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第6話 ハリオット伯爵視点
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裁判から十日後――
ユクル公爵家の屋敷前に降り立つと、儂は口の片端を持ち上げた。
儂はユクル公爵よりも賢い。そして男前で、女に好かれ、人間として格上である。そんな完璧である儂が、あの男に負ける訳がない。すぐに地獄を見せてやる。
「ハリオット伯爵だ。公爵に会わせろ」
「しかし……ご約束のない方との面会は……」
「いいから、伝えろ。“大事な客を連れてきた”とな」
門番は狼狽えていたが、数分もすると門を開けることになった。儂はひとりの小娘を連れて屋敷へ歩いていく。ほら、簡単だ。ユクル公爵は馬鹿なのだ。まんまと儂の計画に嵌り、クラリッサを手放すに違いない。
その計画とは、愛娘交換作戦。連れてきたのは、クラリッサにそっくりな小娘だ。勿論、厳しい演技指導もしてある。愚かなユクル公爵とポーラは、こっちが本物だと思って交換を持ちかけるに違いない。あいつらは可哀想なくらい馬鹿だからな。
それはそうとして、第二王子が現れたのは予想外だった――
だが、サイラスが権力を振るおうとも、婚約者であるクラリッサを楯にすれば助かるだろう! 生意気なクラリッサは、死ぬまで儂の切り札となるのだ!
やがて屋敷へ入ると、ウィリアムと名乗る執事が現れた。そいつは、ユクル公爵と夫人に会えると伝えた後、こちらを睨み付けて無礼な発言をした。
「ハリオット伯爵様、くれぐれも失礼のないようにお願い致します」
「はッ! 執事の分際で何を言っておる! さっさと部屋に入れるがいい!」
「忠告は致しましたよ」
そして執事の手により、扉は開かれた――
応接間には、ユクル公爵とポーラ。それと、ひとりの美丈夫が座っていた。
「ハリオット伯爵。久しぶりだな?」
「丁度お会いしたいと思っていたのですよ?」
ユクル公爵とポーラが、笑顔を浮かべている。儂は何が起きているのか理解できず、もうひとりの人物を何度も見直していた。
「ハリオット伯爵か。立っていないで、私の正面に座るといい」
そして儂は理解した。
この相手が誰なのかを。
「こ……これはッ! 国王陛下ッ! なぜここにいらっしゃるのですッ!?」
ブルーノ・ルラ・ファラクト――なぜか我が国の王が、応接間に居た。
「妹の嫁ぎ先に、兄がいるのはおかしいだろうか? なあ、ポーラ?」
「少しもおかしくありませんわ。兄上は重要な報告を聞くため、わざわざ足を運んで下さった優しいお方です。あなたもそう思うでしょう? ハリオット伯爵」
「は……はい……! 仰る通りで……!」
「そうか。では、座るがいい」
儂の全身から汗が吹き出し、膝が震え始めていた。駄目だ、もう駄目だ。ずる賢いこいつがいるのなら、考えてきた計画は失敗だ。クラリッサという人質を手に入れてから、こいつを翻弄してやるつもりだったのに――
ゆっくりと国王の前に歩み出ると、正面の椅子に腰かける。相手の油断できない瞳が、こちらを向いている。どうにか乗り切らねばならん。
「ユクル公爵様……! 本日は、謝罪のため訪問致しました……! 先日の裁判では、大変な失礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした……!」
「いや、私は失礼なことなどされていないが?」
「えぇ……? お忘れですか……?」
「何をだ?」
駄目だ! 誤魔化せない! どうしたら切り抜けられるのだ!? 狼狽えていると、国王が連れてきた小娘を指差した。
「それにしても、背後の娘は誰だ? 私はその者が気になるのだが?」
「国王陛下がお気になさる相手ではございません……!」
「そこの娘。ローブを脱ぎ、こちらに顔を見せよ」
儂の心臓が大きく波打つ。やめろ! やめてくれ! 顔を見せるな!
しかし小娘は、ローブを脱いでしまった。十二歳という年齢。金髪と夕陽色の瞳。肩には、ライオン型をした焼印が押してある。どこからどう見ても、クラリッサだ。こいつを目にしたユクル公爵とポーラは取り乱すはずだった。
しかし二人は……この儂を睨み付けた。
「クラリッサとそっくりな娘とは、一体どういうつもりだ?」
「まさか交換するつもり? 私達を馬鹿にしているの?」
なぜだ!? なぜ騙されない!?
「ハリオット伯爵。何のつもりで、私の姪であるクラリッサに似た娘を連れてきたのだ? ここまで似ているということは変身魔法を使ったな? 答えるがいい」
「ひっ……そっ……れは……――」
落ち着け! 落ち着け! 儂よ、落ち着け! きっと抜け道はあるぞ! 馬鹿共を黙らせるのだ! 言い訳なら、いくらでも思い付く!
「実は……クラリッサ様の影武者として、この娘を連れてきたのです! ユクル公爵様の大切な愛娘が、また危険に晒されたら困るでしょう!? いざという時は、この娘を犠牲にすればクラリッサ様は助かります!」
「ほう、影武者か」
「その通りですッ! 国王陛下ッ!」
上手くいった……上手くいったぞ! 儂は危機を切り抜けた!
しかし――
「お父様ぁ……! お母様ぁ……! クララはおやつが食べたいよぉ……! お腹と背中がくっついちゃうよぉ……! ふえぇぇぇん……」
小娘は“ローブを脱いだら、四歳児の演技をしろ”という儂の命令を、最悪なタイミングで実行した。幼い頃のクラリッサを思い出させて、ユクル公爵とポーラの親心をくすぐる作戦だったのだが、それが仇となってしまった。
応接間には、得体の知れない空気が流れていた。
ユクル公爵家の屋敷前に降り立つと、儂は口の片端を持ち上げた。
儂はユクル公爵よりも賢い。そして男前で、女に好かれ、人間として格上である。そんな完璧である儂が、あの男に負ける訳がない。すぐに地獄を見せてやる。
「ハリオット伯爵だ。公爵に会わせろ」
「しかし……ご約束のない方との面会は……」
「いいから、伝えろ。“大事な客を連れてきた”とな」
門番は狼狽えていたが、数分もすると門を開けることになった。儂はひとりの小娘を連れて屋敷へ歩いていく。ほら、簡単だ。ユクル公爵は馬鹿なのだ。まんまと儂の計画に嵌り、クラリッサを手放すに違いない。
その計画とは、愛娘交換作戦。連れてきたのは、クラリッサにそっくりな小娘だ。勿論、厳しい演技指導もしてある。愚かなユクル公爵とポーラは、こっちが本物だと思って交換を持ちかけるに違いない。あいつらは可哀想なくらい馬鹿だからな。
それはそうとして、第二王子が現れたのは予想外だった――
だが、サイラスが権力を振るおうとも、婚約者であるクラリッサを楯にすれば助かるだろう! 生意気なクラリッサは、死ぬまで儂の切り札となるのだ!
やがて屋敷へ入ると、ウィリアムと名乗る執事が現れた。そいつは、ユクル公爵と夫人に会えると伝えた後、こちらを睨み付けて無礼な発言をした。
「ハリオット伯爵様、くれぐれも失礼のないようにお願い致します」
「はッ! 執事の分際で何を言っておる! さっさと部屋に入れるがいい!」
「忠告は致しましたよ」
そして執事の手により、扉は開かれた――
応接間には、ユクル公爵とポーラ。それと、ひとりの美丈夫が座っていた。
「ハリオット伯爵。久しぶりだな?」
「丁度お会いしたいと思っていたのですよ?」
ユクル公爵とポーラが、笑顔を浮かべている。儂は何が起きているのか理解できず、もうひとりの人物を何度も見直していた。
「ハリオット伯爵か。立っていないで、私の正面に座るといい」
そして儂は理解した。
この相手が誰なのかを。
「こ……これはッ! 国王陛下ッ! なぜここにいらっしゃるのですッ!?」
ブルーノ・ルラ・ファラクト――なぜか我が国の王が、応接間に居た。
「妹の嫁ぎ先に、兄がいるのはおかしいだろうか? なあ、ポーラ?」
「少しもおかしくありませんわ。兄上は重要な報告を聞くため、わざわざ足を運んで下さった優しいお方です。あなたもそう思うでしょう? ハリオット伯爵」
「は……はい……! 仰る通りで……!」
「そうか。では、座るがいい」
儂の全身から汗が吹き出し、膝が震え始めていた。駄目だ、もう駄目だ。ずる賢いこいつがいるのなら、考えてきた計画は失敗だ。クラリッサという人質を手に入れてから、こいつを翻弄してやるつもりだったのに――
ゆっくりと国王の前に歩み出ると、正面の椅子に腰かける。相手の油断できない瞳が、こちらを向いている。どうにか乗り切らねばならん。
「ユクル公爵様……! 本日は、謝罪のため訪問致しました……! 先日の裁判では、大変な失礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした……!」
「いや、私は失礼なことなどされていないが?」
「えぇ……? お忘れですか……?」
「何をだ?」
駄目だ! 誤魔化せない! どうしたら切り抜けられるのだ!? 狼狽えていると、国王が連れてきた小娘を指差した。
「それにしても、背後の娘は誰だ? 私はその者が気になるのだが?」
「国王陛下がお気になさる相手ではございません……!」
「そこの娘。ローブを脱ぎ、こちらに顔を見せよ」
儂の心臓が大きく波打つ。やめろ! やめてくれ! 顔を見せるな!
しかし小娘は、ローブを脱いでしまった。十二歳という年齢。金髪と夕陽色の瞳。肩には、ライオン型をした焼印が押してある。どこからどう見ても、クラリッサだ。こいつを目にしたユクル公爵とポーラは取り乱すはずだった。
しかし二人は……この儂を睨み付けた。
「クラリッサとそっくりな娘とは、一体どういうつもりだ?」
「まさか交換するつもり? 私達を馬鹿にしているの?」
なぜだ!? なぜ騙されない!?
「ハリオット伯爵。何のつもりで、私の姪であるクラリッサに似た娘を連れてきたのだ? ここまで似ているということは変身魔法を使ったな? 答えるがいい」
「ひっ……そっ……れは……――」
落ち着け! 落ち着け! 儂よ、落ち着け! きっと抜け道はあるぞ! 馬鹿共を黙らせるのだ! 言い訳なら、いくらでも思い付く!
「実は……クラリッサ様の影武者として、この娘を連れてきたのです! ユクル公爵様の大切な愛娘が、また危険に晒されたら困るでしょう!? いざという時は、この娘を犠牲にすればクラリッサ様は助かります!」
「ほう、影武者か」
「その通りですッ! 国王陛下ッ!」
上手くいった……上手くいったぞ! 儂は危機を切り抜けた!
しかし――
「お父様ぁ……! お母様ぁ……! クララはおやつが食べたいよぉ……! お腹と背中がくっついちゃうよぉ……! ふえぇぇぇん……」
小娘は“ローブを脱いだら、四歳児の演技をしろ”という儂の命令を、最悪なタイミングで実行した。幼い頃のクラリッサを思い出させて、ユクル公爵とポーラの親心をくすぐる作戦だったのだが、それが仇となってしまった。
応接間には、得体の知れない空気が流れていた。
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