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番外編 グイン・ルクタス (前)
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センブルク国には代々伝わる『習わし』がある。
――神託が下されるまで第2子の王子、王女は婚姻を禁ずる。
風竜の加護を受けるこの国では精霊を見ることのできる者が多く、魔法のように己の魔力を消耗するのではなく、精霊の助力を直に乞うことが多いため、精霊使いの方が認知度が高かった。
王族もその例に漏れず、優秀な精霊使いの才能を持つ者を多く輩出しており、この『習わし』もそこに源を発していた。
だがこれまでその神託が降りたことはなく、もはやただの言い伝えと化していた。
それでも彼らが独身を貫くには理由があった。
――んー、やっぱり決まっちゃったみたいだね。
――残念っ、こっち来てほしかったのにっ!
――でも、そろそろじゃないの? 何かさあ、だんだんと忘れられているみたいだよ!
仲の良い精霊たちが赤裸々に事情を話してくれ、存分に加護を与えてくれるのだから。
また、神託が降りなくとも、例外中の例外として精霊達が承認してくれれば、望む者と婚姻を結ぶことができた。
――あ、もういいよ。だってあの様子だともう機会ないよね。
――だよね。旦那さんがデキアイっての、すんごい離さない、って感じになっているし。
――もういい加減、見飽きたよね。
ここまで来ると分かると思うが、センブルク国の第2王子王女はトレント王国の竜が認めた婚姻に綻びが起きた際にこちらへ引き取るための婚姻相手として存在していた。
これは風の精霊達を半分ほど取られた風竜が、どうしてくれるんだ、と半ば冗談で地竜に抗議した際の密約の中で、トレント王国の竜の婚姻が破れた場合、風の精霊達で望む者はトレント王国から去り、またその際に独り身となった地竜、あるいは水竜の加護を持つ人間を風竜の加護のあるこの国へ迎え入れる、という手段のひとつとして決められたことである。
もちろん、人の婚姻にある程度の合意が必要なことも彼らは知っていた。
だが、竜の加護のある人間が確たる後ろ盾もなしにふらふら歩くことはそれを利用しようとする相手には好都合であり、また竜達も自分の加護がある人間が不幸になるところなど見たくはなかったのだ。
そして、センブルク国側としても竜の加護のある人間なら大歓迎である。
かくてお互いの思惑が一致したこの『習わし』が誕生して数百年が経ったが、未だ神託は降りず、現在のセンブルク国第2王子、グイン・ルクタスもこの『習わし』により、先の第2王子と同じく独り身を貫くはずであった。
現王には3人の王子がいた。
王太子である長男は既に世継ぎとしての教育を終え、現王の補佐をすると共に、2年前に王太子妃として迎え入れた隣国の第2王女と仲睦まじく暮らしていた。
第3王子は7歳だが、精霊達の加護を存分に受け、有能な精霊使いとして周囲の期待を集めていた。
そして第2王子のグインは――。
「……またですか」
「言うな、ロベルト」
グインの銀髪は母親のソフィア王妃譲りで、精霊達のお気に入りでもある。
そしてその長い銀髪は細い三つ編みを何本も施されていた。
――うーん、もう少しほしいなぁ。
――あ、このお花もつけていい?
精霊達は気まぐれなものが多い。
だが、その加護は竜には及ばずとも十分なもので、精霊が力を貸した場合とそうではない場合の魔力はかなりの開きがあった。
そのことは精霊達も承知していて、グインが強く言えないのをいいことに好きにしているのだ。
側近のロベルト・ベルナンドは苦笑しながら、
「グイン様は我慢強いですね」
「……いつものことだ」
最初の頃はだいぶ抵抗があったが、慣れとは恐ろしいもので、今ではどこか達観している自分がいる。
「俺にはできません」
「センブルク国基本法を第1条から暗記するにはいい機会だ」
「いやにじっとしてると思ったら、そんなことされてたんですかっ!」
そうでもしないとやってられないのだが、ロベルトは呆れたとでもいうように叫んだ。
「いやまあ、勤勉なのはいいですけどね」
何か言いたげな側近に、
「何だ?」
「グイン様が優秀すぎてこちらの出番が全然ないんですけど」
「いいことじゃないか」
「そうなんですけど」
他国の似たような立場の者から見たら贅沢な悩みだろう。
「何だ、ロベルトは俺の出来が悪い方がいいのか?」
この側近とは子供の頃からの付き合いなので、つい気安い口調になってしまう。
「いやその」
ロベルトが口ごもった時だ。
――出来が悪い方がいいの?
――なら、あの地竜の国の王太子は?
――ぴったり。グインと交換する?
髪を弄れなくなるのは残念だけど、と精霊が無邪気な口調で恐ろしいことを言い始めた。
精霊達の言葉は適当に聞き流してはいけない。
言ったことは必ず実行するのだ。
慌てたようにロベルトが取りなした。
「いやいやいやっ! ないからっ! ただの冗談だからっ! そんなことされたら俺、首飛んじゃうからねっ!」
――何だ、冗談なんだ。
――残念。
ちなみに精霊達は情報の宝庫である。
基本、自分がここ、と定めたところからはあまり動かないのだが、独自の連絡手段があるようで、他国の情報に精通していた。
そのため、精霊達と仲良くなると大概の者は、そういった情報を聞きたがるのだが、グインは違った。
一度、その辺りを不思議に思ったロベルトが聞いたが返ってきたのは、
『そんなことをしてどうするんだ。既に大体のことは父上達が聞き出しているだろう』
理屈は通っていたが、勤勉なグインにしては珍しい。
情報は何よりの宝である。
だが、何年も過ごすうちにロベルトにも分かってきた。
グインは、彼の国の情報を知りたくないのだ。
神託が降りれば即、迎えに行くことなっているがそれはその相手が国元で冷遇されているということを現していた。
また、もし幸せに暮らしているのなら、自分の出番はない。
どちらの場合もグインには有り難くないだろう。
だが、神託が降りれば堂々と婚姻できるのだ。
この数百年の間、独り身の多い第2王子や王女には事情を知る者からは同情が、また丸きり知らない者からは相手も見付けられないほどの無能者、と嘲笑が浴びせられているのもロベルトは知っていた。
(ったく。そんなもん、精霊と仲良くなりゃ、一発で分かるもんなのに)
この『習わし』を快く思わない勢力も存在するのだ。
彼らからすれば、自分の子を嫁がせ王家と誼を結びたいのに、独り身を貫かれては何の意味もない。
それに加えて時おりある例外――精霊達の了承――を逆手に取り、自分の子との婚姻を結ばせようとした例もあった。
もちろんそれは欺瞞であり、すぐに見破られてしまい、その侯爵家はお家断絶となったのだが。
こういった輩は案外多い。
それに加えてグインは母親に似て繊細な美貌の主である。
魔導具で精霊達を除外し、無理やり既成事実を作ろうとしたり、国境近くまで視察に行った際に誘拐されそうになったこともあった。
全て撃退し、主犯格の貴族は縛り首となったが、グインはすっかり人嫌いになってしまった。
夜会も舞踏会もお茶会も、人が集まりそうなものは片っ端から欠席し、王族としてどうしても出席しなければならない式典のみ、出席することにしていた。
――でもさあ、もうすぐなんじゃないの?
――うん、そうだよね。
――迎えに行きたいなぁ。
ふいに精霊達が喋り出した。
主語がない会話だが、精霊達と付き合いの長いグイン達には分かってしまう。
というか、分かってしまった。
「まさか、それは」
グインが恐る恐るというふうに口を開く。
――うん、地竜の国にいる子。
――そこの王太子が何かね、違う子とコンヤクしたいみたい。
――バカだよね。こっちはすっごく都合いいけど。
無邪気な口調だが、もしこれが本当なら国の大事である。
精霊達は気紛れな存在である。
時には人を惑わすようなことを告げたりもするが、このことはグイン達センブルク国にとって重要なことだと精霊達も分かっているはずである。
それでもグインはすぐには信じられなかった。
竜の加護がある国とない国とでは繁栄の差が大きいのだ。
絶対に河川が氾濫しない国。
必ず大地の実りを約束された国。
温暖な気候が一年中続き、凍えることのない国。
竜の属性や性質によりその内容は多岐に渡るが、その守護があるかないかでその国の内情は大きく変わる。
そのため、竜の加護を得られた王家はどんなことをしてもそれを遵守するためには手段を選ばないはずだった。
――あ、これまだ言っちゃだめだったんだった。
――神託まで黙ってて、って言われてたのに。
――えー、もういいじゃんっ、あの子に早く会いたいしっ!
ここまでくると黙ってなどいられなかった。
「ロベルト、神殿へ使いを出せ」
「はっ」
この国の神殿はもちろん、竜を祀っている。
大体の意思は精霊達が伝えてしまうため、神託が降りたことはほとんどないが、そこへ勤める神官達へは知らせておいた方がいいだろう。
そしてその五日後――。
トレント王国の地竜の加護ある令嬢を第2王子の婚約者とせよ、との神託が降りることとなる。
知らせを受けた王宮はちょっとした騒ぎになった。
この神託が降りたということは、彼の国の滅亡を現してもいたのだ。
血気盛んな騎士団からは早速近隣諸国と連合を組み、攻め落としては、と進言がされたが、それは宰相側に即却下された。
『貴方は、これから迎える地竜の加護ある令嬢にそれを正面から堂々と言えますか?』
また地理的な問題もあった。
トレント王国は大陸の西の端に位置していた。
ここ、センブルク国との間には最短でも3つの国が横たわり、中立国もある。
『恐らくですが、隣国のティブレードも様子見でしょう』
『だろうな』
宰相の言に王が重々しく頷く。
まだどこか不服気な騎士団長に宰相が口を開いた。
『彼の国にはまだ水竜の加護があります。どうやら長い間に竜の加護のことは彼の国では忘れられているようですが、まだまだ侮れません。それにうっかり攻めて成功したらどうするんです? 水竜が黙ってこれを見逃すとでも? 竜の怒りで焦土と化した土地は誰も手を付けられませんよ』
懇々と宰相に諭され、戦争推進派が勢いをなくす。
そこでようやく会議が回り、使者を立てるべく動き出すのだが、ここで予想外のことが起こった。
――大変大変。地竜の子が苛められてるっ!
――コンヤクハキ、っていうの、してるよっ!
――国外ツイホウだってっ!
精霊達がそう知らせてきたのだ。
厳密には地竜の子ではないのだが、そこを修正するよりもとんでもない単語が飛び込んで来た。
最早会議どころではなく、急遽グイン達が直接赴くこととなったのだが。
「あまり乗り気ではないようですね」
令嬢を迎えにいく道中、馬上でロベルトが周りに聞こえないように聞いて来た。
それに対し、グインはさらりと肯定した。
「分かるか」
「そりゃまあ、何年お仕えして、って本気なんですか?」
「お前がそう聞いたんだろうが」
返しながらもグインは表面上は冷静な顔を保っていた。
これだから長い付き合いの者は侮れない。
内心苦々しく思いながら、当たり障りのない答えを返す。
「まあ、今回も神託はないと思っていたのだから多少は戸惑っても当たり前だろう」
「そうでしょうけど。俺達からしたら慶事ですからね」
黙っていても更なる竜の加護が手に入るのだ。
彼の国は本当に馬鹿なことをしたものだ。
王族としては国が繁栄することに何の異論もないのだが、個人の感情は別だ。
(何で今なんだ)
王族とは国を民を守るためにあるもの。
そして婚姻は王族として重要な義務でもある。
普通の王族ならそこで終わるのだが、グインの場合は違った。
(は? 婚姻を結べるのはトレント王国の竜の加護ある婚姻が破れた時のみっ!? しかもその相手と必ず婚姻を結ばなければならないだとっ!?)
政略結婚は王族にはつきものだが、竜が絡んだ政略結婚は聞いたこともなかった。
王族は国の上位に位置するはずなに、その更に上の者に脅かされる。
(竜の意思に逆らう訳にはいかない)
理屈では分かるがどこかしっくりこなかった。
だが、こんなことを周囲に漏らす訳にはいかなかった。
王族が弱音を吐く訳にはいかない。
どこか悶々とする思いを抱えながら今日まできた。
もしかしたらまた今回も神託は降りず、次代に継がれるのかとも思ったが。
予想に反して神託は降りてしまった。
まだ令嬢はこちらには来ていないこともあり、公表はしていなかったが、貴族で事情を知る者達は浮き足立っていた。
いずれ民にも知れ渡るだろう。
僅かでも動揺を見せる訳にはいかなかった。
精霊の抜け道を使わせてもらい、旅程を短縮してようやくトレント王国の国境付近まで来たときだ。
――あの子だっ!
――やったぁっ!
――待って待ってっ!
精霊達が騒ぎ出すとあっという間に飛び出して行った。
「……これは」
遠くに詰め所らしきものが見えるが、そこから出てきたのだろう。小柄な女性が見える。
精霊達はそこを目掛けて突進していた。
「何と言いますか。非常に分かりやすいですね」
同じく精霊が見えるロベルトが感嘆したように述べた。
気持ちは分かる。
弟も精霊に好かれる性質だが、これほどとは。
精霊達が集まりすぎて逆に本人の姿が見えないのだが。
――グインも早く早くっ!
――競争する?
――もういいから行こうよっ!
少しだけ残っていた精霊達に急かされ、馬を走らせる。
(全く。容赦ないな)
すると、こちらに気付いたのか、その人物は道の端に寄り頭を下げた。
近付くとかなり質素な、平民といっても通るような服装をしていたが、その雰囲気は明らかに貴族としての礼儀作法を学んだもの。
(気付かないと思っているのか)
侮られたものだ、とわざと彼女の前で馬を止めた。
「そこの娘、聞きたいことがある」
すると、彼女は少し脅えたように下がった。
精霊達に懐かれている彼女は美しかった。
陽光を反射する精霊達の羽が彼女の髪や肩に光の衣装をまとわせているようで、神秘的な雰囲気を醸し出し、なのに当の本人は自覚がないのか、頼りなげにこげ茶の瞳で見てくるので、こちらの庇護欲をひどく刺激した。
「何でしょうか、お貴族様」
脅かすつもりはなかったので、殊更柔らかい口調を目指した。
「いや、そう脅えないでもらいたいんだが」
控えていたロベルトが吹き出し掛けた気配がした。
いつもとは違う俺の様子に何か言いたいんだろうが、今は黙っていてくれ。
「こちらへは呼ばれてきたのだが、どうも気になることがあってね」
「……はい?」
どうやらこちらも精霊達が見える、という可能性には少しも気が付いていないようだった。
(絶対に脅えさせるなよ、俺)
その思考が既に恋する者のそれだと自覚のないまま、俺は続けた。
「先ほどから君の周りをずいぶんと沢山の精霊達が行き来しているんだが。これは一体どういうことかな?」
決して脅かすつもりはなかった。
なのに、
「私を送ってくれる?」
――もちろんっ!
「待っ、」
まさにあっという間だった。
精霊達も待ってました、とばかりに彼女を上空へ連れ去り、その姿はみるみるうちに消えてしまった。
「……いつまで笑っている」
こういった時には少しも当てにならない側近を振り返って睨むと、
「いや、すみません。普段との差が……」
他の者もどこか挙動不審なのは、いつもの俺を知っているからに違いない。
「追うぞ」
半ば投げやりに告げて馬上へ戻ると、
「待って下さい。トレント王国はどうするんです?」
「お前が行けばいいだろう」
彼女が消えた方角を見ながら答えると、
「いや、だめですよっ! ここまで来て一国の王子が挨拶もなしにとんぼ返りって、何のために来――ええっと、まさか、惚れちゃったんですかっ!?」
「違う」
「あー、分かりました。でも、トレント王国へはグイン様が行って下さい。――スイ」
ロベルトが呼ぶと精霊が現れた。
小さな水色の羽を持つこの精霊はロベルトを気に行っているらしく、いつも一緒にいる。
俺にもいることはいるが、あくの強い子ばかりなので、迂闊に呼び出せない。
――なーに、ロベルト。
「今の見てただろう。済まないがあのご令嬢の追跡を頼む」
――うん、分かった。いいよ。
小さな精霊がふわり、と上昇して空へ消えた。
「ったく。彼の国にはご令嬢のご家族もいらっしゃるんですからね。行きますよ」
未だ空の彼方へ目をやる俺に呆れたように声が掛けられる。
「分かった。今行く」
これではどちらが主従か分からないな、と苦笑して俺は手綱を引いた。
その後、トレント王国国王夫妻に面会を取り付けた俺は手札を幾つか使い、取り引きを纏めた後、ブリオッシュ公爵家に向かうことを告げた。
訝しげな表情をする彼らの様子からすると、まだこちらの事情は分かっていないようなので、鉱山を持つブリオッシュ公爵家に興味がある、ということにしておいた。
まだ何か聞きたそうな様子にも見えたが、城内が慌ただしく、俺は早めに暇を告げることができた。
ブリオッシュ公爵家では微妙な顔をされた。
恐らく、ロザンナの件で対応に苦慮しているのだろう。
あの婚約破棄がどれだけ唐突だったのか、それで分かる。
俺は貴族としての最低限の挨拶を済ませた後、早速本題に入った。
「こちらのロザンナ嬢を貰い受けたく、参上した」
「「……」」
まさかそんな用件だとは思わなかったのだろう。
ブリオッシュ公爵と次代のブリオッシュ公爵は固まってしまった。
「センブルク国のグイン王子、申し出は大変名誉なことと思いますが、残念ながらロザンナはつい先日婚約を破棄され、……国外追放とされました。そのような訳でグイン様の申し出に対し、私達には何も申し上げることができません」
(正直に告げてきたな)
少し興味が湧いてきたので、ついでに聞いてみた。
「それでは公爵はどうされる?」
「どう、とは?」
「建国から続く地竜の加護を蔑ろにした王家に背くか、それともこのまま国に殉ずるか。どちらだ?」
暗に反乱を起こすか、それともこのまま衰退していく国に殉ずるのか聞いてみたのだが。
「な、無礼なっ! 幾ら他国の王子とはいえ、ブリオッシュ公爵家の忠誠を侮るなっ!」
ロザンナの兄リチャードが今にも掴みかからんばかりに怒鳴り出し、そこをブリオッシュ公爵が宥めた。
「よしなさい」
「しかし、父上」
「センブルク国のグイン王子、貴方様にお聞きしたいことがあるのですが」
「何だ」
「我がトレント王国はこれまでセンブルク国とはあまり交渉はなかったように思いますが。どうして我が国でも広まっていない地竜の加護のことをご存知か?」
別に隠すことでもないので、俺は正直に話した。
「――ということで第2王子である俺に話が回ってきた。それでご家族の了承はいただけるのかな?」
思ってもない話にブリオッシュ公爵家では即答ができなかったようだが、俺は粘り強く交渉し、当のロザンナが了承したら、という運びになった。
辞去する際、ブリオッシュ公爵家が去就についてまだ答えていなかったことに思い当たってきいてみる。
すると、
「我がブリオッシュ公爵家は建国以来、王家に仕えてまいりました。それはもちろんこの先もです」
静かな口調にはどこか達観した者の思いがあるように見えた。
「そうか」
(できればセンブルク国に勧誘したかったのだがな)
斜陽の国に殉するというのなら、それを止めるのは無聊に当たる。
気持ちを切り替えた俺はようやくロザンナ嬢の捜索に当たることができた。
とはいっても精霊が道案合をしてくれるので何の問題もなかった。
追い付いた俺は驚いている彼女にセンブルク国へ来てくれるよう頼み込む。
「……何故ですか?」
(しまった。理由を言ってなかったか)
どこまで焦ってるんだ俺は、と最初から説明した。
センブルク国の第2王子や王女は、トレント王国の竜の加護の婚姻が破れた時のための相手だと。神託が降りれば迎えに行き、その相手と結ばれることになっている、と告げるとロザンナは眉を寄せた。
「何ですか、それ」
思ってもみない反応に、
「は?」
「それって体のいい人身御供ですよね。竜の加護のために2番目に生まれた王子や王女が犠牲になる、という解釈で合ってます?」
思わぬ指摘に固まっていると、また背後で不穏な気配。
(ロベルト、今は黙っておけ)
そんなことは考えたこともなかったが、確かに見方を変えるとそういうふうにも捉えることは可能だ。
だが、俺自身はそんなことは少しも思ったことはなかった。
いや、本当にそうか?
俺は心の奥底の蟠りを見なかったことにした。
「いや、そんなことは考えたこともなかったな。それにあなたが気にすることでは」
何とか彼女を説得したかったのだが、何かが彼女の感情を刺激してしまったらしい。
きっ、と俺達の方を見据えると、こう断言したのだ。
「それではこのお話、謹んでお断りさせていただきたい所存にございます」
(……はい?)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
お待たせしまして申し訳ありません(m´・ω・`)m 後編のめどが立ちましたので前編を上げさせていただきます。後編は明日の夕方以降には上げられれば、と思っておりますが、遅れましたらごめんなさい(m´・ω・`)m
――神託が下されるまで第2子の王子、王女は婚姻を禁ずる。
風竜の加護を受けるこの国では精霊を見ることのできる者が多く、魔法のように己の魔力を消耗するのではなく、精霊の助力を直に乞うことが多いため、精霊使いの方が認知度が高かった。
王族もその例に漏れず、優秀な精霊使いの才能を持つ者を多く輩出しており、この『習わし』もそこに源を発していた。
だがこれまでその神託が降りたことはなく、もはやただの言い伝えと化していた。
それでも彼らが独身を貫くには理由があった。
――んー、やっぱり決まっちゃったみたいだね。
――残念っ、こっち来てほしかったのにっ!
――でも、そろそろじゃないの? 何かさあ、だんだんと忘れられているみたいだよ!
仲の良い精霊たちが赤裸々に事情を話してくれ、存分に加護を与えてくれるのだから。
また、神託が降りなくとも、例外中の例外として精霊達が承認してくれれば、望む者と婚姻を結ぶことができた。
――あ、もういいよ。だってあの様子だともう機会ないよね。
――だよね。旦那さんがデキアイっての、すんごい離さない、って感じになっているし。
――もういい加減、見飽きたよね。
ここまで来ると分かると思うが、センブルク国の第2王子王女はトレント王国の竜が認めた婚姻に綻びが起きた際にこちらへ引き取るための婚姻相手として存在していた。
これは風の精霊達を半分ほど取られた風竜が、どうしてくれるんだ、と半ば冗談で地竜に抗議した際の密約の中で、トレント王国の竜の婚姻が破れた場合、風の精霊達で望む者はトレント王国から去り、またその際に独り身となった地竜、あるいは水竜の加護を持つ人間を風竜の加護のあるこの国へ迎え入れる、という手段のひとつとして決められたことである。
もちろん、人の婚姻にある程度の合意が必要なことも彼らは知っていた。
だが、竜の加護のある人間が確たる後ろ盾もなしにふらふら歩くことはそれを利用しようとする相手には好都合であり、また竜達も自分の加護がある人間が不幸になるところなど見たくはなかったのだ。
そして、センブルク国側としても竜の加護のある人間なら大歓迎である。
かくてお互いの思惑が一致したこの『習わし』が誕生して数百年が経ったが、未だ神託は降りず、現在のセンブルク国第2王子、グイン・ルクタスもこの『習わし』により、先の第2王子と同じく独り身を貫くはずであった。
現王には3人の王子がいた。
王太子である長男は既に世継ぎとしての教育を終え、現王の補佐をすると共に、2年前に王太子妃として迎え入れた隣国の第2王女と仲睦まじく暮らしていた。
第3王子は7歳だが、精霊達の加護を存分に受け、有能な精霊使いとして周囲の期待を集めていた。
そして第2王子のグインは――。
「……またですか」
「言うな、ロベルト」
グインの銀髪は母親のソフィア王妃譲りで、精霊達のお気に入りでもある。
そしてその長い銀髪は細い三つ編みを何本も施されていた。
――うーん、もう少しほしいなぁ。
――あ、このお花もつけていい?
精霊達は気まぐれなものが多い。
だが、その加護は竜には及ばずとも十分なもので、精霊が力を貸した場合とそうではない場合の魔力はかなりの開きがあった。
そのことは精霊達も承知していて、グインが強く言えないのをいいことに好きにしているのだ。
側近のロベルト・ベルナンドは苦笑しながら、
「グイン様は我慢強いですね」
「……いつものことだ」
最初の頃はだいぶ抵抗があったが、慣れとは恐ろしいもので、今ではどこか達観している自分がいる。
「俺にはできません」
「センブルク国基本法を第1条から暗記するにはいい機会だ」
「いやにじっとしてると思ったら、そんなことされてたんですかっ!」
そうでもしないとやってられないのだが、ロベルトは呆れたとでもいうように叫んだ。
「いやまあ、勤勉なのはいいですけどね」
何か言いたげな側近に、
「何だ?」
「グイン様が優秀すぎてこちらの出番が全然ないんですけど」
「いいことじゃないか」
「そうなんですけど」
他国の似たような立場の者から見たら贅沢な悩みだろう。
「何だ、ロベルトは俺の出来が悪い方がいいのか?」
この側近とは子供の頃からの付き合いなので、つい気安い口調になってしまう。
「いやその」
ロベルトが口ごもった時だ。
――出来が悪い方がいいの?
――なら、あの地竜の国の王太子は?
――ぴったり。グインと交換する?
髪を弄れなくなるのは残念だけど、と精霊が無邪気な口調で恐ろしいことを言い始めた。
精霊達の言葉は適当に聞き流してはいけない。
言ったことは必ず実行するのだ。
慌てたようにロベルトが取りなした。
「いやいやいやっ! ないからっ! ただの冗談だからっ! そんなことされたら俺、首飛んじゃうからねっ!」
――何だ、冗談なんだ。
――残念。
ちなみに精霊達は情報の宝庫である。
基本、自分がここ、と定めたところからはあまり動かないのだが、独自の連絡手段があるようで、他国の情報に精通していた。
そのため、精霊達と仲良くなると大概の者は、そういった情報を聞きたがるのだが、グインは違った。
一度、その辺りを不思議に思ったロベルトが聞いたが返ってきたのは、
『そんなことをしてどうするんだ。既に大体のことは父上達が聞き出しているだろう』
理屈は通っていたが、勤勉なグインにしては珍しい。
情報は何よりの宝である。
だが、何年も過ごすうちにロベルトにも分かってきた。
グインは、彼の国の情報を知りたくないのだ。
神託が降りれば即、迎えに行くことなっているがそれはその相手が国元で冷遇されているということを現していた。
また、もし幸せに暮らしているのなら、自分の出番はない。
どちらの場合もグインには有り難くないだろう。
だが、神託が降りれば堂々と婚姻できるのだ。
この数百年の間、独り身の多い第2王子や王女には事情を知る者からは同情が、また丸きり知らない者からは相手も見付けられないほどの無能者、と嘲笑が浴びせられているのもロベルトは知っていた。
(ったく。そんなもん、精霊と仲良くなりゃ、一発で分かるもんなのに)
この『習わし』を快く思わない勢力も存在するのだ。
彼らからすれば、自分の子を嫁がせ王家と誼を結びたいのに、独り身を貫かれては何の意味もない。
それに加えて時おりある例外――精霊達の了承――を逆手に取り、自分の子との婚姻を結ばせようとした例もあった。
もちろんそれは欺瞞であり、すぐに見破られてしまい、その侯爵家はお家断絶となったのだが。
こういった輩は案外多い。
それに加えてグインは母親に似て繊細な美貌の主である。
魔導具で精霊達を除外し、無理やり既成事実を作ろうとしたり、国境近くまで視察に行った際に誘拐されそうになったこともあった。
全て撃退し、主犯格の貴族は縛り首となったが、グインはすっかり人嫌いになってしまった。
夜会も舞踏会もお茶会も、人が集まりそうなものは片っ端から欠席し、王族としてどうしても出席しなければならない式典のみ、出席することにしていた。
――でもさあ、もうすぐなんじゃないの?
――うん、そうだよね。
――迎えに行きたいなぁ。
ふいに精霊達が喋り出した。
主語がない会話だが、精霊達と付き合いの長いグイン達には分かってしまう。
というか、分かってしまった。
「まさか、それは」
グインが恐る恐るというふうに口を開く。
――うん、地竜の国にいる子。
――そこの王太子が何かね、違う子とコンヤクしたいみたい。
――バカだよね。こっちはすっごく都合いいけど。
無邪気な口調だが、もしこれが本当なら国の大事である。
精霊達は気紛れな存在である。
時には人を惑わすようなことを告げたりもするが、このことはグイン達センブルク国にとって重要なことだと精霊達も分かっているはずである。
それでもグインはすぐには信じられなかった。
竜の加護がある国とない国とでは繁栄の差が大きいのだ。
絶対に河川が氾濫しない国。
必ず大地の実りを約束された国。
温暖な気候が一年中続き、凍えることのない国。
竜の属性や性質によりその内容は多岐に渡るが、その守護があるかないかでその国の内情は大きく変わる。
そのため、竜の加護を得られた王家はどんなことをしてもそれを遵守するためには手段を選ばないはずだった。
――あ、これまだ言っちゃだめだったんだった。
――神託まで黙ってて、って言われてたのに。
――えー、もういいじゃんっ、あの子に早く会いたいしっ!
ここまでくると黙ってなどいられなかった。
「ロベルト、神殿へ使いを出せ」
「はっ」
この国の神殿はもちろん、竜を祀っている。
大体の意思は精霊達が伝えてしまうため、神託が降りたことはほとんどないが、そこへ勤める神官達へは知らせておいた方がいいだろう。
そしてその五日後――。
トレント王国の地竜の加護ある令嬢を第2王子の婚約者とせよ、との神託が降りることとなる。
知らせを受けた王宮はちょっとした騒ぎになった。
この神託が降りたということは、彼の国の滅亡を現してもいたのだ。
血気盛んな騎士団からは早速近隣諸国と連合を組み、攻め落としては、と進言がされたが、それは宰相側に即却下された。
『貴方は、これから迎える地竜の加護ある令嬢にそれを正面から堂々と言えますか?』
また地理的な問題もあった。
トレント王国は大陸の西の端に位置していた。
ここ、センブルク国との間には最短でも3つの国が横たわり、中立国もある。
『恐らくですが、隣国のティブレードも様子見でしょう』
『だろうな』
宰相の言に王が重々しく頷く。
まだどこか不服気な騎士団長に宰相が口を開いた。
『彼の国にはまだ水竜の加護があります。どうやら長い間に竜の加護のことは彼の国では忘れられているようですが、まだまだ侮れません。それにうっかり攻めて成功したらどうするんです? 水竜が黙ってこれを見逃すとでも? 竜の怒りで焦土と化した土地は誰も手を付けられませんよ』
懇々と宰相に諭され、戦争推進派が勢いをなくす。
そこでようやく会議が回り、使者を立てるべく動き出すのだが、ここで予想外のことが起こった。
――大変大変。地竜の子が苛められてるっ!
――コンヤクハキ、っていうの、してるよっ!
――国外ツイホウだってっ!
精霊達がそう知らせてきたのだ。
厳密には地竜の子ではないのだが、そこを修正するよりもとんでもない単語が飛び込んで来た。
最早会議どころではなく、急遽グイン達が直接赴くこととなったのだが。
「あまり乗り気ではないようですね」
令嬢を迎えにいく道中、馬上でロベルトが周りに聞こえないように聞いて来た。
それに対し、グインはさらりと肯定した。
「分かるか」
「そりゃまあ、何年お仕えして、って本気なんですか?」
「お前がそう聞いたんだろうが」
返しながらもグインは表面上は冷静な顔を保っていた。
これだから長い付き合いの者は侮れない。
内心苦々しく思いながら、当たり障りのない答えを返す。
「まあ、今回も神託はないと思っていたのだから多少は戸惑っても当たり前だろう」
「そうでしょうけど。俺達からしたら慶事ですからね」
黙っていても更なる竜の加護が手に入るのだ。
彼の国は本当に馬鹿なことをしたものだ。
王族としては国が繁栄することに何の異論もないのだが、個人の感情は別だ。
(何で今なんだ)
王族とは国を民を守るためにあるもの。
そして婚姻は王族として重要な義務でもある。
普通の王族ならそこで終わるのだが、グインの場合は違った。
(は? 婚姻を結べるのはトレント王国の竜の加護ある婚姻が破れた時のみっ!? しかもその相手と必ず婚姻を結ばなければならないだとっ!?)
政略結婚は王族にはつきものだが、竜が絡んだ政略結婚は聞いたこともなかった。
王族は国の上位に位置するはずなに、その更に上の者に脅かされる。
(竜の意思に逆らう訳にはいかない)
理屈では分かるがどこかしっくりこなかった。
だが、こんなことを周囲に漏らす訳にはいかなかった。
王族が弱音を吐く訳にはいかない。
どこか悶々とする思いを抱えながら今日まできた。
もしかしたらまた今回も神託は降りず、次代に継がれるのかとも思ったが。
予想に反して神託は降りてしまった。
まだ令嬢はこちらには来ていないこともあり、公表はしていなかったが、貴族で事情を知る者達は浮き足立っていた。
いずれ民にも知れ渡るだろう。
僅かでも動揺を見せる訳にはいかなかった。
精霊の抜け道を使わせてもらい、旅程を短縮してようやくトレント王国の国境付近まで来たときだ。
――あの子だっ!
――やったぁっ!
――待って待ってっ!
精霊達が騒ぎ出すとあっという間に飛び出して行った。
「……これは」
遠くに詰め所らしきものが見えるが、そこから出てきたのだろう。小柄な女性が見える。
精霊達はそこを目掛けて突進していた。
「何と言いますか。非常に分かりやすいですね」
同じく精霊が見えるロベルトが感嘆したように述べた。
気持ちは分かる。
弟も精霊に好かれる性質だが、これほどとは。
精霊達が集まりすぎて逆に本人の姿が見えないのだが。
――グインも早く早くっ!
――競争する?
――もういいから行こうよっ!
少しだけ残っていた精霊達に急かされ、馬を走らせる。
(全く。容赦ないな)
すると、こちらに気付いたのか、その人物は道の端に寄り頭を下げた。
近付くとかなり質素な、平民といっても通るような服装をしていたが、その雰囲気は明らかに貴族としての礼儀作法を学んだもの。
(気付かないと思っているのか)
侮られたものだ、とわざと彼女の前で馬を止めた。
「そこの娘、聞きたいことがある」
すると、彼女は少し脅えたように下がった。
精霊達に懐かれている彼女は美しかった。
陽光を反射する精霊達の羽が彼女の髪や肩に光の衣装をまとわせているようで、神秘的な雰囲気を醸し出し、なのに当の本人は自覚がないのか、頼りなげにこげ茶の瞳で見てくるので、こちらの庇護欲をひどく刺激した。
「何でしょうか、お貴族様」
脅かすつもりはなかったので、殊更柔らかい口調を目指した。
「いや、そう脅えないでもらいたいんだが」
控えていたロベルトが吹き出し掛けた気配がした。
いつもとは違う俺の様子に何か言いたいんだろうが、今は黙っていてくれ。
「こちらへは呼ばれてきたのだが、どうも気になることがあってね」
「……はい?」
どうやらこちらも精霊達が見える、という可能性には少しも気が付いていないようだった。
(絶対に脅えさせるなよ、俺)
その思考が既に恋する者のそれだと自覚のないまま、俺は続けた。
「先ほどから君の周りをずいぶんと沢山の精霊達が行き来しているんだが。これは一体どういうことかな?」
決して脅かすつもりはなかった。
なのに、
「私を送ってくれる?」
――もちろんっ!
「待っ、」
まさにあっという間だった。
精霊達も待ってました、とばかりに彼女を上空へ連れ去り、その姿はみるみるうちに消えてしまった。
「……いつまで笑っている」
こういった時には少しも当てにならない側近を振り返って睨むと、
「いや、すみません。普段との差が……」
他の者もどこか挙動不審なのは、いつもの俺を知っているからに違いない。
「追うぞ」
半ば投げやりに告げて馬上へ戻ると、
「待って下さい。トレント王国はどうするんです?」
「お前が行けばいいだろう」
彼女が消えた方角を見ながら答えると、
「いや、だめですよっ! ここまで来て一国の王子が挨拶もなしにとんぼ返りって、何のために来――ええっと、まさか、惚れちゃったんですかっ!?」
「違う」
「あー、分かりました。でも、トレント王国へはグイン様が行って下さい。――スイ」
ロベルトが呼ぶと精霊が現れた。
小さな水色の羽を持つこの精霊はロベルトを気に行っているらしく、いつも一緒にいる。
俺にもいることはいるが、あくの強い子ばかりなので、迂闊に呼び出せない。
――なーに、ロベルト。
「今の見てただろう。済まないがあのご令嬢の追跡を頼む」
――うん、分かった。いいよ。
小さな精霊がふわり、と上昇して空へ消えた。
「ったく。彼の国にはご令嬢のご家族もいらっしゃるんですからね。行きますよ」
未だ空の彼方へ目をやる俺に呆れたように声が掛けられる。
「分かった。今行く」
これではどちらが主従か分からないな、と苦笑して俺は手綱を引いた。
その後、トレント王国国王夫妻に面会を取り付けた俺は手札を幾つか使い、取り引きを纏めた後、ブリオッシュ公爵家に向かうことを告げた。
訝しげな表情をする彼らの様子からすると、まだこちらの事情は分かっていないようなので、鉱山を持つブリオッシュ公爵家に興味がある、ということにしておいた。
まだ何か聞きたそうな様子にも見えたが、城内が慌ただしく、俺は早めに暇を告げることができた。
ブリオッシュ公爵家では微妙な顔をされた。
恐らく、ロザンナの件で対応に苦慮しているのだろう。
あの婚約破棄がどれだけ唐突だったのか、それで分かる。
俺は貴族としての最低限の挨拶を済ませた後、早速本題に入った。
「こちらのロザンナ嬢を貰い受けたく、参上した」
「「……」」
まさかそんな用件だとは思わなかったのだろう。
ブリオッシュ公爵と次代のブリオッシュ公爵は固まってしまった。
「センブルク国のグイン王子、申し出は大変名誉なことと思いますが、残念ながらロザンナはつい先日婚約を破棄され、……国外追放とされました。そのような訳でグイン様の申し出に対し、私達には何も申し上げることができません」
(正直に告げてきたな)
少し興味が湧いてきたので、ついでに聞いてみた。
「それでは公爵はどうされる?」
「どう、とは?」
「建国から続く地竜の加護を蔑ろにした王家に背くか、それともこのまま国に殉ずるか。どちらだ?」
暗に反乱を起こすか、それともこのまま衰退していく国に殉ずるのか聞いてみたのだが。
「な、無礼なっ! 幾ら他国の王子とはいえ、ブリオッシュ公爵家の忠誠を侮るなっ!」
ロザンナの兄リチャードが今にも掴みかからんばかりに怒鳴り出し、そこをブリオッシュ公爵が宥めた。
「よしなさい」
「しかし、父上」
「センブルク国のグイン王子、貴方様にお聞きしたいことがあるのですが」
「何だ」
「我がトレント王国はこれまでセンブルク国とはあまり交渉はなかったように思いますが。どうして我が国でも広まっていない地竜の加護のことをご存知か?」
別に隠すことでもないので、俺は正直に話した。
「――ということで第2王子である俺に話が回ってきた。それでご家族の了承はいただけるのかな?」
思ってもない話にブリオッシュ公爵家では即答ができなかったようだが、俺は粘り強く交渉し、当のロザンナが了承したら、という運びになった。
辞去する際、ブリオッシュ公爵家が去就についてまだ答えていなかったことに思い当たってきいてみる。
すると、
「我がブリオッシュ公爵家は建国以来、王家に仕えてまいりました。それはもちろんこの先もです」
静かな口調にはどこか達観した者の思いがあるように見えた。
「そうか」
(できればセンブルク国に勧誘したかったのだがな)
斜陽の国に殉するというのなら、それを止めるのは無聊に当たる。
気持ちを切り替えた俺はようやくロザンナ嬢の捜索に当たることができた。
とはいっても精霊が道案合をしてくれるので何の問題もなかった。
追い付いた俺は驚いている彼女にセンブルク国へ来てくれるよう頼み込む。
「……何故ですか?」
(しまった。理由を言ってなかったか)
どこまで焦ってるんだ俺は、と最初から説明した。
センブルク国の第2王子や王女は、トレント王国の竜の加護の婚姻が破れた時のための相手だと。神託が降りれば迎えに行き、その相手と結ばれることになっている、と告げるとロザンナは眉を寄せた。
「何ですか、それ」
思ってもみない反応に、
「は?」
「それって体のいい人身御供ですよね。竜の加護のために2番目に生まれた王子や王女が犠牲になる、という解釈で合ってます?」
思わぬ指摘に固まっていると、また背後で不穏な気配。
(ロベルト、今は黙っておけ)
そんなことは考えたこともなかったが、確かに見方を変えるとそういうふうにも捉えることは可能だ。
だが、俺自身はそんなことは少しも思ったことはなかった。
いや、本当にそうか?
俺は心の奥底の蟠りを見なかったことにした。
「いや、そんなことは考えたこともなかったな。それにあなたが気にすることでは」
何とか彼女を説得したかったのだが、何かが彼女の感情を刺激してしまったらしい。
きっ、と俺達の方を見据えると、こう断言したのだ。
「それではこのお話、謹んでお断りさせていただきたい所存にございます」
(……はい?)
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お待たせしまして申し訳ありません(m´・ω・`)m 後編のめどが立ちましたので前編を上げさせていただきます。後編は明日の夕方以降には上げられれば、と思っておりますが、遅れましたらごめんなさい(m´・ω・`)m
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