あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

文字の大きさ
20 / 78
二皿目 黄身時雨と初恋の人に会いたい鎌いたち

その8 黄身時雨

しおりを挟む
 書き上がった身上書に目を通し、蘭丸がノリヒサに質問する。

「えっと……ノリヒサさんはすでに、お好きな女性がいらっしゃるんですね? お名前が谷本ユカリさんで、喧嘩別れして連絡がつかなくなって困っている、と」

 ノリヒサが「そうなんです」と前のめりになり、勢いよく続ける。

「二年前、ユカリが僕と同じ会社に入社してきたんです。互いに人間の振りをしていましたが、我々あやかしは妖力があるので、すぐに彼女があやかしだと気づきました。同じフロアで仕事をしていたこともあり、僕とユカリは親しくなって、付き合うようになって……。幸せでした。彼女は優しくてすごく心がきれいで純粋で……僕は本当に、幸せでした。ユカリは優しくて……」
「話が進んでいませんね。先を続けてください」

 当時を思い出したのか、遠くを見つめるような目でうっとりしていたノリヒサは、凍り付くような冷たい咲人の声に現実に引き戻され、あわてて続ける。

「交際は順当だったんですが……僕が仕事で東京へ転勤することになったんです。ユカリはこの機会に結婚したいと……。でも僕自身、まだ家庭を持つ覚悟がなくて、遠距離で付き合っていこうと話しました。ユカリは、なぜ結婚しないのと怒って……喧嘩別れしたまま一年が経ちました。ユカリのことが忘れられなくて、彼女のアパートへ行ってみましたが、引っ越した後でした。勤めていた会社も辞めてしまって連絡が取れず、僕はもうユカリに会えないのかと……」

 小刻みにノリヒサの肩が震え出した。感情が抑えられなくなったようで、ノリヒサは蘭丸と咲人に縋りつかんばかりの勢いで頼む。

「お願いです。ユカリに会いたいんです。この一年、離れていてもずっとユカリを思ってきました。今度こそ彼女に結婚を申し込みたいんです。お願いです。ユカリを探してください……! 彼女は甘いものが好きで、和菓子が好物でした。きっとこの店に来たことがあると思うんです」

 涙を浮かべて頭を下げるノリヒサに頷き、咲人と蘭丸は顔を見合わせた。

「蘭丸、その女性は来店したことがあるかもしれない。店舗の来店履歴を調べてくれ」
「了解っ」

 蘭丸がスマートフォンを取り出し、操作する。

「蘭たん、ユカたんのこと、わかった?」

 小鬼の鬼之丞が、とたとたと蘭丸の背中を登っていく。
 じきにするすると滑り落ち、少し大きめの黄色と黒色の縞模様のパンツをずり下げながら、なんとか蘭丸の肩に到着した。
 ちょこんと蘭丸の肩に座って、スマートフォンの画面を覗き込もうとするが、そのまま前のめりになり、「ふあぁぁ」と声を上げてころんと転がり落ちてしまった。

「鬼之丞、いい子にしていろ」

 片手で鬼之丞を受け止め、咲人が自分の肩に鬼之丞を座らせた。
 鬼之丞は咲人の白銀の髪にぎゅうっとしがみつく。

「あいっ、パパ……」
「可愛いですね。いいな、子供……あの時、ユカリのプロポーズを断らなけれたよかった……」

 ぽつりとつぶやくノリヒサに、蘭丸が声をかける。

「ノリヒサさん、谷本ユカリさんは、この『甘味堂夕さり』に来店歴があります。『黄身時雨きみしぐれ』をテイクアウトされているようですよ」

 黄身時雨は、丁寧に裏ごしした黄身餡を使った時雨饅頭で、雨に見立てたひび割れと、優しい黄色と風味のよさで人気の高い和菓子だ。

 蘭丸が携帯電話の画面をノリヒサに見せた。

「ノリヒサさん、来店履歴の際にユカリさんが書いた住所です。こちらはご存知ですか?」
 
「ええ、この住所は何度も見に行きましたが、もう引っ越してユカリは住んでないんです。大家さんに訊いても引っ越し先まではわからなくて」

 来店履歴の住所は引っ越す前のものだった。ノリヒサは顔を曇らせ、項垂れる。

「ユカリはどこにいるんだろう……会いたい……」

 咲人は記憶を辿るように視線を遠くへ置き、言葉を続ける。

「黄身時雨……そうだ、谷本ユカリ……あの女性か。彼女は恋人と別れたと話していた」
「お、覚えているんですか? 会話の内容まで……」

 驚いて菜々美が大きな声を出すと、瑠璃が誇らしげに笑った。

「ふふふ、そうなの。咲人くんは記憶力がいいのよぅ」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。

クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。 そんなある日クラスに転校生が入って来た。 幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新不定期です。 よろしくお願いします。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

処理中です...