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第8話 王子サイラス視点
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僕は応接間に入り、父上とユクル公爵と叔母上に告げた。
「ハリオット伯爵家のフィリップを捕らえました。こいつは柵にしがみ付いて侵入を試みた上、庭にいたクラリッサを罵り、僕に襲いかかってきました」
するとハリオット伯爵が、汗まみれの顔をこちらに向けた。
「何ですと……!? 息子がそんなことを……!?」
「ああ、僕の首を噛もうとしたので、足を剣で貫いた」
そして騎士に指示し、フィリップを連れて来させる。喚き散らしてうるさいので、口には猿轡が噛ませてあった。太腿は止血済みで、少しだけ血が滲んでいた。
「あああぁッ! フィリップうううぅッ! 可哀想にッ!」
「むぐ……むぐぐうぅ……!」
うるさい親子を無視し、僕は父上に尋ねた。
「……それで、ハリオット伯爵は何用で来たのです?」
「サイラスよ、我々はもう我慢の限界だ」
「それはなぜですか? 父上」
どうやらハリオット伯爵は、連れてきた少女とクラリッサを交換しようとしていたらしい。それなのに、“この娘は影武者として進呈しようとしたのだ!”と譲らないそうだ。その最中に、僕が現れたのだ。
父上も、ユクル公爵も、叔母上も、これ以上は我慢の限界だと言う。僕もその気持ちに賛同した。この狸には、そろそろ致命傷を負ってもらわねばならない。
そしてユクル公爵が頃合いを見計らって口を開いたのだ――
「ところで、ハリオット伯爵。少しクラリッサの話しをしても良いかな?」
「はぁ? 息子が大怪我をしているので、今すぐ病院に……」
「実は、クラリッサを誘拐した犯人が分かったのだ」
するとハリオット伯爵は硬直し――その直後、笑った。
「ははは! そうですか! それは良かったですな!」
「そうだろう? では、犯人の行動を語っていこうか。まず、そいつは公爵家の侍女に近づいた。そして公爵家の一人娘を攫えと命じる。すると運がいいことに、侍女は誘拐を完璧にやってのけた。二年もの間、犯人は屋敷の地下部屋に娘を隠し、王家と公爵家の捜索を逃れる。やがて娘は地上に戻され、犯人の家に女中として雇われた」
ハリオットは笑うのをやめた。しかしまだ何も言わない。
「犯人は娘を虐め抜き、犯人の息子は娘に夜伽を命じた。しかし娘に逃げられたため、手下達へ探すように命じた。その手下達は娘を襲おうとしたが、反撃にあった。それを知った犯人は目撃者に金を配り、そして娘が男を殴り強姦したと証言しろと脅したのだ。そして娘は裁判にかけられ、死刑判決を受けることとなった」
はぁ……と深いため息が聞こえた。それは僕達のものではなく、ハリオット伯爵が吐いた溜息だった。
「おやおや? ハリオット伯爵にとっては退屈な話かな?」
「ええ……ユクル公爵様の妄想に付き合う気はありませんので……」
「なるほど。それでは、その妄想と今ここで向き合ってもらうとしよう」
ユクル公爵が執事に指示すると、しばらくして侍女ソフィが入室した。ハリオット伯爵の顔色が変わる。
「我が公爵家の侍女ソフィだ。クラリッサが失踪した一年後に仕事を辞めた。しかし再び戻ってきて侍女として働いている。そうだろう?」
「はい……どうしてもお金が必要で……」
「なぜ金が必要なのだ? 最初から語ってくれるか?」
するとソフィは頷いた。
「私の祖父はこのお屋敷の手入れをする職人でした……。そのため、私はここの侍女になることができたのです……。でも八年前、ある貴族様が求婚してくれました……。私はその方の命令に従い、クラリッサ様を誘拐しました……」
そこで叔母上がソフィに尋ねた。
「あなたは祖父に聞いて、この屋敷に隠し通路があることを知っていたのね?」
「その通りです……。誰にも見られないように、隠し通路を通ってクラリッサ様を外へ運び、魔法での捜索を防ぐために魔法除けの指輪を持たせ、貴族様のお屋敷の地下部屋へ閉じ込めたのです……。その後、貴族様の命令通り侍女を辞めました……」
「用意周到で完璧な犯罪だわ。魔法除けの指輪は高かったでしょう?」
「はい……全財産を使い……借金までしました……」
「それでお金に困り、また戻ってきたのね?」
そこでソフィは声を震わせ、泣き出した。
「そうです……その通りです……! それなのに……その貴族様はいつまで経っても結婚してくれません……! だから……だから……もう終わりにしましょう……! ハリオット伯爵様……――」
僕達は、ソフィに名を呼ばれた人物を見た。ハリオット伯爵は、顔を真っ赤にして震えていた。
「ハリオット伯爵家のフィリップを捕らえました。こいつは柵にしがみ付いて侵入を試みた上、庭にいたクラリッサを罵り、僕に襲いかかってきました」
するとハリオット伯爵が、汗まみれの顔をこちらに向けた。
「何ですと……!? 息子がそんなことを……!?」
「ああ、僕の首を噛もうとしたので、足を剣で貫いた」
そして騎士に指示し、フィリップを連れて来させる。喚き散らしてうるさいので、口には猿轡が噛ませてあった。太腿は止血済みで、少しだけ血が滲んでいた。
「あああぁッ! フィリップうううぅッ! 可哀想にッ!」
「むぐ……むぐぐうぅ……!」
うるさい親子を無視し、僕は父上に尋ねた。
「……それで、ハリオット伯爵は何用で来たのです?」
「サイラスよ、我々はもう我慢の限界だ」
「それはなぜですか? 父上」
どうやらハリオット伯爵は、連れてきた少女とクラリッサを交換しようとしていたらしい。それなのに、“この娘は影武者として進呈しようとしたのだ!”と譲らないそうだ。その最中に、僕が現れたのだ。
父上も、ユクル公爵も、叔母上も、これ以上は我慢の限界だと言う。僕もその気持ちに賛同した。この狸には、そろそろ致命傷を負ってもらわねばならない。
そしてユクル公爵が頃合いを見計らって口を開いたのだ――
「ところで、ハリオット伯爵。少しクラリッサの話しをしても良いかな?」
「はぁ? 息子が大怪我をしているので、今すぐ病院に……」
「実は、クラリッサを誘拐した犯人が分かったのだ」
するとハリオット伯爵は硬直し――その直後、笑った。
「ははは! そうですか! それは良かったですな!」
「そうだろう? では、犯人の行動を語っていこうか。まず、そいつは公爵家の侍女に近づいた。そして公爵家の一人娘を攫えと命じる。すると運がいいことに、侍女は誘拐を完璧にやってのけた。二年もの間、犯人は屋敷の地下部屋に娘を隠し、王家と公爵家の捜索を逃れる。やがて娘は地上に戻され、犯人の家に女中として雇われた」
ハリオットは笑うのをやめた。しかしまだ何も言わない。
「犯人は娘を虐め抜き、犯人の息子は娘に夜伽を命じた。しかし娘に逃げられたため、手下達へ探すように命じた。その手下達は娘を襲おうとしたが、反撃にあった。それを知った犯人は目撃者に金を配り、そして娘が男を殴り強姦したと証言しろと脅したのだ。そして娘は裁判にかけられ、死刑判決を受けることとなった」
はぁ……と深いため息が聞こえた。それは僕達のものではなく、ハリオット伯爵が吐いた溜息だった。
「おやおや? ハリオット伯爵にとっては退屈な話かな?」
「ええ……ユクル公爵様の妄想に付き合う気はありませんので……」
「なるほど。それでは、その妄想と今ここで向き合ってもらうとしよう」
ユクル公爵が執事に指示すると、しばらくして侍女ソフィが入室した。ハリオット伯爵の顔色が変わる。
「我が公爵家の侍女ソフィだ。クラリッサが失踪した一年後に仕事を辞めた。しかし再び戻ってきて侍女として働いている。そうだろう?」
「はい……どうしてもお金が必要で……」
「なぜ金が必要なのだ? 最初から語ってくれるか?」
するとソフィは頷いた。
「私の祖父はこのお屋敷の手入れをする職人でした……。そのため、私はここの侍女になることができたのです……。でも八年前、ある貴族様が求婚してくれました……。私はその方の命令に従い、クラリッサ様を誘拐しました……」
そこで叔母上がソフィに尋ねた。
「あなたは祖父に聞いて、この屋敷に隠し通路があることを知っていたのね?」
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「それでお金に困り、また戻ってきたのね?」
そこでソフィは声を震わせ、泣き出した。
「そうです……その通りです……! それなのに……その貴族様はいつまで経っても結婚してくれません……! だから……だから……もう終わりにしましょう……! ハリオット伯爵様……――」
僕達は、ソフィに名を呼ばれた人物を見た。ハリオット伯爵は、顔を真っ赤にして震えていた。
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