あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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三皿目 ろくろ首の母娘と水羊羹

その1 初夏の水羊羹

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「ただいま……あれ、お母さん? 今日は早いね……」

 夕さりでの仕事が終わり、帰宅した菜々美は、台所を見て小さく息を呑んだ。

「お、おかえり、菜々美ちゃん。夕食のオムライス、玉葱を炒めているところなの」

 母は昔から料理が苦手なので、菜々美は朝のうちに下ごしらえをすませ、葱や夏野菜など食材はあらかじめカットして、炒めるだけという状態で冷蔵庫に入れておいたはずだった。

(わあぁ……なんで台所が戦場みたいになっているの……?)

 潰れたトマトが血のようにテーブルや流しに飛び散り、焦げた夏野菜が器からあふれて転がっている。菜々美は固まったように動けない。

「いつも菜々美ちゃんに作ってもらうのも悪いから、母さん頑張っているところなの。菜々美ちゃん、この玉葱、火が通っている?」

 焦げた匂いが広がる台所で、智子がフライパンの火を止めた。中の玉葱は真っ黒に焼けていて、とほほと菜々美は肩を落とす。

「あとは私が作るから、母さんは持って帰ったお仕事をしてね」

 保育士の母は、壁面や行事の準備で、毎日家で何か作業をしている。
 菜々美がテキパキと食材を切るのを見て、母が感心してつぶやいた。

「さすが上手ね。菜々美は誰に似たのかしら」
「お父さんじゃないかな。……ね、私のお父さんって、どんな人だった……?」

 さりげなく尋ねてみる。母な昔から父の話になると動揺して挙動不審になったが、やはり今夜も目が泳ぎ、ロボットのような不自然な動きで立ち上がった。

「……あっ、電話だわ。ごめんね、菜々美ちゃん」

 何の音も聞こえないのに、智子はいそいそと、台所を出て行った。そもそも両手は空いたままでスマホを持ってもいない。
 聞かれたくない、と母の背中が語っていた。やはり父のことを話題にするのは抵抗があるようだ。

(父さんのこと、思い出すのが、まだつらいのかな。そういえば、瑠璃さんも……)

 愛する人の死の残酷さは、まだ好きな人がいない菜々美には想像するしかできない。

(愛する人、か……)

 なぜかふいに咲人の顔が浮かび、菜々美はあわてて夕食作りに取りかかった。




  ***


(今日から七月。今日も頑張って美味しい和菓子を作ろう)

 まとまった雨が降らないまま、七月に入った。菜々美は右手をかざして降り注ぐ強い日差しを見上げ、元気よく歩いて行く。
 ひんやりとした雑木林の中を抜け、結界を通ることにも慣れ、『甘味堂夕さり』の扉を元気よく開けた。

「おはようございます!」
「ななたん、おはようー! あいさつのチュウして」

 小鬼の鬼之丞が菜々美の肩まで、えいしょえいしょとよじ登ってきて、肩に乗ってつるつるのほっぺを摺り寄せる。

「ちゅー」

 唇を尖らせると、菜々美の頬にチューと吸い付いた。
 よだれでべとべとの可愛いキスのあと、小さな頭をぐりぐりと押し付けてくる。
 角が痛いが、可愛いから我慢していると、咲人が静かな口調で注意した。

「鬼之丞、菜々美に角が当たって、痛がっている」

 鬼之丞が驚いて、頭を離した。

「はぅ……。ななたん、痛かった? ごめんね」

 愛らしいぷくぷくした頬をちょんとつつき、菜々美は「大丈夫よ」と言って臙脂色の作務衣に着替えた。

「七月に入ったので、一部、新しいメニューを取り入れる」
「はいっ」

 どんな和菓子だろうとわくわくする。
 人界でも、七月は七夕や花火があり、京都では祇園祭一色で、献上菓子や期間限定菓子が並ぶという。どの和菓子店も、目にも涼しい透明感のある和菓子を増やしている。

「今日は『水羊羹』と『冷やしわらび餅』、『茹で小豆の葛プリン』を中心に売ろうと思う。菜々美、早速厨房に入って補助を頼む」

 今日も美麗な咲人は、凛々しい藍色の作務衣姿で厨房に立っている。
 髪をポニーテールにした菜々美も厨房に入り、暑い季節に涼を運んでくれるひと品、『水羊羹』に取りかかる。
 粉寒天を溶かし、黒砂糖と小豆こし餡をそれぞれ丁寧に混ぜ合わせ、冷まして流し型に入れ、気泡を取り除き、常温が固めてから冷蔵庫に入れて切り分けると、さらさらと口の中で蕩ける『水羊羹』の出来上がりだ。
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