あやかし甘味堂で婚活を

一文字鈴

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四皿目 どら焼きと離婚寸前の夫婦

その5 鬼之丞の母、マリナの涙

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「瑠璃さん、どうぞ。お待たせしました」

 菜々美が朱色の盆に大皿を載せて並べると、瑠璃は「わぁ……っ」と歓声を上げ、十文字を手に取って口に運ぶ。

「ああ、美味しいわ! 再婚するならやっぱり、顔がよくて和菓子が作れる魅力的な咲人くんがいいな」

 蘭丸が、きょろきょろと店内を見回す。

「明さんがいたら、大変なことになっているよ。血の雨が降るかも」
「あの桂男の坊や、なかなか咲人くんのことを諦めないわね。蘭丸にも食ってかかっているし」
「さっきは菜々美ちゃんもターゲットになっていたよ」
「ふふっ、なるほどね。菜々美ちゃんも大変だわ」

 瑠璃は話をしながらも、手を休ませることなく、ものすごい速さで和菓子を食べていく。 

 そんな中、カラカラと控えめに扉が引かれ、若い女性客が入ってきた。

「お邪魔します」

 栗色の長い髪をした美しい女性で、細い体にぴったりとした白色の半袖のワンピースがよく似合っている。
 伏し目がちな彼女は顔色が悪く、ゆっくりとした所作で厨房の方へ歩み寄った。

「咲人くん、迷惑をかけてごめんね」
「マリナ……」

 二人のわけありっぽい雰囲気に、菜々美は目を丸くした。一体誰だろう?

「とにかく、座れ、マリナ」

 咲人はまるで繊細な宝物を扱うように、マリナという女性を優しくテーブル席まで案内する。
 シンと静まり返った店内の違和感に気づき、咲人が彼女を紹介した。

「こちらは、鬼之丞の母親のマリナだ」
「えっ、鬼之丞ちゃんの、お母さん?」

 菜々美は目を見開いた。似てない。頭に角もないし鬼に見えない。というか人間のように見える。

「マリナは人魚だ。水中で足が魚の背びれに代わる。彼女の夫が天邪鬼で、鬼之丞は父親似だ」

 咲人の説明に、ぽんと菜々美は手を打った。

「パパさんが天邪鬼……それで鬼之丞ちゃんは、鬼族の外見をしているんですね」

 天邪鬼は、鎌倉時代の説話集『古今著聞集』や鳥山石燕の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』などに登場している。
 寺にある四天王の一人、毘沙門天びしゃもんてんの像を始め、執金剛神や日本各地の寺で踏みつけられたり、建物の支えになったりしている。人間の欲を現す存在として知られ、ひねくれ者で、相手が望むことと反対のことをすると言われている。
 菜々美の脳裏に、咲人と明の会話が蘇る。

『……鬼之丞の母親は、精神的にいろいろ参っている。何とか力になりたいと思っているが、夫婦の問題は二人で解決してもらうしかない』

 こんなきれいで華奢な妻を苦しめるなんて、ひどい夫がいるものだ、と菜々美は小さく息をついた。

「あの、みなさん、息子が……鬼之丞がお世話になっています。菜々美さん初めまして。お話は咲人くんから伺っています。どうぞよろしくお願いします……」
「こちらこそ、よろしくお願いします。鬼之丞ちゃんが可愛くて、いつも癒されています」
「……」

 頭を下げたマリナの目から、透明な涙があふれた。突然のことに、菜々美はあわてる。

「ど、どうしたんですか。お、お腹がいたいとか?」
「いいえ……実は……」

 顔を上げたマリナは、震える唇を噛みしめた。

「もう、ダメかもしれないんです。あたしと夫……」
「えっ?」
「夫の心が、離れてしまって……それで、咲人くんに相談したくて……」

 苦しそうに胸を押さえるマリナの隣に咲人が腰かけ、菜々美の方を見た。

「菜々美、この人にも『琥珀羹』と『ききょうもち』を二個ずつ持ってきてくれ」

 そんなに食べられない気がするが、とりあえず、言われた通りに和菓子の準備をする。

「独身の咲人くんに、そんな夫婦の問題やら男女間の悩みを相談してもアレだから、ここはあたしが相談に乗るわよぅ」

 そう言って、瑠璃がマリナの向かい側の席に座った。
 菜々美は言われた通り、厨房で朱色の盆に和菓子が載った銘々皿と冷えた緑茶を置き、「どうぞ」とマリナの前に並べる。

「ありがとうございます。誰かに聞いてもらいたくて……そちらの蘭丸さんも、よかったら聞いてください」

 菜々美と蘭丸は頷き、テーブル席に着いた。

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