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前編
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不肖の妻、アデラインへ
俺が戦地に赴いて一年経つが、我が栄光はそちらにも聞こえているだろう。
魔王軍幹部を撃破した今、俺は英雄として持て囃されている。
それに対して君はどうだ?
日々遊びくれて我が男爵家の財産を浪費しているそうではないか。
そればかりか男遊びにも興じているという噂まである。
よって俺は君と離縁する。
速やかに離縁状にサインし、我が男爵領から出ていくがいい。
よくもまあ、その包帯顔で浮気などできたものだ。
白い結婚で良かったと心の底から思う。
英雄ベイジルより
◇◇◇
アデライン・リロルット男爵夫人視点
「まあ、驚いた……」
わたくしはその手紙を読むなり、目を丸くしました。
すると執事が心配気に声をかけてきました。
「奥様、旦那様からどのような知らせがありましたか……?」
「わたくしがリロルット男爵家の財産を浪費し、男遊びをして浮気しているので離縁するそうよ。同封されていたのはサイン済みの離縁状だったわ」
「なんですと……」
執事は手紙を受け取ると、眉を顰めて読み耽ります。そして“まさかここまで頭が悪かったとは”と今にも言い出しそうなほど苦い表情を浮かべています。やがて私を見つめると、首を横に振りつつ口を開きました。
「事実無根です。奥様は傾いていた男爵家を復興し、貞淑な妻でありました。むしろ浮気をしていたのは旦那様の方だと聞いております。なんでも戦地で聖女見習いの女性と出会い、親密にしていると帰還した戦士達が証言しました」
執事の言葉に、わたくしは頷きます。
その知らせは妻であるわたくしの耳にも入っていました。聖女見習いの女性の名前はミアと言い、平民でありながらも治癒の力が使えるため聖堂に所属しているそうです。戦地で出会った夫ベイジルとミアはヒーローとヒロインのように振る舞い、帰還後は結婚すると息巻いているそうです。その結果、邪魔になったのは妻のわたくしなのでしょう。悪評をでっち上げてでも追い出したいのですね。
どうしてやろうかしらと考えていると、執事が真剣な面持ちで切り出しました。
「奥様、どうか我々を見捨てないで下さい」
執事は切々と訴えます。
「もし旦那様が戻れば、この男爵家は再び傾くことでしょう。それは浪費も、浮気も、旦那様の悪癖であるためです。しかもそこに旦那様が選んだ伴侶が加われば、男爵家は壊滅的な被害を受けるに違いありません。どうか、どうか奥様、我々をお救い下さい」
深々と頭を下げる執事を、わたくしは静かに見詰めます。
この一年間、わたくしはリロルット男爵家のために働いてきました。借金を返済し、屋敷を整備し、税金を見直し、ありとあらゆる手段を使って使用人と農民を守ってきたつもりです。始めは、包帯で頭を覆ったわたくしに疑念を持っていた者達も、今では家族のように親しくなっています。
しかし自慢の武力で英雄となったベイジルが帰還すれば、それも水の泡。男爵家は再び貧しくなり、結束は弱まるでしょう。さらに愚かな夫が選んだ女性が加われば、状況は悪夢と化すに違いありません。
「ごめんなさい」
わたくしは執事に頭を下げます。
「わたくしはベイジルと離縁するわ」
「それでは、私達は……」
「でも大丈夫よ。心配しないで。必ずあなた達を守ると誓います」
「奥様……?」
わたくしは執事の手をぎゅっと握ると、微笑んで見せました。しかし厚い包帯で覆われた顔で微笑んでも、表情は読みにくいに違いありません。
わたくしは留め具に手を伸ばすと、そっと包帯を外していきました。
やがて全ての包帯を取り払うと、執事が大きく目を見張りました。
俺が戦地に赴いて一年経つが、我が栄光はそちらにも聞こえているだろう。
魔王軍幹部を撃破した今、俺は英雄として持て囃されている。
それに対して君はどうだ?
日々遊びくれて我が男爵家の財産を浪費しているそうではないか。
そればかりか男遊びにも興じているという噂まである。
よって俺は君と離縁する。
速やかに離縁状にサインし、我が男爵領から出ていくがいい。
よくもまあ、その包帯顔で浮気などできたものだ。
白い結婚で良かったと心の底から思う。
英雄ベイジルより
◇◇◇
アデライン・リロルット男爵夫人視点
「まあ、驚いた……」
わたくしはその手紙を読むなり、目を丸くしました。
すると執事が心配気に声をかけてきました。
「奥様、旦那様からどのような知らせがありましたか……?」
「わたくしがリロルット男爵家の財産を浪費し、男遊びをして浮気しているので離縁するそうよ。同封されていたのはサイン済みの離縁状だったわ」
「なんですと……」
執事は手紙を受け取ると、眉を顰めて読み耽ります。そして“まさかここまで頭が悪かったとは”と今にも言い出しそうなほど苦い表情を浮かべています。やがて私を見つめると、首を横に振りつつ口を開きました。
「事実無根です。奥様は傾いていた男爵家を復興し、貞淑な妻でありました。むしろ浮気をしていたのは旦那様の方だと聞いております。なんでも戦地で聖女見習いの女性と出会い、親密にしていると帰還した戦士達が証言しました」
執事の言葉に、わたくしは頷きます。
その知らせは妻であるわたくしの耳にも入っていました。聖女見習いの女性の名前はミアと言い、平民でありながらも治癒の力が使えるため聖堂に所属しているそうです。戦地で出会った夫ベイジルとミアはヒーローとヒロインのように振る舞い、帰還後は結婚すると息巻いているそうです。その結果、邪魔になったのは妻のわたくしなのでしょう。悪評をでっち上げてでも追い出したいのですね。
どうしてやろうかしらと考えていると、執事が真剣な面持ちで切り出しました。
「奥様、どうか我々を見捨てないで下さい」
執事は切々と訴えます。
「もし旦那様が戻れば、この男爵家は再び傾くことでしょう。それは浪費も、浮気も、旦那様の悪癖であるためです。しかもそこに旦那様が選んだ伴侶が加われば、男爵家は壊滅的な被害を受けるに違いありません。どうか、どうか奥様、我々をお救い下さい」
深々と頭を下げる執事を、わたくしは静かに見詰めます。
この一年間、わたくしはリロルット男爵家のために働いてきました。借金を返済し、屋敷を整備し、税金を見直し、ありとあらゆる手段を使って使用人と農民を守ってきたつもりです。始めは、包帯で頭を覆ったわたくしに疑念を持っていた者達も、今では家族のように親しくなっています。
しかし自慢の武力で英雄となったベイジルが帰還すれば、それも水の泡。男爵家は再び貧しくなり、結束は弱まるでしょう。さらに愚かな夫が選んだ女性が加われば、状況は悪夢と化すに違いありません。
「ごめんなさい」
わたくしは執事に頭を下げます。
「わたくしはベイジルと離縁するわ」
「それでは、私達は……」
「でも大丈夫よ。心配しないで。必ずあなた達を守ると誓います」
「奥様……?」
わたくしは執事の手をぎゅっと握ると、微笑んで見せました。しかし厚い包帯で覆われた顔で微笑んでも、表情は読みにくいに違いありません。
わたくしは留め具に手を伸ばすと、そっと包帯を外していきました。
やがて全ての包帯を取り払うと、執事が大きく目を見張りました。
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