【完結】初恋は檸檬の味 ―後輩と臆病な僕の、恋の記録―

夢鴉

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三章 少年共、夏を謳歌せよ

三十五話 埋め合わせさせてください

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『先輩。夏祭りいけなかった分、今度の買い物で埋め合わせさせてください』

 そういった甘利を思い出しつつ、俺は甘利との待ち合わせ場所に立っていた。
 甘利の風邪はすでに完治しており、約一週間が経っていた。俺は風邪をもらうことなく過ごせているし、夏休みの課題もそこそこ進んでいる。
 しかし、馬鹿しかひかない夏風邪で海と祭りを失った甘利の落ち込みようと言ったら……見ているこっちが罪悪感を覚えずにはいられないほどだった。

『俺、先輩に二度と会えないのかもしれないです……』

 そう言って電話までかけてきた時は、もはや笑い飛ばすのも出来なかった。
(あの時の甘利は、本格的に闇を背負ってたな)
 別に、埋め合わせなんかいいのに。
 そうは思っても、甘利の必死そうな顔を見てしまえば、言えなくなってしまう。

 それもあってか、甘利の埋め合わせの提案を強く突っ返すことが出来なかったのだ。そしてお盆の最終休みに差し掛かったその日に、俺たちは映画に行くこ戸になっていた。
(まあ、映画なら体調を崩すこともないだろうし、風邪もぶり返したりしないはず)
 それが心配で海は断ったのだから。海に関しては俺も楽しみにしていたし、ちょうどいい。

(あいつ、帰りもずっと俺の事送ってくって聞かなかったしな)
 もちろん、病人にそんなこと出来るわけもないので、俺は丁重~に(強引に)お断りさせていただいた。その際にこの埋め合わせを提案されたのだ。

 埋め合わせの内容は、一週間の間にメッセージのやり取りで決めた。意外にも趣味趣向は似ているようで、偶然気になっていた映画が被っていたのが決め手だった。

(早く着き過ぎたな)
 俺は時計を見て、そう思う。見たいと思っていた映画が見れることで気分が上がっていたからか、つい早めに家を出てしまったのだ。
 時間を見れば、十時三十分。待ち合わせは十一時で、昼飯を食べてから行こうという話になっていた。

「近場の店でも調べておくか」

 俺は待ち合わせ場所でスマートフォンを手に取った。すると、ちょうどピコンと通知が鳴る。
(あ、甘利からだ)

『おはようございます』
『今、待ち合わせ場所に向かっています』

「お」

(よかった。今回は体調を崩してないみたいだな)
 俺は画面をタップして文字を打ち込む。

『はよ』
『今日の体調は?』

『試合前くらいにいいです』
『今なら走って飛べる気がします』
『もし飛んだら、着地の時に受け止めてくれますか?』

『馬鹿言うなよ』
『いいから、普通に来い。普通に』

「飛ぶって、馬鹿だろ」

 ははっ、と笑い声が零れる。相変わらず支離滅裂なことを言うな、こいつは。

 甘利とのやり取りをしていれば、にわかに周囲の女子たちが騒ぎ出した。
(なんだよ?  ついに俺の魅力に気付いたか?)
 誇らしげに顔を上げれば、女子たちは見事にそっぽを向いている。

「キャー」
「あの人かっこよくない……!?」
「すっごいイケメン……声かけてもいいかな?」
「待ち合わせ、彼女とかかなぁ」
「あの顔は絶対そうだって! いいなぁ、彼女さん」

「……」

 わかっていた。わかっていたさ。俺が甘利みたいなイケメンではないことは。
 はあ、とため息を吐き出し、俺は気分を持ち直す。
(それにしても随分な人気だな)
 こんなに女子の目を惹く人間は、甘利以外見たことがない。
 一体どんなイケメンがいるのだろうと、俺は静かに女子たちの視線の先に目を向けた。


「……あ?」

 整えられた癖毛の黒髪。
 すらりとした体躯。
 長い手足。鍛え上げられた筋肉。
 そして――――馬鹿みたいに緩んだ、顔。

(甘利じゃねーか!!)
 俺は全力で叫びそうになった。
(は!? なんで!? お前今こっちに向かってるところじゃなかったんかッ!?)
 待ち合わせ場所に向かっているとメッセージをもらって、まだ三分しか経っていない。学校からここまで自転車でも五分はかかるのに、歩きの甘利がここにいるわけがない。
(車!? バイクとか!? 誰かに送ってもらったのか!?)
 否、それが出来る人間なんか、俺は知らない。

 俺は甘利がいる事実に、心底困惑した。そしてひとしきり困惑し終わった後、思ったのは――――。

「え。俺この中で声かけんの? あいつに?」

 絶対無理。絶対嫌だ。
 キラキラした星みたいなやつに、俺みたいな小石が声を掛けたらどうなるか。想像に難くない。
(女子の視線つっよ……)
 どんな彼女が現れるのかと、周囲の目が興味津々に甘利を見つめている。……これ、男の俺が出て行ったらブーイング食らわない? 全員で押しかけてきたりしない? 俺潰されたりしない? 大丈夫?

 震えていれば、ふと甘利がスマートフォンから顔を上げる。
 きょろきょろと周囲を見回したかと思うと、甘利は俺を見つけてしまった。ばっちり合う視線に(やべっ)と顔を引き攣らせた。

「先輩……?」
「あ、あー……はよ?」
「! 先輩!」

(うわああああ!!)
 そんな笑顔で寄ってくんな馬鹿野郎!! 視線が!! 周りの視線が痛いんだよぉおおお!!!
 甘利はまるで飼い主が現れた大型犬のように駆け寄ってくる。キラキラとした笑顔に、俺は全力で逃げたくなった。
(尻尾が見える!! ぶんぶん振られてる尻尾が!)

「先輩、もう着いてたんですか? 集合より時間早いですよね?」
「あ、アア……ウン……」
「先輩も楽しみにしてくれたんですか?」

(手を握るな! 微笑むな!)
 ――頼むから!!

 ぎゅうううっと握られる手に、俺はもはや泣きたくなった。
 周囲の視線の痛みはもちろんだが、甘利の無邪気な目が突き刺さって痛い。

「っ、お前だって、随分早いだろっ!」
「はい。先輩を待たせるわけにはいきませんし、それに……先輩とのデートが楽しみ過ぎて、早く起きてしまって」
「でッ!?」

 デートじゃねえ!!!

 俺は咄嗟に言葉を飲み込んだ。
 ダメだ。こんなところで叫んだら、それこそ目立ってしまう。だが、これ以上こいつに振り回されるのは御免だ。
 俺は甘利の腕を掴むと「来い!」と腕を引っ張った。

「先輩?」と困惑する甘利を無視して、俺は人気のない方へと向って行く。
 待ち合わせの広場を突っ切り、高架下まで来て、俺はようやく甘利を開放した。甘利と向き合い、指をさす。

「ったく、お前は……! 少しは目立つ自覚持てって言っただろ!?」
「あっ、す、すみません。俺また……」

 落ち込む甘利に「あ、いや、別に謝るほどでは……」と視線を下げる。
(ああもう! そういうコトが言いたいんじゃなくて!)
 俺はきっと甘利を睨みつけた。甘利はしょんぼりしていて大きな体が小さく見える。ふいに込み上げてくる罪悪感に、俺はぐぬぬぬと押し黙った。

「ま、まあ、お前が目立つことを知ってて何も対策しなかった俺も悪いからな……」
「! そんなことないです。俺がもっと変装してくればいいんですから。任せてください。今度こそ上手く隠れてみせます!」
「あー、うん。何考えてっか何となくわかるけど。とりあえず全部やめてくれ」
「えっ。な、なんでですか?」
「いや、なんか余計なこと考えてそうだったから」

 俺の言葉に、甘利は憤慨した。
「そんなことないです!」という甘利。

「じゃあどんなの想像してたんだ?」
「どんなのって……サングラスして、帽子かぶって――」 
「はいアウトー」
「なんでですかっ!」

(不審者だからだよ、どう見ても)
 言いかけそうになって、やめる。これ以上言ったら甘利が拗ねてしまいそうだ。

「そろそろ行くぞ」と声をかけて歩き出す。甘利は不服そうにしながらも、後をついてきた。

「映画って何時からだっけ?」
「一時からのと、三時からのがあります」
「んじゃまだ時間あるな。飯食ってこうぜ」
「!   はい!」

 満面の笑みで頷く甘利。さっきまでの不貞腐れた雰囲気は、もうどこかにすっ飛んだらしい。
(ちょろいな)

 俺たちはとりあえず近くのショッピングモールに向かった。エレベーターで一気に八階まで行き、飯屋の並ぶ階をぐるりと回って行く。

「何食う?」
「先輩の好きなもので」
「じゃあ激辛ラーメン」
「!  い、いけます!」
「いくなバカ」

 震える拳を握りしめる甘利に、俺は呆れに肩を落とす。
(辛いの苦手なくせに)
「大丈夫です。今日はいける気がします」という甘利に嘘つけと思いながら、俺は店を見ていく。その間も甘利は騒いでいた。

 俺たちは折衷案で中華料理屋に入った。
 店員に案内され、俺たちは向かい合うように席に腰を下ろした。
(勘違いじゃなきゃ、キッチンから黄色い悲鳴が聞こえるな……)
 結構な声量で聞こえるのに、向かいにいる甘利は動じない。なるほど、これが甘利にとっての普通なのか。

(……腹立つ)
 ゲシッと足を軽く蹴れば、甘利は驚いたように目を見開いた。

「いっ、せ、先輩?」
「なんでもねーよ。それより、決まったか?」
「あ、はい」
「よし」

 俺は手早く呼び出しボタンを押す。
 店員はすぐにやってきた。

「味噌ラーメンひとつ。辛さマシマシでお願いします。お前は?」
「あ、醤油ラーメン大盛りで。チャーシューと味玉トッピングでお願いします」
「?  飯系は要らねぇの?」

「足りんの?」と言外に告げれば、「大丈夫です」と微笑まれた。

「……」
「醤油ラーメンと味噌ラーメンですね」
「あ、あとチャーハン大盛りひとつと、餃子二皿お願いします」
「かしこまりました」
「!?   先輩!?」

 立ち上がりかける甘利を「いいから」と制する。
(そんな、餌を前に『待て』をされている犬みたいな顔されて、放っておけるわけないだろ)

 去っていく店員を見送り、俺はメニューを机の端にあるメニュー立てに差し込んだ。

「せ、先輩」
「なんだよ」
「あの……いいんですか?」
「いいも何も、食べたかったんだろ?」
「それは、まあ……でも、一応デートですし」
「デートじゃねえって」

 甘利の言葉についツッコんでしまう。
 いつから俺はお前とデートしに来てることになってるんだ。

「俺はお前が埋め合わせしたいって言うから来てるだけだからな!」
「わかってます」
「つーか、デートだから食う量抑えるとか、女子かよ」

 別に食いたいなら食えばいい。
 甘利の大食いっぷりなら今まで散々見てきたんだし、そもそも男同士なんだから気にしなくてもいいだろうに。

「これでも先輩によく思われたいんです」
「……俺は、たくさん食べるやつの方が好きだけどな」
「わかりました。ちょっと追加してきます」
「行くな行くな!!」

 メニューを片手に席を立とうとする甘利を、俺は必死に押さえ込んだ。

「だっていっぱい食べる子が好きって」
「言ってない言ってない!」
「言いました」
「言ったけどフードファイトしろとは言ってない!!」

 納得しない甘利に「映画館でポップコーンも食うんだろ!?」と声を上げれば、甘利はハッとしたように目を見開いた。再び腰を下ろし、甘利は手を組む。

「そうですね。いろんな所でいっぱい食べる姿を先輩に見せられますもんね。大丈夫です。俺は何時でも食べれます」
「どういう理屈だよ……あと、そんなに食べてたらさすがに太るだろ」
「太……っ!?」
「まあ、お前がいいならいいけど」
「……調整は、します」

 項垂れる甘利に、俺は適当に返事をする。
 しばらくしてラーメンが運ばれてきて、その後にチャーハンと餃子が届く。

「なんか、甘利のチャーシューでかくね?」
「?  そうですかね?」

(絶対イケメン効果入ってんだろ)
 イケメンだとチャーシューひとつとってもサービス対象になるらしい。ムカつくし、腹立つけどそもそも俺はそこまで食えないので、嫉妬しても意味が無いことに気がついた。

「わり。一味とって」
「……辛さ増ししたのに、まだ辛くするんですか?」
「いーだろ。好きなんだよ」

 甘利が取ってくれた一味を受け取り、俺はラーメンに真っ逆さまにする。一味が小さい山を作ったところで、俺は蓋を閉めた。

「……」
「なんだよ。微妙そうな顔すんな」
「すみません。気にしないでください」
「気になるだろ。そんなに見られてたら」

 ずずすっとラーメンを啜る。
  ピリリと辛い感じが美味しい。同時に味噌の濃厚さも伝わってきて最高だ。

「いえ、その――――先輩の尻が心配だなって」
「ぶっ!」

 俺は吹き出した。
 ゲホゲホと大きく咳き込む。
(何言いやがるんだ、こいつ!)
 尻!?   なんで尻!?

「だ、大丈夫ですか?」
「っ、お、お前っ、まじで……ッ!」

「さい、あくっ……ゲホゲホ!」と噎せていれば、甘利が水を差し出してくる。それをひったくり、俺は一気に飲み干した。
 タァン、とコップを机に叩きつける。

「大丈夫ですか?  先輩」
「っ、お前なぁ!!」
「すみません。つい」

 謝りながらも、ふふ、と小さく笑う甘利。
(思ってねーじゃん!)
 俺は甘利を強く睨みつけた。ここが店で良かったな。

「ふ、ふふ……」
「っ、笑うなっ」
「無理です。春先輩、可愛すぎるんで」

 腹を抱え、心底楽しそうに笑う甘利。
(なーにが可愛いだよ)
 訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ。

 むっと口を尖らせ、俺は麺を啜る。俺をじっと見つめる甘利に「早く食わねーと伸びるぞ」と言えば、慌てて食べ始めた。


「お前、すげー食ったな……俺、腹はちきれそうなのに……」
「俺はまだいけますよ」

「何分目?」と問えば「六分目くらいですね」と返された。
 やっぱり甘利は人間じゃないらしい。

「さて、腹も膨れたし、映画館向かうかぁ」
「はい。ポップコーンはキャラメルがいいです」
「お前まだ食うのかよ……」

 甘利の胃袋の大きさにドン引きしつつ、俺たちは映画館へと向かう。
 チケットの代金を渡そうとすれば「俺が埋め合わせしたいって言ったので」と受け取りを拒否されてしまった。後輩に奢られるなんて、と一瞬思ったが、満足そうな顔を見たら押し付けるのもなんだか違うような気がしてしまう。

「じゃあポップコーンと飲み物は持ってやるよ」
「本当ですか? やった」
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