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三皿目 ろくろ首の母娘と水羊羹
その10 小さな公園
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蘭丸が清美たちに相談する間、菜々美はアカリと散歩に出かけた。
アカリは帽子をかぶって菜々美と手をつなぎ、嬉しそうに歩いて行く。初夏の日差しの中、二人は上を向いた。
「いいお天気ね、アカリちゃん」
「うん、空が真っ青で気持ちいい。お姉さん、公園があるよ」
アカリが元気よく走り出し、菜々美に「こっち、こっと」と手を振る。
「あ、転ばないようにね……わぁっ」
あわてて駆け出した菜々美のほうが小石につまずき、ズサッと音を立てて転んでしまった。
「あいた……」
「お姉さん、大丈夫?」
すぐに戻ってきてくれたアカリが、心配そうに菜々美を見つめている。
「平気、平気。大丈夫よ。お姉ちゃんドジでよく転ぶの。気をつけるね」
優しいこの子を誰が傷つけているのだろう。菜々美は唇を噛みしめて立ち上がり、元気よく服をはたいた。
住宅地の奥へと歩いて行き、隅っこに小さな公園があった。
ゴミステーションの壁が邪魔をして、死角になったその公園は、ブランコと鉄棒がぽつんとあるだけで、遊んでいる子供はいなかった。
「こんなところに公園があるのね。誰もいないから貸し切りだわ。アカリちゃん、ブランコに乗ろうか」
「うん。もう少し向こうに、大きくてきれいな公園ができたから。ここはいつも人が少ないの」
人がいない小さな公園で、アカリはブランコに乗った。菜々美が後ろから押すと、わぁっと歓声を上げる。
「リュウおじちゃんと、大きな公園によく行くの。ブランコに乗ってどっちが高く漕げるか競争すると、あたしがいつも勝つんだよ」
「リュウおじちゃんって、間宮さんのこと?」
「そう。ママはリュウおじちゃんと結婚するのかな……」
アカリの声が沈んでいく。
「アカリちゃんは、間宮さんのことが好き?」
「うーん、わかんない。リュウおじちゃんは好きだけど、パパになったら、きっと怖くなるの」
何かに怯えているように、アカリの声は固かった。
菜々美は思い切って尋ねてみる。
「アカリちゃんに痛いことをする人、いる?」
「…………」
きゅっと口元を強張らせ、アカリは下を向いた。
子ども心に言ってはいけないと考えているようだ。まだ小さなアカリが、ひとりで悩んで、辛い思いをしている。菜々美の心臓が切なく脈打った。
「辛いことがあれば、誰かに話したほうがいいんだよ」
「本当に?」
「そうだよ。我慢しないで、周囲の大人に、話すことが大切なの」
アカリは瞳を揺らした。その直後――。
「おーい、アカリ! ここにいたのかい?」
聞こえてきたのは男性の声だ
振り返ると、いつの間にか小さな公園の入り口を隠すように、黒塗りの高級車が停まっていた。そして、ワイシャツにスラックス姿の男性が公園の入口に立っている。
サラリーマンだろうか、黒髪を後ろへ撫でつけ、黒縁眼鏡の彼は、腕に背広をひっかけるようにしてアカリを見つめている。
「パパ……」
「え、パパ?」
こくこくとアカリは頷いた。
「あたしの、本当のパパ」
どうやら、清美の元夫のようだ。
清美は、元夫は同族だったと話していた。彼はろくろ首のあやかしだろう。
先日の客、ノリヒサもサラリーマンだったが、のほほんとした彼と違い、アカリの実父はどこか神経質そうな顔つきで、咥えタバコを携帯の灰皿に入れ、揉み消した。
「アカリ、そちらの女性は?」
「……」
実父が、ゆっくりと近づいてきた。途端にぴくりと体を震わせてブランコを降りたアカリが、菜々美にしがみついてくる。
――もしかして。
アカリは帽子をかぶって菜々美と手をつなぎ、嬉しそうに歩いて行く。初夏の日差しの中、二人は上を向いた。
「いいお天気ね、アカリちゃん」
「うん、空が真っ青で気持ちいい。お姉さん、公園があるよ」
アカリが元気よく走り出し、菜々美に「こっち、こっと」と手を振る。
「あ、転ばないようにね……わぁっ」
あわてて駆け出した菜々美のほうが小石につまずき、ズサッと音を立てて転んでしまった。
「あいた……」
「お姉さん、大丈夫?」
すぐに戻ってきてくれたアカリが、心配そうに菜々美を見つめている。
「平気、平気。大丈夫よ。お姉ちゃんドジでよく転ぶの。気をつけるね」
優しいこの子を誰が傷つけているのだろう。菜々美は唇を噛みしめて立ち上がり、元気よく服をはたいた。
住宅地の奥へと歩いて行き、隅っこに小さな公園があった。
ゴミステーションの壁が邪魔をして、死角になったその公園は、ブランコと鉄棒がぽつんとあるだけで、遊んでいる子供はいなかった。
「こんなところに公園があるのね。誰もいないから貸し切りだわ。アカリちゃん、ブランコに乗ろうか」
「うん。もう少し向こうに、大きくてきれいな公園ができたから。ここはいつも人が少ないの」
人がいない小さな公園で、アカリはブランコに乗った。菜々美が後ろから押すと、わぁっと歓声を上げる。
「リュウおじちゃんと、大きな公園によく行くの。ブランコに乗ってどっちが高く漕げるか競争すると、あたしがいつも勝つんだよ」
「リュウおじちゃんって、間宮さんのこと?」
「そう。ママはリュウおじちゃんと結婚するのかな……」
アカリの声が沈んでいく。
「アカリちゃんは、間宮さんのことが好き?」
「うーん、わかんない。リュウおじちゃんは好きだけど、パパになったら、きっと怖くなるの」
何かに怯えているように、アカリの声は固かった。
菜々美は思い切って尋ねてみる。
「アカリちゃんに痛いことをする人、いる?」
「…………」
きゅっと口元を強張らせ、アカリは下を向いた。
子ども心に言ってはいけないと考えているようだ。まだ小さなアカリが、ひとりで悩んで、辛い思いをしている。菜々美の心臓が切なく脈打った。
「辛いことがあれば、誰かに話したほうがいいんだよ」
「本当に?」
「そうだよ。我慢しないで、周囲の大人に、話すことが大切なの」
アカリは瞳を揺らした。その直後――。
「おーい、アカリ! ここにいたのかい?」
聞こえてきたのは男性の声だ
振り返ると、いつの間にか小さな公園の入り口を隠すように、黒塗りの高級車が停まっていた。そして、ワイシャツにスラックス姿の男性が公園の入口に立っている。
サラリーマンだろうか、黒髪を後ろへ撫でつけ、黒縁眼鏡の彼は、腕に背広をひっかけるようにしてアカリを見つめている。
「パパ……」
「え、パパ?」
こくこくとアカリは頷いた。
「あたしの、本当のパパ」
どうやら、清美の元夫のようだ。
清美は、元夫は同族だったと話していた。彼はろくろ首のあやかしだろう。
先日の客、ノリヒサもサラリーマンだったが、のほほんとした彼と違い、アカリの実父はどこか神経質そうな顔つきで、咥えタバコを携帯の灰皿に入れ、揉み消した。
「アカリ、そちらの女性は?」
「……」
実父が、ゆっくりと近づいてきた。途端にぴくりと体を震わせてブランコを降りたアカリが、菜々美にしがみついてくる。
――もしかして。
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