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二皿目 黄身時雨と初恋の人に会いたい鎌いたち
その13 二人の気持ち
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少しして、ユカリが赤ん坊を抱いて戻ってきた。赤ん坊はまるまるとして健康そうで、ふっくらした頬がとても愛らしい。
「ばぶっ、ばぶ、ばぁぶぅっ」
元気に手足をばたつかせている赤ん坊を見て、ノリヒサの顔から表情が完全に消えた。
「ユカリ……結婚したのか? ユカリが結婚を……。そ、そうか。一年も経っている。他に好きな男ができても……仕方がない……だけど……」
自分に言い聞かせるように、仕方がないと繰り返し、うなだれるノリヒサの肩が小さく震えている。
「菜々美ちゃん、どうしよう。こんなことになるなんて……っ」
蘭丸があわてている。その直後、ユカリがうつむいてしまったノリヒサへ、赤ん坊を差し出すようにした。
「よく見て。この子はノリヒサの子よ」
「なっ……ぼ、僕の子供?」
爆弾発言にノリヒサだけでなく、菜々美と蘭丸も目を剥いた。
「そうよ。鎌いたちの外見をしているでしょう? この子はノリヒサの子供なの」
ユカリがくるりと赤ん坊の背を見せた。臀部にふさふさとした茶色の尻尾がある。ノリヒサはごくりと喉を鳴らし、かすれた声で尋ねた。
「……本当に僕の子供なの? な、なんで、妊娠したことを僕に教えてくれなかった……?」
ユカリは少しの間、赤ん坊を抱いて黙って、じきに悔しそうな顔をノリヒサへ向けた。
「あたしは転勤するあなたについて行きたかった。でもあなたは結婚したくないと言ったわ。まだ結婚は考えられないと。所詮あなたにとってあたしは、結婚したいと思えない、遊び相手でしかなった。そんな女が自分の子供を身ごもっても、困るだけでしょう!」
「ち、違う……! 僕はユカリのことを本当に大切に思っていたんだ」
「嘘よ!」
悲鳴のようなユカリの声に、ノリヒサの顔が歪む。
「ぼ、僕はユカリのことが本当に好きだった。でも、結婚するには早すぎると思っていたんだ。ユカリは仕事を覚えたばかりだし、何も退職して僕についてこなくてもいいと……別れたいと言われてからも、この一年間、君からの連絡をずっと待っていた。ごめん、僕がもっと早く君に連絡を取っていれば……」
ノリヒサの目から涙があふれた。ユカリはそんな彼から目を逸らせる。
「あたしひとりで育てていこうと思ったの。あやかしの先輩が紹介してくれたイラストレーターの仕事が軌道に乗っていたし……。あなたがもし、この子を寄越せと言ってきたらと思うと怖かった。このまま会わないほうがいいと思っていたのだけど『夕さり』の店長さんから、あなたが会いたいと言っていると聞いて、ちゃんと子供のことを伝えないといけないと思ったの」
ユカリの目からも、透明な涙があふれた。抱いていた赤ん坊まで一緒に泣き出してしまう。
「ほんぎゃあ、おんぎゃあ、うあぁぁぁんっ」
「うぅ……泣き止んでちょうだい、坊や、お願い」
室内に赤ん坊とユカリの泣き声が切なく響くと、ノリヒサがゆっくりと、和菓子の入った紙袋を差し出した。
「ユカリ……ごめん。本当にごめんね。ひとりで苦労させて……。ほら、これはユカリが好きな『黄身時雨』だよ。泣かないで」
濡れた頬を上げたユカリが、目をまたたかせる。
「まあ、あたしの大好きな和菓子だわ。『甘味堂夕さり』さんの? いただいていいの?」
「うん。ユカリが泣くと、子供も不安になって泣いてしまう。美味しいものを食べて元気を出して」
「……ありがとうノリヒサ。優しいところも変わってないわね」
ユカリは赤ん坊を抱いたまま『甘味堂夕さり』の紙袋を受け取ると、片手で勢いよく包みを解いた。
「ああ、『黄身時雨』だわ。このひび割れ、素朴な形……美味しそう!」
その声は、ユカリの後頭部から聞こえてきた。
「ばぶっ、ばぶ、ばぁぶぅっ」
元気に手足をばたつかせている赤ん坊を見て、ノリヒサの顔から表情が完全に消えた。
「ユカリ……結婚したのか? ユカリが結婚を……。そ、そうか。一年も経っている。他に好きな男ができても……仕方がない……だけど……」
自分に言い聞かせるように、仕方がないと繰り返し、うなだれるノリヒサの肩が小さく震えている。
「菜々美ちゃん、どうしよう。こんなことになるなんて……っ」
蘭丸があわてている。その直後、ユカリがうつむいてしまったノリヒサへ、赤ん坊を差し出すようにした。
「よく見て。この子はノリヒサの子よ」
「なっ……ぼ、僕の子供?」
爆弾発言にノリヒサだけでなく、菜々美と蘭丸も目を剥いた。
「そうよ。鎌いたちの外見をしているでしょう? この子はノリヒサの子供なの」
ユカリがくるりと赤ん坊の背を見せた。臀部にふさふさとした茶色の尻尾がある。ノリヒサはごくりと喉を鳴らし、かすれた声で尋ねた。
「……本当に僕の子供なの? な、なんで、妊娠したことを僕に教えてくれなかった……?」
ユカリは少しの間、赤ん坊を抱いて黙って、じきに悔しそうな顔をノリヒサへ向けた。
「あたしは転勤するあなたについて行きたかった。でもあなたは結婚したくないと言ったわ。まだ結婚は考えられないと。所詮あなたにとってあたしは、結婚したいと思えない、遊び相手でしかなった。そんな女が自分の子供を身ごもっても、困るだけでしょう!」
「ち、違う……! 僕はユカリのことを本当に大切に思っていたんだ」
「嘘よ!」
悲鳴のようなユカリの声に、ノリヒサの顔が歪む。
「ぼ、僕はユカリのことが本当に好きだった。でも、結婚するには早すぎると思っていたんだ。ユカリは仕事を覚えたばかりだし、何も退職して僕についてこなくてもいいと……別れたいと言われてからも、この一年間、君からの連絡をずっと待っていた。ごめん、僕がもっと早く君に連絡を取っていれば……」
ノリヒサの目から涙があふれた。ユカリはそんな彼から目を逸らせる。
「あたしひとりで育てていこうと思ったの。あやかしの先輩が紹介してくれたイラストレーターの仕事が軌道に乗っていたし……。あなたがもし、この子を寄越せと言ってきたらと思うと怖かった。このまま会わないほうがいいと思っていたのだけど『夕さり』の店長さんから、あなたが会いたいと言っていると聞いて、ちゃんと子供のことを伝えないといけないと思ったの」
ユカリの目からも、透明な涙があふれた。抱いていた赤ん坊まで一緒に泣き出してしまう。
「ほんぎゃあ、おんぎゃあ、うあぁぁぁんっ」
「うぅ……泣き止んでちょうだい、坊や、お願い」
室内に赤ん坊とユカリの泣き声が切なく響くと、ノリヒサがゆっくりと、和菓子の入った紙袋を差し出した。
「ユカリ……ごめん。本当にごめんね。ひとりで苦労させて……。ほら、これはユカリが好きな『黄身時雨』だよ。泣かないで」
濡れた頬を上げたユカリが、目をまたたかせる。
「まあ、あたしの大好きな和菓子だわ。『甘味堂夕さり』さんの? いただいていいの?」
「うん。ユカリが泣くと、子供も不安になって泣いてしまう。美味しいものを食べて元気を出して」
「……ありがとうノリヒサ。優しいところも変わってないわね」
ユカリは赤ん坊を抱いたまま『甘味堂夕さり』の紙袋を受け取ると、片手で勢いよく包みを解いた。
「ああ、『黄身時雨』だわ。このひび割れ、素朴な形……美味しそう!」
その声は、ユカリの後頭部から聞こえてきた。
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