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二皿目 黄身時雨と初恋の人に会いたい鎌いたち
その8 黄身時雨
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書き上がった身上書に目を通し、蘭丸がノリヒサに質問する。
「えっと……ノリヒサさんはすでに、お好きな女性がいらっしゃるんですね? お名前が谷本ユカリさんで、喧嘩別れして連絡がつかなくなって困っている、と」
ノリヒサが「そうなんです」と前のめりになり、勢いよく続ける。
「二年前、ユカリが僕と同じ会社に入社してきたんです。互いに人間の振りをしていましたが、我々あやかしは妖力があるので、すぐに彼女があやかしだと気づきました。同じフロアで仕事をしていたこともあり、僕とユカリは親しくなって、付き合うようになって……。幸せでした。彼女は優しくてすごく心がきれいで純粋で……僕は本当に、幸せでした。ユカリは優しくて……」
「話が進んでいませんね。先を続けてください」
当時を思い出したのか、遠くを見つめるような目でうっとりしていたノリヒサは、凍り付くような冷たい咲人の声に現実に引き戻され、あわてて続ける。
「交際は順当だったんですが……僕が仕事で東京へ転勤することになったんです。ユカリはこの機会に結婚したいと……。でも僕自身、まだ家庭を持つ覚悟がなくて、遠距離で付き合っていこうと話しました。ユカリは、なぜ結婚しないのと怒って……喧嘩別れしたまま一年が経ちました。ユカリのことが忘れられなくて、彼女のアパートへ行ってみましたが、引っ越した後でした。勤めていた会社も辞めてしまって連絡が取れず、僕はもうユカリに会えないのかと……」
小刻みにノリヒサの肩が震え出した。感情が抑えられなくなったようで、ノリヒサは蘭丸と咲人に縋りつかんばかりの勢いで頼む。
「お願いです。ユカリに会いたいんです。この一年、離れていてもずっとユカリを思ってきました。今度こそ彼女に結婚を申し込みたいんです。お願いです。ユカリを探してください……! 彼女は甘いものが好きで、和菓子が好物でした。きっとこの店に来たことがあると思うんです」
涙を浮かべて頭を下げるノリヒサに頷き、咲人と蘭丸は顔を見合わせた。
「蘭丸、その女性は来店したことがあるかもしれない。店舗の来店履歴を調べてくれ」
「了解っ」
蘭丸がスマートフォンを取り出し、操作する。
「蘭たん、ユカたんのこと、わかった?」
小鬼の鬼之丞が、とたとたと蘭丸の背中を登っていく。
じきにするすると滑り落ち、少し大きめの黄色と黒色の縞模様のパンツをずり下げながら、なんとか蘭丸の肩に到着した。
ちょこんと蘭丸の肩に座って、スマートフォンの画面を覗き込もうとするが、そのまま前のめりになり、「ふあぁぁ」と声を上げてころんと転がり落ちてしまった。
「鬼之丞、いい子にしていろ」
片手で鬼之丞を受け止め、咲人が自分の肩に鬼之丞を座らせた。
鬼之丞は咲人の白銀の髪にぎゅうっとしがみつく。
「あいっ、パパ……」
「可愛いですね。いいな、子供……あの時、ユカリのプロポーズを断らなけれたよかった……」
ぽつりとつぶやくノリヒサに、蘭丸が声をかける。
「ノリヒサさん、谷本ユカリさんは、この『甘味堂夕さり』に来店歴があります。『黄身時雨』をテイクアウトされているようですよ」
黄身時雨は、丁寧に裏ごしした黄身餡を使った時雨饅頭で、雨に見立てたひび割れと、優しい黄色と風味のよさで人気の高い和菓子だ。
蘭丸が携帯電話の画面をノリヒサに見せた。
「ノリヒサさん、来店履歴の際にユカリさんが書いた住所です。こちらはご存知ですか?」
「ええ、この住所は何度も見に行きましたが、もう引っ越してユカリは住んでないんです。大家さんに訊いても引っ越し先まではわからなくて」
来店履歴の住所は引っ越す前のものだった。ノリヒサは顔を曇らせ、項垂れる。
「ユカリはどこにいるんだろう……会いたい……」
咲人は記憶を辿るように視線を遠くへ置き、言葉を続ける。
「黄身時雨……そうだ、谷本ユカリ……あの女性か。彼女は恋人と別れたと話していた」
「お、覚えているんですか? 会話の内容まで……」
驚いて菜々美が大きな声を出すと、瑠璃が誇らしげに笑った。
「ふふふ、そうなの。咲人くんは記憶力がいいのよぅ」
「えっと……ノリヒサさんはすでに、お好きな女性がいらっしゃるんですね? お名前が谷本ユカリさんで、喧嘩別れして連絡がつかなくなって困っている、と」
ノリヒサが「そうなんです」と前のめりになり、勢いよく続ける。
「二年前、ユカリが僕と同じ会社に入社してきたんです。互いに人間の振りをしていましたが、我々あやかしは妖力があるので、すぐに彼女があやかしだと気づきました。同じフロアで仕事をしていたこともあり、僕とユカリは親しくなって、付き合うようになって……。幸せでした。彼女は優しくてすごく心がきれいで純粋で……僕は本当に、幸せでした。ユカリは優しくて……」
「話が進んでいませんね。先を続けてください」
当時を思い出したのか、遠くを見つめるような目でうっとりしていたノリヒサは、凍り付くような冷たい咲人の声に現実に引き戻され、あわてて続ける。
「交際は順当だったんですが……僕が仕事で東京へ転勤することになったんです。ユカリはこの機会に結婚したいと……。でも僕自身、まだ家庭を持つ覚悟がなくて、遠距離で付き合っていこうと話しました。ユカリは、なぜ結婚しないのと怒って……喧嘩別れしたまま一年が経ちました。ユカリのことが忘れられなくて、彼女のアパートへ行ってみましたが、引っ越した後でした。勤めていた会社も辞めてしまって連絡が取れず、僕はもうユカリに会えないのかと……」
小刻みにノリヒサの肩が震え出した。感情が抑えられなくなったようで、ノリヒサは蘭丸と咲人に縋りつかんばかりの勢いで頼む。
「お願いです。ユカリに会いたいんです。この一年、離れていてもずっとユカリを思ってきました。今度こそ彼女に結婚を申し込みたいんです。お願いです。ユカリを探してください……! 彼女は甘いものが好きで、和菓子が好物でした。きっとこの店に来たことがあると思うんです」
涙を浮かべて頭を下げるノリヒサに頷き、咲人と蘭丸は顔を見合わせた。
「蘭丸、その女性は来店したことがあるかもしれない。店舗の来店履歴を調べてくれ」
「了解っ」
蘭丸がスマートフォンを取り出し、操作する。
「蘭たん、ユカたんのこと、わかった?」
小鬼の鬼之丞が、とたとたと蘭丸の背中を登っていく。
じきにするすると滑り落ち、少し大きめの黄色と黒色の縞模様のパンツをずり下げながら、なんとか蘭丸の肩に到着した。
ちょこんと蘭丸の肩に座って、スマートフォンの画面を覗き込もうとするが、そのまま前のめりになり、「ふあぁぁ」と声を上げてころんと転がり落ちてしまった。
「鬼之丞、いい子にしていろ」
片手で鬼之丞を受け止め、咲人が自分の肩に鬼之丞を座らせた。
鬼之丞は咲人の白銀の髪にぎゅうっとしがみつく。
「あいっ、パパ……」
「可愛いですね。いいな、子供……あの時、ユカリのプロポーズを断らなけれたよかった……」
ぽつりとつぶやくノリヒサに、蘭丸が声をかける。
「ノリヒサさん、谷本ユカリさんは、この『甘味堂夕さり』に来店歴があります。『黄身時雨』をテイクアウトされているようですよ」
黄身時雨は、丁寧に裏ごしした黄身餡を使った時雨饅頭で、雨に見立てたひび割れと、優しい黄色と風味のよさで人気の高い和菓子だ。
蘭丸が携帯電話の画面をノリヒサに見せた。
「ノリヒサさん、来店履歴の際にユカリさんが書いた住所です。こちらはご存知ですか?」
「ええ、この住所は何度も見に行きましたが、もう引っ越してユカリは住んでないんです。大家さんに訊いても引っ越し先まではわからなくて」
来店履歴の住所は引っ越す前のものだった。ノリヒサは顔を曇らせ、項垂れる。
「ユカリはどこにいるんだろう……会いたい……」
咲人は記憶を辿るように視線を遠くへ置き、言葉を続ける。
「黄身時雨……そうだ、谷本ユカリ……あの女性か。彼女は恋人と別れたと話していた」
「お、覚えているんですか? 会話の内容まで……」
驚いて菜々美が大きな声を出すと、瑠璃が誇らしげに笑った。
「ふふふ、そうなの。咲人くんは記憶力がいいのよぅ」
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