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第35話 駆け引き (後)
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王城の執務室はそれなりの広さがあるはずだが、アレクシアとクラスター伯爵、側付きの侍女と侍従が一人ずつ、そこに加えて近衛兵が四人と王弟サンダルフォンと、計九人が室内に収まるとそれなりに圧迫感があった。
「なんの御用でしょう?」
ことさら冷静を装って聞くアレクシアにサンダルフォンが笑みを浮かべる。
「来るのが遅くなってしまったが、次期女王へ寿ぎを。それから」
どこか昏い笑みで近衛兵に合図を送ると、一番近くにいた近衛兵が恭しく書類をサンダルフォンへ渡した。
「これにぜひとも署名がほしいんだが」
サンダルフォンから渡された書類の内容に目を通したアレクシアは眉を顰めた。
「……できません」
そこにはアレクシアの伴侶をユクトルとすることが明言されていた。
誰がこんなものに署名などできるだろう。
まだ諦めていなかったのか。
半分呆れながらアレクシアは廊下にいる衛兵を呼ぼうとした。
「止めた方がいいよ。衛兵達はここへは来ない」
サンダルフォンの余裕ありげな表情にアレクシアは思わず反論した。
「彼らに何をしたのです」
「大したことじゃないよ。それよりも今の立場が分かっているのかな?」
サンダルフォンの言葉に彼を護るように立っていた近衛兵たちが抜刀した。
「さて。もう一度聞く。この書類に署名をして貰おうか」
そんなことをしても無意味だとアレクシアは思った。
確かにユクトルとアレクシアは従姉妹同士だから婚姻そのものに問題はないが、コントワーズ王国の国力が大幅に削られているこの状況で、王太子の責も担えなかったユクトルが王配の役割を果たせるとは思えない。
「お断り致します」
アレクシアがそう答えた時だった。
堪えきれない、とでもいうようにサンダルフォンが叫びだした。
「なぜだ!! ユクトルの方が血筋はいいはずだろう!! この俺の血を引いているのだから!! 昔からそうだ!! 王位だって、婚約者だって、先に生まれたというだけであいつに取られて!! おまけにカタジーナまでも!!」
カタジーナとは王妃の名だったのでは、とアレクシアが察した時、事態が動いた。
頭を掻きむしって叫んでいたサンダルフォンが近衛兵が手にしていた剣を奪い取ったのである。
「そうだ。こんなことになったのも、姪御殿が後から出て来たからだ。もし生まれたのがユクトルだけだったなら王冠もユクトルを選んだに違いないな」
どこか狂気を宿した青い瞳がアレクシアを射抜くが、アレクシアは静かに首を振った。
「いいえ。もしそうだとしても王冠はユクトルも誰も選ばないと思います」
火に油を注いでいるとしか思えないが、アレクシアにはこう答えるしかなかった。
一応時間を稼いでいるが、間に合うだろうか。
アレクシアはこの王国で唯一の王位継承者として知られている。
王城でこんな事態になって手をこまねているほど、近衛は抜けてはいなかったはずだ。
それとクラスター伯爵が嫌に落ち着いているのも気になった。
「抜かせ!!」
よほど癇に障ったのか、王族としてのゆったりとした態度も何もかもかなぐり捨てたようにサンダルフォンが剣を振り上げた。
思わず庇うように出した腕には何も当たらず、代わりに鈍い音がした。
「……?」
そっと目を開けるとサンダルフォンとアレクシアの間にもう一人の人物がいた。
「みっともないですよ。王弟ともあろう方が」
品のある所作の中にも鍛え上げられた者しか持たない体幹の良さを充分に発揮したユージーンの剣が、サンダルフォンの剣を受けていた。
しばらく均衡を保っていた鍔迫り合いはサンダルフォンの剣が下がったことで幕を閉じた。
少しすると廊下の扉から衛兵が駆けつけ、サンダルフォンと近衛兵を連行して行く。
「これで頭の固い保守派も軟禁で、とは言えなくなりましたね」
ユージーンの言葉にアレクシアはどこから、と思った。
廊下への扉は常にアレクシアから見えていた。
そうなると、とつらつらと考えていたアレクシアは王城の抜け道を思い出す。
確かこの執務室にもそういった抜け道は作られていたはずである。
そこでクラスター伯爵の方を見ると、徐に頷かれた。
「万が一ということもございますれば。それにそろそろ動きがあると思われたので」
間諜を放って調べさせていたらしい。
アレクシアは呆れたように口を開く。
「それは重畳ですが、恐れ多くも帝国の第二王子殿下をこのようなことに使うとは」
アレクシアの言葉を遮るようにユージーンが口を挟んだ。
「いや、このことは俺の方から申し込んだんだよ」
「まあ明日には間に合って良かったですな」
和やかに話が続いている二人を微妙な表情でアレクシアが見ていると、ユージーンがふと気付いたように声を掛けた。
「時期女王には息災のようで安心致しました。そのうち帝国の方からも正式な使いが来ると思われますが、自分はこれにて失礼いたします」」
国力の差はあるが、次の女王候補であるアレクシアと第二王子のユージーンとでは身分が違う。
弁えた言葉にアレクシアも頷く。
見送りに行きたかったがユージーンが固辞したことと、公務が多忙を極めたためそれはできない。
「お見送りはできませんが、道中お気を付けて」
帝国の第二王子に送るにしては簡素な言葉だったが、それ以上紡ぐと感情が出そうでできなかった。
「お言葉ありがたき幸せにございます」
身分も遠かったが、さらに遠くへ行ってしまう気がした。
ユージーンが辞すとアレクシアは軽く首を振り、書類へ向き直った。
クラスター伯爵の物問いだけな視線は無視してアレクシアは執務を始めた。
「なんの御用でしょう?」
ことさら冷静を装って聞くアレクシアにサンダルフォンが笑みを浮かべる。
「来るのが遅くなってしまったが、次期女王へ寿ぎを。それから」
どこか昏い笑みで近衛兵に合図を送ると、一番近くにいた近衛兵が恭しく書類をサンダルフォンへ渡した。
「これにぜひとも署名がほしいんだが」
サンダルフォンから渡された書類の内容に目を通したアレクシアは眉を顰めた。
「……できません」
そこにはアレクシアの伴侶をユクトルとすることが明言されていた。
誰がこんなものに署名などできるだろう。
まだ諦めていなかったのか。
半分呆れながらアレクシアは廊下にいる衛兵を呼ぼうとした。
「止めた方がいいよ。衛兵達はここへは来ない」
サンダルフォンの余裕ありげな表情にアレクシアは思わず反論した。
「彼らに何をしたのです」
「大したことじゃないよ。それよりも今の立場が分かっているのかな?」
サンダルフォンの言葉に彼を護るように立っていた近衛兵たちが抜刀した。
「さて。もう一度聞く。この書類に署名をして貰おうか」
そんなことをしても無意味だとアレクシアは思った。
確かにユクトルとアレクシアは従姉妹同士だから婚姻そのものに問題はないが、コントワーズ王国の国力が大幅に削られているこの状況で、王太子の責も担えなかったユクトルが王配の役割を果たせるとは思えない。
「お断り致します」
アレクシアがそう答えた時だった。
堪えきれない、とでもいうようにサンダルフォンが叫びだした。
「なぜだ!! ユクトルの方が血筋はいいはずだろう!! この俺の血を引いているのだから!! 昔からそうだ!! 王位だって、婚約者だって、先に生まれたというだけであいつに取られて!! おまけにカタジーナまでも!!」
カタジーナとは王妃の名だったのでは、とアレクシアが察した時、事態が動いた。
頭を掻きむしって叫んでいたサンダルフォンが近衛兵が手にしていた剣を奪い取ったのである。
「そうだ。こんなことになったのも、姪御殿が後から出て来たからだ。もし生まれたのがユクトルだけだったなら王冠もユクトルを選んだに違いないな」
どこか狂気を宿した青い瞳がアレクシアを射抜くが、アレクシアは静かに首を振った。
「いいえ。もしそうだとしても王冠はユクトルも誰も選ばないと思います」
火に油を注いでいるとしか思えないが、アレクシアにはこう答えるしかなかった。
一応時間を稼いでいるが、間に合うだろうか。
アレクシアはこの王国で唯一の王位継承者として知られている。
王城でこんな事態になって手をこまねているほど、近衛は抜けてはいなかったはずだ。
それとクラスター伯爵が嫌に落ち着いているのも気になった。
「抜かせ!!」
よほど癇に障ったのか、王族としてのゆったりとした態度も何もかもかなぐり捨てたようにサンダルフォンが剣を振り上げた。
思わず庇うように出した腕には何も当たらず、代わりに鈍い音がした。
「……?」
そっと目を開けるとサンダルフォンとアレクシアの間にもう一人の人物がいた。
「みっともないですよ。王弟ともあろう方が」
品のある所作の中にも鍛え上げられた者しか持たない体幹の良さを充分に発揮したユージーンの剣が、サンダルフォンの剣を受けていた。
しばらく均衡を保っていた鍔迫り合いはサンダルフォンの剣が下がったことで幕を閉じた。
少しすると廊下の扉から衛兵が駆けつけ、サンダルフォンと近衛兵を連行して行く。
「これで頭の固い保守派も軟禁で、とは言えなくなりましたね」
ユージーンの言葉にアレクシアはどこから、と思った。
廊下への扉は常にアレクシアから見えていた。
そうなると、とつらつらと考えていたアレクシアは王城の抜け道を思い出す。
確かこの執務室にもそういった抜け道は作られていたはずである。
そこでクラスター伯爵の方を見ると、徐に頷かれた。
「万が一ということもございますれば。それにそろそろ動きがあると思われたので」
間諜を放って調べさせていたらしい。
アレクシアは呆れたように口を開く。
「それは重畳ですが、恐れ多くも帝国の第二王子殿下をこのようなことに使うとは」
アレクシアの言葉を遮るようにユージーンが口を挟んだ。
「いや、このことは俺の方から申し込んだんだよ」
「まあ明日には間に合って良かったですな」
和やかに話が続いている二人を微妙な表情でアレクシアが見ていると、ユージーンがふと気付いたように声を掛けた。
「時期女王には息災のようで安心致しました。そのうち帝国の方からも正式な使いが来ると思われますが、自分はこれにて失礼いたします」」
国力の差はあるが、次の女王候補であるアレクシアと第二王子のユージーンとでは身分が違う。
弁えた言葉にアレクシアも頷く。
見送りに行きたかったがユージーンが固辞したことと、公務が多忙を極めたためそれはできない。
「お見送りはできませんが、道中お気を付けて」
帝国の第二王子に送るにしては簡素な言葉だったが、それ以上紡ぐと感情が出そうでできなかった。
「お言葉ありがたき幸せにございます」
身分も遠かったが、さらに遠くへ行ってしまう気がした。
ユージーンが辞すとアレクシアは軽く首を振り、書類へ向き直った。
クラスター伯爵の物問いだけな視線は無視してアレクシアは執務を始めた。
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