3 / 62
一章 歪な世界
1-2 蜜色の瞳
しおりを挟む
バシャバシャと海の中を歩く。
聞こえる水音はどこか遠くて、俺はじっと目の前の青年だけを見つめていた。
青年のうなじを見つめる。
水滴が白いうなじを辿ってTシャツの中に入っていった。
……ただそれだけの事から、目が離せない。
(触ったら、どうなるんだろう)
俺は無意識に考えていた。
冷たいのか、温かいのか。
柔らかいのか、硬いのか。
(触ってみたい)
俺は無意識に伸ばしかけた手に気づいて、慌てて下ろす。
一体俺は、何を考えているのか。
(落ち着け、俺)
青年と会ってから、まるで自分が自分じゃないみたいだ。
今だって背中がチリチリと焼かれる。
焦りにも似た感情に喉の奥が渇く。
これもフェロモンのせいなのだろうか。
(俺が、アルファだから……)
「……ぇ、……ねえってば」
「!」
かけられる声にハッとする。
顔を上げれば、青年と目が合った。
ムスッとした顔をする青年に、俺は慌てて「すみません」と謝罪する。
青年は「まあ、べつにいいけど」と呟いた。
「それより、君の荷物は?」
「え?」
「荷物! ないの?」
俺は「あ、ああ……」と声を零す。
周囲を見渡し、俺は米粒ほどになった荷物を指差した。
「あれ、ですね」
「盗難注意って書いてあるのに、こんなに遠くに……無防備だなぁ……」
「はははは……」
(そんなこと言われても)
俺は誤魔化すように笑う
ここにいるのは俺だけだし、別に盗られて困るものもない。
そう思ったが、言わないでおいた。
見たところ青年は年上だし、反論するより大人しく従っておいた方がいいだろう。
こういう人は、俺がアルファだと知ると手のひらを返すのだ。
(知られる前にさっさと離れたいな)
手を引かれながら、思う。
青年の横顔に、心臓が音を立てた。
荷物の場所まで連れて来られ、俺は青年に鞄の中身を確認するように言われた。
言われるがまま中を確認し、特に盗まれたものがない事を告げる。
「運が良かったね」
そう言われ、俺は苦笑いをこぼす。
(運とかじゃなくてただ誰もいなかっただけだろ)
そう思ったが、言わないでおいた。
「それで? 君はなんであんなところにいたの?」
「は?」
青年の問いかけに、俺は首を傾げる。
張り付いた服が気持ち悪い。服の裾を絞って、水を落とした。
「どういうことですか?」
「そのままの意味だよ」
青年も同じように服を絞る。
ぼたたた、と水が落ち、砂が色を変える。
「えっ、もしかして、入水禁止でした?」
「いや、そうじゃないけど。シーズンになったらみんなここに遊びにくるし。そうじゃなくてね、あそこ、結構深いところなんだよね」
「意味わかる?」と問われ、俺はもう一度首を傾げた。
(意味?)
深いところに入ったら危ないとか?
泳げるのかっていう確認か?
俺は首をひねる。
青年は小さく息を吐くと、「じゃあ教えてあげるけど」と口を開いた。
「あそこ、自殺の名所なんだよね」
「は?」
「だから、君もそうなのかなって思って助けに入っちゃったんだけど」
「話してみたら違ったみたいだし、服はびしょ濡れだし。最悪だよ、本当」と青年は呟く。
(前半はわかるけど、後半は自分のせいじゃないか?)
そもそも間違えたのはそっちなのに。
(いや、本人的には助けに入っただけだから、勘違いさせた俺が悪いのか……?)
ウンウンと唸る。
何だろう。全然納得がいかない。
だが、責めるのは違う気がして俺は口を噤んだ。
「……そうすると、俺の服が濡れたのは、誰のせいになるんですかね?」
口が滑ってしまったのは、無意識だった。
「えっ?」
「あ、すみません。生意気な口を利いてしまって」
俺は咄嗟に謝る。
アルファが言うと何でもかんでも上から目線になるみたいだし、穏便に済ませるにはこうした方がいい。
そう思って謝ったのだが――。
「謝らなくていいよ。君の服が濡れたのは僕のせいだし」
「え」
彼はあっさりと認めてしまった。
(いいのか、そんなので)
俺は困惑する。
「それにしても君、すぐに謝るんだねぇ」
クスクスと笑う青年。
その笑顔に見惚れながら、「そう、ですか?」と呟いた。
海の風が吹く。
彼の黒い髪がさらりと揺れた。蜜色の瞳は楽しそうに三日月を作っている。
(なんか……初めて会う人種だな)
思っていたのと違う反応に、俺はちょっと面食らってしまう。
トクンと心が脈を打つ。
「仕方ないなぁ」と彼は言うと、俺に向き合った。
手を差し出され、俺は見上げる。
「来て。服と風呂、貸してあげる」
その言葉に、俺は一瞬躊躇った。
外はもう暗くなり始めている。冷えた海風は、俺の身体から熱を容赦なく奪っていく。
(いい、のか)
俺はアルファで、人によっては警戒しないといけない種だ。
でも目の前の人はそれを聞いてくることもしない。
まるで自分が一人の人間として見られているみたいだ。
迷っていると、ブルリと体が震える。
小さなくしゃみが出た。それを聞いた彼が「ほら、早く」と手を揺らし、急かす。
蜜色の瞳が、俺を見つめていた。
「……よろしくお願いします」
鼻を啜り、その手を取る。
青年は満足そうに笑った。
聞こえる水音はどこか遠くて、俺はじっと目の前の青年だけを見つめていた。
青年のうなじを見つめる。
水滴が白いうなじを辿ってTシャツの中に入っていった。
……ただそれだけの事から、目が離せない。
(触ったら、どうなるんだろう)
俺は無意識に考えていた。
冷たいのか、温かいのか。
柔らかいのか、硬いのか。
(触ってみたい)
俺は無意識に伸ばしかけた手に気づいて、慌てて下ろす。
一体俺は、何を考えているのか。
(落ち着け、俺)
青年と会ってから、まるで自分が自分じゃないみたいだ。
今だって背中がチリチリと焼かれる。
焦りにも似た感情に喉の奥が渇く。
これもフェロモンのせいなのだろうか。
(俺が、アルファだから……)
「……ぇ、……ねえってば」
「!」
かけられる声にハッとする。
顔を上げれば、青年と目が合った。
ムスッとした顔をする青年に、俺は慌てて「すみません」と謝罪する。
青年は「まあ、べつにいいけど」と呟いた。
「それより、君の荷物は?」
「え?」
「荷物! ないの?」
俺は「あ、ああ……」と声を零す。
周囲を見渡し、俺は米粒ほどになった荷物を指差した。
「あれ、ですね」
「盗難注意って書いてあるのに、こんなに遠くに……無防備だなぁ……」
「はははは……」
(そんなこと言われても)
俺は誤魔化すように笑う
ここにいるのは俺だけだし、別に盗られて困るものもない。
そう思ったが、言わないでおいた。
見たところ青年は年上だし、反論するより大人しく従っておいた方がいいだろう。
こういう人は、俺がアルファだと知ると手のひらを返すのだ。
(知られる前にさっさと離れたいな)
手を引かれながら、思う。
青年の横顔に、心臓が音を立てた。
荷物の場所まで連れて来られ、俺は青年に鞄の中身を確認するように言われた。
言われるがまま中を確認し、特に盗まれたものがない事を告げる。
「運が良かったね」
そう言われ、俺は苦笑いをこぼす。
(運とかじゃなくてただ誰もいなかっただけだろ)
そう思ったが、言わないでおいた。
「それで? 君はなんであんなところにいたの?」
「は?」
青年の問いかけに、俺は首を傾げる。
張り付いた服が気持ち悪い。服の裾を絞って、水を落とした。
「どういうことですか?」
「そのままの意味だよ」
青年も同じように服を絞る。
ぼたたた、と水が落ち、砂が色を変える。
「えっ、もしかして、入水禁止でした?」
「いや、そうじゃないけど。シーズンになったらみんなここに遊びにくるし。そうじゃなくてね、あそこ、結構深いところなんだよね」
「意味わかる?」と問われ、俺はもう一度首を傾げた。
(意味?)
深いところに入ったら危ないとか?
泳げるのかっていう確認か?
俺は首をひねる。
青年は小さく息を吐くと、「じゃあ教えてあげるけど」と口を開いた。
「あそこ、自殺の名所なんだよね」
「は?」
「だから、君もそうなのかなって思って助けに入っちゃったんだけど」
「話してみたら違ったみたいだし、服はびしょ濡れだし。最悪だよ、本当」と青年は呟く。
(前半はわかるけど、後半は自分のせいじゃないか?)
そもそも間違えたのはそっちなのに。
(いや、本人的には助けに入っただけだから、勘違いさせた俺が悪いのか……?)
ウンウンと唸る。
何だろう。全然納得がいかない。
だが、責めるのは違う気がして俺は口を噤んだ。
「……そうすると、俺の服が濡れたのは、誰のせいになるんですかね?」
口が滑ってしまったのは、無意識だった。
「えっ?」
「あ、すみません。生意気な口を利いてしまって」
俺は咄嗟に謝る。
アルファが言うと何でもかんでも上から目線になるみたいだし、穏便に済ませるにはこうした方がいい。
そう思って謝ったのだが――。
「謝らなくていいよ。君の服が濡れたのは僕のせいだし」
「え」
彼はあっさりと認めてしまった。
(いいのか、そんなので)
俺は困惑する。
「それにしても君、すぐに謝るんだねぇ」
クスクスと笑う青年。
その笑顔に見惚れながら、「そう、ですか?」と呟いた。
海の風が吹く。
彼の黒い髪がさらりと揺れた。蜜色の瞳は楽しそうに三日月を作っている。
(なんか……初めて会う人種だな)
思っていたのと違う反応に、俺はちょっと面食らってしまう。
トクンと心が脈を打つ。
「仕方ないなぁ」と彼は言うと、俺に向き合った。
手を差し出され、俺は見上げる。
「来て。服と風呂、貸してあげる」
その言葉に、俺は一瞬躊躇った。
外はもう暗くなり始めている。冷えた海風は、俺の身体から熱を容赦なく奪っていく。
(いい、のか)
俺はアルファで、人によっては警戒しないといけない種だ。
でも目の前の人はそれを聞いてくることもしない。
まるで自分が一人の人間として見られているみたいだ。
迷っていると、ブルリと体が震える。
小さなくしゃみが出た。それを聞いた彼が「ほら、早く」と手を揺らし、急かす。
蜜色の瞳が、俺を見つめていた。
「……よろしくお願いします」
鼻を啜り、その手を取る。
青年は満足そうに笑った。
11
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~
伊織
BL
「オメガ判定、された。」
それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。
まだ、よくわかんない。
けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。
****
文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。
2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。
けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。
大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。
傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。
****
もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。
「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。
多分嫌いで大好きで
ooo
BL
オメガの受けが消防士の攻めと出会って幸せになったり苦しくなったり、普通の幸せを掴むまでのお話。
消防士×短大生のち社会人
(攻め)
成瀬廉(31)
身長180cm
一見もさっとしているがいかにも沼って感じの見た目。
(受け)
崎野咲久(19)
身長169cm
黒髪で特に目立った容姿でもないが、顔はいい方だと思う。存在感は薄いと思う。
オメガバースの世界線。メジャーなオメガバなので特に説明なしに始まります( . .)"
強欲なる花嫁は総てを諦めない
浦霧らち
BL
皮肉と才知と美貌をひっさげて、帝国の社交界を渡ってきた伯爵令息・エルンスト──その名には〝強欲〟の二文字が付き纏う。
そんなエルンストが戦功の褒美と称されて嫁がされたのは、冷血と噂される狼の獣人公爵・ローガンのもとだった。
やがて彼のことを知っていくうちに、エルンストは惹かれていく心を誤魔化せなくなる。
エルンストは彼に応える術を探しはじめる。荒れた公爵領を改革し、完璧な伴侶として傍に立つために。
強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。
※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。
※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。
※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。
※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる