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四皿目 どら焼きと離婚寸前の夫婦
その16 本音で向き合う夫婦
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マリナの目に涙が浮かぶ。
このスケッチブックから、鬼一郎のマリナへの想いが、愛しているという言葉の何倍も伝わってきた。
「……水槽の形も決まった矢先、マリナが体調を崩してしまった。倒れた時にうわ言で『咲人くん』と繰り返し呼んでいるのを聞いて……妻の心の中には、別の男がいたと初めて知った」
鬼一郎は嫉妬に喘ぐように、震える手で顔を覆った。
「あなた、それは違うの」
「何が違うんだ! お前は鬼之丞をその男に預け、伏せってしまった。何が三人で家族をやり直そうだ。本当はあの咲人という男を好きなくせに。そいつの家の風呂はすごく大きいそうじゃないか。お前のためを思って、俺から離婚を切り出したんだぞ!」
嗚咽のような鬼一郎の震える声と、吐露された彼の心情に、菜々美と蘭丸は胸を詰まらせた。
ある意味、最低は大好きという裏返しで、彼の言葉からは妻への愛がだだ漏れだった。
「あなた、あたしの話を聞いて……。あたしが悩んでいたのは、あなたが布田さんという女性と隠れて会っていることに気づいたからなの。不倫していると思って……」
「水槽のことで会っていただけだ。お前の心の中に別の男がいると気づいてからは、カプセルホテルに泊まりながら、愛人がいるように見せていた。離婚してほしいと言うだけでは、遠慮がちなお前は本当に好きな男のところに行かないだろうから……」
「あなた……」
鬼一郎はマリナの幸せのために、自ら汚れ役を演じていた。
「あの咲人という美形の男の前で、俺をひどい男だと印象づけるため、店まで行って俺の愛人役を演じてくれるように、布田さんに金を払って依頼した」
それで、あの女性から殺気とか憎しみとかが感じられなかったのか、と菜々美は納得した。
マリナは話を聞きながら、小刻みに震えていた。先ほどとは違う涙で、彼女の目が潤んでいる。
「あたし……問いただせばよかったのに、勇気が出なくて……どんどん追い詰められて、梅雨の時期の湿気もあって、体調不良になってしまって……あなたと、もうダメなのかと……」
マリナの目から再び涙があふれ、体当たりをするように鬼一郎に抱きついた。
「お、おい……っ」
「あなたは本当にバカです」
「な、なんだと」
かすれた情けない声しか出せなくなった鬼一郎の背中に手を回し、妻は涙に濡れた頬を彼の胸に押し当てる。
「昨夜は一晩中、水風呂の中で寝てました。ここにいる菜々美さんも蘭丸さんも一緒に泊まってくれましたし、何より、咲人くんは頼りになる友人です。あたしが愛しているのはひとりだけ……」
「マリナ……」
鬼一郎は不倫している振りをしてまで、妻と離婚しようとした。そしてマリナも、夫の幸せを考え、悩んでいた。互いに、相手に他に愛する人がいると思い、苦しんでいた。
気持ちを通わせた二人は、ただただお互いを強く抱きしめている。
そんな夫婦を、菜々美と蘭丸は涙ぐみながら見つめていた。
「よかったですね」
小さくつぶやいて、夫婦の邪魔をしないために、菜々美と蘭丸はどら焼きを置いたまま、そっと玄関から外へ出た。
このスケッチブックから、鬼一郎のマリナへの想いが、愛しているという言葉の何倍も伝わってきた。
「……水槽の形も決まった矢先、マリナが体調を崩してしまった。倒れた時にうわ言で『咲人くん』と繰り返し呼んでいるのを聞いて……妻の心の中には、別の男がいたと初めて知った」
鬼一郎は嫉妬に喘ぐように、震える手で顔を覆った。
「あなた、それは違うの」
「何が違うんだ! お前は鬼之丞をその男に預け、伏せってしまった。何が三人で家族をやり直そうだ。本当はあの咲人という男を好きなくせに。そいつの家の風呂はすごく大きいそうじゃないか。お前のためを思って、俺から離婚を切り出したんだぞ!」
嗚咽のような鬼一郎の震える声と、吐露された彼の心情に、菜々美と蘭丸は胸を詰まらせた。
ある意味、最低は大好きという裏返しで、彼の言葉からは妻への愛がだだ漏れだった。
「あなた、あたしの話を聞いて……。あたしが悩んでいたのは、あなたが布田さんという女性と隠れて会っていることに気づいたからなの。不倫していると思って……」
「水槽のことで会っていただけだ。お前の心の中に別の男がいると気づいてからは、カプセルホテルに泊まりながら、愛人がいるように見せていた。離婚してほしいと言うだけでは、遠慮がちなお前は本当に好きな男のところに行かないだろうから……」
「あなた……」
鬼一郎はマリナの幸せのために、自ら汚れ役を演じていた。
「あの咲人という美形の男の前で、俺をひどい男だと印象づけるため、店まで行って俺の愛人役を演じてくれるように、布田さんに金を払って依頼した」
それで、あの女性から殺気とか憎しみとかが感じられなかったのか、と菜々美は納得した。
マリナは話を聞きながら、小刻みに震えていた。先ほどとは違う涙で、彼女の目が潤んでいる。
「あたし……問いただせばよかったのに、勇気が出なくて……どんどん追い詰められて、梅雨の時期の湿気もあって、体調不良になってしまって……あなたと、もうダメなのかと……」
マリナの目から再び涙があふれ、体当たりをするように鬼一郎に抱きついた。
「お、おい……っ」
「あなたは本当にバカです」
「な、なんだと」
かすれた情けない声しか出せなくなった鬼一郎の背中に手を回し、妻は涙に濡れた頬を彼の胸に押し当てる。
「昨夜は一晩中、水風呂の中で寝てました。ここにいる菜々美さんも蘭丸さんも一緒に泊まってくれましたし、何より、咲人くんは頼りになる友人です。あたしが愛しているのはひとりだけ……」
「マリナ……」
鬼一郎は不倫している振りをしてまで、妻と離婚しようとした。そしてマリナも、夫の幸せを考え、悩んでいた。互いに、相手に他に愛する人がいると思い、苦しんでいた。
気持ちを通わせた二人は、ただただお互いを強く抱きしめている。
そんな夫婦を、菜々美と蘭丸は涙ぐみながら見つめていた。
「よかったですね」
小さくつぶやいて、夫婦の邪魔をしないために、菜々美と蘭丸はどら焼きを置いたまま、そっと玄関から外へ出た。
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