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第七十二話 世界一愚かな男の、世界一不器用な愛
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謁見をした日の翌日、私はセレクディエ学園で一番なじみ深くなった場所へと訪れた。
「あ? なんだ、客を招待した覚えはねーぞ。それともなんだ、俺の研究の手伝いを無償でしてくれるってか?」
私達が向かった先の部屋の主であるヴァーレシア先生は、今日もタバコを吸いながら、憎まれ口を叩いた。
「今日は、ヴァーレシア先生にちゃんとお礼をしたくて来ました」
「礼だって?」
「はい。私に魔法の使い方を教えてくれたり、エルヴィン様を助けるのに協力してくれたり……数ヶ月の間、本当にたくさんたくさん……ありがとうございました」
「別に礼を言われるようなことじゃねえ。俺は自分の利益になることを選んだだけだ。結果的に、研究資金も増えてウハウハって寸法よ」
ヴァーレシア先生は、そんな利益のために動いていたとは思えない。きっと、何か理由があったに違いない。
根拠? そうだね……一緒にいる中で感じた、いくつもの疑問かな。
私は、その疑問を晴らすべく、まだつけていた指輪に魔力を込めて、魔法を打ち消す魔法を使った。
すると、そこにいたのは……私と同じような孤族の尻尾が生えた、ヴァーレシア先生の姿があった。
「……いつ気づいた?」
「最近だと、狐族の覚醒について詳しかったのを聞いて、普通の人間であるヴァーレシア先生が詳しいことに、少し疑問を持ちました。それ以前にも、他人に興味を持たないあなたがとても協力的だったことや、私の鼻のことを的確に見抜いたことも気になりました」
「ほう」
「私、実は森に捨てられていたところを、両親に拾ってもらった過去があるんですけど……もしかして、あなたは私の本当の――」
「くだらん。世迷言を言いに来たのなら、さっさと帰れ」
一番重要な話をする前に、ヴァーレシア先生に遮られてしまった。
私の鼻のことを知っているから、嘘とわからないような言葉選びをしているみたいだけど……あからさまなタイミングで遮っているのは、ほとんど答え合わせみたいなものだ。
「帰りません」
「帰れ」
「帰りませんっ!」
「帰れ!!」
いくら怒られても、ちゃんとヴァーレシア先生の口から聞くまでは、テコでも動くつもりはない私は、いつも使っていた年季の入っている椅子に腰を降ろして、一歩も動かずにいた。
「ったく、これだから最近のガキは……」
「そんなことを言うなら、私だって最近のおじさんはこれだからって言いますよ?」
「生意気なことを口にすんな。はぁ……わかった、俺の負けだ。ちょっとした小話をしてやるから、それを聞いたらとっとと帰って寝やがれ」
「小話? そんなことを聞きたいんじゃ……」
「まあ聞け。これは……世界一番愚かな男の、世界一くだらない話だ。きっと腹を抱えて笑えるぜ」
「…………」
そんな話は、今の私には必要が無いものに聞こえるけど、なぜかその話を聞かなければいけないと感じ取った私は、静かにその男の人の話を聞くことにした――
****
■ヴァーレシア視点■
昔々、あるところに……自分が世界で最高の魔法使いと勘違いをした、愚かな男がいた。その男は、子供の頃から神童ともてはやされていた。
謙虚の欠片もない男は、自分が最高の魔法使いだと思い込み、富や金、名声……ありとあらゆるものが手に入ると思い上がっていた。
そんなクソ生意気なガキは、おだてられながら成長し……一人の女に惚れこんだ。
その女は容姿端麗で頭もよく、なによりも性格が良かった。男をどんな時でも立てることを忘れず、誰にでも謙虚で、正義感に溢れた良い女だった。
特に嘘をつかれることを嫌っているのか、男がどんな些細な嘘をついても、全て見抜かれるほど、正義感の塊だった。
それがなんとも居心地がよくて、男は女と付き合っていたが……男は結婚することには興味が無かった。
しかし、とある言葉を言われた男は、女と本格的に結婚したいと思うようになった。
『あなたのことを称賛していた人達は、将来あなたの力を利用するために下手に出て、おだてていただけよ。あいつらは愚かな人達なの。でも私は違う。あなたを心の底から愛し、一緒にあなたの傍にいるわ』
この言葉で、他人は自分を利用するためだけの存在で、理解してくれるのは彼女だけだと思い込んだ。
その結果、愚かな男は、女を世界一幸せにするために、高給取りである宮廷魔術師になって最高の生活をさせる、必ずお前を幸せにすると、何ともブサイクなプロポーズをした。
男は無事に女と結婚。持ち前の魔法の才を活かし、宮廷魔術師にもなれた。
数年後、元気な子供も授かって、まさに幸せの絶頂だった……が、その幸せは全てまやかしだった。
女は……男が宮廷魔術師になって稼いだ多額の金と子供を連れて、姿を消したんだ。
男は必死に女と子供を探したが、一向に見つからず、途方に暮れ……同時に絶望していた。
そんな男を見かねて、男と親交があった国王によって調査が行われ、女の正体が判明した。
その女は、ご自慢の美貌と、他人の嘘を見抜く力を使って詐欺を働いていた。
中でも、異種族である希少な血を持った子供を自分で産み、闇市場で奴隷商売をしている商人に売りつけて、巨額の金を得ていたのさ。
……ようは、その愚かな男は女に騙されていたのも知らず、偉そうに宮廷魔術師になるとか、幸せにするとかほざいていたわけだ。
愚かすぎて、笑っちまうだろう? 散々もてはやされて育った男には、他人を見極める能力が圧倒的に欠如していたのさ。
こうして裏切られた哀れな男は、全てを捨て……とある魔法を手に入れるために、一人研究に勤しむようになった。
女は無事に捕まり、多くの詐欺罪で死刑になったが、子供は奴隷商人に売る際に、森で事故にあって行方不明になってしまい……世界一愚かな男は、大切だったものをすべて失い、孤独で生きることになりましたとさ。めでたしめでたしってな。
****
愚かな男の小話を終えたヴァーレシア先生は、新しいタバコに火をつけて、ふぅ……と一息入れる一方、私は……言葉が出てこなかった。
今の話……間違いない。愚かな男の人の正体は……そして、その男の人と、嘘を見抜く力を持った女性の子供なんて……簡単に察せる。
それに、今の話の中には、私が疑問に思っていたことの答えがあった。
どうして、ヴァーレシア先生が私に色々してくれたのか?
どうして、ヴァーレシア先生が私について色々知っていたのか?
どうして、私が森に捨てられていたのか?
どうして、私は狐族の血が流れているのか?
どうして、私は嘘が見抜けるのか?
まさか、こんなところで全ての疑問の答えが見つかるだなんて驚きだ。
「……その男の人が研究している魔法って、一体何なんですか?」
「過去に戻る魔法だ」
過去に戻る魔法なんて、この世には存在しない。そもそも、時間という概念をどうにかする方法なんて、あるとは思えない。
そんなことは、きっとその人もわかっている。わかってるけど……立ち止まることが出来ない、強い何かがあるのだろう。
「過去に戻る……それは、その子を取り戻すためですか?」
「いくら愚かでも、んなバカなことは考えてねえだろうよ。そんなことをしたら、未来が大幅に変わっちまうだろ? 愚かな男に、そこまでの度胸はねえよ」
「なら、どうして?」
「その男は……ただ、謝りたかっただけだ。自分のせいで不幸にしてしまった、その子供にな。言ってしまえば、ただの現実逃避で独りよがりな、人の親とは思えない勝手な考えさ。な、世界一愚かだろう?」
「…………」
「もういいだろ。ほれ、さっさと帰りな」
それ以上話すことは無い。ヴァーレシア先生は、そう言いたげにそっぽを向いた。
「はい。失礼します」
私は静かに立ちあがる、ドアの前まで来たところで、ぴたっと止まって口を開いた。
「きっと、彼の気持ちは……その子に届いていると思いますよ」
「はっ、そうだといいんだがな」
「……結婚式必ずきてください……ううん、必ず来てね」
「暇だったら、考えておいてやるよ」
自然と砕けた口調になる私と、いつもよりも少しだけ声色が優しくなるヴァーレシア先生。私達の間には、確かな繋がりがあるのを、本能的に感じた。
「ねえ、またここに来てもいいかな?」
「どうせ断っても来るんだろ。今度来る時は、何か手土産でも持ってこいよ」
「それなら、私が大好きなきつねうどんを持ってくるよ。きっと大好きになると思うよ」
「きつねうどんだぁ? そんなのを手土産に持ってくる愚かな奴が、この世の中にいるなんて、世界は広いな」
「仕方ないよ。だって私は……ううん、なんでもない。そろそろ行くね」
「……待て」
部屋を出ようと、ドアノブに手をかけた瞬間、ヴァーレシア先生は小さな声で私を静止した。
「なに?」
「……結婚、おめでとさん。お前は、ちゃんと幸せになれよ」
「っ……! うん……うんっ! ありがとう……!」
目から大粒の涙を流しながら振り返ると、そこにはいつもの仏頂面だったけど、僅かに口角が上がっているヴァーレシア先生の姿があった。
「あ? なんだ、客を招待した覚えはねーぞ。それともなんだ、俺の研究の手伝いを無償でしてくれるってか?」
私達が向かった先の部屋の主であるヴァーレシア先生は、今日もタバコを吸いながら、憎まれ口を叩いた。
「今日は、ヴァーレシア先生にちゃんとお礼をしたくて来ました」
「礼だって?」
「はい。私に魔法の使い方を教えてくれたり、エルヴィン様を助けるのに協力してくれたり……数ヶ月の間、本当にたくさんたくさん……ありがとうございました」
「別に礼を言われるようなことじゃねえ。俺は自分の利益になることを選んだだけだ。結果的に、研究資金も増えてウハウハって寸法よ」
ヴァーレシア先生は、そんな利益のために動いていたとは思えない。きっと、何か理由があったに違いない。
根拠? そうだね……一緒にいる中で感じた、いくつもの疑問かな。
私は、その疑問を晴らすべく、まだつけていた指輪に魔力を込めて、魔法を打ち消す魔法を使った。
すると、そこにいたのは……私と同じような孤族の尻尾が生えた、ヴァーレシア先生の姿があった。
「……いつ気づいた?」
「最近だと、狐族の覚醒について詳しかったのを聞いて、普通の人間であるヴァーレシア先生が詳しいことに、少し疑問を持ちました。それ以前にも、他人に興味を持たないあなたがとても協力的だったことや、私の鼻のことを的確に見抜いたことも気になりました」
「ほう」
「私、実は森に捨てられていたところを、両親に拾ってもらった過去があるんですけど……もしかして、あなたは私の本当の――」
「くだらん。世迷言を言いに来たのなら、さっさと帰れ」
一番重要な話をする前に、ヴァーレシア先生に遮られてしまった。
私の鼻のことを知っているから、嘘とわからないような言葉選びをしているみたいだけど……あからさまなタイミングで遮っているのは、ほとんど答え合わせみたいなものだ。
「帰りません」
「帰れ」
「帰りませんっ!」
「帰れ!!」
いくら怒られても、ちゃんとヴァーレシア先生の口から聞くまでは、テコでも動くつもりはない私は、いつも使っていた年季の入っている椅子に腰を降ろして、一歩も動かずにいた。
「ったく、これだから最近のガキは……」
「そんなことを言うなら、私だって最近のおじさんはこれだからって言いますよ?」
「生意気なことを口にすんな。はぁ……わかった、俺の負けだ。ちょっとした小話をしてやるから、それを聞いたらとっとと帰って寝やがれ」
「小話? そんなことを聞きたいんじゃ……」
「まあ聞け。これは……世界一番愚かな男の、世界一くだらない話だ。きっと腹を抱えて笑えるぜ」
「…………」
そんな話は、今の私には必要が無いものに聞こえるけど、なぜかその話を聞かなければいけないと感じ取った私は、静かにその男の人の話を聞くことにした――
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■ヴァーレシア視点■
昔々、あるところに……自分が世界で最高の魔法使いと勘違いをした、愚かな男がいた。その男は、子供の頃から神童ともてはやされていた。
謙虚の欠片もない男は、自分が最高の魔法使いだと思い込み、富や金、名声……ありとあらゆるものが手に入ると思い上がっていた。
そんなクソ生意気なガキは、おだてられながら成長し……一人の女に惚れこんだ。
その女は容姿端麗で頭もよく、なによりも性格が良かった。男をどんな時でも立てることを忘れず、誰にでも謙虚で、正義感に溢れた良い女だった。
特に嘘をつかれることを嫌っているのか、男がどんな些細な嘘をついても、全て見抜かれるほど、正義感の塊だった。
それがなんとも居心地がよくて、男は女と付き合っていたが……男は結婚することには興味が無かった。
しかし、とある言葉を言われた男は、女と本格的に結婚したいと思うようになった。
『あなたのことを称賛していた人達は、将来あなたの力を利用するために下手に出て、おだてていただけよ。あいつらは愚かな人達なの。でも私は違う。あなたを心の底から愛し、一緒にあなたの傍にいるわ』
この言葉で、他人は自分を利用するためだけの存在で、理解してくれるのは彼女だけだと思い込んだ。
その結果、愚かな男は、女を世界一幸せにするために、高給取りである宮廷魔術師になって最高の生活をさせる、必ずお前を幸せにすると、何ともブサイクなプロポーズをした。
男は無事に女と結婚。持ち前の魔法の才を活かし、宮廷魔術師にもなれた。
数年後、元気な子供も授かって、まさに幸せの絶頂だった……が、その幸せは全てまやかしだった。
女は……男が宮廷魔術師になって稼いだ多額の金と子供を連れて、姿を消したんだ。
男は必死に女と子供を探したが、一向に見つからず、途方に暮れ……同時に絶望していた。
そんな男を見かねて、男と親交があった国王によって調査が行われ、女の正体が判明した。
その女は、ご自慢の美貌と、他人の嘘を見抜く力を使って詐欺を働いていた。
中でも、異種族である希少な血を持った子供を自分で産み、闇市場で奴隷商売をしている商人に売りつけて、巨額の金を得ていたのさ。
……ようは、その愚かな男は女に騙されていたのも知らず、偉そうに宮廷魔術師になるとか、幸せにするとかほざいていたわけだ。
愚かすぎて、笑っちまうだろう? 散々もてはやされて育った男には、他人を見極める能力が圧倒的に欠如していたのさ。
こうして裏切られた哀れな男は、全てを捨て……とある魔法を手に入れるために、一人研究に勤しむようになった。
女は無事に捕まり、多くの詐欺罪で死刑になったが、子供は奴隷商人に売る際に、森で事故にあって行方不明になってしまい……世界一愚かな男は、大切だったものをすべて失い、孤独で生きることになりましたとさ。めでたしめでたしってな。
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愚かな男の小話を終えたヴァーレシア先生は、新しいタバコに火をつけて、ふぅ……と一息入れる一方、私は……言葉が出てこなかった。
今の話……間違いない。愚かな男の人の正体は……そして、その男の人と、嘘を見抜く力を持った女性の子供なんて……簡単に察せる。
それに、今の話の中には、私が疑問に思っていたことの答えがあった。
どうして、ヴァーレシア先生が私に色々してくれたのか?
どうして、ヴァーレシア先生が私について色々知っていたのか?
どうして、私が森に捨てられていたのか?
どうして、私は狐族の血が流れているのか?
どうして、私は嘘が見抜けるのか?
まさか、こんなところで全ての疑問の答えが見つかるだなんて驚きだ。
「……その男の人が研究している魔法って、一体何なんですか?」
「過去に戻る魔法だ」
過去に戻る魔法なんて、この世には存在しない。そもそも、時間という概念をどうにかする方法なんて、あるとは思えない。
そんなことは、きっとその人もわかっている。わかってるけど……立ち止まることが出来ない、強い何かがあるのだろう。
「過去に戻る……それは、その子を取り戻すためですか?」
「いくら愚かでも、んなバカなことは考えてねえだろうよ。そんなことをしたら、未来が大幅に変わっちまうだろ? 愚かな男に、そこまでの度胸はねえよ」
「なら、どうして?」
「その男は……ただ、謝りたかっただけだ。自分のせいで不幸にしてしまった、その子供にな。言ってしまえば、ただの現実逃避で独りよがりな、人の親とは思えない勝手な考えさ。な、世界一愚かだろう?」
「…………」
「もういいだろ。ほれ、さっさと帰りな」
それ以上話すことは無い。ヴァーレシア先生は、そう言いたげにそっぽを向いた。
「はい。失礼します」
私は静かに立ちあがる、ドアの前まで来たところで、ぴたっと止まって口を開いた。
「きっと、彼の気持ちは……その子に届いていると思いますよ」
「はっ、そうだといいんだがな」
「……結婚式必ずきてください……ううん、必ず来てね」
「暇だったら、考えておいてやるよ」
自然と砕けた口調になる私と、いつもよりも少しだけ声色が優しくなるヴァーレシア先生。私達の間には、確かな繋がりがあるのを、本能的に感じた。
「ねえ、またここに来てもいいかな?」
「どうせ断っても来るんだろ。今度来る時は、何か手土産でも持ってこいよ」
「それなら、私が大好きなきつねうどんを持ってくるよ。きっと大好きになると思うよ」
「きつねうどんだぁ? そんなのを手土産に持ってくる愚かな奴が、この世の中にいるなんて、世界は広いな」
「仕方ないよ。だって私は……ううん、なんでもない。そろそろ行くね」
「……待て」
部屋を出ようと、ドアノブに手をかけた瞬間、ヴァーレシア先生は小さな声で私を静止した。
「なに?」
「……結婚、おめでとさん。お前は、ちゃんと幸せになれよ」
「っ……! うん……うんっ! ありがとう……!」
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