裁判を無効にせよ! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!

サイコちゃん

文字の大きさ
8 / 12

第7話 伯爵令息フィリップ視点

しおりを挟む
 ユクル公爵家の屋敷前に降り立つと、俺はふふんと鼻を鳴らした。

 父上の馬車に同乗してきて良かったぜ。クララが戻ってきたら、キツいお仕置きをしてやる。夜伽を断り、この俺を転ばせた罪を償わってもらわないとなぁ?

 俺は待っている間、公爵家を柵沿いに散歩することにした。それにしても、だだっ広い屋敷だな。苛々してくるぜ。やがて薔薇園へ差し掛かると、面白いものが見えた。それは銀髪に瑠璃色の瞳をした少年が、クララに愛を囁く光景だった。

「覚えているかい? クラリッサは四歳、僕は七歳だった。君は優しくて、可愛くて、いずれ結婚できると思うと嬉しくて仕方なかった。だから“好きだよ”といつも言っていた。勿論、今も好きだよ?」
「そ、そんな……――」
「僕の愛情が信じられない?」
「いえ……サイラス様は、私がいない間も婚約者でいてくれたんですよね……」
「そうだよ。君以外の子を好きになるなんて有り得ないからね」

 ケッ! 反吐が出るぜッ!

 クララと少年は、俺に気付くことなく会話を続けている。この甘ったるい空気を、今すぐ壊してやらなければ。俺は助走をつけて跳ぶと、柵にしがみ付く。そして柵を激しく揺すったのだが……頑丈で全く揺れない。だから大声で叫んだ。

「おいッ! 馬鹿クララッ! おいおいッ! こっちを向けッ!」

 するとクララは顔を上げ、身構えた。

「あ、あなたは……フィリップ様……!?」
「はははッ! そうだッ! お前のご主人様だッ!」

 やったぞ! 俺に気付いた! さあ、心に傷を負わせてやる!

 柵を越えることはできないが、言葉で虐め抜くことは可能だ。俺は頭を回転させて、嫌がらせの台詞を考える。すると素晴らしいアイディアが次々と浮かんできた――

“クララは俺のことが大好きだったよなぁ? いつも俺と手を繋ぎ、「お兄ちゃん」と呼んでくれたよな? 毎日同じベッドで寝ていたよなぁ? 結婚するって約束しただろ? なあ、俺を公爵様にしてくれよ? 俺だけのクララ……――”

 こんな嘘を吐けば、クララは顔を真っ赤にして泣くに違いない! ついでに、愛を囁いていた婚約者らしき少年も弄り倒そう!

“少年! クララは淫乱だぞ? 何度も俺と寝たボロボロの中古品だ! お下がりが欲しいと言うのなら、くれてやる! ついでに、クララの初めても教えてやろう! あの夜、俺達は深く深く愛し合って……――”

 この嘘に、少年は激昂して言い返してくるだろう! そんな最低な姿を見せてやり、クララに精神ダメージを与えてやる! お前らの恋愛は終わりだ!

 そして俺は考えた台詞を口にしようとした。

 しかし――

「急いで! 早く屋敷へ戻るんだ!」

 少年はそう叫ぶと、クララの手を引いて屋敷へ駆け出した。その動きは無駄がなく、まるで訓練された兵士のようだった。やがて二人は、この俺が考えた言葉をひとつも聞くことなく姿を消した。

「な、何だあいつら……。素早過ぎるだろう……――ぐわッ」

 その途端、俺は柵から引き摺り下ろされた。そして左右から両腕を掴まれる。横を見ると、屈強な騎士達がこちらを睨んでいた。

「我々はユクル公爵家を警備する騎士団だ。貴様は何者だ?」
「えっ……えっと……俺はぁ……」

 目を泳がせていると、さっきの少年がひとりで戻ってきた。そして俺がしがみ付いていた柵に足をかけると、軽々と飛び越えて敷地外の道へ降り立った。

 おいおい……!? この柵、俺の身長の二倍はあるんだぞ……!?

「貴様が、ハリオット伯爵の息子フィリップか」

 それは地を這うような低い声だった。その威圧感に、一瞬だけ怯んでしまう。だが、俺は気を取り直し、さっき考えた台詞を口にする。

「そ、そうだ! 俺がフィリップ様だ! ところで、少年! クララは淫乱だぞ? 何度も俺と寝たボロボロの中古品だ! お下がりが欲しいと言うのなら……」

 それ以上、言えなかった。

 少年の瑠璃色の瞳が、冷たく光っている。

「どうした? 続きを言わないのか?」
「うううぅ……俺はっ……俺はっ……――」

 怖い。怖くて堪らない。なぜ喋れないんだ。なぜ動けないんだ……いや、分かっている。少しでも動いたら腰に下げた剣で斬られると、直感しているのだ。

「貴様はクラリッサに夜伽を命じたらしいな? さらには、彼女を愚弄するのか? 幼き者を虐げることでしか、矜持を保てないのか?」

 くそぉ……馬鹿にしやがって……こんな餓鬼に負けるはずがない!

 全力で暴れて、二人の騎士の腕を振り解く。こいつはこの俺に、殺気を抱いている。殺されるくらいなら、殺してやる。俺は相手の喉笛を食い千切ろうと、歯を剥き出し、飛びかかるが――

「グッ……ギャアアアアアアアアアッ!?」

 少年の剣が、俺の太腿を貫いていた。

「公爵家の騎士団よ、こいつの止血をして公爵家の応接間へ運べ」
「はッ……! ご指示に従いますッ……!」

 応接間だとぉ……!? そこには俺の父上がいるはずだ……! この糞餓鬼、絶対に父上に殺してもらうからな……! 覚悟しろよ……!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

醜いと虐げられていた私を本当の家族が迎えに来ました

マチバリ
恋愛
家族とひとりだけ姿が違うことで醜いと虐げられていた女の子が本当の家族に見つけてもらう物語

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

虐げられたアンネマリーは逆転勝利する ~ 罪には罰を

柚屋志宇
恋愛
侯爵令嬢だったアンネマリーは、母の死後、後妻の命令で屋根裏部屋に押し込められ使用人より酷い生活をすることになった。 みすぼらしくなったアンネマリーは頼りにしていた婚約者クリストフに婚約破棄を宣言され、義妹イルザに婚約者までも奪われて絶望する。 虐げられ何もかも奪われたアンネマリーだが屋敷を脱出して立場を逆転させる。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

【完結】巻き戻したのだから何がなんでも幸せになる! 姉弟、母のために頑張ります!

金峯蓮華
恋愛
 愛する人と引き離され、政略結婚で好きでもない人と結婚した。  夫になった男に人としての尊厳を踏みじにられても愛する子供達の為に頑張った。  なのに私は夫に殺された。  神様、こんど生まれ変わったら愛するあの人と結婚させて下さい。  子供達もあの人との子供として生まれてきてほしい。  あの人と結婚できず、幸せになれないのならもう生まれ変わらなくていいわ。  またこんな人生なら生きる意味がないものね。  時間が巻き戻ったブランシュのやり直しの物語。 ブランシュが幸せになるように導くのは娘と息子。  この物語は息子の視点とブランシュの視点が交差します。  おかしなところがあるかもしれませんが、独自の世界の物語なのでおおらかに見守っていただけるとうれしいです。  ご都合主義の緩いお話です。  よろしくお願いします。

【本編完結】真実の愛を見つけた? では、婚約を破棄させていただきます

ハリネズミ
恋愛
「王妃は国の母です。私情に流されず、民を導かねばなりません」 「決して感情を表に出してはいけません。常に冷静で、威厳を保つのです」  シャーロット公爵家の令嬢カトリーヌは、 王太子アイクの婚約者として、幼少期から厳しい王妃教育を受けてきた。 全ては幸せな未来と、民の為―――そう自分に言い聞かせて、縛られた生活にも耐えてきた。  しかし、ある夜、アイクの突然の要求で全てが崩壊する。彼は、平民出身のメイドマーサであるを正妃にしたいと言い放った。王太子の身勝手な要求にカトリーヌは絶句する。  アイクも、マーサも、カトリーヌですらまだ知らない。この婚約の破談が、後に国を揺るがすことも、王太子がこれからどんな悲惨な運命なを辿るのかも―――

私、今から婚約破棄されるらしいですよ!舞踏会で噂の的です

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
デビュタント以来久しぶりに舞踏会に参加しています。久しぶりだからか私の顔を知っている方は少ないようです。何故なら、今から私が婚約破棄されるとの噂で持ちきりなんです。 私は婚約破棄大歓迎です、でも不利になるのはいただけませんわ。婚約破棄の流れは皆様が教えてくれたし、さて、どうしましょうね?

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

処理中です...