7 / 12
第6話 ハリオット伯爵視点
しおりを挟む
裁判から十日後――
ユクル公爵家の屋敷前に降り立つと、儂は口の片端を持ち上げた。
儂はユクル公爵よりも賢い。そして男前で、女に好かれ、人間として格上である。そんな完璧である儂が、あの男に負ける訳がない。すぐに地獄を見せてやる。
「ハリオット伯爵だ。公爵に会わせろ」
「しかし……ご約束のない方との面会は……」
「いいから、伝えろ。“大事な客を連れてきた”とな」
門番は狼狽えていたが、数分もすると門を開けることになった。儂はひとりの小娘を連れて屋敷へ歩いていく。ほら、簡単だ。ユクル公爵は馬鹿なのだ。まんまと儂の計画に嵌り、クラリッサを手放すに違いない。
その計画とは、愛娘交換作戦。連れてきたのは、クラリッサにそっくりな小娘だ。勿論、厳しい演技指導もしてある。愚かなユクル公爵とポーラは、こっちが本物だと思って交換を持ちかけるに違いない。あいつらは可哀想なくらい馬鹿だからな。
それはそうとして、第二王子が現れたのは予想外だった――
だが、サイラスが権力を振るおうとも、婚約者であるクラリッサを楯にすれば助かるだろう! 生意気なクラリッサは、死ぬまで儂の切り札となるのだ!
やがて屋敷へ入ると、ウィリアムと名乗る執事が現れた。そいつは、ユクル公爵と夫人に会えると伝えた後、こちらを睨み付けて無礼な発言をした。
「ハリオット伯爵様、くれぐれも失礼のないようにお願い致します」
「はッ! 執事の分際で何を言っておる! さっさと部屋に入れるがいい!」
「忠告は致しましたよ」
そして執事の手により、扉は開かれた――
応接間には、ユクル公爵とポーラ。それと、ひとりの美丈夫が座っていた。
「ハリオット伯爵。久しぶりだな?」
「丁度お会いしたいと思っていたのですよ?」
ユクル公爵とポーラが、笑顔を浮かべている。儂は何が起きているのか理解できず、もうひとりの人物を何度も見直していた。
「ハリオット伯爵か。立っていないで、私の正面に座るといい」
そして儂は理解した。
この相手が誰なのかを。
「こ……これはッ! 国王陛下ッ! なぜここにいらっしゃるのですッ!?」
ブルーノ・ルラ・ファラクト――なぜか我が国の王が、応接間に居た。
「妹の嫁ぎ先に、兄がいるのはおかしいだろうか? なあ、ポーラ?」
「少しもおかしくありませんわ。兄上は重要な報告を聞くため、わざわざ足を運んで下さった優しいお方です。あなたもそう思うでしょう? ハリオット伯爵」
「は……はい……! 仰る通りで……!」
「そうか。では、座るがいい」
儂の全身から汗が吹き出し、膝が震え始めていた。駄目だ、もう駄目だ。ずる賢いこいつがいるのなら、考えてきた計画は失敗だ。クラリッサという人質を手に入れてから、こいつを翻弄してやるつもりだったのに――
ゆっくりと国王の前に歩み出ると、正面の椅子に腰かける。相手の油断できない瞳が、こちらを向いている。どうにか乗り切らねばならん。
「ユクル公爵様……! 本日は、謝罪のため訪問致しました……! 先日の裁判では、大変な失礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした……!」
「いや、私は失礼なことなどされていないが?」
「えぇ……? お忘れですか……?」
「何をだ?」
駄目だ! 誤魔化せない! どうしたら切り抜けられるのだ!? 狼狽えていると、国王が連れてきた小娘を指差した。
「それにしても、背後の娘は誰だ? 私はその者が気になるのだが?」
「国王陛下がお気になさる相手ではございません……!」
「そこの娘。ローブを脱ぎ、こちらに顔を見せよ」
儂の心臓が大きく波打つ。やめろ! やめてくれ! 顔を見せるな!
しかし小娘は、ローブを脱いでしまった。十二歳という年齢。金髪と夕陽色の瞳。肩には、ライオン型をした焼印が押してある。どこからどう見ても、クラリッサだ。こいつを目にしたユクル公爵とポーラは取り乱すはずだった。
しかし二人は……この儂を睨み付けた。
「クラリッサとそっくりな娘とは、一体どういうつもりだ?」
「まさか交換するつもり? 私達を馬鹿にしているの?」
なぜだ!? なぜ騙されない!?
「ハリオット伯爵。何のつもりで、私の姪であるクラリッサに似た娘を連れてきたのだ? ここまで似ているということは変身魔法を使ったな? 答えるがいい」
「ひっ……そっ……れは……――」
落ち着け! 落ち着け! 儂よ、落ち着け! きっと抜け道はあるぞ! 馬鹿共を黙らせるのだ! 言い訳なら、いくらでも思い付く!
「実は……クラリッサ様の影武者として、この娘を連れてきたのです! ユクル公爵様の大切な愛娘が、また危険に晒されたら困るでしょう!? いざという時は、この娘を犠牲にすればクラリッサ様は助かります!」
「ほう、影武者か」
「その通りですッ! 国王陛下ッ!」
上手くいった……上手くいったぞ! 儂は危機を切り抜けた!
しかし――
「お父様ぁ……! お母様ぁ……! クララはおやつが食べたいよぉ……! お腹と背中がくっついちゃうよぉ……! ふえぇぇぇん……」
小娘は“ローブを脱いだら、四歳児の演技をしろ”という儂の命令を、最悪なタイミングで実行した。幼い頃のクラリッサを思い出させて、ユクル公爵とポーラの親心をくすぐる作戦だったのだが、それが仇となってしまった。
応接間には、得体の知れない空気が流れていた。
ユクル公爵家の屋敷前に降り立つと、儂は口の片端を持ち上げた。
儂はユクル公爵よりも賢い。そして男前で、女に好かれ、人間として格上である。そんな完璧である儂が、あの男に負ける訳がない。すぐに地獄を見せてやる。
「ハリオット伯爵だ。公爵に会わせろ」
「しかし……ご約束のない方との面会は……」
「いいから、伝えろ。“大事な客を連れてきた”とな」
門番は狼狽えていたが、数分もすると門を開けることになった。儂はひとりの小娘を連れて屋敷へ歩いていく。ほら、簡単だ。ユクル公爵は馬鹿なのだ。まんまと儂の計画に嵌り、クラリッサを手放すに違いない。
その計画とは、愛娘交換作戦。連れてきたのは、クラリッサにそっくりな小娘だ。勿論、厳しい演技指導もしてある。愚かなユクル公爵とポーラは、こっちが本物だと思って交換を持ちかけるに違いない。あいつらは可哀想なくらい馬鹿だからな。
それはそうとして、第二王子が現れたのは予想外だった――
だが、サイラスが権力を振るおうとも、婚約者であるクラリッサを楯にすれば助かるだろう! 生意気なクラリッサは、死ぬまで儂の切り札となるのだ!
やがて屋敷へ入ると、ウィリアムと名乗る執事が現れた。そいつは、ユクル公爵と夫人に会えると伝えた後、こちらを睨み付けて無礼な発言をした。
「ハリオット伯爵様、くれぐれも失礼のないようにお願い致します」
「はッ! 執事の分際で何を言っておる! さっさと部屋に入れるがいい!」
「忠告は致しましたよ」
そして執事の手により、扉は開かれた――
応接間には、ユクル公爵とポーラ。それと、ひとりの美丈夫が座っていた。
「ハリオット伯爵。久しぶりだな?」
「丁度お会いしたいと思っていたのですよ?」
ユクル公爵とポーラが、笑顔を浮かべている。儂は何が起きているのか理解できず、もうひとりの人物を何度も見直していた。
「ハリオット伯爵か。立っていないで、私の正面に座るといい」
そして儂は理解した。
この相手が誰なのかを。
「こ……これはッ! 国王陛下ッ! なぜここにいらっしゃるのですッ!?」
ブルーノ・ルラ・ファラクト――なぜか我が国の王が、応接間に居た。
「妹の嫁ぎ先に、兄がいるのはおかしいだろうか? なあ、ポーラ?」
「少しもおかしくありませんわ。兄上は重要な報告を聞くため、わざわざ足を運んで下さった優しいお方です。あなたもそう思うでしょう? ハリオット伯爵」
「は……はい……! 仰る通りで……!」
「そうか。では、座るがいい」
儂の全身から汗が吹き出し、膝が震え始めていた。駄目だ、もう駄目だ。ずる賢いこいつがいるのなら、考えてきた計画は失敗だ。クラリッサという人質を手に入れてから、こいつを翻弄してやるつもりだったのに――
ゆっくりと国王の前に歩み出ると、正面の椅子に腰かける。相手の油断できない瞳が、こちらを向いている。どうにか乗り切らねばならん。
「ユクル公爵様……! 本日は、謝罪のため訪問致しました……! 先日の裁判では、大変な失礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした……!」
「いや、私は失礼なことなどされていないが?」
「えぇ……? お忘れですか……?」
「何をだ?」
駄目だ! 誤魔化せない! どうしたら切り抜けられるのだ!? 狼狽えていると、国王が連れてきた小娘を指差した。
「それにしても、背後の娘は誰だ? 私はその者が気になるのだが?」
「国王陛下がお気になさる相手ではございません……!」
「そこの娘。ローブを脱ぎ、こちらに顔を見せよ」
儂の心臓が大きく波打つ。やめろ! やめてくれ! 顔を見せるな!
しかし小娘は、ローブを脱いでしまった。十二歳という年齢。金髪と夕陽色の瞳。肩には、ライオン型をした焼印が押してある。どこからどう見ても、クラリッサだ。こいつを目にしたユクル公爵とポーラは取り乱すはずだった。
しかし二人は……この儂を睨み付けた。
「クラリッサとそっくりな娘とは、一体どういうつもりだ?」
「まさか交換するつもり? 私達を馬鹿にしているの?」
なぜだ!? なぜ騙されない!?
「ハリオット伯爵。何のつもりで、私の姪であるクラリッサに似た娘を連れてきたのだ? ここまで似ているということは変身魔法を使ったな? 答えるがいい」
「ひっ……そっ……れは……――」
落ち着け! 落ち着け! 儂よ、落ち着け! きっと抜け道はあるぞ! 馬鹿共を黙らせるのだ! 言い訳なら、いくらでも思い付く!
「実は……クラリッサ様の影武者として、この娘を連れてきたのです! ユクル公爵様の大切な愛娘が、また危険に晒されたら困るでしょう!? いざという時は、この娘を犠牲にすればクラリッサ様は助かります!」
「ほう、影武者か」
「その通りですッ! 国王陛下ッ!」
上手くいった……上手くいったぞ! 儂は危機を切り抜けた!
しかし――
「お父様ぁ……! お母様ぁ……! クララはおやつが食べたいよぉ……! お腹と背中がくっついちゃうよぉ……! ふえぇぇぇん……」
小娘は“ローブを脱いだら、四歳児の演技をしろ”という儂の命令を、最悪なタイミングで実行した。幼い頃のクラリッサを思い出させて、ユクル公爵とポーラの親心をくすぐる作戦だったのだが、それが仇となってしまった。
応接間には、得体の知れない空気が流れていた。
220
あなたにおすすめの小説
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
虐げられたアンネマリーは逆転勝利する ~ 罪には罰を
柚屋志宇
恋愛
侯爵令嬢だったアンネマリーは、母の死後、後妻の命令で屋根裏部屋に押し込められ使用人より酷い生活をすることになった。
みすぼらしくなったアンネマリーは頼りにしていた婚約者クリストフに婚約破棄を宣言され、義妹イルザに婚約者までも奪われて絶望する。
虐げられ何もかも奪われたアンネマリーだが屋敷を脱出して立場を逆転させる。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
【完結】巻き戻したのだから何がなんでも幸せになる! 姉弟、母のために頑張ります!
金峯蓮華
恋愛
愛する人と引き離され、政略結婚で好きでもない人と結婚した。
夫になった男に人としての尊厳を踏みじにられても愛する子供達の為に頑張った。
なのに私は夫に殺された。
神様、こんど生まれ変わったら愛するあの人と結婚させて下さい。
子供達もあの人との子供として生まれてきてほしい。
あの人と結婚できず、幸せになれないのならもう生まれ変わらなくていいわ。
またこんな人生なら生きる意味がないものね。
時間が巻き戻ったブランシュのやり直しの物語。
ブランシュが幸せになるように導くのは娘と息子。
この物語は息子の視点とブランシュの視点が交差します。
おかしなところがあるかもしれませんが、独自の世界の物語なのでおおらかに見守っていただけるとうれしいです。
ご都合主義の緩いお話です。
よろしくお願いします。
【本編完結】真実の愛を見つけた? では、婚約を破棄させていただきます
ハリネズミ
恋愛
「王妃は国の母です。私情に流されず、民を導かねばなりません」
「決して感情を表に出してはいけません。常に冷静で、威厳を保つのです」
シャーロット公爵家の令嬢カトリーヌは、 王太子アイクの婚約者として、幼少期から厳しい王妃教育を受けてきた。
全ては幸せな未来と、民の為―――そう自分に言い聞かせて、縛られた生活にも耐えてきた。
しかし、ある夜、アイクの突然の要求で全てが崩壊する。彼は、平民出身のメイドマーサであるを正妃にしたいと言い放った。王太子の身勝手な要求にカトリーヌは絶句する。
アイクも、マーサも、カトリーヌですらまだ知らない。この婚約の破談が、後に国を揺るがすことも、王太子がこれからどんな悲惨な運命なを辿るのかも―――
私、今から婚約破棄されるらしいですよ!舞踏会で噂の的です
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
デビュタント以来久しぶりに舞踏会に参加しています。久しぶりだからか私の顔を知っている方は少ないようです。何故なら、今から私が婚約破棄されるとの噂で持ちきりなんです。
私は婚約破棄大歓迎です、でも不利になるのはいただけませんわ。婚約破棄の流れは皆様が教えてくれたし、さて、どうしましょうね?
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる