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四章 残された時間
四十八話 文化祭デート
しおりを挟む翌日。俺はいつもより緊張した気持ちで甘利との待ち合わせ場所に立っていた。
久しぶりに甘利とのトーク画面を開いた俺は、そのメッセージの多さに若干引きつつも、全部に目を通した。不安に思っていた甘利の感情が流れ込んでくるような文面に、俺は罪悪感を覚える。
(もっと早く見てやればよかった)
自分のことばかり考えていたのが恥ずかしい。
メッセージを確認し終えた俺は、最後に送られてきた待ち合わせの内容を読む。一番上に【文化祭デート】と書かれているのはもちろん無視だ。
時間は伝えた通り午後一時から、四時までの間。待ち合わせ場所は甘利の希望で写真部の部室前になっている。理由は俺が写真部の午前中担当だったからだ。甘利なりに気を遣ってくれたのだろう。
(別に、俺があいつのクラスに行ってやってもよかったのに)
そうは思うが、甘利の気遣いを無駄にするのも申し訳なくて、俺は大人しくここで待っている。
二日目も、昨日に負けず劣らず賑やかな校内。すれ違う人々の顔に、俺は自分の中でどんどん緊張が膨らんでいくのを感じる。
(なんで俺が緊張なんか……)
「先輩、お待たせしました」
「おー、うッ!?」
聞こえた声に、俺は振り返る。――瞬間見えた光景に、俺は目を見開いた。
(メイド!?)
待ち合わせ場所に来たのは、白黒のメイド服を着た甘利だったのだ。
「あ、甘利……お前、なんだよ、その格好は……」
「え? ああ。実はさっきまで陸部の方の出し物の手伝いをしていたんです」
「そ、その恰好で?」と問えば、「変ですか?」と返された。
いや、変だろ。なんで男のお前がメイド服着てるんだよ。ていうかよくサイズあったな。
百八十を超える大男が着れるメイド服があるだなんて、知らなかった。
「ちなみに、何売ってたんだ?」
「焼きそばです」
「メイド服で焼きそば?!」
(そこはもっと可愛らしいものとかじゃないのか普通!?)
俺は震え上がった。甘利がメイド服を着ているということは、他の部員も着ているということだ。
(デカい男共がメイド服で焼きそば売ってるとか……)
確実にヤバイ集団である。俺なら逃げる。絶対に逃げる。
(甘利は顔がいいからまだ……まあ、見れるけど、他の連中は目も当てられないだろ)
俺は頬が引き攣るのを感じる。もしすれ違ったりなんかしたらと思うと、ちょっと恐ろしい。
「案を出したのって、まさか生徒会長……」
「えっ。……何でわかるんですか? もしかして先輩、会長と……」
「どんな妄想してるんだか知らねーけど、違うからな」
安易に地獄を作り上げた人間と一緒にしないでもらいたい。
(ていうか、やっぱりそうだったのか)
俺は大きく息を吐いた。あいつならやりかねないと思う反面、あいつなら甘利と同等くらいの顔の良さをしているからまだマシかも……なんて思考が生まれて来る。
ちらりと甘利を盗み見る。
甘利のメイド服は、一般的なものだった。
長袖の黒いインナーに、長い白いエプロン。スカートの丈がロングなのは、不幸中の幸いか。とはいえ、頭についているフリフリのカチューシャで、全て台無しになっている気もするけど。ご丁寧に靴まで黒のローファーに統一されており、徹底ぶりが目に見える。
(会長、本気すぎだろ)
「よく引き受けたな、お前……」
「まあ。売り上げを上げるためですから」
「俺の外にも何人か着てますよ。後で見に行きましょう」と言われ、俺は全力で首を振りたい気分になった。「行きましょうか」と甘利が動き出す。
「って、待て待て! その格好のまま行くのか!?」
「? ダメですか? 先輩も変じゃないって思ってくれてるみたいですし、宣伝になるから部長に――あ、元部長にこのまま行けって言われたんですけど」
俺は会長の顔を思い出し、頭を抱えた。ああそうだ。あいつはそういう奴だった。
(一年を売りにして、卑怯な奴だな……!)
そうは思うが、甘利自身が嫌がっていないので怒るに怒れない。
「隣にクソでかいメイドがいる俺の気持ち……」
「? あ、えっと、ご主人様? ご奉仕いたしましょうか?」
「っ、止めろ、それ。寒気がする」
「失礼すぎませんか?」
甘利のとんでもない発言にブルリと身震いをしつつ、俺は歩き出す。
甘利は本当にそのままの格好で行くようで、俺の横を着いて来た。腰の部分が絞められているお陰で、元々いい姿勢が余計によく見える。
(よくこの格好で堂々としてられるな)
俺なら速攻着替える。男物のキョンシーの格好をしていた時ですら、俺は恥ずかしくてたまらなかったのだから。
「まあでも、あれですよね」
「?」
「好きな人のいつもと違う服装って、ちょっとドキッとしますよね」
「ゴホッ!」
俺は盛大に咳き込んだ。
甘利が「先輩? 大丈夫ですか?」と背中を擦ってくれるが、正直それどころじゃない。
「ゲホゲホッ!!」
「ちょ、本当に大丈夫ですか?」
「っ、大丈夫なわけっ、ねーだろっ」
俺は咳き込みながらも叫ぶ。
(マジで……マジで何言ってんだコイツ!)
好きな人!? 誰が!? 誰を!?
(つーか別にドキッとなんかしてねーし!!)
甘利のメイド服を見て驚いたのは確かにそうだが、俺はトキメキの類なんかは一切感じていない。断じて感じていない。
「おっ、前なぁ! 適当なこと言ってんじゃねーよ!」
「えっ? でも、俺昨日の先輩のコスプレ、結構ドキドキしましたよ」
「どッ!?」
(ドキドキ!? あれが!?)
「嘘つけ! 俺で遊んでたくせに!」
「それはだって、先輩が可愛いから。仕方ないです」
「だあッ! 可愛くねーって!」
「大体それ言ってんのお前だけだぞ!」と吠えれば「俺だけが先輩の魅力を知っているってことですか!?」と返された。
そんなことは一切、一言も言っていないのに。
「とりあえず! 俺は可愛くねーし、お前も冗談でも可愛いって言うな!」
「俺のは冗談じゃないですよ。それに、昨日もみんな見てましたよ? 先輩が可愛かったからですよね?」
「違う! 百パーお前のせいだよ!」
(お前が!! 変なことを!! するから!!!)
カフェで甘利がやったことを思い出して、俺は込み上げる羞恥に拳を握り締める。あの時の羞恥や屈辱と言ったら、ない。
しかもあの後から、クラス中から生温い視線が突き刺さって来るようになったのだ。元々甘利の襲来に慣れていたクラスだ。何かを嗅ぎ取ったのか、察されたのか。どちらにせよ、俺にとってはマイナスでしかない。
(そりゃあ、甘利の事を聞かれなくなったのはいいけど)
甘利を見れば、「やっぱり制服姿の先輩が一番かわいいですね」なんて宣っている。その顔に、これ以上何を言っても意味がないと悟る。
「はぁ……もういい。疲れた」
「大丈夫ですか?」
「お前のせいだけどな」
覗き込んでくる甘利の頬を抓り、引っ張る。「いひゃい、いひゃいれふ、ひぇんはい」と苦情が来るが、知ったことじゃない。
パッと手を離して、俺は早歩きで廊下を歩いていく。甘利は抓られた頬を擦りながら、「待ってくださいっ」と追いかけて来た。尻尾が相変わらずブンブンと振られている。
(へらへらしやがって)
「変なこと言ってねーで行くぞ」と告げて踵を返せば、甘利は慌てて付いてくる。
にこにこと嬉しそうな甘利。その顔に、俺は脳裏に『文化祭デート』の文字が浮かんだ。
(別にっ、デートとかじゃねーし……)
緩みそうになる自分の頬を引き締めて、俺は意識的に廊下を踏みしめた。
昼時ということもあり、俺たちはまずは出店を回ろうという話になった。地獄のような音で甘利の腹の虫が鳴ったのも理由の一つだ。
「食ってこなかったのか?」と聞けば「それどころじゃなかったので」と。確かに。それもそうか。
校庭の周り――主に、校舎から校門までの道のりには、運動部が屋台を出している。その一角には甘利のやっていた焼きそばの店もあり、そこそこに繁盛しているようだった。部員は須らくメイド服を着ている。しかも数人はミニスカートだ。
(想像していたよりも地獄の深さが増した気がする……!)
俺は目を閉じ、とりあえず焼きそばを甘利と二人分、購入することにした。
「おや、その後ろ姿は蒼井君ではないか?」
「ああ、かいちょっ……」
呼ばれて振り返った瞬間、俺はヒクリと頬を引き攣らせる。
そこには甘利と同じメイド服を着た生徒会長兼、陸上部の元部長の小春が立っていた。
「どうだろうか。うちの部員たちは。中々可愛いと思うのだが」
「あ、あははは……そ、そうかも、な?」
(いや、アンタ似合い過ぎだろ!?)
整った顔に、黒縁眼鏡をかけた生徒会長は、メイド服がかなり似合っている。後頭部には長い三つ編みの付け髪も付ける徹底ぶりで、会長の本気度が伝わってきた気がする。
(なんつーか、メイドたちを纏めるメイド長って感じがすげーする)
周りの人だかりは焼きそばを買いに来た人たちだと思っていたけど、よくよく見れば会長の写真を撮っている奴もいる。
「な、なあ。会長、すげー写真撮られてっけど……その、良いのか?」
「ん? ああ。構わないさ。元々学校のホームぺ―ジや広報にも載ったりもするから、慣れているしね。まあ、SNSの類への投稿は禁止させてもらっているが」
「そうは言っても、絶対上げる奴いるだろ。大丈夫なのかよ」
「無論だとも。見つけたらどうなるか、むしろ公開処刑の場が出来たと思って徹底的に叩かせてもらうさ」
にこりと笑みを浮かべながら、とんでもないことを言う生徒会長。やっぱり彼は只者じゃないらしい。
俺が「そ、そうか」と返事をすれば、「そんなことより、どうだい?」と問われた。
「どうって、何が?」
「甘利君だよ。いい感じに仕上がっているだろう?」
「あれ、やっぱりアンタの仕業か」
「妙な言い方はよしてくれ。これも馬鹿共が壊した備品を買うための金を稼ぐためなんだ」
微笑んだまま、会長の毒が吐き出される。その言葉に、数人の部員の肩が震えた。
なるほど。ミニスカートを着ている部員は、その件に関係しているということか。
(可哀想なやつら)
俺は心の中で両手を合わせると、会長に向き合った。
「まあ、見れる方じゃないか? アイツ、顔だけは良いし」
デカいし、煩いし、鬱陶し、馬鹿だけれども、顔だけは一流だ。
そう告げれば「そういうことにしておこうか」と会長が微笑む。意味が深そうな顔で笑う会長に、俺は警戒を強めた。それに気づいたのか、会長は「そんなに警戒しないでくれ。なに。取って食いやしないさ」と笑った。
(そう言って、気を許したら取って食うタイプだろ、あんた)とは、口が裂けても言えない。
「それより、僕より甘利君の方が大変じゃないかい? あの身長で僕よりも目立つだろう?」
「そりゃあ目立つけど……まあ、本人がいいって言ってんだからいいんじゃないか?」
大体、『その服のまま宣伝してきてくれ』と頼んだのはそっちだろ。
「蒼井君はそれでいいのかい?」
「いいもなにも……」
ふと、甘利を見る。焼きそばがパックに盛られるのをじっと見ている甘利からは、グゴォオオと腹の獣の鳴き声がしている。その音を間近で聞く、焼きそばをよそっている部員が苦笑いを零していた。
その周りにはスマートフォンを持った女子が取り囲んでいる。「甘利くん、写真を」「甘利くん、ツーショット駄目かな?」「あれ? 甘利くん聞いてる?」と女子たちが騒いでいる。甘利には彼女たちの姿は見えていないらしい。
「あれを見て何を心配しろと?」
「ふっ……あはははっ! さすが甘利君! 紛れもなく、陸上界のエースだよ君は!」
生徒会長は面白かったのか、腹を抱えて笑い出した。気持ちはわからないでもないが、目立つからやめて欲しい。
「先輩。焼きそば持ってきました」
「おう、サンキュー……って、なんだそれ」
俺は戻って来た甘利の手元を見た。
普通の焼きそばのパックとは明らかに違う、大パック。蓋さえも器にして盛られた焼きそばは、甘利の手からはみ出している。
「? 『焼きそば特盛メガマックス』二人前です」
「特盛メガマックス!? 二人前!?」
「はい」
なんてことの内容に頷く甘利に、俺は開いた口が塞がらない。
生徒会長はその姿を見て、より大きく笑いだした。
「あはははは!! 本当に買っていく人がいるとは思わなかったよ!」
「ずっと食べたいと思ってたので」
「ふふふ。君の為にあるようなメニューだ。好きに食べなさい」
(甘利のためのメニューって……)
俺は再び甘利の持つ『焼きそば特盛メガマックス』を見た。……どう見ても、四人分はありそうだ。
「先輩、座って食べましょう」
「あ、ああ」
俺は陸上部の屋台から少し離れた木陰に腰を下ろした。ベンチや花壇の端なんかは既に別の生徒に取られてしまっているので、仕方がない。
隣でスカートのまま胡坐をかく甘利の男らしさを見つつ、俺は焼きそばのパックを開ける。もちろん、俺のは一人前だ。
「「いただきます」」
割り箸を割って、二人揃って焼きそばを掻き込む。空腹にソースの匂いは、もはや暴力だった。
俺たちは夢中になって焼きそばを平らげていく。
肉が少ないのが多少残念ではあったものの、味は美味しかった。雰囲気分、プラスされているようにも感じる。
「ごちそうさまでした」
「早すぎるだろ」
両手を合わせる甘利。俺が普通盛り半分を食べている間に、甘利は特盛メガマックスサイズを綺麗に平らげていた。
「早食いしてると太るぞ」「その分動きますので大丈夫です」「そうかよ」と言葉を投げ合いながら、俺も焼きそばを完食した。俺が食べている間、甘利は俺の事をじっと見つめていた。その視線がむず痒くて、俺はパックの輪ゴムを止め直すと、「ほら、行くぞ」と声をかけた。
「あ、先輩。あれ食べていいですか?」
「お前、まだ食うのかよ」
屋台の道に戻ると、甘利は片っ端から食べ物を購入し始めた。
サッカー部のやっているフランクフルトとアメリカンドッグを平らげ、野球部のやっている唐揚げを食べる。唐揚げは俺も食べたくて、甘利と一緒に買った。その後もバレー部のやっているカステラを食い、隣の卓球部のたこ焼きを食う。
「肉巻きおにぎり二本ください」
「はいよー」
「お、お前、流石に食い過ぎじゃねぇ?」
剣道部の屋台の前で、俺は漸く口を出した。甘利が食べることは知っていたけど、まさかここまで食べるとは思わなかった。
「? そうですか?」と首を傾げる甘利に、「文化祭じゃなかったらお前、破産してるぞ」と告げれば「さすがに値段は見てます」と言われた。
「夏祭り用に取っていた分を使ってるんです」
「ああ、なるほど」
「まあ、安すぎてあれもこれもって買ってる自覚はありますけど」
肉巻きおにぎりを受け取りながら、甘利は笑う。
(自覚があるならいいか)
別に悪い使い方をしてるわけじゃなし、自分の小遣いを自分で使っているだけだ。俺がとやかく言う必要はないだろう。
(そうなると胃の方が心配になって来るけどな)
俺は甘利の腹を見た。
メイド服の衣装で締め付けられているはずなのに、よくもまあ、入るものだと。
「あ、ポテト」
「まだ食うのかよ!」
俺はダッシュでポテトの特盛サイズを買ってきてやった。
どっさりと入ったポテトを見て、甘利は嬉しそうに笑う。……なんだろうな。
(とても餌付けしている気分になったな)
「ごちそうさまでした」と手を合わせる甘利。一時間以上食べ続けた甘利を横目に、俺はやっと落ち着いたかと肩を落とす。
「すみません。お腹空いてて、つい食べるのに夢中になってしまって」
「いや、お前が楽しそうに食ってるの見て、俺も楽しかったから気にすんな」
「先輩……」
「あ。別に惚れてねーからな」
誤解される前にと告げれば、小さな舌打ちが聞こえて来た。
それを無視して、俺は「少し休憩するか」と人気のない方を指した。裏庭に繋がる道だ。校舎をぐるりと回って裏庭に来れば、人もほとんどいない。
(そういや、ここって甘利と初めて話した場所だよな)
懐かしい、と思いつつ、行きがけに買ったお茶を手に、花壇の縁に座り込んだ。甘利も俺の隣に座る。あの日とは違って、適正な距離感だ。甘利も成長したな。
「さすがに苦しいですね」
「そりゃああんだけ食ってりゃな」
「エプロンだけでも外せば?」といえば、「そうします」と甘利は白いエプロンを取り始めた。
白いエプロンが取られ、全身黒の衣装に変わった甘利。すとんと落ちた体は相変わらずスタイルがいい。
(やっぱ腹筋とか割れてんのかな)
「どうかしましたか?」
「いや。お前、結構運動してるけど、腹筋割れてんのかなって」
「まあ。人並みには?」
人並み……人並みってなんだ?
俺は目を瞬かせる。「先輩は?」と問われ、俺は甘利を睨みつけた。
「割れてるように見えるか?」
「すみません」
「正直過ぎんだろ」
もうちょっと持ち上げたりしろよ、と言いつつ、本当の事なので言わない。
俺はもう一度甘利の腹を見る。さすがにたくさん食べて膨れた腹は、若干存在を主張している。
「なあ、甘利」
「?」
「触ってい?」
「ブッ!」
甘利が飲んでいたお茶を思いっきり吹き出す。俺は反射的に身を引き、「きったね!」と声を上げた。ここが外で本当によかった。
「っ、すみませっ、けほっ」
「い、いや。こっちこそ、急に? 変なこと言って悪い」
「いえ、先輩は悪くないです」
「俺が、ちょっと……」ともごもごする甘利。
(いや、確実に今のは俺が悪かっただろ)
腹を触っていいかなんて、普通は聞かない。俺の好奇心が抑えきれなかっただけで、甘利は当然の反応をしたのだ。
甘利はお茶を飲むと、呼吸を整えた。
「いいですよ」
「へ?」
「触りたいんでしょう? 俺の腹」
突然出たお許し。予想もしていなかった俺は「あ、ああ」とぎこちない返事をしてしまった。
「特に面白くないと思いますけど」と口にしながら、甘利は腕を退け、俺を受け入れるスタイルを見せる。体を少し後ろに反らせる姿が、妙な色気を醸し出していて――俺は無意識に息を飲んでしまった。
「い、いや、お前の腹なら誰でも興味あるだろ」
「先輩でもですか?」
「? そりゃあ、あれだけの量が入ってくのを見てれば、普通に気になる」
目の前で見せられた、本当の大食い。甘利は図体はデカいが、それを凌駕する量を普通にその体に収めていた。気にならないわけがない。
そう告げれば、甘利はキラキラした目を引っ込め、口を尖らせる。「そうですか。そうですよね」と呟く甘利は、少し拗ねているようにも見えた。
「なんだよ? なにか不満なのか?」
「そういうわけじゃないですけど。……まあいいです」
「どうぞ」と再度促され、俺はそれじゃあと手を伸ばした。
触れた腹は、思ったよりも重かった。手に感じる、重量感につい「うおっ」と声が零れてしまうくらいには。
「すっげ。これ全部さっき食ったやつ?」
「まあ、そうですね」
「こんなに膨れて、腹痛くねーの?」
「そんなには」
「食べる訓練もしているので」と言う甘利。そうだった。こいつは思った以上にアスリートだった。
「すごいな。人間、こんなに腹が出るのか」
「ちょっと、先輩。その言い方なんか複雑になるのでやめてくれませんか?」
「あ、悪い」
甘利はむすっとした顔で俺を見る。確かに今の言い方だと“腹が出ている”と言っているようにも聞こえるかもしれない。
腹を撫でていれば、甘利は「腹筋、わかりますか?」と聞いて来た。
「いや……正直全然わかんねーわ」
「ふはっ、ですよね」
「ですよねって、お前わかってて言ってたのかよ」
「まあ、自分の腹ですし」
それはそうだ。俺はすぐに納得した。
手を離せば「満足しましたか?」と言われる。満足も満足。大満足だ。
「人間の神秘を知った気分だ」
「ふふ、先輩が楽しそうで何よりです」
「そろそろ行きましょうか」と甘利が立ち上がる。エプロンは手で持って行くのも面倒なので、着け直すことになった。
さっきよりも緩く縛ってやり、俺たちは校舎の中に入る。
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