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三皿目 ろくろ首の母娘と水羊羹
その14 武勇伝と翡翠のピアス
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数日が経ち、朝から絹糸のような細い雨が降った日――。
「聞いたわよぅ。菜々美ちゃんの大立ち回り、すごかったらしいわね」
瑠璃が『甘味堂夕さり』に来て、いつものように大量の和菓子を食べながら、興奮して菜々美の背中を叩いている。
「何を言っている。まったく怪我をしているのに、ろくろ首の康之に素手で向かっていくなんて、肝が冷えた」
咲人は不機嫌そうに言い放ち、菜々美を睨みつけた。
「すみません。逃さないように、必死でした」
菜々美がおずおずと言い訳すると、蘭丸が楽しそうに笑った。
「僕は菜々美ちゃんの急所蹴り、見ていて胸がすく思いがしたよ」
「うふふ、あたしも見てみたかったわ、菜々美ちゃんの急所蹴り!」
「いいえ、そんな……」
康之の件は、咲人や蘭丸の活躍があってこそ解決したのに、菜々美の「急所蹴り」が大活劇として伝わってしまっているようだ。
配達ではなく、お客として来店した明が、金髪を掻き上げながら、ふんっと鼻を鳴らした。
「まったく、もうっ! 男のアソコを蹴るなんて信じられない。アタシの大切な咲人くんの股間に指一本でも触れたら、絶対に許さないんだからっ!」
「そ、そんなことしません」
真っ赤になった菜々美を見て、明がクワッと目を見開いた。
「なんで赤くなるのよっ! アンタ本気で咲人くんを狙ってるんじゃないでしょうね? 咲人くんの嫁はアタシなんだからぁ!」
「いい加減にしろ、明。なにが嫁だ」
「咲人くん、アタシ心配だわ。こんな急所蹴り女が咲人くんのそばにいるなんて。咲人くぅぅんっ」
抱きついてくる明を引きはがし、咲人が呆れながらため息をついた。
「……雨、もう止みそうですね」
菜々美は『夕さり』の窓から見える庭園の外へ視線を向けた。音もなく針のように細い雨が降り続いているが、空は明るい。
咲人が菜々美のそばに立ち、一緒に窓の外を見つめる。
「……あのろくろ首のDV男が、もう母娘に近づかないといいな」
咲人の声に、菜々美は深く頷く。
見上げた大理石のような空にアカリの顔が重なり、雨が涙のように感じられた。
徐々に雨が途切れだし、昼すぎになると太陽が顔を見せ、雨が上がった。
「見て、菜々美ちゃん、きれいだよ」
蘭丸の明るい声の方を見ると、庭園の緑についた水滴が、日差しを反射して煌めいている。菜々美は窓から顔を出し、深呼吸をした。
「雨上がりの空気って、清々しくていいですね」
隣に並んだ蘭丸も、同じように雨が残る空気を吸い込んだ。
「ねえ、菜々美ちゃん。お店が終わったら、清美さんとアカリちゃんの様子を見に行こうか」
「はい! あの事件の後、無事にしているか心配でした」
「俺も一緒に行く。あの母娘に、翡翠のピアスを渡したい」
咲人が握りしめているのは、付けている人の危険を知らせる妖力が込められた翡翠のピアスだ。
「聞いたわよぅ。菜々美ちゃんの大立ち回り、すごかったらしいわね」
瑠璃が『甘味堂夕さり』に来て、いつものように大量の和菓子を食べながら、興奮して菜々美の背中を叩いている。
「何を言っている。まったく怪我をしているのに、ろくろ首の康之に素手で向かっていくなんて、肝が冷えた」
咲人は不機嫌そうに言い放ち、菜々美を睨みつけた。
「すみません。逃さないように、必死でした」
菜々美がおずおずと言い訳すると、蘭丸が楽しそうに笑った。
「僕は菜々美ちゃんの急所蹴り、見ていて胸がすく思いがしたよ」
「うふふ、あたしも見てみたかったわ、菜々美ちゃんの急所蹴り!」
「いいえ、そんな……」
康之の件は、咲人や蘭丸の活躍があってこそ解決したのに、菜々美の「急所蹴り」が大活劇として伝わってしまっているようだ。
配達ではなく、お客として来店した明が、金髪を掻き上げながら、ふんっと鼻を鳴らした。
「まったく、もうっ! 男のアソコを蹴るなんて信じられない。アタシの大切な咲人くんの股間に指一本でも触れたら、絶対に許さないんだからっ!」
「そ、そんなことしません」
真っ赤になった菜々美を見て、明がクワッと目を見開いた。
「なんで赤くなるのよっ! アンタ本気で咲人くんを狙ってるんじゃないでしょうね? 咲人くんの嫁はアタシなんだからぁ!」
「いい加減にしろ、明。なにが嫁だ」
「咲人くん、アタシ心配だわ。こんな急所蹴り女が咲人くんのそばにいるなんて。咲人くぅぅんっ」
抱きついてくる明を引きはがし、咲人が呆れながらため息をついた。
「……雨、もう止みそうですね」
菜々美は『夕さり』の窓から見える庭園の外へ視線を向けた。音もなく針のように細い雨が降り続いているが、空は明るい。
咲人が菜々美のそばに立ち、一緒に窓の外を見つめる。
「……あのろくろ首のDV男が、もう母娘に近づかないといいな」
咲人の声に、菜々美は深く頷く。
見上げた大理石のような空にアカリの顔が重なり、雨が涙のように感じられた。
徐々に雨が途切れだし、昼すぎになると太陽が顔を見せ、雨が上がった。
「見て、菜々美ちゃん、きれいだよ」
蘭丸の明るい声の方を見ると、庭園の緑についた水滴が、日差しを反射して煌めいている。菜々美は窓から顔を出し、深呼吸をした。
「雨上がりの空気って、清々しくていいですね」
隣に並んだ蘭丸も、同じように雨が残る空気を吸い込んだ。
「ねえ、菜々美ちゃん。お店が終わったら、清美さんとアカリちゃんの様子を見に行こうか」
「はい! あの事件の後、無事にしているか心配でした」
「俺も一緒に行く。あの母娘に、翡翠のピアスを渡したい」
咲人が握りしめているのは、付けている人の危険を知らせる妖力が込められた翡翠のピアスだ。
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