……うぅぅぅぅ~~~~……あぁぁぁぁぁぁあああああ!!!! もう!! こんな生活!!!! 嫌ですわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
私は半ば発狂しながら、現実逃避と、溢れ出る怒りを発散させるために、辺りにあったものを片っ端から投げ飛ばし、部屋を滅茶苦茶にした。
それでも物足りず、これも手当たり次第に壊してまわることで、ようやく落ち着いてきた。
「ふー……! ふー……! あいつが余計なことをしなければ……今も私は、民に愛される聖女だったのに……誰か、片付けておきなさい!」
「こ、これをですか!?」
「はやくおやりなさいよ! そんなことも出来ませんの!?」
近くにいた若い男の使用人に怒鳴りつけてから、私はすがる気持ちでお父様のところに行くと、お父様はお父様で、忙しそうに書類仕事をしていた。
今回の騒動で、お父様も大変な目に遭っているせいか、私以上にやつれていて、目つきもどこか虚ろになっている。
最近は、目障りな宰相を事故に見せかけて始末したのはいいが、その後始末が大変だったと、酒を飲みながら愚痴っていた。
「何か用か」
「お父様! 私、もうこんな生活嫌っ!! イヤイヤイヤァ!!」
「ワシだって同じ気持ちだ。情報操作に、わいろでのもみ消し、最悪の場合は抹殺……やることが多すぎて、体力と精神力が削られる」
「じゃあなんとかしてよぉ! なにかあるんでしょう? とっておきの切り札!」
「切り札……そんな都合の良いものは……ある」
「あるのですか!?」
あるならあるで、早くやってほしかった。そうすれば、私がこんなに苦しむ必要なんてないじゃない。
「少々準備不足なのだが……うむ、これ以上状況が悪化するのは避けたい。我々への目を逸らし、失った信頼を再び勝ち取る方法を、見せてやろうではないか」
そう言うと、お父様は私をとある場所に案内してくれた。その場所とは、私が男を連れ込んで楽しんでいた、例の地下室のすぐそばだった。
「お父様、壁をまさぐって何をされているのですか?」
「黙ってみていろ」
言われた通りにしていると、壁に魔法陣が描かれた。そして、魔法陣が黒く光ると、壁の一部が綺麗さっぱり無くなり、下へと続く階段が現れた。
「これは、空間魔法の一種だ。この先に、我々を救う切り札が眠っている」
「それさえあれが、私達はこの地獄から出られますのね! 早く行きましょう!」
私はドレスの裾を持ち上げながら、早足で階段を駆け下りて行くと、一番下に重々しそうな石の扉があった。
この先に、その切り札とやらが……! うふふふ……やっとまた元の生活に戻れるのね! あのクソ女のせいで、酷い目に遭ったわ。落ち着いたら、必ず殺してやるんだから!
「さあ、私達を救う切り札よ! 一秒でも早く、この地獄か……ら……?」
石の扉を力いっぱい押して開けた先には小さな部屋があり、その部屋を埋め尽くすほどの魔法陣と、部屋の中心に置かれた台座……そして、そこに寝かせられるお母様の姿があった。
「お、お母様……? なにこれ、一体どういうことですの?」
どうしてこんなところで、お母様が呑気に眠っているのか、この壁や天井を埋め尽くす魔法陣は何なのか、これの一体何が切り札なのか。わからないことだらけで戸惑っていると、お父様も部屋にやってきた。
「これが切り札だ」
「り、理解できませんわ。お父様、ご説明ください!」
「なに、やることは至ってシンプルであり、今までとさほど変わらん。ワシの洗脳魔法を使い、国民全員に、ソリアン国への強い恐怖心と敵対心を植え付ける。それも、今まで以上のものをな。とにかくあの国は滅ぼさなければいけないと、強く思わせ、我々への疑惑と不信の心よりもはるかに強い、負の心で上書きをするのだ」
「せ、洗脳魔法? お父様は、そのような魔法が使えるのですか?」
「そういえば、お前たちには言っていなかったな」
そんな魔法が本当に使えるなら、理論上は可能かもしれないが、そんなことが本当に可能なのか、甚だ疑問だ。
なぜなら、昔はもの凄い魔法使いだったお父様の魔力は、ほとんど残っていないもの。
「そして、再びソリアン国と戦争を起こし、我々が指揮をして勝利することで、自分達が恐れ、忌み嫌うものを滅ぼすために指導をしてくれた、信頼できる王家と思わせる」
「それでしたら、最初から王家は信頼できるものだと思い込ませる方が、楽なのではないでしょうか?」
「もっと準備の期間があれば、その手も取れなくもなかったが……恐らく、我々に時間はさほど残されていない。いつ愚かな国民達が、暴動を起こすかわからぬからな。それに、恐怖や憎しみのような感情の方が、人間の心を支配するのに労力が少ない」
「……もう一つ問題が。今のお父様の魔力では、それは不可能ではありませんこと?」
「そうだ。今のワシの力など、全盛期に比べればたかが知れている。だから、彼女の出番というわけだ」
お父様は、基本的に私やお母様のことは愛してくれている。そんなお父様が、セリアにも見せたことがない、悪魔のような笑みをお母様に向けた。
その瞬間、私は言いようのない悪寒に襲われ、身震いをさせた。
「彼女は魔法を使う才能にはそれほど恵まれなかったが、代わりに潜在魔力は目を見張るものがあるのだ。軽く見積もっても、ワシの全盛期を超えるだろう。その魔力を奪い、ワシの魔力の代わりとすることで、大規模な洗脳魔法を可能とするのだよ」
お母様が強い魔力を持ち合わせていることは、私もお母様に聞かされていたことだ。この力をもっとうまく扱えれば、お父様の力になれるのにと、ぼやいていたものだ。
「そんなことをして、お母様はどうなるのですか!?」
「ワシの見解では、まず間違いなく助からないだろうな。魔力を一度に過剰に失えば、体が耐えきれん」
な、なんですって……!? 他の人間がどうなろうと関係ないが、それがお母様となれば話は別だ。
「いくらなんでも、そんなことには賛同できかねますわ!」
「なぜだ? この地獄から抜け出したいのだろう? 彼女も同じ様なことを言っていった。だから、ワシが王家を元の姿に戻そうとしているのだ。なに、彼女もワシのために死ねるなら、本望に決まっている」
「それは、お父様が勝手に考えていることでしょう!? お父様、考え直してくださいませ!」
「どうしたんだ、我が愛しの娘よ。お前も、こんな地獄は早く終わらせたいと、心から願っていただろう?」
「そ、それは……」
「どうしても納得できないのなら、仕方がない。お前のその愚かな慈悲の心を、ワシが消してやろう」
「っ……!? いやっ、触らないでください!」
昔から、お父様は何度も私を褒めながら撫でてくれた。それが、私は何よりも好きだった。
しかし、今の私はお父様への恐怖心から、軽く頭に触れた手を振り払ってしまった。
「まったく、いつからそんなに反抗気になってしまったのかね? まあいい……ジェシカ、お前はそこでジッとしていろ」
お父様は、腕を高々と腕をかかげあげ、指をパチンっと鳴らす。すると、部屋中に描かれた魔法陣が、黒く不気味な色に発光し、その光でお母様を包み込む。
「がっ……あ、あぁ……!?」
「お、お母様!!」
うめき声のような、苦しそうな声を漏らしながら、お母様の体から魔力がどんどんと失われていくと同時に、あんなに美しかったお母様の体が干からびていき、醜い老婆へと変わっていった。
お母様が、こんな姿になってしまうだなんて……どうして、こんなことに……私はただ王女として、聖女としてこの国に君臨し、お父様とお母様と一緒に、今まで通りの生活がしたかっただけなのに……。
「ふむ、これでよし。ジェシカよ、魔力の吸収はさほど時間はかからんだろうが、ワシの体に定着させるようにするには、少々時間がかかる。それまではつらいと思うが、なんとか耐えるように」
「……ふふっ……あははは……」
なにかお父様が喋っているが、そんなのは一切耳に入ってこない。今の私は、お母様が目の前で朽ち果てていく現実から目を背けるために、笑うことしか出来ない。
……いや、違う。なんだろう……お母様の姿を見たら、さっきまで感じていた、計画への反抗心が綺麗さっぱり消えているどころか、むしろ肯定的な感情が沸き上がっている。
「そうよ、これは必要なこと。私達が今までのような生活を送るには、必要なことですわ……あははははっ! お父様、早くお母様から全ての魔力を抜きとってくださいまし!」
「慌てるな、愛しい娘よ。今のお前には出来ることは、部屋に戻ることだ」
「わかりましたわ! ああ、早くお父様の計画が成就しないかしら……!」
私は、昔のようにお父様に撫でられて笑顔になりながら、言われた通り部屋を後にした。
ああ、私が王女として、聖女として崇められる日は、いつ帰ってくるのかしら? 今から楽しみで仕方がないわ!
「ふん、愚かな娘であるな。一時の感情で、我々の立場を取り戻す機会を逃すなど、言語道断であるというのに……まあよい。愚かゆえに、事前に少しだけ抽出した魔力で魔法をかけられたことに気づかないのだからな」
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