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12 真紅の嵐
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12 真紅の嵐
全校生徒の前で堂々と挨拶をした赤髪の少年。昨日早速トラブった相手だが、彼が挨拶の際に名乗った名前を聞いて俺は胃が痛くなってきた。
どうやら彼はこの国でも最高位貴族の一つであるメイスフィールド公爵家の次男で名をマイケルというらしい。要するに王都系貴族の筆頭な訳だ。よりにもよって一番喧嘩を売っちゃいけない相手と険悪になってしまったようだ。
嗚呼、さらば俺のゆるゆるスクールライフ。
悲嘆に暮れる俺をよそに、入学式は幕を閉じた。今日はこの後は特にイベントはなく、本格的に学生生活が始まるのは明日からだ。
フリーになった生徒達は皆思い思いに散っていく。俺も兄様と待ち合わせしているのでブラッド達とは別れてそこへと向かう事にした。
待ち合わせ場所は中庭にあるガゼボの一つだ。これば分かると言っていたので朧げな記憶を辿りながら中庭に辿り着けば、そこは季節の花が咲き乱れていた。風に乗って香る甘い香りの中で見渡せば待ち合わせ場所と思しきガゼボは直ぐに見つかる。既に誰かいるようなので急足で近寄れば、どうやら兄様の他にも誰かいるようで話し声がした。
「兄様、申し訳ありません! 遅くなりまし……」
半ば駆け寄りながら声を掛ければ、ガゼボにいたのはやはり兄だけではなかった。その場にいたのはもう一人、上級生だ。先程見たマイケルに良く似た真っ赤な髪をしている。
他に人がいた事に驚いて咄嗟の反応が遅れてしまったが、その赤い髪の人物が誰なのか直ぐに思い当たって俺は慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません! ご歓談中とは気が付かず……!」
光の速さで頭を下げながらなんとか言い訳だけすると、そこにいた人物がくすくす笑う声がする。
「構わない。頭を上げてくれ」
優しい声に恐る恐る頭を上げて相手を窺う。視線の先にいる赤い髪の上級生は怒っていないようで、柔らかく微笑んでいる。
「驚かせて済まなかった。私が君に会ってみたいとティモシーに我儘を言ったんだ」
楽しげに笑う赤い髪の上級生に対して、兄様は胡乱な目付きで彼を見ている。そんな兄の態度に俺は冷や汗がドッと出た。
それもそのはず。今現在目の前にいる赤い髪の上級生こそ、この国の第一王子レスター殿下なのだから。
彼はゲームでも登場しているから直ぐに気がつけたが、本当に心臓に悪い。王族と対峙するなんて以前の俺も今の俺も初めてだ。粗相があったら打首とか言われたらどうしよう。
「全く、レスターのせいでノアが怯えてしまった」
王族という存在に気押されてビビりまくっていると、忌々しげに兄様が溜め息を零してみせた。先程の目付きもだが、そんな態度をとって大丈夫なのかと心配する俺をよそに、レスター殿下はからからと笑う。
「いやぁ、悪い悪い。どうしても一度会ってみたかったからな」
気安いやり取りに、少しだけ警戒を解いて急いで兄様の方に向かう。兄様は苦笑しながらも俺を隣の席に座らせてくれた。隣に兄様がいるだけでホッとする。
「ノア、彼はこの国の第一王子、レスター殿下だ」
兄様の紹介に、レスター殿下は軽い口調で「よろしくな」と笑みを浮かべている。
予想外にあっさりした対応に混乱していれば、レスター殿下が肩をすくめた。
「全く、王族ってのは面倒だな。それだけで相手が萎縮してしまう」
「それが普通なんだ。そろそろお前の態度が異常な自覚を持ってくれ。フォローする俺達の身になってみろ」
よよよ、とわざとらしく嘆くレスター殿下に、兄様は痛烈な一言を叩き込む。呆然としながらやり取りを見ていると、俺がついて来れていない事に気が付いた兄様が優しく頭を撫でてくれた。
「この人はいつもこうなんだ。王族という自覚が一欠片もない。ノアも気にしなくていいからね」
「そうそう。気軽にレスターと呼び捨てで呼んでくれ」
「はぁ……」
兄様も殿下もそういうが生返事しか出て来ない。流石に下級生が、王族で上級生を呼び捨てなんて出来る訳がないだろう。
「ところで、そのメガネはどうしたんだ? 髪も乱れているようだし」
こっそり溜め息をつけば、兄様が怪訝そうに訊ねてくる。そういえば、変装用の分厚いガラスのメガネをかけたままだった。
「あー、これは変装用に……」
「変装?」
「あまり目立ちたくなかったので」
俺の尻切れトンボな返答に、兄様は苦笑する。どうやら彼もブラッド達と同意見なようだ。
「せっかく可愛らしい顔が台無しだ。素顔の方が良いぞ」
にこやかながらもレスター殿下の言い方には確かな圧がある。それにしても、なんでこの人はここにいるんだろうか。初めの約束では兄様と会うだけだったと思うんだが。
「実は君に会うのを楽しみにしていたんだ。ティモシーがこの世で一番可憐で可愛い弟だと散々自慢してくるから」
俺の疑問に答えるようにレスター殿下がとんでもない事を宣った。
「兄様ー!?」
「事実だろう?」
思わず声を上げるが、兄様は腕を組みながら頷いて当然と言わんばかりの態度だ。恥ずかしいから本当にやめて頂きたい。
「後で覚えてやがれ案件ですよちくしょう……!」
目立ちたくないと散々言ってきた筈なのに兄様の裏切り者ー!
抗議したいが、久々に会えてにこにこしている兄様にそんな事が言える訳もない。
俺にとってティモシーは現状唯一と言っていい絶対的な味方だ。俺がこの先に起こる事を知っているのも彼一人で、事情を抱えた俺をずっと弟として可愛がってくれている。そんな兄様が俺も大好きなのだ。
他の人に容姿を褒められるのはイマイチ嬉しくないんだが、昔から兄様に言われるのは弱い。今も顔が熱いので多分赤くなっているだろう。
レスター殿下はそんな俺と兄様のやりとりを微笑ましそうに眺めていたが、満足したのか徐に立ち上がった。
「とにかくその野暮ったい格好はなしだ。これは、命令だぞ」
「あの、殿下、私に拒否権は……あ、はい…………御意に」
何とかして回避しようとしたが、王太子殿下の笑顔の圧が凄くて諦めた。何故こんなことに…。本当に恨むぞ、兄よ。
俺が承諾した事に満足したのかレスター殿下はにこやかなまま兄様と俺に「またな」と言い残して颯爽と去って行く。まるで嵐のようなその後ろ姿を半ば呆然と見送っていれば、隣に座っている兄様に頭を撫でられた。
その感触を嬉しくも気恥ずかしくて複雑な気分になりつつ、恨みを込めて兄様を見れば彼は小さく苦笑する。
「ノア、私はお前にも幸せになって欲しいんだ。それなら味方は少しでも多く、そして強力な方がいいだろう?」
くしゃくしゃになったままの後ろ髪を兄様の手が優しくすいてくれる。その感触は小さな頃からしてくれたものと変わらない、懐かしいものだ。
「……仰りたい事はわかりますが、俺は無難に学生時代を送ってさっさと領地に戻りたいんです」
「無理だなぁ。辺境伯の子で魔法使いとして優秀とあったら注目を集めるだろうね」
「嫌だー!! 貴族のギスギスしたやりとりなんか俺には無理! 俺は卒業したら故郷の田舎で魔物しばき回しながらワクワクスローライフを満喫するんだー!!」
宥めるような兄様の言葉に俺は頭を抱える。体育会系の自覚がある俺には頭を使ったやり取りなんて考えただけで頭が痛くなるというのに。
「ははは、諦めなさい」
「兄様の鬼ー! 絶対一枚噛んでるでしょう!?」
「当たり前だろう。……お前を、少しでも滅びの運命から遠ざけたいのだから」
「っ……!」
静かに落ちた兄の言葉に、思わず息を呑む。兄はただ静かに、そして愛おしそうに俺を見ていた。
「ノア。私の可愛いただ一人の弟。お前が私に秘密を打ち明けてくれたあの日からお前の幸せを祈らなかった時などない。お前はもう少し自分の為に生きなさい。兄や周りにもお前の重荷を少しでいいから分けて欲しい」
「兄様……」
俺に、そんな資格があるのだろうか。この世界の人に優しくされる度にそう思い悩んできた。
不安に押し潰されそうで、それでも歩き続けなければならなくて。只管に自分を鍛えて、最悪の未来を変える為にいつだって必死で。いつか自分が壊すかもしれない人々を巻き込まないように極一部の人以外はなるべく距離を取ろうとしてきた。
そもそもノアの中にある俺はこの世界にとって異分子だ。そんな俺が彼等に関わる資格が俺にあるのだろうか。
ぎゅっと拳を握り締めていれば、兄様に優しく頭を撫でられる。
いつもなら嬉しいその手の感触が、今ばかりは嬉しくも悲しかった。
全校生徒の前で堂々と挨拶をした赤髪の少年。昨日早速トラブった相手だが、彼が挨拶の際に名乗った名前を聞いて俺は胃が痛くなってきた。
どうやら彼はこの国でも最高位貴族の一つであるメイスフィールド公爵家の次男で名をマイケルというらしい。要するに王都系貴族の筆頭な訳だ。よりにもよって一番喧嘩を売っちゃいけない相手と険悪になってしまったようだ。
嗚呼、さらば俺のゆるゆるスクールライフ。
悲嘆に暮れる俺をよそに、入学式は幕を閉じた。今日はこの後は特にイベントはなく、本格的に学生生活が始まるのは明日からだ。
フリーになった生徒達は皆思い思いに散っていく。俺も兄様と待ち合わせしているのでブラッド達とは別れてそこへと向かう事にした。
待ち合わせ場所は中庭にあるガゼボの一つだ。これば分かると言っていたので朧げな記憶を辿りながら中庭に辿り着けば、そこは季節の花が咲き乱れていた。風に乗って香る甘い香りの中で見渡せば待ち合わせ場所と思しきガゼボは直ぐに見つかる。既に誰かいるようなので急足で近寄れば、どうやら兄様の他にも誰かいるようで話し声がした。
「兄様、申し訳ありません! 遅くなりまし……」
半ば駆け寄りながら声を掛ければ、ガゼボにいたのはやはり兄だけではなかった。その場にいたのはもう一人、上級生だ。先程見たマイケルに良く似た真っ赤な髪をしている。
他に人がいた事に驚いて咄嗟の反応が遅れてしまったが、その赤い髪の人物が誰なのか直ぐに思い当たって俺は慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません! ご歓談中とは気が付かず……!」
光の速さで頭を下げながらなんとか言い訳だけすると、そこにいた人物がくすくす笑う声がする。
「構わない。頭を上げてくれ」
優しい声に恐る恐る頭を上げて相手を窺う。視線の先にいる赤い髪の上級生は怒っていないようで、柔らかく微笑んでいる。
「驚かせて済まなかった。私が君に会ってみたいとティモシーに我儘を言ったんだ」
楽しげに笑う赤い髪の上級生に対して、兄様は胡乱な目付きで彼を見ている。そんな兄の態度に俺は冷や汗がドッと出た。
それもそのはず。今現在目の前にいる赤い髪の上級生こそ、この国の第一王子レスター殿下なのだから。
彼はゲームでも登場しているから直ぐに気がつけたが、本当に心臓に悪い。王族と対峙するなんて以前の俺も今の俺も初めてだ。粗相があったら打首とか言われたらどうしよう。
「全く、レスターのせいでノアが怯えてしまった」
王族という存在に気押されてビビりまくっていると、忌々しげに兄様が溜め息を零してみせた。先程の目付きもだが、そんな態度をとって大丈夫なのかと心配する俺をよそに、レスター殿下はからからと笑う。
「いやぁ、悪い悪い。どうしても一度会ってみたかったからな」
気安いやり取りに、少しだけ警戒を解いて急いで兄様の方に向かう。兄様は苦笑しながらも俺を隣の席に座らせてくれた。隣に兄様がいるだけでホッとする。
「ノア、彼はこの国の第一王子、レスター殿下だ」
兄様の紹介に、レスター殿下は軽い口調で「よろしくな」と笑みを浮かべている。
予想外にあっさりした対応に混乱していれば、レスター殿下が肩をすくめた。
「全く、王族ってのは面倒だな。それだけで相手が萎縮してしまう」
「それが普通なんだ。そろそろお前の態度が異常な自覚を持ってくれ。フォローする俺達の身になってみろ」
よよよ、とわざとらしく嘆くレスター殿下に、兄様は痛烈な一言を叩き込む。呆然としながらやり取りを見ていると、俺がついて来れていない事に気が付いた兄様が優しく頭を撫でてくれた。
「この人はいつもこうなんだ。王族という自覚が一欠片もない。ノアも気にしなくていいからね」
「そうそう。気軽にレスターと呼び捨てで呼んでくれ」
「はぁ……」
兄様も殿下もそういうが生返事しか出て来ない。流石に下級生が、王族で上級生を呼び捨てなんて出来る訳がないだろう。
「ところで、そのメガネはどうしたんだ? 髪も乱れているようだし」
こっそり溜め息をつけば、兄様が怪訝そうに訊ねてくる。そういえば、変装用の分厚いガラスのメガネをかけたままだった。
「あー、これは変装用に……」
「変装?」
「あまり目立ちたくなかったので」
俺の尻切れトンボな返答に、兄様は苦笑する。どうやら彼もブラッド達と同意見なようだ。
「せっかく可愛らしい顔が台無しだ。素顔の方が良いぞ」
にこやかながらもレスター殿下の言い方には確かな圧がある。それにしても、なんでこの人はここにいるんだろうか。初めの約束では兄様と会うだけだったと思うんだが。
「実は君に会うのを楽しみにしていたんだ。ティモシーがこの世で一番可憐で可愛い弟だと散々自慢してくるから」
俺の疑問に答えるようにレスター殿下がとんでもない事を宣った。
「兄様ー!?」
「事実だろう?」
思わず声を上げるが、兄様は腕を組みながら頷いて当然と言わんばかりの態度だ。恥ずかしいから本当にやめて頂きたい。
「後で覚えてやがれ案件ですよちくしょう……!」
目立ちたくないと散々言ってきた筈なのに兄様の裏切り者ー!
抗議したいが、久々に会えてにこにこしている兄様にそんな事が言える訳もない。
俺にとってティモシーは現状唯一と言っていい絶対的な味方だ。俺がこの先に起こる事を知っているのも彼一人で、事情を抱えた俺をずっと弟として可愛がってくれている。そんな兄様が俺も大好きなのだ。
他の人に容姿を褒められるのはイマイチ嬉しくないんだが、昔から兄様に言われるのは弱い。今も顔が熱いので多分赤くなっているだろう。
レスター殿下はそんな俺と兄様のやりとりを微笑ましそうに眺めていたが、満足したのか徐に立ち上がった。
「とにかくその野暮ったい格好はなしだ。これは、命令だぞ」
「あの、殿下、私に拒否権は……あ、はい…………御意に」
何とかして回避しようとしたが、王太子殿下の笑顔の圧が凄くて諦めた。何故こんなことに…。本当に恨むぞ、兄よ。
俺が承諾した事に満足したのかレスター殿下はにこやかなまま兄様と俺に「またな」と言い残して颯爽と去って行く。まるで嵐のようなその後ろ姿を半ば呆然と見送っていれば、隣に座っている兄様に頭を撫でられた。
その感触を嬉しくも気恥ずかしくて複雑な気分になりつつ、恨みを込めて兄様を見れば彼は小さく苦笑する。
「ノア、私はお前にも幸せになって欲しいんだ。それなら味方は少しでも多く、そして強力な方がいいだろう?」
くしゃくしゃになったままの後ろ髪を兄様の手が優しくすいてくれる。その感触は小さな頃からしてくれたものと変わらない、懐かしいものだ。
「……仰りたい事はわかりますが、俺は無難に学生時代を送ってさっさと領地に戻りたいんです」
「無理だなぁ。辺境伯の子で魔法使いとして優秀とあったら注目を集めるだろうね」
「嫌だー!! 貴族のギスギスしたやりとりなんか俺には無理! 俺は卒業したら故郷の田舎で魔物しばき回しながらワクワクスローライフを満喫するんだー!!」
宥めるような兄様の言葉に俺は頭を抱える。体育会系の自覚がある俺には頭を使ったやり取りなんて考えただけで頭が痛くなるというのに。
「ははは、諦めなさい」
「兄様の鬼ー! 絶対一枚噛んでるでしょう!?」
「当たり前だろう。……お前を、少しでも滅びの運命から遠ざけたいのだから」
「っ……!」
静かに落ちた兄の言葉に、思わず息を呑む。兄はただ静かに、そして愛おしそうに俺を見ていた。
「ノア。私の可愛いただ一人の弟。お前が私に秘密を打ち明けてくれたあの日からお前の幸せを祈らなかった時などない。お前はもう少し自分の為に生きなさい。兄や周りにもお前の重荷を少しでいいから分けて欲しい」
「兄様……」
俺に、そんな資格があるのだろうか。この世界の人に優しくされる度にそう思い悩んできた。
不安に押し潰されそうで、それでも歩き続けなければならなくて。只管に自分を鍛えて、最悪の未来を変える為にいつだって必死で。いつか自分が壊すかもしれない人々を巻き込まないように極一部の人以外はなるべく距離を取ろうとしてきた。
そもそもノアの中にある俺はこの世界にとって異分子だ。そんな俺が彼等に関わる資格が俺にあるのだろうか。
ぎゅっと拳を握り締めていれば、兄様に優しく頭を撫でられる。
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