【完結】初恋は檸檬の味 ―後輩と臆病な僕の、恋の記録―

夢鴉

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三章 少年共、夏を謳歌せよ

二十四話 先輩は俺のだから

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「それで。なんでお前はついてくるんだよ」
「だって一人で食べるの寂しいじゃん?」

「春ちゃん先輩も一緒に食べよーよー」と笑う百瀬。
 ぐでっと圧し掛かって来る百瀬に「やめろ」と顎を押し退ける。甘利とは違う距離の近さに、さっきから戸惑いっぱなしだ。
(つーかなんで一年が夏休みに学校来てるんだか)
 部活……って感じじゃなさそうだしな。何かの係りなのだろうか。それとも補習とか。

 なんて考えていれば、三年二組の教室は目の前だ。
 俺は後ろに張り付いた荷物をそのままに、教室のドアを開ける。

「ただいまー」
「おー。おかえりー、ようやく帰って……って何? それ?」
「何って、何?」
「いやぁ、なんかデカいの増えてるなぁって? 誰?」

 秋人が俺の頭の上を見つめる。……夏生の弁当、美味そうだな。

「こいつは百瀬。甘利の友達らしい」
「へぇ」
「百瀬桃李でーす。噂の春ちゃん先輩を見かけて、ついて来ちゃいました☆」

 ひらりと手を振る百瀬に、秋人も簡単に自己紹介をする。
 賑やかになる声を聞きながら、俺は百瀬の持つ袋から自分の飯を取り出す。

「えー、なに! 春ってば一年の間でも噂になってんの!? なにそれウケるー!!」
「そうなんですよー。甘利が騒いでるんで、むしろ俺たちクラスでは有名っていうか? 昼に出て行く姿なんて『飼い主のところに行く大型犬(イケメン)』って言われてますよー」
「あははは!! マジで! いやぁ、甘利くんおもしれーなぁー!」

 あははは! と全力で笑う秋人。くそ。こいつにからかいの種をやる気はなかったのに。
 この二人を合わせたのは失敗だったかもしれない。はぁ、とため息を吐いて、俺は百瀬の手を叩く。「いい加減離せよ」と告げれば、「えー」と声を上げられる。

「もうー? 春ちゃん先輩、抱き心地いいんだから、もうちょっといいでしょー」
「ちょっ?! やめろ! あとなんで秋人には敬語で俺にはため口なんだよ!」
「うーん……親近感?」
「なんのだ!」

 げしっと百瀬の足を蹴る。微動だにしないでかい図体は、甘利とは違って細くて硬い。
(なんか甘ったるい匂いもするし)
 さっき飲んでいたジュースのせいだろうか。

「あははは、春懐かれてんじゃんー! おもろっ」
「っ、笑ってねーで助けろ、馬鹿秋人」
「それが助けてもらう側の言い方ですかー?」

 にやにやとしながら弁当用の小さなフォークを振る秋人。実に憎たらしい顔だ。
(こいつ……!)
 他人事だと思いやがって。

 しかし、舐めてもらっては困る。今の俺には秋人の弱点が丸見えになっていることを、コイツは知らない。

「……わかった。お前にはもう二度と勉強は教えない」
「エッ」
「ノートも見せないから。絶対に」
「わーーー!! ごめんごめん! 俺が悪かった! だからノートは見せてくださいっ!」

「お願いします!」と両手を合わせ、懇願する秋人。その姿に俺は優越感に浸った。

「ふん、仕方ねぇなぁ」
「春ちゃん先輩、なんか悪役の人みたーい」
「どっちかっていうと正義のヒーローだろ」

 百瀬の腕を引き剥がす。「あはは、ざんねーん」と笑う百瀬は、流れるように隣の席に座った。席の主がいれば咎めることも出来たんだが、生憎今日は来ていなかった。
(ったく。なんで暑いのにわざわざくっ付いて来るんだか)
 まあいいや、と席に座り、パンの袋を開ける。ガラリと扉が開かれる音が舌。
 クラスメイトの誰かが戻って来たんだろうと思っていれば、「先輩」と聞きなれた声が聞こえた。

「あふぁひ」
「すみません。迎えが遅くなりました」

 口に咥えたパンが落ちそうになって、慌てて口の中に突っ込む。
(やっべ。甘利のこと忘れてた)
 ちらりと甘利を見れば、珍しく息を切らせながら弁当の包みを持っていた。もぐもぐとパンを咀嚼して、飲み込む。

「お前、何でそんな疲れてんの?」
「ちょっと……雑用を頼まれてしまって。先輩が待っていると思ったので走ってきました」
「はあ? 別に待ってなんか――」
「嘘です。俺が先輩に早く会いたかった」

 伸ばされる手が、頬に触れる。じっと見つめて来る視線に、焦がされそうだ。
(会いたかった、って)

「き、昨日も会っただろ」
「足りません。俺は毎日先輩と会いたいし、毎時間先輩を見つめていたいです」
「ッ、そういうの、やめろって言ってんだろっ」

 カァッと熱が顔に駆け上って来る。昨日よりも強く漂う制汗剤と、僅かな汗の香りに何となく甘利を直視できない。

「あのー」
「「!」」
「いちゃちゃしてるトコごめんなんだけど、俺のそろそろ食わないと甘利の時間なくなるんじゃない?」

 百瀬の声に時計を見た甘利が「あっ」と声を上げる。どうやら図星だったらしい。
「なんでここに」と言いたげな甘利を余所に、「まーまー。とりあえずここ座ればー?」と百瀬は自分の後ろの席を叩いた。甘利は眉をぐっと寄せると、百瀬に言われた席の隣――俺の後ろの席に座った。
(いや、どっちも来てないから別にいいけど)
 三年の教室でよく居座れんなぁ、と感心していれば、甘利が弁当の紐を解く。相変わらずとんでもない量だ。

「うげ。甘利くん、それ全部食べるの?」
「はい。俺、燃費悪いんで」
「コイツ、いつもこれ食ってるよ」
「マジかぁ……」

 秋人の引き気味な声を余所に、甘利は「いただきます」と両手を合わせる。箸を持って、甘利は食べ始めた。
(相変わらず豪快だな)
 もぐもぐと咀嚼する甘利を横目にパンを齧っていれば、視線を感じる。振り返れば、百瀬と秋人がニヤニヤした顔で俺たちを見ていた。

「「で? 付き合って何か月目?」」
「だから付き合ってねーっつーの!」
「?」

(やっぱりこいつら引き合わせるんじゃなかった!)
 俺は全力で否定した。しかし、二人の楽しそうな顔は変わらず、それどころかニヤニヤした顔が深まった気がする。よし決めた。当分秋人にノートを見せるのは止めよう。

「で。百瀬がなんで春先輩のところに居るんだ?」

 俺が決意を新たにしている中。甘利が百瀬に問いかけた。

「えぇー? いちゃダメなの?」
「邪魔」
「わお。直球だねぇ」

 あはは、と笑う百瀬。甘利は箸を止めることなく動かしている。頬に詰め込み、もぐもぐと口を動かす様はリスを思い出す。
(欲張りかよ)
 百瀬は自分の買ったパンを開けると、一口食べる。『ミルクいちごクリームパン』と書かれたパンは、とても甘そうだ。

「まあいいじゃん? そんなにカリカリしないでよー」
「よくない。大体、お前と春先輩に共通点なんかなかっただろ」
「そりゃあね? でもあれだけ甘利が『春ちゃん先輩~』って言ってたら気になるでしょ?」

 甘利の目が漸く百瀬を見た。心底嫌そうな顔をする甘利に、百瀬は相変わらず笑みを浮かべている。
(なんだこの空気感)
 会話って言うか、なんか喧嘩してるように見えるんだが?
 百瀬は甘利の事を“友達”と称していたが、到底そんな雰囲気には見えない。
(……友達って、なんだっけ)

「……百瀬、お前」
「大丈夫だってー。甘利の大事な春ちゃん先輩に手なんか出さないって。まあ……ちょーっとちょっかいは出しちゃったかもしれないけどっ」
「ッ、!」

 ガタンッ!
 甘利の動きに、机が音を立てる。弁当から零れ落ちたミニトマトがコロコロと机を転がって来た。俺はそれをキャッチする。
 ただならない雰囲気の甘利に、百瀬は動じない。

「冗談だよ~、本気にした?」
「っ……お前の“そういうところ”が嫌いだ」
「俺は甘利の“そういうところ”、大好きだよ~」

 あはは、と笑う百瀬を、甘利は強く睨みつける。
(これ、大丈夫なのか?)
 友達だからって特に何も考えずにいたけど、もしかしたら甘利は会いたくない相手だったのかもしれない。
(俺、余計な事した?)

「なあ、春」
「何?」
「あれ、大丈夫なのか?」

 秋人も同じことを思ったらしい。俺は「さあ」と答えるしかなかった。
 甘利と百瀬は未だに言い合っている。楽しそうな百瀬とは裏腹に、甘利の眉間には深いしわが寄っている。
(あいつのあんな顔見るの、初めてかもな)
 俺の前じゃ締まりのない顔ばっかだし。

「さあって。自分の彼氏の友達の話じゃん。何か知らないの?」
「彼氏じゃねーって。つーか甘利って部活以外の話、あんましねーんだよ。だから百瀬の話とか聞いたことねーし、友達ってのも百瀬が言ってただけだからよく知らない」
「はあ? あんだけ一緒に居て? 交友関係も知らないの?」

「マジか」と目を見開く秋人に「うっせ」と返す。

「アイツが言ってこないんだから仕方ないだろ」
「でもこっちから聞くこともあるんじゃないの?」
「それは……」

 秋人に返そうとした言葉が、喉の奥で詰まる。……確かに、自分から甘利の事を聞くって選択肢はなかったかもしれない。
(ていうか、聞こうってしたこともないような)
 好きなものとか、嫌いなこととか。

「まー、春がどうしようと良いんだけどさ。人に興味は持ってた方がいいぜ?」
「っ、なんだよそれ、どういう意――」

「百瀬」

 甘利の静かな声に遮られる。今までで一番強い口調に驚いて振り返れば、不意に肩が引き寄せられた。
 ガタタン、と机や椅子が音を立てる。頬に甘利の肩口が触れる。制汗剤と甘利の匂いが至近距離で感じられた。

「春先輩は俺のだから」

 甘利の真剣な声が頭上で響く。驚いた顔の秋人と百瀬、それと残っているクラスメイトが俺たちを見ていた。
(な、にが)
 起こって――。

「手出したら殺すからな。今後一切春先輩に近づくなよ」
「ッ――!」

 ブワッと腹の奥から込み上げる熱。
 肩を掴む手の大きさとか、鼻孔を擽る甘利の匂いだとか、触れる身体の熱さとか。
 いろいろな事が頭を駆け巡る。




 ――瞬間、俺は甘利の顎にアッパーを食らわせていた。

「ッ~~~こんなところでッ、何言ってんだお前はァ!!」
「ごふっ」

 振り被った拳はクリーンヒット。
 甘利はよろめくと、撃沈した。

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