あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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二皿目 黄身時雨と初恋の人に会いたい鎌いたち

その15 それぞれの気持ちと水無月

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「戻りました!」

 菜々美と蘭丸が『甘味堂夕さり』へ戻ると、厨房にいた咲人と、カウンター席の瑠璃が声をそろえて「お帰り」と出迎えてくれた。

「あたしも心配で待っていたのよぅ。それで、どうだったの?」

 そう言う瑠璃の前に、回転寿司の皿のように、和菓子の銘々皿が高々と積まれている。

「ちょっと待って。瑠璃さん、食べ過ぎだよ」

 蘭丸が呆れている。

「いいから、いいから。菜々美ちゃん、ノリヒサさんはどうなったの?」
「ノリヒサさんとユカリさんは無事に再会できました。ユカリさん、ノリヒサさんの赤ちゃんを産んで一人で育てていたんです」
「んまあ!」

 瑠璃の美しい顔に青筋が浮かんだ。

「ユカリさんが気の毒だわ! あの能天気な鎌いたちめ! 何やってんだか!」
「まあまあ、喧嘩別れになってしまって、ユカリさんが妊娠したことを知らなかったみたいだし……」

 蘭丸がノヒリサをかばっていると、咲人が静かに口を開いた。

「遠回りしたことで、絆が深まるといいと思う。二人がうまくいくように祈るしかないな」
「ふうん。ねえ、咲人くんもそろそろ結婚したらどう? 和菓子にしか興味ないんじゃ、もったいないわよぅ。ここにこんないい女がいるんだし」

 瑠璃がウインクすると、蘭丸の方が心底嫌そうな顔になった。

「聞きたくないよ。もうやめて」
「なによ、蘭丸。嫌そうな顔をしないでよ」
「僕は、バアちゃんがそういうことを言うの、聞きたくないんだっ」
「え……バアちゃん?」

 意味がわからずにいる菜々美に、咲人が説明してくれる。

「瑠璃は、熊野進太郎という人間の男性と結婚していた。生まれたのが蘭丸の父親で……つまり蘭丸は、瑠璃の孫にあたる」
「ええっ? でも瑠璃さんは蘭丸さんと同じ年くらいにしか……」
「ありがとう、菜々美ちゃん。嬉しいわぁ」

 むぎゅっと瑠璃に抱きつかれ、菜々美は困惑しながら尋ねる。

「あの、瑠璃さんが蘭丸さんのおばあ……祖母って、本当ですか? 人間とあやかしが結婚できるの……?」
「そうよぅ。あやかしも人間と同じように結婚の概念があるの。ほとんどがあやかし同士で結婚して家庭を作っているわ。あやかしは不老長寿だからね。でも、中には人間とあやかしのカップルもいるのよぅ。夫の進太郎は、五年前に九十七歳で亡くなったけれど、自信を持って言えるわ。あたしと進太郎は幸せだったって。互いに深く愛し合っていたのよ」

 胸を張った瑠璃は、満面の笑みを浮かべ、揺るぎない口調でそう言った。

「今でも、ジイちゃんのことを想っているくせに、どうしてバアちゃんは最近、咲人さんを口説くのさ」

 蘭丸が不機嫌そうな顔で問うと、瑠璃は困ったように目を伏せた。

「だってぇ、咲人くんとは幼馴染だもの。進太郎と出会わなかったら咲人くんと結婚していたと思うの。ねえ、咲人くん、あたしが進太郎のことを忘れられたら、あたしと結婚してくれる?」
「無理だ。瑠璃が進太郎のことを忘れるわけがない。ひとりをずっと想って生きていけばいいものを……」
「だって、最近すごく寂しいの。咲人くんなら、あたしの気持ちをわかってくれるでしょう?」
「俺にとって瑠璃は友人としか思えない。結婚なんてできない」

 ぴしゃりと言い切った咲人に、菜々美はなぜか安堵していた。

「そんなぁ、ヒドイわ。あたしは咲人くんなら、再婚してもいいと思っていたのにぃぃ」

 瑠璃から冷気が迸り、氷の礫が咲人へと放たれる。

「――やめろ」

 低い声で諫めながら、咲人がゆっくりと片手をかざして、妖力の光を放出した。それらが氷を溶かし、光のかけらとなって空中へ舞い散る。
 蘭丸が瑠璃と咲人の間に入った。

「バアちゃん、店内で妖力放出とか、やめてよ」
「うん……ごめん。つい」

 小さく舌を出す瑠璃が落ち着いているのを見ると、咲人は腕まくりをして厨房に立った。
「少なくなった『水無月』を作る。菜々美も手伝え」
「はいっ」

 今日は夏越祓の日だ。『水無月』を買いに来る客がまだまだいる。
 蘭丸と瑠璃に、咲人と菜々美が作った出来立ての『水無月』を振る舞う。昼寝中の小鬼の分もちゃんとある。
 緑色と黒色の変わり種の三角形の生地を前に、蘭丸と瑠璃が声を上げた。

「わぁ、黒糖水無月と抹茶水無月! 僕、食べてみたいと思っていたんだ」
「あたし初めてよ。嬉しいわ」

 満足そうに微かに微笑んだ咲人に、菜々美も笑顔になる。
 外郎のもちもちとした食感と、甘く煮た小豆が口の中で混ざり合い、蘭丸と瑠璃も美味しそうに頬張っている。
 それは、甘くて切ない味だった。
 菜々美はきっとこれから先も、六月三十日になると、この味をなつかしく思い出すだろうと思った。
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