あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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二皿目 黄身時雨と初恋の人に会いたい鎌いたち

その14 二口女の一面

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 ユカリはゆっくりと、細く長い指を動かし、自らの頭の後ろ側の髪を分けた。そこに大きな口が浮かび上がると、彼女は『黄身時雨』を顔ではなく後頭部へ持っていく。
 くわっと頭の口が開き、ものすごい勢いで食べ始めた。

(す、すごい)

 菜々美が驚いている間に、ユカリの頭の口が和菓子をすべて食べ終えてしまった。

「ごちそうさまでした。坊や、待っててね、母さん美味しい和菓子を食べたから、美味しい母乳を飲ませるからね」
「ばーぶっ」

 泣き止んだ息子を愛おしそうに抱き寄せ、ユカリはノリヒサに向き直った。

「あたしの好物『黄身時雨』を覚えてくれたのね。ありがとう」

 ユカリの肩にそっと手を置き、ノリヒサは静かに口を開く。

「覚えているよ。ユカリと過ごした思い出はすべて。一年前、君を連れて行けばよかった。本当にごめん。これからのことを話し合いたい。結婚してください。赤ん坊と三人で、幸せな家庭を……作ろう。ユカリ……」
「ノリヒサ……」

 赤ん坊ごとユカリを抱きしめ、ノリヒサは声静かに涙を流し続けている。
 菜々美はゆっくりと蘭丸を見た。

「そろそろお暇しましょう、蘭丸さん」
「そうだね……!よかったですね、ノリヒサさん」
「いろいろとありがとうございました。菜々美さんと蘭丸さんがついて来てくれたおかげです」

 ノリヒサとユカリが並んで立ち、菜々美と蘭丸へ頭を下げる。赤ん坊が元気に手足をばたつかせた。

「ばぶっ、ばぶばぶばぶっ」
「それでは、失礼します」

 一年という空欄を埋めるように、仲睦まじく寄り添って、ノリヒサとユカリが手を振っている。
 幸せに包まれて、菜々美と蘭丸はアパートを後にした。
 蘭丸は笑顔で何度も、よかったと繰り返している。

「それにしてもユカリさん、赤ん坊を一人で育てていこうと思っていたんだよ。女の人は強いね。ノリヒサさん、しっかりしろって感じだよ」

 菜々美は笑顔で頷く。喧嘩別れした恋人の子供を一人で産み、育てていくには、よほどの覚悟がいっただろう。

「少し気が弱いところがあるノリヒサさんだけど、これからはきっと、ユカリさんと赤ちゃんのことを懸命に幸せにしようと頑張ると思います」
「うん。ユカリさんがしっかりしているから、お似合いだよね」

 車の前まで来ると、菜々美は運転席のほうへ回った。

「蘭丸さん、帰りは私が運転します。その方が、看板がよく見えると思うので」
「ありがとう。看板は見たいけれど、異界の狭間への行き方をまだ菜々美ちゃんは知らないと思うから、僕が運転するよ」

 普通に走っているだけでは、異界へ着かないようだ。
 行きと同じように、助手席に菜々美、運転席に蘭丸が座ると、車は岡山市内へ向かった。
 ノリヒサとユカリの笑顔を思い出すと、菜々美は胸の奥からじわじわと熱い気持ちが込み上げてきて、目をそっと閉じた。

「どうしたの、菜々美ちゃん。泣いているの? あの二人なら、きっと大丈夫だよ」

 運転しながら、蘭丸が菜々美の方を見て、にっこり笑った。

「蘭丸さん、運転中は前を……!」
「うわぁ! あ、赤信号だった」

 蘭丸が急ブレーキを踏み、菜々美はシートベルトに助けられ、前のめりになる。
 やがて車は市内に入り、さらに北区の大元神社付近を走った。

「よし、この辺りで……」

 蘭丸がカットソーの首の辺りから、翡翠のペンダントを取り出し、表面を撫でた。
 刹那、神社の裏道の駐車場から真っ白な光に包まれた道が現れる。そこを通って橋を渡ると、異界と人異の狭間の大通りに到着し、じきに車は『甘味堂夕さり』の駐車場へ停車した。

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