あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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一皿目 採用試験と練り切り

その1 咲人との出会い

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 いよいよ『甘味堂夕さり』の採用試験の朝になった。
 緊張から夜中に目を覚ました時は、雨が音を立てて降っていた。今朝は大理石のような雲が風に流されて青空に変わり、やわらかく明るい光が差し込んでいる。

「頑張ってね。菜々美ちゃんなら大丈夫だから。母さん、うまくいくように祈っているからね」
「ありがとう、お母さん。行ってらっしゃい」

 いつものように保育園へ出勤していく母に元気よく手を振り、菜々美はキッチンで夕食の下準備を済ませると、簡単に食事を摂った。

(そろそろ出かける準備をしなきゃ)

 時間まで和菓子の本を読んでいた菜々美は、リクルートスーツに着替えた。
 バッグを肩にかけて外へ出ると、玄関横のアジサイが色あざやかに咲き誇っている。
 封筒で指定された大元神社の鳥居の前に、約束の時間の三十分前に到着した。

(落ち着いて実技試験に取り組めば、きっと大丈夫……)

 書類選考でたくさん落とされてきて、やっと面接と実技試験まできた。
 母が言ったように落ち着いて頑張らなくてはと思い、手を開いたり閉じたりして緊張を逃そうとする。
 しかし握りしめた拳が震え、指先は冷たく感じる。

ひるむな。いける。実技試験の練習もしてきたし、大丈夫……)

 懸命に自分を鼓舞していると、背後に人の気配がした。

「――君が桃瀬さんか?」

 耳に心地よい優しい声に、こくりと喉を鳴らし、菜々美はゆっくり振り返った。

「わ、わざわざ迎えに来てくださり、ありがとうございま……っ」

 そこにいたのは、長い黒髪を風になびかせ、研ぎ澄まされた刃のような、空恐ろしいほど美しい顔の男性だった。
 着ているのは涼しげな藍色の作務衣で、雪駄を履いた彼は見上げるほどの長身だ。
 この美貌でさらに背も高い。しかも和装のせいか落ち着いた雰囲気で、余裕というか色香のようなものがすごかった。

(こんなきれいな男の人、初めて見た。すごい……心臓が止まりそう)

 菜々美はガチッと音がするほど強く歯を噛みしめた。そうしないと心の声が漏れてしまいそうだ。
 周りの音が消え、周囲が遠ざかり、目の前の美青年しか見えなくなってしまう。

「お待たせした」

 彼の声は凛として張りがあり、優しく耳朶を打つ。

「い、いいえ……あの……わ、私がももっ、桃瀬、菜々美でひゅ……あの、よ、よろぴく、お願い、しまふ」

 あわてて返事をしたが、盛大に噛んでしまった。
 怜悧な美貌を持つ男性は、凍り付くような冷やかな眼差しを向けたまま、こくりと頷いた。

「俺が『甘味堂夕さり』の店長だ。これから採用面接と実技試験を受けてもらうわけだが、その前にひとつ確認しておきたいことがある。いいか?」
「は、はい。どうぞ」
「うちの店は特殊だ。驚くこともあると思うが、守秘義務を守って他言しないでほしい。約束できるか?」
「もちろんです。守ると約束します」

 菜々美はすぐにそう返した。仕事上で知り得た情報を漏らしてはいけないとはもちろん知っている。

「もうひとつ知りたいことがある。君はなぜ、うちで働きたいと思った?」
(えっと、志望理由……?)

 神社の鳥居のそばで菜々美はあわてて姿勢を正した。

「はい。お、御社の和菓子の評判を聞き、ぜひ私もスタッフの一員として、皆に喜んでもらえるような美味しい和菓子を作りたいと思いました」

 甘味堂夕さりについて、ウェブサイトを検索しても見つからなかったが、幸いなことに、和菓子好きな母の智子が、行ったことはないが噂で聞いたことがあると教えてくれた。

「人気のあるお店なのよ。出てくる和菓子がどれも美味しいと有名なの」

 その言葉で志望動機を考えたのだが、彼が引き続き難しい表情を浮かべているのを見て、どんどん不安になっていく。

(な、何か失敗したかな。もしかして私、不採用になってしまうのかも……)

 朝まで降っていた雨が嘘のように、じりじりと照り付ける日差しと緊張で、菜々美の背中を汗が伝い落ちていく。
 そっと見上げると、彼は涼やかな白色の美貌のまま、汗ひとつ掻いていなかった。

(これだけ美しいと、暑さも逃げていくのかな……)

 そんなことを考えていると、彼がじっと菜々美を見つめ、覚悟を決めたように口元を引き結んだ。

「わかった。それでは場所を『甘味堂夕さり』へ移し、そこで採用面接の続きをする。ついて来い」

 命令口調で言い放つと、彼は踵を返して、宗忠神社の中へと入って行く。

「はい……!」

 ついて来いということは、まだ不合格にはなっていないのだ。
 よかったと思いながら、急いで後を追う。
 彼の身長はおそらく百九十センチ近くあるのではないか。ものすごく高く、百五十五センチの菜々美は彼と話す時、首が痛いと感じた。
 歩く歩幅も違うため、菜々美は小走りで後を追わなくてはいけない。
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