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一章 歪な世界
5-3 草抜き童貞くんの初仕事
しおりを挟む「溶ける……」
「大丈夫、大丈夫」
項垂れる俺に、蜜希さんが応える。
――炎天下の中。
俺と蜜希さんは、旅館の庭で草むしりをしていた。
(なんでわざわざ一番気温が高い時間に……)
そう言いたい気持ちを抑えつつ、俺は草を引っこ抜く。
ミーンミーンと蝉の鳴き声がする。
強い太陽の日差しが、俺と蜜希さんを容赦なく照りつけている。
(今日、気温いくつだったっけ)
なんて、無意味な思考が頭を過った。
視線を上げれば、蜜希さんから借りた麦わら帽子。
手には蜜希さんから渡された手袋をしている。
(作務衣服、借りてよかったな)
そういえば、俺の服はどこに行ったんだろうか。
家の近くにもなかったし、洗濯機の中にも見当たらなかった。
(あとで蜜希さんに聞いてみるか)
「それよりも、僕はまさか草抜きしたことがない人がいたことにびっくりだなぁ」
「うっ……もういいじゃないですか、その話は」
「だーめ。語り継いでくつもりだから」
蜜希さんの声が弾む。
つい数分前。
作業に入る前に説明を聞いた俺は、『草抜き』というものについて蜜希さんに問いかけた。
初めて聞く単語だったのだから、仕方がない。
俺の問いかけに蜜希さんはぎょっとしたような顔をしていたが、なんだかんだ丁寧に教えてくれた。
(教え方は上手いんだけどな)
その後、ずっと揶揄ってくるのは、どうにかならないものか。
「語り継がないでください」
「えー。こんなに面白いのに?」
「面白くないです」
「いやいや。草抜き童貞は貴重だよ? それを奪ったなんて、みんなから羨ましがられちゃうかも」
「どッ!?」
――なんだ、草抜き童貞って!
「言い方っ! 良くないですよ!」
「面白くない?」
「面白くないです!」
俺は声を荒げる。顔が熱い。
羞恥に全身が焼かれているみたいだった。
蜜希さんはくすくすと笑って「仕方ないなぁ」と目を伏せる。
長いまつ毛が頬に影を落とした。
(っ、本当にこの人は……!)
俺はバツが悪そうに視線を逸らした。
小石の間から顔を出す草を見つけて、それを引っこ抜く。
抜いた草は手元の袋に入れていく。後で大きな袋にまとめるらしい。
まだまだ小さな雑草。
しかし、綺麗な風景を保つためにも、必要なことなのだと蜜希さんは言っていた。
俺は目を皿にして地面を睨み続ける。
家でも学校でも、こんなことはしたことがない。
初めての経験に、正直俺は苦戦していた。
「それより、いつもこんなに暑い中やってるんですか? 熱中症とか大丈夫です?」
「んー? 毎日じゃないよ。それに、いつもは朝早い時間にやってるからもうちょっとマシ」
「え? そうなんですか?」
「うん。午前中はここ日陰になるし」
蜜希さんは草を抜きながら言う。
手早い。プロの動きだった。
「えっ、じゃあなんで今日はこんな時間に?」
「うーん。……朝、中々放してくれなかった子がいたから、時間がなくて」
(放してくれなかった子?)
俺は首を傾げる。
どういう意味だろうか。
言葉を待っていれば、蜜希さんは「ふふっ」と笑う。
「覚えてないの?」と言われ、俺は固まった。
「えっ」
「暁月くんでしょ? 昨日、全然放してくれなかったの」
その言葉に、俺の世界が止まる。
(えっ、俺……?)
理解が追い付いた瞬間――ブワッと背中に冷や汗が流れる。
それに気づいてか、蜜希さんが妖艶に微笑む。
白い頬を伝う汗に、ドキリと心臓が音を立てる。
「お、俺、何かしました……?」
「さぁ。どうだろうね~?」
「み、蜜希さん!」
蜜希さんの肩を掴む。
彼はケラケラ笑うだけで、それ以上は教えてくれなかった。
(うそ、だろ)
俺、何かしたのか。
そういえば、朝起きた時に何かいつもとは違う違和感があった。
身体が軽かったし、内容は覚えていないけれど蜜希さんと話をしていたことは覚えている。
(もしかして、何か口を滑らせたのか!?)
それで何か変なことを言って、挙句の果てに蜜希さんに迷惑をかけたっていうのか!?
冗談じゃない。
泊めてくれた恩人になんてことをしているんだ。俺は。
(そりゃあ半ば強引だったけど……!)
お陰であの地獄の日々に帰らずに済んでいるのだから、感謝するべきだろう。それなのに。
俺は頭を抱えた。
蜜希さんは「そんなに深刻にならなくてもいいよー」と笑っていたが、俺がそれじゃあ良くないのだ。
蹲り、唸り声を上げる。
ふと、蜜希さんが「あ。もうこんな時間」と呟いた。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「え?」
蜜希さんが立ち上がる。
俺は顔を上げ、蜜希さんを仰ぎ見た。太陽に照らされた蜜希さんの黒髪が、キラキラと光っている。
僅かに風が吹く。艶やかな黒髪が僅かに揺れた。
「い、行くってどこに?」
「ん? 旅館のお掃除」
(旅館の、掃除?)
俺は目を瞬かせる。
てっきり仕事は庭の手入れだけだと思っていた。
片付けを始める蜜希さんに、俺も慌てて腰を上げる。
草を纏めれば、土と草の匂いが強く香った。
嫌いじゃない。けど、嗅ぎなれないにおいだった。
「暁月くんも来る?」
「いいんですか?」
「もちろん。それにさ、こんなに大きな旅館中々入れないよ?」
「入ってみたくない?」と蜜希さんが口角を上げる。
まるで悪戯っ子の子供みたいで、俺もつられて口元が上がる。
(意外と茶目っ気があるっていうか)
敵わないな。本当。
「あ、でもアルファならいつでも泊まれるか」
「いえ。俺はそういうのはあんまり……なので、さっきのお誘いは結構魅力的です」
「本当? よかった」
俺は手を叩いて土を落としてから、手袋を取った。
蜜希さんから草の入ったごみ袋を受け取る。「持ちますよ」「ありがとう」と言葉を交わした。
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