ずっと二人で。ー俺と大好きな幼なじみとの20年間の恋の物語ー

紗々

文字の大きさ
32 / 63

32.

しおりを挟む
 スマホを見つめたまま、俺は深い溜息をつく。
 進路の話をしてから数日、突然来た樹からのライン。あれ以来、本当に樹からの連絡は一切なくなってしまった。

「……。」

 気が遠くなるほどに長い長い時間が経った気がするけれど、まだ秋になったばかりだった。
 もう何十回、いや何百回と見た最後のラインをまた開く。

『1年間、電話もラインもお預けだ。勉強に専念するために、もう受験が終わるまで連絡するのはやめる。部活もやめた。残りの時間全部使って絶対にA高に合格してみせるから。信じて待っててくれよ。お前も頑張れ。俺だけ受かってお前だけ落ちるなよ!』

 樹がどれほど真剣に受験に取り組んでいるのかが分かるから、邪魔するわけにはいかない。それが半分は俺のためだってことも分かっているからなおさら…。
 でも、1年なんて。長すぎるよ。せめて……、せめて月に1回だけでも、電話する日があったっていいじゃないか。普段頑張ってるご褒美に。月に1回、ほんの10分、5分だけでも……。
 はぁ、とまた溜息が漏れる。寂しい。寂しくてたまらない。声が聞きたい。会えなくてもいいから、我慢するから、せめて時々でも、声を聞かせてほしい。
 一度だけ、夏の終わりに我慢できずにドキドキしながら電話をかけてみたことがある。元気にしてる?勉強どう?頑張ってる?俺も頑張ってるよー。…心の中で何度も、こんな風に何気ない言葉をかけようと、少しだけ話したらすぐに切ろうと思っていたのに、コール音さえ鳴らなかった。たまたまなのか、ずっと電源入れてないのか。声さえ聞けなかったショックで、その日は食事も喉を通らなかった。

 ……ダメだ、せっかく樹がこんなに頑張ってるんだ。本当に俺だけが落ちたらもう顔向けできない。ちゃんと集中して勉強しなきゃ。そう思って俺は再びノートにペンを走らせる。

「…………、……はぁ」

 また溜息が出て、思わず両手で顔を覆った。
 1年って、とてつもなく長い。



「よし!よくやったじゃねぇか立本!!立本ぉ!!」
「や、先生……、たかが模試ですよ、まだ受かったわけじゃ…」
「何がたかが模試だてめぇ!バカだったくせに調子に乗りやがって!よかったじゃねぇか!!おい!!」

 口の悪い担任は褒めてるのかけなしてるのかよく分からない口調で興奮しながら俺の背中をバッシバシ叩いてくる。痛いんですけど…。
 この冬の塾の全校模試で、ついに俺は過去最高の偏差値を叩き出したたのだ。A高校は70%以上の確率で合格ラインという判定だ。我ながら信じられない。よくここまで来たもんだ。

「お、お前…っ、ただの顔がいいだけのバカだと思ってたのに…、頭の悪いクソ生意気なリア充野郎だと…、」
「先生、ひでぇよ」
「やればできるヤツだったんだなぁ…。マジで感動したよ、俺は。……なんで今まで頑張らなかったんだよ逆に。はぁ…」

 先生はそう言うと、我に返ったようにすごい目力で俺を真正面から睨みつけながら、俺の両肩をわしっと握った。痛い。

「……ぜっったいにここで気を抜くなよ、立本。最後までこのまま突っ走れ。あと2ヶ月もねぇんだ。まだまだ全然安心できねぇんだからな」
「わ、分かってますよ、もちろん」
「よし!なら今すぐ帰って勉強しろ!いつまでここにいるつもりだてめぇ!行け!帰れ!」
「……うす。失礼しまーす……」
 
 興奮して情緒がおかしい担任に頑張れよー!と後ろから声をかけられながら学校を後にした。俺以上に盛り上がっている。うちの親みたいだ。

 さみーな外は。死に物狂いで勉強ばっかりしているうちにもう年末になろうとしていた。……颯太のヤツ、元気にしてるかな。あいつのことだから勉強は問題ないだろうけど、体調崩してないか心配だ。
 …早く会いたい。もうここまで来たんだから電話ぐらいしてもいい気がするんだけど、…なんか今ふにゃっと気を抜いてしまうのは良くない気がする。俺的に。
 せっかくここまで来たんだ。もうあと2ヶ月。今腑抜けになるわけにはいかない。やめておこう。合格発表の日まで、我慢するんだ。

 マンションの前まで颯太のことを考えながら歩いて帰ってきた時、ふと視界の右端に颯太の姿が見えた気がした。……え?俺は慌ててそっちを向く。
 ……誰もいない。
 
「……いるわけねーか……。はぁ」

 ついに禁断症状で頭がおかしくなってきた…。幻覚っぽいものまで見え始めたのか。ヤバい。頑張れ俺。あと少し。あと少しなんだ。気合いを入れろ気合いを。合格発表の日にめいっぱいあいつを抱きしめてやる。思いっきり。あくまで幼なじみのノリで。それぐらいのご褒美はいいだろう。
 とっくに限界を越えている頭の中で自分に言い聞かせながらマンションに入った。


「………………っ!」

 あ、あっぶなぁい……。もう少しで見られるところだった……。
 マンション近くの曲がり角にある自販機の陰に隠れて、俺は口元を押さえて何度も深呼吸をした。
 こんなにも長いこと連絡もとれず、寂しくて寂しくて、ついに寂しさに耐えきれずこんなストーカーまがいのことをしてしまった。マンションの前まで勝手にやって来て、待ち伏せしてしまった。…何してるんだろう、俺。

「…………ふぅ…」

 心臓がうるさい。久しぶりに樹の姿を見ることができて、叫び出したいくらいに嬉しかった。相変わらずカッコよかった…樹…。
 うん。元気そうでよかった。それが分かっただけでも充分。俺も帰って勉強しよう。
 …またね、樹。…頑張って。俺も樹を信じて、最後まで頑張るよ。
 俺はバス停に向かって静かに歩き始めた。


(………………い、いやいやいや…、マジか……)

 マンションの3階に上がって玄関前の通路から、なんとなく気になって下の通りを覗いてみた。

 ……幻覚じゃねぇじゃん。来てんじゃん!颯太!
 バス停のほうにてくてく歩いて行く颯太の後ろ姿が見えなくなるまで、黙って上から見送る。姿が見えなくなった後、俺は真っ赤になった顔を覆ってその場にズルズルとへたり込んだ。

 ……か、……かんわい~い……

 えぇ?なに?なんであいつあんなに可愛いことすんの?俺に会いに来たんだよな?絶対そうだよな?!他にここにいる理由ねぇもんな?!
 俺は悶絶した。ヤバい。可愛すぎる、颯太。俺に会えなくて、連絡できなくて寂しいから、わざわざここまで来てくれたんだよな?!そういうことですよね?!神様!はぁぁぁ~やめてくれ!!そんな健気なことされたら抱きしめたくなるから!!
 心ゆくまで悶えのたうち回った俺は、深呼吸して立ち上がる。自分の頬を思いっきりバチンとひっぱたいた。よし。もういい。ご褒美タイム終了だ。ありがとう、颯太。みなぎってきた。気を付けて帰れよ。

 俺は気合いを入れ直して玄関のドアを開けた。
 頑張ろうな、お互いに。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される

水ノ瀬 あおい
BL
 若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。  昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。  年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。  リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。  

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

死神に狙われた少年は悪魔に甘やかされる

ユーリ
BL
魔法省に悪魔が降り立ったーー世話係に任命された花音は憂鬱だった。だって悪魔が胡散臭い。なのになぜか死神に狙われているからと一緒に住むことになり…しかも悪魔に甘やかされる!? 「お前みたいなドジでバカでかわいいやつが好きなんだよ」スパダリ悪魔×死神に狙われるドジっ子「なんか恋人みたい…」ーー死神に狙われた少年は悪魔に甘やかされる??

処理中です...