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第7話 伯爵令息フィリップ視点
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ユクル公爵家の屋敷前に降り立つと、俺はふふんと鼻を鳴らした。
父上の馬車に同乗してきて良かったぜ。クララが戻ってきたら、キツいお仕置きをしてやる。夜伽を断り、この俺を転ばせた罪を償わってもらわないとなぁ?
俺は待っている間、公爵家を柵沿いに散歩することにした。それにしても、だだっ広い屋敷だな。苛々してくるぜ。やがて薔薇園へ差し掛かると、面白いものが見えた。それは銀髪に瑠璃色の瞳をした少年が、クララに愛を囁く光景だった。
「覚えているかい? クラリッサは四歳、僕は七歳だった。君は優しくて、可愛くて、いずれ結婚できると思うと嬉しくて仕方なかった。だから“好きだよ”といつも言っていた。勿論、今も好きだよ?」
「そ、そんな……――」
「僕の愛情が信じられない?」
「いえ……サイラス様は、私がいない間も婚約者でいてくれたんですよね……」
「そうだよ。君以外の子を好きになるなんて有り得ないからね」
ケッ! 反吐が出るぜッ!
クララと少年は、俺に気付くことなく会話を続けている。この甘ったるい空気を、今すぐ壊してやらなければ。俺は助走をつけて跳ぶと、柵にしがみ付く。そして柵を激しく揺すったのだが……頑丈で全く揺れない。だから大声で叫んだ。
「おいッ! 馬鹿クララッ! おいおいッ! こっちを向けッ!」
するとクララは顔を上げ、身構えた。
「あ、あなたは……フィリップ様……!?」
「はははッ! そうだッ! お前のご主人様だッ!」
やったぞ! 俺に気付いた! さあ、心に傷を負わせてやる!
柵を越えることはできないが、言葉で虐め抜くことは可能だ。俺は頭を回転させて、嫌がらせの台詞を考える。すると素晴らしいアイディアが次々と浮かんできた――
“クララは俺のことが大好きだったよなぁ? いつも俺と手を繋ぎ、「お兄ちゃん」と呼んでくれたよな? 毎日同じベッドで寝ていたよなぁ? 結婚するって約束しただろ? なあ、俺を公爵様にしてくれよ? 俺だけのクララ……――”
こんな嘘を吐けば、クララは顔を真っ赤にして泣くに違いない! ついでに、愛を囁いていた婚約者らしき少年も弄り倒そう!
“少年! クララは淫乱だぞ? 何度も俺と寝たボロボロの中古品だ! お下がりが欲しいと言うのなら、くれてやる! ついでに、クララの初めても教えてやろう! あの夜、俺達は深く深く愛し合って……――”
この嘘に、少年は激昂して言い返してくるだろう! そんな最低な姿を見せてやり、クララに精神ダメージを与えてやる! お前らの恋愛は終わりだ!
そして俺は考えた台詞を口にしようとした。
しかし――
「急いで! 早く屋敷へ戻るんだ!」
少年はそう叫ぶと、クララの手を引いて屋敷へ駆け出した。その動きは無駄がなく、まるで訓練された兵士のようだった。やがて二人は、この俺が考えた言葉をひとつも聞くことなく姿を消した。
「な、何だあいつら……。素早過ぎるだろう……――ぐわッ」
その途端、俺は柵から引き摺り下ろされた。そして左右から両腕を掴まれる。横を見ると、屈強な騎士達がこちらを睨んでいた。
「我々はユクル公爵家を警備する騎士団だ。貴様は何者だ?」
「えっ……えっと……俺はぁ……」
目を泳がせていると、さっきの少年がひとりで戻ってきた。そして俺がしがみ付いていた柵に足をかけると、軽々と飛び越えて敷地外の道へ降り立った。
おいおい……!? この柵、俺の身長の二倍はあるんだぞ……!?
「貴様が、ハリオット伯爵の息子フィリップか」
それは地を這うような低い声だった。その威圧感に、一瞬だけ怯んでしまう。だが、俺は気を取り直し、さっき考えた台詞を口にする。
「そ、そうだ! 俺がフィリップ様だ! ところで、少年! クララは淫乱だぞ? 何度も俺と寝たボロボロの中古品だ! お下がりが欲しいと言うのなら……」
それ以上、言えなかった。
少年の瑠璃色の瞳が、冷たく光っている。
「どうした? 続きを言わないのか?」
「うううぅ……俺はっ……俺はっ……――」
怖い。怖くて堪らない。なぜ喋れないんだ。なぜ動けないんだ……いや、分かっている。少しでも動いたら腰に下げた剣で斬られると、直感しているのだ。
「貴様はクラリッサに夜伽を命じたらしいな? さらには、彼女を愚弄するのか? 幼き者を虐げることでしか、矜持を保てないのか?」
くそぉ……馬鹿にしやがって……こんな餓鬼に負けるはずがない!
全力で暴れて、二人の騎士の腕を振り解く。こいつはこの俺に、殺気を抱いている。殺されるくらいなら、殺してやる。俺は相手の喉笛を食い千切ろうと、歯を剥き出し、飛びかかるが――
「グッ……ギャアアアアアアアアアッ!?」
少年の剣が、俺の太腿を貫いていた。
「公爵家の騎士団よ、こいつの止血をして公爵家の応接間へ運べ」
「はッ……! ご指示に従いますッ……!」
応接間だとぉ……!? そこには俺の父上がいるはずだ……! この糞餓鬼、絶対に父上に殺してもらうからな……! 覚悟しろよ……!
父上の馬車に同乗してきて良かったぜ。クララが戻ってきたら、キツいお仕置きをしてやる。夜伽を断り、この俺を転ばせた罪を償わってもらわないとなぁ?
俺は待っている間、公爵家を柵沿いに散歩することにした。それにしても、だだっ広い屋敷だな。苛々してくるぜ。やがて薔薇園へ差し掛かると、面白いものが見えた。それは銀髪に瑠璃色の瞳をした少年が、クララに愛を囁く光景だった。
「覚えているかい? クラリッサは四歳、僕は七歳だった。君は優しくて、可愛くて、いずれ結婚できると思うと嬉しくて仕方なかった。だから“好きだよ”といつも言っていた。勿論、今も好きだよ?」
「そ、そんな……――」
「僕の愛情が信じられない?」
「いえ……サイラス様は、私がいない間も婚約者でいてくれたんですよね……」
「そうだよ。君以外の子を好きになるなんて有り得ないからね」
ケッ! 反吐が出るぜッ!
クララと少年は、俺に気付くことなく会話を続けている。この甘ったるい空気を、今すぐ壊してやらなければ。俺は助走をつけて跳ぶと、柵にしがみ付く。そして柵を激しく揺すったのだが……頑丈で全く揺れない。だから大声で叫んだ。
「おいッ! 馬鹿クララッ! おいおいッ! こっちを向けッ!」
するとクララは顔を上げ、身構えた。
「あ、あなたは……フィリップ様……!?」
「はははッ! そうだッ! お前のご主人様だッ!」
やったぞ! 俺に気付いた! さあ、心に傷を負わせてやる!
柵を越えることはできないが、言葉で虐め抜くことは可能だ。俺は頭を回転させて、嫌がらせの台詞を考える。すると素晴らしいアイディアが次々と浮かんできた――
“クララは俺のことが大好きだったよなぁ? いつも俺と手を繋ぎ、「お兄ちゃん」と呼んでくれたよな? 毎日同じベッドで寝ていたよなぁ? 結婚するって約束しただろ? なあ、俺を公爵様にしてくれよ? 俺だけのクララ……――”
こんな嘘を吐けば、クララは顔を真っ赤にして泣くに違いない! ついでに、愛を囁いていた婚約者らしき少年も弄り倒そう!
“少年! クララは淫乱だぞ? 何度も俺と寝たボロボロの中古品だ! お下がりが欲しいと言うのなら、くれてやる! ついでに、クララの初めても教えてやろう! あの夜、俺達は深く深く愛し合って……――”
この嘘に、少年は激昂して言い返してくるだろう! そんな最低な姿を見せてやり、クララに精神ダメージを与えてやる! お前らの恋愛は終わりだ!
そして俺は考えた台詞を口にしようとした。
しかし――
「急いで! 早く屋敷へ戻るんだ!」
少年はそう叫ぶと、クララの手を引いて屋敷へ駆け出した。その動きは無駄がなく、まるで訓練された兵士のようだった。やがて二人は、この俺が考えた言葉をひとつも聞くことなく姿を消した。
「な、何だあいつら……。素早過ぎるだろう……――ぐわッ」
その途端、俺は柵から引き摺り下ろされた。そして左右から両腕を掴まれる。横を見ると、屈強な騎士達がこちらを睨んでいた。
「我々はユクル公爵家を警備する騎士団だ。貴様は何者だ?」
「えっ……えっと……俺はぁ……」
目を泳がせていると、さっきの少年がひとりで戻ってきた。そして俺がしがみ付いていた柵に足をかけると、軽々と飛び越えて敷地外の道へ降り立った。
おいおい……!? この柵、俺の身長の二倍はあるんだぞ……!?
「貴様が、ハリオット伯爵の息子フィリップか」
それは地を這うような低い声だった。その威圧感に、一瞬だけ怯んでしまう。だが、俺は気を取り直し、さっき考えた台詞を口にする。
「そ、そうだ! 俺がフィリップ様だ! ところで、少年! クララは淫乱だぞ? 何度も俺と寝たボロボロの中古品だ! お下がりが欲しいと言うのなら……」
それ以上、言えなかった。
少年の瑠璃色の瞳が、冷たく光っている。
「どうした? 続きを言わないのか?」
「うううぅ……俺はっ……俺はっ……――」
怖い。怖くて堪らない。なぜ喋れないんだ。なぜ動けないんだ……いや、分かっている。少しでも動いたら腰に下げた剣で斬られると、直感しているのだ。
「貴様はクラリッサに夜伽を命じたらしいな? さらには、彼女を愚弄するのか? 幼き者を虐げることでしか、矜持を保てないのか?」
くそぉ……馬鹿にしやがって……こんな餓鬼に負けるはずがない!
全力で暴れて、二人の騎士の腕を振り解く。こいつはこの俺に、殺気を抱いている。殺されるくらいなら、殺してやる。俺は相手の喉笛を食い千切ろうと、歯を剥き出し、飛びかかるが――
「グッ……ギャアアアアアアアアアッ!?」
少年の剣が、俺の太腿を貫いていた。
「公爵家の騎士団よ、こいつの止血をして公爵家の応接間へ運べ」
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