あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

文字の大きさ
29 / 78
三皿目 ろくろ首の母娘と水羊羹

その2 高鳴る鼓動

しおりを挟む
「次は『冷やしわらび餅』だ。俺は他の練り切りを作る。分量と手順をまとめたメモを見ながら一人で作れるか?」
「はい、やらせてください」

 咲人から、分量と手順が書かれたメモを手渡された。
 菜々美が作ってきた方法とは違うが、ざっと目を通し、流れを頭にいれ、本わらび粉を手に取った。
 本わらび粉は、わらびの地下茎から取ったでんぷんの粉類で、ふるふるとしてもっちりしているのが特徴的だ。
 水を加えて混ぜてこし、グラニュー糖と和三盆糖を加えて加熱し、全体をしっかり練る。静かに型に流し入れ、常温で冷まして固めると、きな粉を敷いたバットの上に移し、広げる。
 思った以上に熱く、左手の甲にぴりっと痛みが走った。

「熱……」

 動揺しながら手を押さえると、餡を作っていた咲人がすぐに手を止め、そばに来た。

「菜々美、どうした。火傷を?」
「いいえ、ちょっと熱かっただけです。なんともありません」

 咲人が調理台を回り込んで、菜々美の左手首を掴んで引っ張るようにして見ている。

「すぐに冷やしたほうがいい」

 水道の水を勢いよく出し、菜々美の左手首を掴んで流水に晒す。

「心配で厨房に立たせられない。気をつけてくれ」
「……すみません」

 掠れた声に、心臓のやわらかい部分を引っ掻かれた気がした。その部分からじわじわと熱を帯びていくような、ぞくぞくする感じに唇を噛みしめる。

(わ、私……なんだか……胸が……苦しい……)

 すぐに水で冷やしたのがよかったのだろう、火傷した部分は赤くなったりもせず、痛みもほとんどない。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

 咲人の整った顔に安堵が浮かび、小さく息をついた。

「大事なくてよかった。少し休んでくれ」
「いいえ、後は切り分けるだけですので……」
「そうか。包装紙が足りないから、俺は倉庫から探して持ってくる。もう少しすると粉類や小豆が業者から届くから、受け取っておいてほしい」
「わかりました」

 咲人が出て行くと、菜々美は小さく息をつき、気をつけながら、冷やしわらび餅をスケッパーで食べやすい大きさに切っていく。
 それらを冷蔵ケースに入れながら、黒蜜ときな粉の用意をしていると、がらっと勢いよく扉が引かれた。

 菜々美が振り返ると、段ボール箱を抱えた男性が入ってきた。肩までの金髪と、彫りが深く端正な顔立ちをした男性だ。

「あ、業者の方ですか? お世話に……」
「咲人くうぅぅん、おっはようぅぅ!」

 彼はいきなり大きな声を出すと、口をすぼめ、チュッと誰もいない厨房へ向けて投げキッスをしたまま、動きを止めた。

「ちょっと! 咲人くんはどこよ?」
「あ、あの。おはようございます。咲人さんはちょっと用があって、倉庫に。私が商品をお受け取りしますので」

 彼は訝しげに菜々美を睨んだ。

「誰よ、あんた」

 敵意を感じ、菜々美は困惑しながらも、自己紹介する。

「初めまして。少し前に採用になった、スタッフの桃瀬菜々美です」
「なんですってぇ? あんた、この店で咲人くんと働いているのぉ?」
「はい……」

 射殺すような眼差しに、菜々美は動揺し、それ以上言葉が出ない。
 気まずい沈黙が広がり、ハーフっぽい男性が何か言いかけたところで、包装紙を手に、咲人が戻ってきた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...