31 / 78
三皿目 ろくろ首の母娘と水羊羹
その4 明と咲人
しおりを挟む
「咲人くぅぅん、アタシ帰るからね。お別れのキスしてぇ」
きつく眉根を寄せた咲人が、抱きついてきた明の腕を振りほどいた。
「開店準備中だ。明、配達が終わったら、さっさと店に帰ってくれ」
「ひどい、咲人くん! ひどいわ! 嫁に向かってそんな冷たい言葉を」
「誰が嫁だ。仕事の邪魔をするな」
呆れたように言い放つ咲人に、明が「そんなぁ」としがみつく。夫婦漫才のようなやり取りを見ながら、菜々美は明の冷気に気づいていた。
「蘭丸さん、明さんは……」
「うん。彼は桂男のあやかしなんだよ」
なるほど、と菜々美は思った。江戸時代の奇談集『絵本百物語』に記載がある桂男は、美男として知られている。
「明さんは、あの通り派手な外見で、女性からも男性からも人気があるんだよ。次々に恋人を変えて、来る者拒まず、去る者追わずという感じのプレーボーイなんだけど、咲人くんだけは特別みたいで、熱心に口説こうとしている。僕のこともライバルだと勝手に思い込んでいるし、菜々美ちゃんも敵対視されると思うから、気をつけて」
「ありがとうございます。私はスルーされてますから、大丈夫ですよ」
二人の話が聞こえたようで、明が菜々美をビシッと指差して言った。
「あんたみたいなブス、咲人くんが相手にするわけがないでしょう! ライバルでもなんでもないわよっ。咲人くんはアタシのものなのっ」
「明、俺はお前と付き合うつもりはない」
はっきり言った咲人に、明がヒィーーッと悲鳴に近い声を上げた。
「んまあ! アタシが男だから駄目なの?」
「違う。そうじゃない。俺は恋愛はしないと決めている」
思わぬ言葉に、菜々美は息を呑んだ。
「れ、恋愛をしないと決めているって、どうして……?」
思わず尋ねていた。咲人はゆっくりと菜々美の方を見た。
「俺は和菓子のことしか考えられない。恋人なんて必要ない。だからそういう期待をされるのは迷惑だ」
冷やかな態度でそう言うと、咲人は厨房に戻ってこし餡作りに取りかかった。
「咲人くうぅぅん……っ、ああ、その和菓子を作っている姿が最高だわ」
蘭丸が明の背中を叩く。
「ほら、明さん、お仕事もあるし、お父さんからまた電話がかかってきますよ」
「仕方ないわね……」
明はしぶしぶ頷くと、片手で金髪をかき上げた。
「アタシ、諦めないからっ、いいわね蘭丸くん、咲人くんに手を出さないでっ」
ビシッと蘭丸を指差し、持ってきた食材の段ボール箱を抱えて、ぱたぱたと帰って行った。
「咲人くんってさ、不思議な魅力があるでしょ? だからああやって、周囲から熱烈に言い寄られてるんだ。でも恋愛に興味はないみたいで……もったいないと思うんだけど」
蘭丸がため息をついた。
きつく眉根を寄せた咲人が、抱きついてきた明の腕を振りほどいた。
「開店準備中だ。明、配達が終わったら、さっさと店に帰ってくれ」
「ひどい、咲人くん! ひどいわ! 嫁に向かってそんな冷たい言葉を」
「誰が嫁だ。仕事の邪魔をするな」
呆れたように言い放つ咲人に、明が「そんなぁ」としがみつく。夫婦漫才のようなやり取りを見ながら、菜々美は明の冷気に気づいていた。
「蘭丸さん、明さんは……」
「うん。彼は桂男のあやかしなんだよ」
なるほど、と菜々美は思った。江戸時代の奇談集『絵本百物語』に記載がある桂男は、美男として知られている。
「明さんは、あの通り派手な外見で、女性からも男性からも人気があるんだよ。次々に恋人を変えて、来る者拒まず、去る者追わずという感じのプレーボーイなんだけど、咲人くんだけは特別みたいで、熱心に口説こうとしている。僕のこともライバルだと勝手に思い込んでいるし、菜々美ちゃんも敵対視されると思うから、気をつけて」
「ありがとうございます。私はスルーされてますから、大丈夫ですよ」
二人の話が聞こえたようで、明が菜々美をビシッと指差して言った。
「あんたみたいなブス、咲人くんが相手にするわけがないでしょう! ライバルでもなんでもないわよっ。咲人くんはアタシのものなのっ」
「明、俺はお前と付き合うつもりはない」
はっきり言った咲人に、明がヒィーーッと悲鳴に近い声を上げた。
「んまあ! アタシが男だから駄目なの?」
「違う。そうじゃない。俺は恋愛はしないと決めている」
思わぬ言葉に、菜々美は息を呑んだ。
「れ、恋愛をしないと決めているって、どうして……?」
思わず尋ねていた。咲人はゆっくりと菜々美の方を見た。
「俺は和菓子のことしか考えられない。恋人なんて必要ない。だからそういう期待をされるのは迷惑だ」
冷やかな態度でそう言うと、咲人は厨房に戻ってこし餡作りに取りかかった。
「咲人くうぅぅん……っ、ああ、その和菓子を作っている姿が最高だわ」
蘭丸が明の背中を叩く。
「ほら、明さん、お仕事もあるし、お父さんからまた電話がかかってきますよ」
「仕方ないわね……」
明はしぶしぶ頷くと、片手で金髪をかき上げた。
「アタシ、諦めないからっ、いいわね蘭丸くん、咲人くんに手を出さないでっ」
ビシッと蘭丸を指差し、持ってきた食材の段ボール箱を抱えて、ぱたぱたと帰って行った。
「咲人くんってさ、不思議な魅力があるでしょ? だからああやって、周囲から熱烈に言い寄られてるんだ。でも恋愛に興味はないみたいで……もったいないと思うんだけど」
蘭丸がため息をついた。
10
あなたにおすすめの小説
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。
クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。
そんなある日クラスに転校生が入って来た。
幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新不定期です。
よろしくお願いします。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる