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四皿目 どら焼きと離婚寸前の夫婦
その4 夏の和菓子
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「あら、鬼之丞、起こしちゃったみたいね。この地味女が騒がしいから。まったく」
明が忌々しそうに菜々美を睨む。鬼之丞は菜々美の頬を見て、ぷぅっと頬を膨らませた。
「明たん、めっ。ななたんのほっぺ、あかくなってる」
「アタシの頬だって痛いのに、なによっ、いいじゃん、こんなブスの顔なんて! 誰も見たくないし!」
「明、菜々美を侮辱しないでくれ」
咲人の言葉に賛成するように、鬼之丞がちょんと前に出て、明を注意する。
「明たん、ななたんをいじめたら、めっ、めっ、めっ!」
「んまあ……っ、覚えていなさい、地味顔女! 可愛い鬼之丞をアタシから奪って。でもね、咲人くんは絶対に渡さないわ。アタシのダーリンなんだからあぁぁっ」
「朝から賑やかだと思ったら、明さん、来ていたんですか」
いつものようにノートパソコンを抱えた蘭丸がやってきて、苦笑している。
「出たわね! 相変わらず可愛い顔してっ。でもアタシの咲人くんに手ぇ出したら許さないわよっ」
「え、僕、可愛いですか?」
鬼之丞と同じくらい素直な蘭丸は威嚇されても怯まず、無邪気に可愛いと言われたことを喜んでいる。明は人気ホストのような雰囲気で金髪をかき上げ、ふんっとそっぽを向いた。
「アンタ、ひと昔前のアイドルみたいな顔して、可愛いわよ。でもね、ダーリンはアンタのことなんて、なんとも思ってないんだからぁっ」
「お前も同じだ。特別な感情は持ってない」
咲人がはっきり言うと、明がうっとりした眼差しを向ける。
「もっとアタシを見てっ。咲人くんの冷たい目、ゾクゾクするわ! 咲人くんの気持ちを理解しているのはアタシだけよ。本当はアタシを愛しているのね。咲人くぅぅん……っ」
明が抱きつこうとし、咲人が「違うと言ってるだろう! 抱きつくな」と嫌がって、二人は取っ組み合いになっている。
修羅場に菜々美が唖然となっているうち、咲人と過剰なスキンシップで満足した明が、ようやく帰って行った。スマートフォンが震えていたので、仕事をしろと父親から催促の電話がかかってきたのだろう。
「……鬼之丞、まだ眠そうだな。二階で寝るか?」
「あい、パパ」
オレンジジュースを飲んで、また眠くなった鬼之丞を、静かに寝れるように、咲人が二階へ連れていく。
開店準備が終わり、暖簾を出すと、すぐにガラガラガラと勢いよく扉が引かれ、瑠璃が入ってきた。
「あぁ、毎日暑くて倒れそうだわ。お店の中は涼しくていいわぁ。今日は何を食べようかしら」
カウンター席に座った瑠璃に、蘭丸が冷えた緑茶を出す。
「バアちゃん、何にする?」
「あら蘭丸、今あたしのことをなんて呼んだの?」
途端、ごぅっと氷の粒を含んだ冷風が、瑠璃の周囲から吹き始めた。
「ごめんなさい、間違えました。瑠璃さん」
「よろしい。今日の和菓子も全て美味しそうだわ」
「食べ過ぎちゃ駄目だよ、バアちゃ……いや、瑠璃さん」
「大丈夫、あたしは太りにくい体質なのよ。夫の進太郎は、食べている時の君も美しいって言ってくれたわ。心から愛しているよって、何百回も繰り返してくれたの」
盛大な惚気を披露し、瑠璃は両手で赤くなった頬を押さえている。
今でも夫の進太郎を思い出すと、照れたり赤くなったりする瑠璃は素敵だと菜々美は思った。
(うちの母も、亡き父との思い出を大切にしているから、再婚しないのかな)
菜々美は母が再婚したいと言えば、応援するつもりでいる。母が幸せならそれで菜々美も幸せだ。そんなことを考えていると、瑠璃が甘えるように言った。
「ねえ咲人くん、ショーケースの中の和菓子、全種類、ひとつずつ食べたいのよぅ」
「瑠璃、二個までにしろ。本当に顔が丸くなってる。メイクでも誤魔化せてないぞ」
鋭い指摘に、はっと瑠璃があわてた。
「ほ、本当に? わかったわ、それじゃあ、『ききょうもち』と『琥珀羹』を五個ずつで我慢するわ」
「十個も食べるの? もうバアちゃ……瑠璃さんは」
蘭丸は呆れて肩をすくめた。
夏羊羹とも呼ばれる『琥珀羹』は、グラニュー糖でカラメルを作って錦玉液と混ぜ、小豆を散らした和菓子だ。透明感のあるカラメル色と小豆の味が混ざり合い、つるりとした喉越しで食べやすい。
黒砂糖と上用粉を使った和菓子の『ききょうもち』は、火を九割がた通してから蒸し上げることで、なめらかでもちもちとした食感が楽しめる。
明が忌々しそうに菜々美を睨む。鬼之丞は菜々美の頬を見て、ぷぅっと頬を膨らませた。
「明たん、めっ。ななたんのほっぺ、あかくなってる」
「アタシの頬だって痛いのに、なによっ、いいじゃん、こんなブスの顔なんて! 誰も見たくないし!」
「明、菜々美を侮辱しないでくれ」
咲人の言葉に賛成するように、鬼之丞がちょんと前に出て、明を注意する。
「明たん、ななたんをいじめたら、めっ、めっ、めっ!」
「んまあ……っ、覚えていなさい、地味顔女! 可愛い鬼之丞をアタシから奪って。でもね、咲人くんは絶対に渡さないわ。アタシのダーリンなんだからあぁぁっ」
「朝から賑やかだと思ったら、明さん、来ていたんですか」
いつものようにノートパソコンを抱えた蘭丸がやってきて、苦笑している。
「出たわね! 相変わらず可愛い顔してっ。でもアタシの咲人くんに手ぇ出したら許さないわよっ」
「え、僕、可愛いですか?」
鬼之丞と同じくらい素直な蘭丸は威嚇されても怯まず、無邪気に可愛いと言われたことを喜んでいる。明は人気ホストのような雰囲気で金髪をかき上げ、ふんっとそっぽを向いた。
「アンタ、ひと昔前のアイドルみたいな顔して、可愛いわよ。でもね、ダーリンはアンタのことなんて、なんとも思ってないんだからぁっ」
「お前も同じだ。特別な感情は持ってない」
咲人がはっきり言うと、明がうっとりした眼差しを向ける。
「もっとアタシを見てっ。咲人くんの冷たい目、ゾクゾクするわ! 咲人くんの気持ちを理解しているのはアタシだけよ。本当はアタシを愛しているのね。咲人くぅぅん……っ」
明が抱きつこうとし、咲人が「違うと言ってるだろう! 抱きつくな」と嫌がって、二人は取っ組み合いになっている。
修羅場に菜々美が唖然となっているうち、咲人と過剰なスキンシップで満足した明が、ようやく帰って行った。スマートフォンが震えていたので、仕事をしろと父親から催促の電話がかかってきたのだろう。
「……鬼之丞、まだ眠そうだな。二階で寝るか?」
「あい、パパ」
オレンジジュースを飲んで、また眠くなった鬼之丞を、静かに寝れるように、咲人が二階へ連れていく。
開店準備が終わり、暖簾を出すと、すぐにガラガラガラと勢いよく扉が引かれ、瑠璃が入ってきた。
「あぁ、毎日暑くて倒れそうだわ。お店の中は涼しくていいわぁ。今日は何を食べようかしら」
カウンター席に座った瑠璃に、蘭丸が冷えた緑茶を出す。
「バアちゃん、何にする?」
「あら蘭丸、今あたしのことをなんて呼んだの?」
途端、ごぅっと氷の粒を含んだ冷風が、瑠璃の周囲から吹き始めた。
「ごめんなさい、間違えました。瑠璃さん」
「よろしい。今日の和菓子も全て美味しそうだわ」
「食べ過ぎちゃ駄目だよ、バアちゃ……いや、瑠璃さん」
「大丈夫、あたしは太りにくい体質なのよ。夫の進太郎は、食べている時の君も美しいって言ってくれたわ。心から愛しているよって、何百回も繰り返してくれたの」
盛大な惚気を披露し、瑠璃は両手で赤くなった頬を押さえている。
今でも夫の進太郎を思い出すと、照れたり赤くなったりする瑠璃は素敵だと菜々美は思った。
(うちの母も、亡き父との思い出を大切にしているから、再婚しないのかな)
菜々美は母が再婚したいと言えば、応援するつもりでいる。母が幸せならそれで菜々美も幸せだ。そんなことを考えていると、瑠璃が甘えるように言った。
「ねえ咲人くん、ショーケースの中の和菓子、全種類、ひとつずつ食べたいのよぅ」
「瑠璃、二個までにしろ。本当に顔が丸くなってる。メイクでも誤魔化せてないぞ」
鋭い指摘に、はっと瑠璃があわてた。
「ほ、本当に? わかったわ、それじゃあ、『ききょうもち』と『琥珀羹』を五個ずつで我慢するわ」
「十個も食べるの? もうバアちゃ……瑠璃さんは」
蘭丸は呆れて肩をすくめた。
夏羊羹とも呼ばれる『琥珀羹』は、グラニュー糖でカラメルを作って錦玉液と混ぜ、小豆を散らした和菓子だ。透明感のあるカラメル色と小豆の味が混ざり合い、つるりとした喉越しで食べやすい。
黒砂糖と上用粉を使った和菓子の『ききょうもち』は、火を九割がた通してから蒸し上げることで、なめらかでもちもちとした食感が楽しめる。
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