21 / 78
二皿目 黄身時雨と初恋の人に会いたい鎌いたち
その9 会いたい女性
しおりを挟む
咲人がすっと棚の引き戸を開け、送り状の控えの綴りの束を取り出した。
「――その女性から電話で依頼を受けたことがあります。宅配で『黄身時雨』と『小豆時雨』を送ったはず。確か、半年前……。送り状の控えを見れば、彼女の住所がわかるはずです」
夕さりの店内の空気がぱっと明るくなった。
「さすが咲人くん。本当に頼りになりますね。僕も送り状の控えを探します」
「私も……!」
蘭丸と菜々美も、棚の引送り状の控えの綴りを調べる。じきに谷本ユカリという名前が見つかった。
「あった! ありました。送り状にユカリさんの新しい住所と電話番号が書かれてありますよ」
「お、教えてください。すぐに会いにいきます。ああ、ユカリ……ユカリ……!」
興奮するノリヒサが送り状の控えを見ようとした。しかし咲人がそれを取り上げてしまう。
「本人の許可を得ないうちは、勝手に連絡先を教えることはできません」
「そ、そんな……お願いします、僕は……」
咲人から射抜くような眼差しを向けられ、ノリヒサはしぶしぶ顔を伏せた。
すぐに咲人は肩から鬼之丞を下ろしてカウンターに置くと、スマートフォンと送り状の控えの綴りを持って、奥の部屋へと入って行く。
「ユカリに連絡しているんですね……ユカリ、僕のことを忘れてやしないだろうか。一体どこに……あぁ、ユカリに会いたい……」
祈るようなノリヒサの声は、かすかに震えている。
こんなにユカリを想っているノリヒサの気持ちを思うと、菜々美は切なくなった。
緊張した静かな時間が流れ、咲人が戻ってきた。ノリヒサの前に住所が書かれたメモを差し出す。
「ユカリさんの許可が下りました」
「本当ですか? 僕に会ってくれると?」
「ええ、ただし、うちのスタッフも一緒にというのが条件です」
安堵したノリヒサが両手で顔を覆った。
「そうですか。では一緒に……。ああ、よかった。一年ぶりにユカリに会えるんですね」
菜々美が「よかったですね」と声をかけると、ノリヒサは頷き、弾かれたように顔を上げた。
「そうだ、『黄身時雨』をお土産に持っていきたのですが」
「いいですね。きっとユカリさん喜ぶと思います。いくつにしましょうか」
「ユカリは本当に和菓子好きなんです。えっと、十個ください。それから『水無月』を二個、お願いします」
菜々美はすぐに和菓子を紙の箱に詰めて、紙袋に入れて手渡した。お金を払うニリヒサに聞こえないように、蘭丸が咲人に相談する。
「ねえ、咲人くん。一年ぶりに会う恋人についていくなんて、野暮だと思うけれど」
蘭丸は困惑している。菜々美も二人きりで会った方がいいように思うが、咲人はきっぱりと言った。
「今回はこの『甘味堂夕さり』の婚活の事案だ。蘭丸と菜々美でノリヒサさんをユカリさんのアパートまできちんとお送りしてくれ」
「えっ、私も……?」
「店の方は俺がいれば大丈夫だ。鬼之丞もいる」
「あいっ、ボク、パパのおてつだい、しゅるー。蘭たん、ななたん、いってらっしゃい。ノリたん、ユカたんとなかなおり、がんばってね」
小さな手を振る鬼之丞の無邪気な笑顔に見送られ、菜々美と蘭丸はノリヒサを送って行くことに。
「それじゃあ、行ってきます」
「あの、店長さん、ありがとうございました。おかげでユカリに会えます……!」
ノリヒサは何度も頭を下げ、店から出て行った。
「――その女性から電話で依頼を受けたことがあります。宅配で『黄身時雨』と『小豆時雨』を送ったはず。確か、半年前……。送り状の控えを見れば、彼女の住所がわかるはずです」
夕さりの店内の空気がぱっと明るくなった。
「さすが咲人くん。本当に頼りになりますね。僕も送り状の控えを探します」
「私も……!」
蘭丸と菜々美も、棚の引送り状の控えの綴りを調べる。じきに谷本ユカリという名前が見つかった。
「あった! ありました。送り状にユカリさんの新しい住所と電話番号が書かれてありますよ」
「お、教えてください。すぐに会いにいきます。ああ、ユカリ……ユカリ……!」
興奮するノリヒサが送り状の控えを見ようとした。しかし咲人がそれを取り上げてしまう。
「本人の許可を得ないうちは、勝手に連絡先を教えることはできません」
「そ、そんな……お願いします、僕は……」
咲人から射抜くような眼差しを向けられ、ノリヒサはしぶしぶ顔を伏せた。
すぐに咲人は肩から鬼之丞を下ろしてカウンターに置くと、スマートフォンと送り状の控えの綴りを持って、奥の部屋へと入って行く。
「ユカリに連絡しているんですね……ユカリ、僕のことを忘れてやしないだろうか。一体どこに……あぁ、ユカリに会いたい……」
祈るようなノリヒサの声は、かすかに震えている。
こんなにユカリを想っているノリヒサの気持ちを思うと、菜々美は切なくなった。
緊張した静かな時間が流れ、咲人が戻ってきた。ノリヒサの前に住所が書かれたメモを差し出す。
「ユカリさんの許可が下りました」
「本当ですか? 僕に会ってくれると?」
「ええ、ただし、うちのスタッフも一緒にというのが条件です」
安堵したノリヒサが両手で顔を覆った。
「そうですか。では一緒に……。ああ、よかった。一年ぶりにユカリに会えるんですね」
菜々美が「よかったですね」と声をかけると、ノリヒサは頷き、弾かれたように顔を上げた。
「そうだ、『黄身時雨』をお土産に持っていきたのですが」
「いいですね。きっとユカリさん喜ぶと思います。いくつにしましょうか」
「ユカリは本当に和菓子好きなんです。えっと、十個ください。それから『水無月』を二個、お願いします」
菜々美はすぐに和菓子を紙の箱に詰めて、紙袋に入れて手渡した。お金を払うニリヒサに聞こえないように、蘭丸が咲人に相談する。
「ねえ、咲人くん。一年ぶりに会う恋人についていくなんて、野暮だと思うけれど」
蘭丸は困惑している。菜々美も二人きりで会った方がいいように思うが、咲人はきっぱりと言った。
「今回はこの『甘味堂夕さり』の婚活の事案だ。蘭丸と菜々美でノリヒサさんをユカリさんのアパートまできちんとお送りしてくれ」
「えっ、私も……?」
「店の方は俺がいれば大丈夫だ。鬼之丞もいる」
「あいっ、ボク、パパのおてつだい、しゅるー。蘭たん、ななたん、いってらっしゃい。ノリたん、ユカたんとなかなおり、がんばってね」
小さな手を振る鬼之丞の無邪気な笑顔に見送られ、菜々美と蘭丸はノリヒサを送って行くことに。
「それじゃあ、行ってきます」
「あの、店長さん、ありがとうございました。おかげでユカリに会えます……!」
ノリヒサは何度も頭を下げ、店から出て行った。
10
あなたにおすすめの小説
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。
クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。
そんなある日クラスに転校生が入って来た。
幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新不定期です。
よろしくお願いします。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる