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第3話 帝国の第二王子 ①
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学園で以前のアレクシアは孤独だった。
王太子妃教育に時間を取られたことに加え、ユクトルの公務を手伝っていたため、友人を作る時間がなかったのだ。
でも、今度は違うわ。
「手の者を貸して欲しいだと?」
公爵邸の執務室で父であるフォンデル公爵が怪訝そうにこちらを見る。
手の者、とは王家に仕える『影』のように隠密に情報収集をする者達のことで、これまでアレクシアはその存在は気に留めながらも父であるフォンデル公爵に自ら話を振ったことはなかった。
「はい。公爵家の名誉に関わる事態が起きております」
そう告げて王太子ユクトルが婚約者である自分を蔑ろにしてオリビア・ランドール男爵令嬢と情を交わしていることを報告する。
父であるフォンデル公爵とはあまり会話をしたことがなかった。
だがアレクシアは知っている。
一度の生でオリビア・ランドール男爵令嬢が側妃になることに強硬に反対していたのがフォンデル公爵だと。
そしてアレクシアの体のことも鑑みたのか、どうしてもオリビアを側妃にするというのなら、正妃となるアレクシアとは白い結婚を貫くこと、という密約を交わしてくれたのだ。
有り難いがそこまでできるのなら、婚約を解消して欲しかった。
ユクトルとの婚約は王家側が持ち込んだものであるため、こちらから破棄は難しいが、抗議くらいはできるだろう。
いや上手く立ち回ればあちらの有責で婚約破棄にさえ持ち込めるかもしれない。
アレクシアの話を黙って聞いていたフォンデル公爵はため息をついた。
「それで『手の者』か」
「はい。やはり何と言っても相手は王族ですので、証拠固めはしたほうがよろしいかと思いまして」
一度目の生の未来でオリビアが側室となり、正妃となったアレクシアを虐げることを知っていたが、この時点ではそれを告げても信じて貰えないだろう。
「確かに備えは必要だな。今は証拠固めが先だ。もしお前が言ったとおりならば」
そこで言葉を切り、アレクシアと視線を合わせた。
「婚約解消、もしくは婚約破棄も視野に入れなければならないだろう」
それはアレクシアの望んでいた言葉だったが、フォンデル公爵の声音には何の感情も乗せられていないようだった。
アレクシアには年の離れた姉がいるが、隣国へ嫁ぎ、めったなことでは里帰りしない。
母親は姉よりも地味な容姿のアレクシアに関心がないのか、王都での暮らしが合わないと領地へこもりがちになっている。
フォンデル公爵は執務に加えて夫人が放棄した社交もこなさなければならず、多忙な日々を送っていた。
このまま行けばフォンデル公爵家は断絶することになるが、アレクシアが正妃となった後ならば親戚の者から優秀な者を選んで跡継ぎに抜擢できる、ということになっていた。
この時点ではまだオリビアを側妃に、という話にはなっていないため、アレクシアとは普通に婚姻生活を送るはずなのだが、何故か既にユクトルとは子供が生まれないことを考えた条項が含まれていた。
疑問を持ちながらもアレクシアは表面上はいつもどおりの日々を過ごしていた。
もちろん、手の者からの情報を精査することにも余念がない。
ユクトルはオリビアとの密会を何度も繰り返していた。
なかにはアレクシアが王太子妃教育で王宮を訪れている最中にその王宮でオリビアと二人きりで過ごすこともあるという。
もうこの時点で集めた証拠を突き付けて婚約破棄に持って行きたいところだが、少しだけ違和感があった。
――ランドール男爵令嬢が学年で四位?
一度目の生でオリビアがユクトルと出会うのは卒業後のため、詳しい記憶はなかったが、それでも下位の男爵令嬢がそれほど優秀であれば何かしら話題に上ったはずだった。
オリビア・ランドール男爵令嬢はそれだけの成績でありながら、アレクシア達と同じSクラスではなく隣のAクラスだった。
これは学園では平等を謳っているが、オリビアの特殊な出自が影響したのではないか、ということだった。
報告によるとオリビアは養女だった。
死産して落ち込んでいる夫人を慰める意味もあって男爵が引き取ったらしいが、それなら何故嫡男となり得る男子にしなかったのか。
――なにかあるのかしら?
そんなことを思いながら、アレクシアは教師に頼まれた書類を抱え、資料準備室へ向かっていた。
傍目にはきびきびとした所作で雑用をそつなくこなしているようにしか見えなかったが、その内心は違う。
ユクトルとオリビアが出会う時期の差異。
一度目とは違うオリビアの優秀さ。
そう言えば、とアレクシアは思い返す。
ユクトルの側近達はほとんどがこの学園の同級生たちで占められていた。
彼らは宰相の息子、騎士団長の甥、爵位は低いながらも成功した商人の血筋で常に懐が潤っている男爵家の次男等、恵まれた環境に身を置いている者達ばかりで、皆オリビアに心酔していた。
一度目の生では彼らはユクトルが王位に就いた後も王宮へ出入りしていて、アレクシアをさんざん馬鹿にしていた。
何もしない王妃、と。
一度目の生では嫉妬で心を病んだ彼らの婚約者のひとりが刃傷沙汰をおこしてしまったこともあった。
――あの時は大変だったわね。
遠い目になったアレクシアはここがどこか失念していた。
資料準備室は旧校舎の端にある。もとは教師たちの休憩室だったためか、茶のシミのようなものが床に染み付いているということで数年前に改装が行われた。だが、その際に少々手違いがあったようで、資料準備室の扉と廊下の間に低い段差ができてしまった。
それは普通に歩いていれば余裕で対処できるほどのものだったが、今のアレクシアは書類の束で視界が塞がっている。
気付いたときには遅かった。
踏み出した足が空を切った、と思った瞬間、とっさにアレクシアは書類の束から手を離し、次にくる衝撃に備えた。
「……?」
衝撃が来ないことを疑問に思いながら目を開けたアレクシアの前にいたのは、ひとりの男子生徒だった。
「無事かい?」
さらりと流れる銀髪に青い瞳の美青年は、アレクシアにも覚えのある人物だった。
――ユージーン・シグルド。
シグルド帝国の第二王子である彼とは一度目の生で何度か会ったことがある。
何度目かの会合の時にまだ小さな御子を同伴させていて、少しだけ相手をしたことがあった。
(可愛らしかったわね、あの子。――確かケイン、だったかしら? でもどういういこと?)
「……フォンデル公爵令嬢? で合ってるよね?」
今生ではまだ会ってない人物の言葉にアレクシアは慌てて答えを返す。
「ええ。大丈夫です。ありがとうございます。シグルド殿下」
そうアレクシアが答えると、おや、というふうにシグルドがアレクシアを見た。
「以前に会ったことがあったかな?」
「いえ。お会いするのは初めてですが、帝国の優秀な第二王子が留学されているのは有名なことですので。申し遅れました。私はフォンデル公爵が次女、アレクシアと申します」
さりげなく離れて自己紹介するとシグルドが苦笑したようだった。
「貴女ならユージーンと呼んでもいいんですが」
その言葉にアレクシアは首を振った。
「いえ。そう言う訳にはいきません。殿下はシグルド帝国の尊き方にございますから」
一度目の生でユージーン・シグルドは帝国から何度かこの国を訪れているが、学園に通っていたという記憶はなかった。
オリビアのことといい、どうしてこんなに違っているのかしら?
とにかくどうしてこんなことが起きているのかわからないが、あまり関わらない方がいいだろう。
「お陰で助かりました」
そう答えながら書類を書棚へしまう。
これで用は済んだと視線を合わせないように退室しようとしたが、そうは行かなかった。
「俺はここにある資料を持ってくるように頼まれたんだ。ああ、これだな」
――留学生にも容赦ないよね。
そう続けながらユージーンがアレクシアが仕舞った書棚のひとつ隣の書棚を開けた。
ここで退室するのは礼儀を失する。
「さようでございますか」
無難な言葉を返しながらも扉の方から動かないアレクシアにユージーンが困ったように笑みを浮かべる。
「まいったな。そういうつもりではないんだけど」
未婚の男女が密室にいるこの状態は外聞が悪い。
これでも一応ユクトルという婚約者が居る身であるので、アレクシアとしては誰かに見られないうちにこの場を離れたかった。
「それではフォンデル公爵令嬢。ここではないところでならまた話ができるだろうか?」
もちろん他に人も付ける、と言われ、アレクシアとしては断るのが難しかった。
「分かりました。それでは失礼いたします」
そう告げて今度こそ退出したが、内心では不安と疑問が渦巻いていた。
どうして帝国の第二王子であるユージーンが自分に関心を持ったような言動を取るのだろうか。
王太子妃教育に時間を取られたことに加え、ユクトルの公務を手伝っていたため、友人を作る時間がなかったのだ。
でも、今度は違うわ。
「手の者を貸して欲しいだと?」
公爵邸の執務室で父であるフォンデル公爵が怪訝そうにこちらを見る。
手の者、とは王家に仕える『影』のように隠密に情報収集をする者達のことで、これまでアレクシアはその存在は気に留めながらも父であるフォンデル公爵に自ら話を振ったことはなかった。
「はい。公爵家の名誉に関わる事態が起きております」
そう告げて王太子ユクトルが婚約者である自分を蔑ろにしてオリビア・ランドール男爵令嬢と情を交わしていることを報告する。
父であるフォンデル公爵とはあまり会話をしたことがなかった。
だがアレクシアは知っている。
一度の生でオリビア・ランドール男爵令嬢が側妃になることに強硬に反対していたのがフォンデル公爵だと。
そしてアレクシアの体のことも鑑みたのか、どうしてもオリビアを側妃にするというのなら、正妃となるアレクシアとは白い結婚を貫くこと、という密約を交わしてくれたのだ。
有り難いがそこまでできるのなら、婚約を解消して欲しかった。
ユクトルとの婚約は王家側が持ち込んだものであるため、こちらから破棄は難しいが、抗議くらいはできるだろう。
いや上手く立ち回ればあちらの有責で婚約破棄にさえ持ち込めるかもしれない。
アレクシアの話を黙って聞いていたフォンデル公爵はため息をついた。
「それで『手の者』か」
「はい。やはり何と言っても相手は王族ですので、証拠固めはしたほうがよろしいかと思いまして」
一度目の生の未来でオリビアが側室となり、正妃となったアレクシアを虐げることを知っていたが、この時点ではそれを告げても信じて貰えないだろう。
「確かに備えは必要だな。今は証拠固めが先だ。もしお前が言ったとおりならば」
そこで言葉を切り、アレクシアと視線を合わせた。
「婚約解消、もしくは婚約破棄も視野に入れなければならないだろう」
それはアレクシアの望んでいた言葉だったが、フォンデル公爵の声音には何の感情も乗せられていないようだった。
アレクシアには年の離れた姉がいるが、隣国へ嫁ぎ、めったなことでは里帰りしない。
母親は姉よりも地味な容姿のアレクシアに関心がないのか、王都での暮らしが合わないと領地へこもりがちになっている。
フォンデル公爵は執務に加えて夫人が放棄した社交もこなさなければならず、多忙な日々を送っていた。
このまま行けばフォンデル公爵家は断絶することになるが、アレクシアが正妃となった後ならば親戚の者から優秀な者を選んで跡継ぎに抜擢できる、ということになっていた。
この時点ではまだオリビアを側妃に、という話にはなっていないため、アレクシアとは普通に婚姻生活を送るはずなのだが、何故か既にユクトルとは子供が生まれないことを考えた条項が含まれていた。
疑問を持ちながらもアレクシアは表面上はいつもどおりの日々を過ごしていた。
もちろん、手の者からの情報を精査することにも余念がない。
ユクトルはオリビアとの密会を何度も繰り返していた。
なかにはアレクシアが王太子妃教育で王宮を訪れている最中にその王宮でオリビアと二人きりで過ごすこともあるという。
もうこの時点で集めた証拠を突き付けて婚約破棄に持って行きたいところだが、少しだけ違和感があった。
――ランドール男爵令嬢が学年で四位?
一度目の生でオリビアがユクトルと出会うのは卒業後のため、詳しい記憶はなかったが、それでも下位の男爵令嬢がそれほど優秀であれば何かしら話題に上ったはずだった。
オリビア・ランドール男爵令嬢はそれだけの成績でありながら、アレクシア達と同じSクラスではなく隣のAクラスだった。
これは学園では平等を謳っているが、オリビアの特殊な出自が影響したのではないか、ということだった。
報告によるとオリビアは養女だった。
死産して落ち込んでいる夫人を慰める意味もあって男爵が引き取ったらしいが、それなら何故嫡男となり得る男子にしなかったのか。
――なにかあるのかしら?
そんなことを思いながら、アレクシアは教師に頼まれた書類を抱え、資料準備室へ向かっていた。
傍目にはきびきびとした所作で雑用をそつなくこなしているようにしか見えなかったが、その内心は違う。
ユクトルとオリビアが出会う時期の差異。
一度目とは違うオリビアの優秀さ。
そう言えば、とアレクシアは思い返す。
ユクトルの側近達はほとんどがこの学園の同級生たちで占められていた。
彼らは宰相の息子、騎士団長の甥、爵位は低いながらも成功した商人の血筋で常に懐が潤っている男爵家の次男等、恵まれた環境に身を置いている者達ばかりで、皆オリビアに心酔していた。
一度目の生では彼らはユクトルが王位に就いた後も王宮へ出入りしていて、アレクシアをさんざん馬鹿にしていた。
何もしない王妃、と。
一度目の生では嫉妬で心を病んだ彼らの婚約者のひとりが刃傷沙汰をおこしてしまったこともあった。
――あの時は大変だったわね。
遠い目になったアレクシアはここがどこか失念していた。
資料準備室は旧校舎の端にある。もとは教師たちの休憩室だったためか、茶のシミのようなものが床に染み付いているということで数年前に改装が行われた。だが、その際に少々手違いがあったようで、資料準備室の扉と廊下の間に低い段差ができてしまった。
それは普通に歩いていれば余裕で対処できるほどのものだったが、今のアレクシアは書類の束で視界が塞がっている。
気付いたときには遅かった。
踏み出した足が空を切った、と思った瞬間、とっさにアレクシアは書類の束から手を離し、次にくる衝撃に備えた。
「……?」
衝撃が来ないことを疑問に思いながら目を開けたアレクシアの前にいたのは、ひとりの男子生徒だった。
「無事かい?」
さらりと流れる銀髪に青い瞳の美青年は、アレクシアにも覚えのある人物だった。
――ユージーン・シグルド。
シグルド帝国の第二王子である彼とは一度目の生で何度か会ったことがある。
何度目かの会合の時にまだ小さな御子を同伴させていて、少しだけ相手をしたことがあった。
(可愛らしかったわね、あの子。――確かケイン、だったかしら? でもどういういこと?)
「……フォンデル公爵令嬢? で合ってるよね?」
今生ではまだ会ってない人物の言葉にアレクシアは慌てて答えを返す。
「ええ。大丈夫です。ありがとうございます。シグルド殿下」
そうアレクシアが答えると、おや、というふうにシグルドがアレクシアを見た。
「以前に会ったことがあったかな?」
「いえ。お会いするのは初めてですが、帝国の優秀な第二王子が留学されているのは有名なことですので。申し遅れました。私はフォンデル公爵が次女、アレクシアと申します」
さりげなく離れて自己紹介するとシグルドが苦笑したようだった。
「貴女ならユージーンと呼んでもいいんですが」
その言葉にアレクシアは首を振った。
「いえ。そう言う訳にはいきません。殿下はシグルド帝国の尊き方にございますから」
一度目の生でユージーン・シグルドは帝国から何度かこの国を訪れているが、学園に通っていたという記憶はなかった。
オリビアのことといい、どうしてこんなに違っているのかしら?
とにかくどうしてこんなことが起きているのかわからないが、あまり関わらない方がいいだろう。
「お陰で助かりました」
そう答えながら書類を書棚へしまう。
これで用は済んだと視線を合わせないように退室しようとしたが、そうは行かなかった。
「俺はここにある資料を持ってくるように頼まれたんだ。ああ、これだな」
――留学生にも容赦ないよね。
そう続けながらユージーンがアレクシアが仕舞った書棚のひとつ隣の書棚を開けた。
ここで退室するのは礼儀を失する。
「さようでございますか」
無難な言葉を返しながらも扉の方から動かないアレクシアにユージーンが困ったように笑みを浮かべる。
「まいったな。そういうつもりではないんだけど」
未婚の男女が密室にいるこの状態は外聞が悪い。
これでも一応ユクトルという婚約者が居る身であるので、アレクシアとしては誰かに見られないうちにこの場を離れたかった。
「それではフォンデル公爵令嬢。ここではないところでならまた話ができるだろうか?」
もちろん他に人も付ける、と言われ、アレクシアとしては断るのが難しかった。
「分かりました。それでは失礼いたします」
そう告げて今度こそ退出したが、内心では不安と疑問が渦巻いていた。
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