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五皿目 見越入道の暴走と和菓子の絆
その1 美月からの電話
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蝉の大合唱が聞こえはじめた頃――。
特注の水槽が届いたと、鬼之丞と鬼一郎とマリナが、家族三人で『甘味堂夕さり』に寄ってくれた。
「しゅごく大きなすいそう、きたよー。かーちゃととーちゃと三人で入るの、楽しみー」
「そうか。よかったな」
咲人はやわらかな表情でを浮かべ、鬼之丞の家族を見送ると、口元に笑みを浮かべて練り切りを作っている。
可愛い鬼之丞に会えて、菜々美もうれしくてたまらない。鬼之丞が実家へ帰って一週間だが、すっかり鬼之丞ロス状態だ。
「鬼之丞ちゃん、元気そうでしたね。マリナさんと鬼一郎さんも仲良さげでしたし、本当によかったです」
「ああ、水槽も届いたし、これで安心だ」
開店準備が終わった頃、菜々美の携帯電話が着信を告げた。確認すると双子の妹、美月からの電話だ。
「菜々美の携帯電話か。開店前だし、気にせず電話に出ろ」
相変わらず命令口調だが、咲人が優しさから言ってくれていることは、菜々美にもちゃんと伝わっている。
「はい、すみません。それじゃあ……」
お店の奥の更衣室で通話ボタンを押すと、美月の明るい声が耳朶を打った。
『もしもし、菜々美? 突然ごめんね。岡山へ帰省できる日が決まったから……』
そういえば美月から、帰省できそうというメールをもらっていた。
『明後日から五日もお休みがもらえたのよ』
「わぁ……! 久しぶりに美月に会えるね。楽しみ」
『あたしも楽しみだわ。和菓子店のお仕事、慣れた? 楽しい?』
「うん、すごく! 和菓子を作ったり、お客さんの婚活のお手伝いを……えっと、いろいろやりがいがあるの。美月はどう?」
『元気よ。大学の方もちゃんと通っているし、仕事も頑張っている。早く菜々美と母さんに会いたいわ』
双子という存在は不思議で、普通の姉妹以上に強い絆を感じる。同級生として過ごしたり、親友であったり、姉妹であったり、互いのことを体の一部分のように感じるのだ。
「そうだ。気をつけてね、美月。私が前に勤めていたカフェのオーナーを先週家の周囲で見かけたの。もしかすると美月のことをまだ狙っているかも」
菜々美がカフェを辞めてから、何度が山本オーナーを家の周囲で見かけている。
熱にうなされたように美月に執拗している彼は、本人を見ると何をしでかすかわからない。
電話の向こうで、美月が明るく『大丈夫よ』と言った。
『東京でもストーカーっぽい男は結構いるの。事務所のマネージャーから勧められて護身術を習っているのよ』
「相手の方が強かったらどうするの? やっぱり心配だわ。今度家の近くで見かけたら、警察に連絡しようと思っているんだけど」
『菜々美ったら、大丈夫よ。あたし、そういう経験多いし平気だから。それじゃあ、またね』
美月は昔からモテた。東京でもきっとファンが多いのだろう。その美月が大丈夫というなら心配しすぎなのかもしれない。
「菜々美、どうした。顔色が悪い――」
咲人がひょいと、通話を終えた菜々美の顔を覗き込んできた。いきなり近くで目が合ってしまい、鼓動がトクトクと早まる。
「なんでもないです。美月……妹からも、心配しすぎだと言われました」
「そうか? ならいいが」
普段は感情を抑えている咲人だが、菜々美が落ち込んでいたり、悩んでいたりすると、すぐに気づいて声をかけてくれる。
優しい人だと改めて嬉しくなり、同時に彼についてもっと知りたいと思う。
「あの……咲人さんは、ご兄妹はいますか?」
彼は「ん?」と目をまたたかせ、逡巡するように視線を宙へ向けた。
「そうだな。俺には……義理の兄がいる。血がつながらないが、優しくて頼もしい兄だった」
血縁関係がない兄とは、どういう関係だろう。菜々美自身、父のことを尋ねられて返事に困った時のことを思い出し、詳しく訊いてはいけない気がした。
咲人もそれ以上は何も言わず、厨房を見た。
「さあ、おしゃべりはここまでにして、冷菓『青柚子小豆羹』と、餅菓子『ずんだ餅』を作る」
「はい、頑張ります!」
特注の水槽が届いたと、鬼之丞と鬼一郎とマリナが、家族三人で『甘味堂夕さり』に寄ってくれた。
「しゅごく大きなすいそう、きたよー。かーちゃととーちゃと三人で入るの、楽しみー」
「そうか。よかったな」
咲人はやわらかな表情でを浮かべ、鬼之丞の家族を見送ると、口元に笑みを浮かべて練り切りを作っている。
可愛い鬼之丞に会えて、菜々美もうれしくてたまらない。鬼之丞が実家へ帰って一週間だが、すっかり鬼之丞ロス状態だ。
「鬼之丞ちゃん、元気そうでしたね。マリナさんと鬼一郎さんも仲良さげでしたし、本当によかったです」
「ああ、水槽も届いたし、これで安心だ」
開店準備が終わった頃、菜々美の携帯電話が着信を告げた。確認すると双子の妹、美月からの電話だ。
「菜々美の携帯電話か。開店前だし、気にせず電話に出ろ」
相変わらず命令口調だが、咲人が優しさから言ってくれていることは、菜々美にもちゃんと伝わっている。
「はい、すみません。それじゃあ……」
お店の奥の更衣室で通話ボタンを押すと、美月の明るい声が耳朶を打った。
『もしもし、菜々美? 突然ごめんね。岡山へ帰省できる日が決まったから……』
そういえば美月から、帰省できそうというメールをもらっていた。
『明後日から五日もお休みがもらえたのよ』
「わぁ……! 久しぶりに美月に会えるね。楽しみ」
『あたしも楽しみだわ。和菓子店のお仕事、慣れた? 楽しい?』
「うん、すごく! 和菓子を作ったり、お客さんの婚活のお手伝いを……えっと、いろいろやりがいがあるの。美月はどう?」
『元気よ。大学の方もちゃんと通っているし、仕事も頑張っている。早く菜々美と母さんに会いたいわ』
双子という存在は不思議で、普通の姉妹以上に強い絆を感じる。同級生として過ごしたり、親友であったり、姉妹であったり、互いのことを体の一部分のように感じるのだ。
「そうだ。気をつけてね、美月。私が前に勤めていたカフェのオーナーを先週家の周囲で見かけたの。もしかすると美月のことをまだ狙っているかも」
菜々美がカフェを辞めてから、何度が山本オーナーを家の周囲で見かけている。
熱にうなされたように美月に執拗している彼は、本人を見ると何をしでかすかわからない。
電話の向こうで、美月が明るく『大丈夫よ』と言った。
『東京でもストーカーっぽい男は結構いるの。事務所のマネージャーから勧められて護身術を習っているのよ』
「相手の方が強かったらどうするの? やっぱり心配だわ。今度家の近くで見かけたら、警察に連絡しようと思っているんだけど」
『菜々美ったら、大丈夫よ。あたし、そういう経験多いし平気だから。それじゃあ、またね』
美月は昔からモテた。東京でもきっとファンが多いのだろう。その美月が大丈夫というなら心配しすぎなのかもしれない。
「菜々美、どうした。顔色が悪い――」
咲人がひょいと、通話を終えた菜々美の顔を覗き込んできた。いきなり近くで目が合ってしまい、鼓動がトクトクと早まる。
「なんでもないです。美月……妹からも、心配しすぎだと言われました」
「そうか? ならいいが」
普段は感情を抑えている咲人だが、菜々美が落ち込んでいたり、悩んでいたりすると、すぐに気づいて声をかけてくれる。
優しい人だと改めて嬉しくなり、同時に彼についてもっと知りたいと思う。
「あの……咲人さんは、ご兄妹はいますか?」
彼は「ん?」と目をまたたかせ、逡巡するように視線を宙へ向けた。
「そうだな。俺には……義理の兄がいる。血がつながらないが、優しくて頼もしい兄だった」
血縁関係がない兄とは、どういう関係だろう。菜々美自身、父のことを尋ねられて返事に困った時のことを思い出し、詳しく訊いてはいけない気がした。
咲人もそれ以上は何も言わず、厨房を見た。
「さあ、おしゃべりはここまでにして、冷菓『青柚子小豆羹』と、餅菓子『ずんだ餅』を作る」
「はい、頑張ります!」
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