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第9話 ハリオット伯爵視点
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「ふざけるなッ! 儂はこんな侍女知らんッ! 全部嘘だッ! でっち上げだッ!」
頭の中が真っ白だ。全身が熱い。喉が渇く。
「あなたが知ろうが知るまいが、裁判において侍女の証言は有効だ。我々は貴族院の裁判にて、あなたとその息子を裁いてもらうつもりだよ」
「何だとッ! フィリップまで裁く気かッ!」
こいつらは最低だ。人間の屑だ。罪のない息子まで裁くとは――
「当然ですわ。フィリップは重罪人ですから」
「何だとッ!? フィリップは純粋無垢な天使だぞッ!?」
するとユクル公爵とポーラが顔を見合わせ、国王が溜息を吐いた。サイラスなどは瞳に怒りを宿し、こちらを睨んでいる。何なんだ! 嫌な奴らめ!
「知らないのなら、教えてあげるわ。フィリップは少女を弄ぶ趣味の持ち主なのよ。貧しい農家から少女を攫い、慰み者にしていたの。しかも攫った少女三名を死に至らしめた。四日前、夫とサイラスが調査をして証拠を掴んだの」
ポーラの発言に、儂の息が止まった。
「は……? 何だと……?」
「フィリップは殺人犯よ」
儂は背後にいるフィリップを振り返った。あいつは目を泳がせながら、何度も瞬きしている。兎に角、話を聞いてやらなければ。儂は騎士に「息子の猿轡を外してくれ」と頼む。すると騎士は、ユクル公爵から許可をもらって猿轡を外した。
「プハッ……父上! 違うんです! 俺は少女を殺していない!」
「おぉ、そうか……? そうだよなぁ……?」
しかしユクル公爵が反論する。
「それは嘘だ。マイルズとロナウドを問い詰めたら、白状したよ。フィリップが殺害した少女を埋める手伝いをさせられたとな。二人は私達に証拠品の写真を渡し、貴族院の裁判でも証言すると約束した。そしてこれが写真の一部だ」
ユクル公爵がテーブルに写真を置く。儂はすぐさま駆け寄って、その写真を見た。そこには、フィリップの部屋で倒れている裸の少女が映し出されていた。
嘘だろう……? 全部嘘なんだろう……? 嘘だと言ってくれ……――
しかし事実を否定してくれる者は現れない。重苦しい沈黙が、支配するばかりだ。全身から嫌な汗が噴き出す。目が乾いて視界が霞む。口の中が乾き切って喋ることができない……やがて沈黙は破られた。
ユクル公爵が忌々し気に口を開く。
「父親は、公爵令嬢の誘拐を指示して、死刑になるように計らった」
ポーラが眉を顰めて囁く。
「息子は、少女を三人も殺して、公爵令嬢まで犯そうとしたわ」
国王が冷たく言い放つ。
「それらの罪ならば、父親は無期投獄となって永久労働の刑か死刑だな。息子は局部を切り落としたのち死刑だろう。そんな判決が下されるはずだ」
サイラスが無慈悲に告げる。
「父親は良くて投獄、悪くて死刑。息子は死刑確実か。つまりハリオット伯爵家は、これで終わりということだ」
ぐにゃりと現実が歪む感覚が襲ってきた。その気味の悪い感覚に身を任せていると、ふつふつと怒りが湧いてきた。こいつら、偉そうだ。こいつら、悪人だ。むしろ儂は被害者なのだ。なぜなら、ユクル公爵とポーラは、儂の心を切り裂いたのだから。
「お前らが悪い……」
そう呟くと、その場の全員がこちらを見た。
「儂は誰よりも賢く、男前で、女に好かれる完璧な紳士だ。王女ポーラも儂のことを愛していた。ポーラは儂のことだけを見ていたのに、ユクル公爵と結婚した。だから儂は、お前らの最愛の娘を奪ってやった、やったのだッ……――」
咽び泣きながら、言葉を続ける。
「わ、儂の犯罪は完璧だったッ! お前らは八年も、娘を見つけられなかったッ! この儂の凄さが分かったかッ! この愚か者共めがッ!」
応接間に、何度目かの沈黙が流れた。どうだ。お前らの罪が分かったか。お前らは最低な人間なのだ。儂は、ユクル公爵とポーラに憎しみを込めて視線を送る。するとポーラが目を細めて、口を開いた。
「私は、あなたなど見ていない。ましてや、愛してなどいない。私は夫であるユクル公爵だけを愛しているわ。それに、私達が八年も娘を見つけられなかったのは、侍女ソフィの犯行が完璧だったからよ。あなたは、ただの馬鹿でしょう?」
「ポーラ……な、何を言って……――」
「名前を呼ぶのは、お止めなさい。この痴れ者が」
その氷のように冷たい表情を見た途端、儂の心が張り裂けた。ポーラは儂を愛していなかった? 儂の勘違いだった? それでは、儂の犯罪は無意味だったのか……? それなのに、罰を受けねばならないのか……――
「うぐぅ……うがあああああああああああああああぁぁぁッ!」
もう何も分からない。もう何も聞きたくない。もう嫌だ。
「騎士よ、ハリオット伯爵を捕らえよ。すぐに治安官を呼び、受け渡せ」
「はッ! 国王陛下のご指示に従いますッ!」
「うがあああッ! うがああああああああああああッ!」
………………
…………
……
それから一ヶ月間――
儂とフィリップは貴族牢に閉じ込められた。
牢で過ごす時間は、あまりに苛酷だった。儂は自分自身の閉ざされた未来に絶望し、フィリップは死の恐怖から逃れようと喚き散らす。しかし儂らは必死に励まし合った。きっと大丈夫だと慰め合った。きっと無罪判決が言い渡されると――
そして貴族院にて裁判が行われた。
その判決は……――
頭の中が真っ白だ。全身が熱い。喉が渇く。
「あなたが知ろうが知るまいが、裁判において侍女の証言は有効だ。我々は貴族院の裁判にて、あなたとその息子を裁いてもらうつもりだよ」
「何だとッ! フィリップまで裁く気かッ!」
こいつらは最低だ。人間の屑だ。罪のない息子まで裁くとは――
「当然ですわ。フィリップは重罪人ですから」
「何だとッ!? フィリップは純粋無垢な天使だぞッ!?」
するとユクル公爵とポーラが顔を見合わせ、国王が溜息を吐いた。サイラスなどは瞳に怒りを宿し、こちらを睨んでいる。何なんだ! 嫌な奴らめ!
「知らないのなら、教えてあげるわ。フィリップは少女を弄ぶ趣味の持ち主なのよ。貧しい農家から少女を攫い、慰み者にしていたの。しかも攫った少女三名を死に至らしめた。四日前、夫とサイラスが調査をして証拠を掴んだの」
ポーラの発言に、儂の息が止まった。
「は……? 何だと……?」
「フィリップは殺人犯よ」
儂は背後にいるフィリップを振り返った。あいつは目を泳がせながら、何度も瞬きしている。兎に角、話を聞いてやらなければ。儂は騎士に「息子の猿轡を外してくれ」と頼む。すると騎士は、ユクル公爵から許可をもらって猿轡を外した。
「プハッ……父上! 違うんです! 俺は少女を殺していない!」
「おぉ、そうか……? そうだよなぁ……?」
しかしユクル公爵が反論する。
「それは嘘だ。マイルズとロナウドを問い詰めたら、白状したよ。フィリップが殺害した少女を埋める手伝いをさせられたとな。二人は私達に証拠品の写真を渡し、貴族院の裁判でも証言すると約束した。そしてこれが写真の一部だ」
ユクル公爵がテーブルに写真を置く。儂はすぐさま駆け寄って、その写真を見た。そこには、フィリップの部屋で倒れている裸の少女が映し出されていた。
嘘だろう……? 全部嘘なんだろう……? 嘘だと言ってくれ……――
しかし事実を否定してくれる者は現れない。重苦しい沈黙が、支配するばかりだ。全身から嫌な汗が噴き出す。目が乾いて視界が霞む。口の中が乾き切って喋ることができない……やがて沈黙は破られた。
ユクル公爵が忌々し気に口を開く。
「父親は、公爵令嬢の誘拐を指示して、死刑になるように計らった」
ポーラが眉を顰めて囁く。
「息子は、少女を三人も殺して、公爵令嬢まで犯そうとしたわ」
国王が冷たく言い放つ。
「それらの罪ならば、父親は無期投獄となって永久労働の刑か死刑だな。息子は局部を切り落としたのち死刑だろう。そんな判決が下されるはずだ」
サイラスが無慈悲に告げる。
「父親は良くて投獄、悪くて死刑。息子は死刑確実か。つまりハリオット伯爵家は、これで終わりということだ」
ぐにゃりと現実が歪む感覚が襲ってきた。その気味の悪い感覚に身を任せていると、ふつふつと怒りが湧いてきた。こいつら、偉そうだ。こいつら、悪人だ。むしろ儂は被害者なのだ。なぜなら、ユクル公爵とポーラは、儂の心を切り裂いたのだから。
「お前らが悪い……」
そう呟くと、その場の全員がこちらを見た。
「儂は誰よりも賢く、男前で、女に好かれる完璧な紳士だ。王女ポーラも儂のことを愛していた。ポーラは儂のことだけを見ていたのに、ユクル公爵と結婚した。だから儂は、お前らの最愛の娘を奪ってやった、やったのだッ……――」
咽び泣きながら、言葉を続ける。
「わ、儂の犯罪は完璧だったッ! お前らは八年も、娘を見つけられなかったッ! この儂の凄さが分かったかッ! この愚か者共めがッ!」
応接間に、何度目かの沈黙が流れた。どうだ。お前らの罪が分かったか。お前らは最低な人間なのだ。儂は、ユクル公爵とポーラに憎しみを込めて視線を送る。するとポーラが目を細めて、口を開いた。
「私は、あなたなど見ていない。ましてや、愛してなどいない。私は夫であるユクル公爵だけを愛しているわ。それに、私達が八年も娘を見つけられなかったのは、侍女ソフィの犯行が完璧だったからよ。あなたは、ただの馬鹿でしょう?」
「ポーラ……な、何を言って……――」
「名前を呼ぶのは、お止めなさい。この痴れ者が」
その氷のように冷たい表情を見た途端、儂の心が張り裂けた。ポーラは儂を愛していなかった? 儂の勘違いだった? それでは、儂の犯罪は無意味だったのか……? それなのに、罰を受けねばならないのか……――
「うぐぅ……うがあああああああああああああああぁぁぁッ!」
もう何も分からない。もう何も聞きたくない。もう嫌だ。
「騎士よ、ハリオット伯爵を捕らえよ。すぐに治安官を呼び、受け渡せ」
「はッ! 国王陛下のご指示に従いますッ!」
「うがあああッ! うがああああああああああああッ!」
………………
…………
……
それから一ヶ月間――
儂とフィリップは貴族牢に閉じ込められた。
牢で過ごす時間は、あまりに苛酷だった。儂は自分自身の閉ざされた未来に絶望し、フィリップは死の恐怖から逃れようと喚き散らす。しかし儂らは必死に励まし合った。きっと大丈夫だと慰め合った。きっと無罪判決が言い渡されると――
そして貴族院にて裁判が行われた。
その判決は……――
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