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一皿目 採用試験と練り切り
その2 翡翠のピアス
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(いよいよ『甘味堂夕さり』へ行き、面接の続きと実技試験が行われるんだ……)
菜々美は気を引き締めて、美形店長の後を追った。
急ぎ足で神社の拝殿横に続く裏参道まで来ると、ふっと店長が足を止めた。
「忘れていた。これを――」
振り返った彼に手渡されたのは、涙の雫のように小さな、深緑色のピアスだった。
いきなりピアスを手渡されて、菜々美は目を丸くする。
「あの……私は今までピアスをしたことがなくて……せっかくのプレゼントですが結構ですので」
返そうとすると、彼が膝を屈めるようにした。眉目秀麗な顔が近づいて、胸の鼓動がドキンと跳ね上がった。
「急いでいるから、俺がはめてやる」
「ちょ、ちょっとお待ちください」
こんな神社の中で、立ったまま耳朶にピアスの穴を開けるつもりだろうか。
(なぜ急に? こういうのはちゃんと消毒して、ピアッサーとかニードルとか、道具が必要なんじゃ……)
頭の中をいろいろな疑問が駆け巡り、菜々美は動揺しながら、彼から一歩下がろうとした。
彼の手が、素早く菜々美の左耳へと伸びた。触れたかどうか一瞬の間の後、彼は手を降ろす。
「これでいい」
「は? か、鏡……」
肩にかけているショルダーバッグの中から、化粧直しのポーチに入った手鏡を取り出した。
菜々美の左の耳朶で小さな緑色のピアスが埋まっている。腫れてないし、きれいについている。
「え……っ?」
痛さも何も感じなかった。どうやってこんな短時間に、しかも道具を使わずに、耳朶に穴が開けられたのだろうか。それに片方だけ? 頭の中が疑問符だらけだ。
「そのピアスはお前のものだ」
「いえ、あの……でも……」
「何だ?」
いつの間にか、「君」から「お前」呼びになっている。
美しい彼の眉間にくっきりと青筋が浮かんでいるのを見て、聞きたいことが喉の奥へと退散してしまう。
「む、こんな時間か」
彼は神社の境内に掛かっている時計台を横目で見て、菜々美へと視線を移した。
「ぐずぐずするな。店は定休日だが、夕方から用があるんだ。三時までに準備をしたい」
菜々美には『三時』が『惨事』に聞こえる。
「あの、ピアスのことですが」
「腑に落ちないのか? わかった。後で説明する」
「はい……えっ?」
彼は奥の裏参道を通り抜けると、薄暗い雑木林の中へ入って行くではないか。
「あの、店長さん、ここを通るのですか?」
「そうだ。地面がぬかるんでいるから気をつけろ」
前を歩く彼の歩みは早かったが、菜々美が追い付けず距離が開くと、足を止めて振り返り、待ってくれた。
彼に追いつくと、横に並んで歩きながら、思い切って尋ねる。
「すみません、店長さんのお名前をお聞きしてもいいでしょうか」
「ああ、まだ言ってなかったか。俺は泉咲人だ」
咲人さん……。心の中で繰り返し、美貌の店主――咲人の冴え冴えとした横顔をそっと見つめた。
年の頃は二十五歳前後だろうか。本当に美しい人だ。和菓子屋の主人をやっているより、モデルにでもなって世界に飛び出した方がふさわしいのではないかと、余計なお世話ながら思ってしまう。
「わ、あ……っ」
考え事をしていたせいか、ぬかるんだ雑木林の地面でつるりと滑ってしまった。
「危ない」
倒れそうになった菜々美を、咲人が素早く支えてくれた。
彼の腕にすがりつき、肩を大きく上下させる。もう少しでリクルートスーツが泥だらけになるところだった。
「大丈夫か?」
「はい……支えてくれて、あ、ありがとうございます」
「転ばないように気をつけながら歩いてくれ」
「すみません」
急いでいると言っていたが、咲人の歩みは先ほどよりゆっくりしている。菜々美が転ばないように気を遣っているのだ。
咲人は冷静でとっつきにくい印象だけど、咄嗟にたくましい腕で助けてくれたことや、切れ長の双眸の奥に優しい光を浮かべていることから、怖いという雰囲気はなかった。
菜々美は気を引き締めて、美形店長の後を追った。
急ぎ足で神社の拝殿横に続く裏参道まで来ると、ふっと店長が足を止めた。
「忘れていた。これを――」
振り返った彼に手渡されたのは、涙の雫のように小さな、深緑色のピアスだった。
いきなりピアスを手渡されて、菜々美は目を丸くする。
「あの……私は今までピアスをしたことがなくて……せっかくのプレゼントですが結構ですので」
返そうとすると、彼が膝を屈めるようにした。眉目秀麗な顔が近づいて、胸の鼓動がドキンと跳ね上がった。
「急いでいるから、俺がはめてやる」
「ちょ、ちょっとお待ちください」
こんな神社の中で、立ったまま耳朶にピアスの穴を開けるつもりだろうか。
(なぜ急に? こういうのはちゃんと消毒して、ピアッサーとかニードルとか、道具が必要なんじゃ……)
頭の中をいろいろな疑問が駆け巡り、菜々美は動揺しながら、彼から一歩下がろうとした。
彼の手が、素早く菜々美の左耳へと伸びた。触れたかどうか一瞬の間の後、彼は手を降ろす。
「これでいい」
「は? か、鏡……」
肩にかけているショルダーバッグの中から、化粧直しのポーチに入った手鏡を取り出した。
菜々美の左の耳朶で小さな緑色のピアスが埋まっている。腫れてないし、きれいについている。
「え……っ?」
痛さも何も感じなかった。どうやってこんな短時間に、しかも道具を使わずに、耳朶に穴が開けられたのだろうか。それに片方だけ? 頭の中が疑問符だらけだ。
「そのピアスはお前のものだ」
「いえ、あの……でも……」
「何だ?」
いつの間にか、「君」から「お前」呼びになっている。
美しい彼の眉間にくっきりと青筋が浮かんでいるのを見て、聞きたいことが喉の奥へと退散してしまう。
「む、こんな時間か」
彼は神社の境内に掛かっている時計台を横目で見て、菜々美へと視線を移した。
「ぐずぐずするな。店は定休日だが、夕方から用があるんだ。三時までに準備をしたい」
菜々美には『三時』が『惨事』に聞こえる。
「あの、ピアスのことですが」
「腑に落ちないのか? わかった。後で説明する」
「はい……えっ?」
彼は奥の裏参道を通り抜けると、薄暗い雑木林の中へ入って行くではないか。
「あの、店長さん、ここを通るのですか?」
「そうだ。地面がぬかるんでいるから気をつけろ」
前を歩く彼の歩みは早かったが、菜々美が追い付けず距離が開くと、足を止めて振り返り、待ってくれた。
彼に追いつくと、横に並んで歩きながら、思い切って尋ねる。
「すみません、店長さんのお名前をお聞きしてもいいでしょうか」
「ああ、まだ言ってなかったか。俺は泉咲人だ」
咲人さん……。心の中で繰り返し、美貌の店主――咲人の冴え冴えとした横顔をそっと見つめた。
年の頃は二十五歳前後だろうか。本当に美しい人だ。和菓子屋の主人をやっているより、モデルにでもなって世界に飛び出した方がふさわしいのではないかと、余計なお世話ながら思ってしまう。
「わ、あ……っ」
考え事をしていたせいか、ぬかるんだ雑木林の地面でつるりと滑ってしまった。
「危ない」
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彼の腕にすがりつき、肩を大きく上下させる。もう少しでリクルートスーツが泥だらけになるところだった。
「大丈夫か?」
「はい……支えてくれて、あ、ありがとうございます」
「転ばないように気をつけながら歩いてくれ」
「すみません」
急いでいると言っていたが、咲人の歩みは先ほどよりゆっくりしている。菜々美が転ばないように気を遣っているのだ。
咲人は冷静でとっつきにくい印象だけど、咄嗟にたくましい腕で助けてくれたことや、切れ長の双眸の奥に優しい光を浮かべていることから、怖いという雰囲気はなかった。
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