逃げた先に、運命

夢鴉

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一章 歪な世界

5-2 午後二時のスモールトーク

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 朝食を食べ終え、俺は時計を見る。

「えっ?! 二時!?」
「そうだよー。だから朝じゃないっていったじゃん」

 蜜希さんはからりと笑う。
(そんなこと言われたっけ……)
 寝起きの頭で、ぼんやりと蜜希さんの言葉を思い出す。
 ……確かに、そんなことも言っていたような気がする。

「お、俺、何時間寝てたんですか」
「えー? そうだなぁ。ざっと十時間くらい?」
「じゅっ、!?」

(十時間!?)
 一瞬思考が止まる。
(そ、そんなに寝てたのか、俺……)
 てっきり二、三時間程度だと思っていた。

「ふふ。自分のことなのにそんなに驚く?」
「お、どろきますよ。そりゃあ」
「ふーん? ……もしかして人前で寝るの苦手だったとか?」
「そ、れもあります、けど」

 直接的な原因はそれじゃない。
 俺はちらりと蜜希さんを盗み見る。
 頬杖を付いてこちらを見る蜜希さんに、俺は言葉を探す。

 寝られない理由――それは『抑制剤の副作用』だ。
 頭痛や吐き気で起こされる日々は、疲弊しかしない。
 それがなかっただけで、俺からすれば天国にいるようなものだ。

(……なんて。どうせ本当のこと言っても、蜜希さんには分からないだろうな)
 アルファ用の抑制剤出でる副作用の話なんて、アルファ以外に共感が得られる訳でもない。
 説明するのも面倒だ。

「それより、後片付けなら俺がやりますよ」
「ん?  ああ、いいよいいよ」
「でも」
「君はお客さんなんだし、座ってて」

 家主である蜜希さんに言われてしまえば、俺は動けない。
 せめてもと、食器を持って立ち上がる。

 シンクに持っていけば「ありがとう」と微笑まれた。
 蜜希さんの笑顔に、きゅっと心臓が締め付けられる。

(昨日からなんだ、これ)
 不定期に心臓が痛んだり跳ねたり。忙しい。
 そのくせ、安心感が常にあるのが不思議な感じだった。

(……よくないな、この感じ)
 気を許すと、簡単に沈んでいきそうだ。
 アルファは気を許したら終わりなのに。

「それで。暁月くんは、これからどうするの?」
「え?」

 蜜希さんが食器を洗いながら問う。
 水が流れる音がする。時折食器がぶつかる音が響いた。

「この後のこと。どうするの? 観光でもしてく?   それとも、直ぐに帰る?」
「えっ、と……」

 俺は返事に迷う。
(帰る……のは、まだ嫌だな)

 此処の居心地の良さを知ってしまったからか、昨晩よりもその思い強くなっている気がする。

「そう、ですね。観光していこうかなって思います」
「そっか」
「あの、蜜希さんは――」

 言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。
(俺、今なに言おうとしてた……?)
 焦燥が喉を焼く。
 自分でも予想外の行動に驚いた。

「す、みません。なんでもないです」
「そう?  もしかして案内して欲しかった?」

 ぎくり。肩が震える。
 図星だ。

「い、いえ。そこまでお願いはできないですし」
「そう?  そうは見えないけど……まあでも、案内するのは出来そうにないんだよね。僕、これから仕事戻らないといけないから」

 キュッと蛇口を閉める音が聞こえる。
 蜜希さんが手を拭きながら振り返った。
 綺麗な形の眉が、下げられている。

「美味しいご飯屋さんとかなら紹介できるんだけど」
「え」
「お土産屋さんとか、居酒屋……は君にはまだ早いかな?  若い子はカフェとかの方がいい?」

 蜜希さんが矢継ぎ早に言う。
 何故か早口な蜜希さんに、俺は目を瞬かせる。
 その間も蜜希さんは、必死におすすめの店を教えてくれた。

 定食屋は街の曲がり角あの店。おすすめはアジフライ。
 向かいの洋食屋は、半熟オムライス。
 通りにある屋台はどれもおすすめで、お土産は練り物が絶品。

「食べ歩きなら商店街を歩いた方が――」
「ふっ、ふふふ……」
「?   僕、何か変なこと言った?」

 蜜希さんが首を傾げる。
 俺は堪えきれなかった笑みを噛み締めた。

「っ、いや、食い物ばっかりだなって思ったので」
「なっ、!」
「蜜希さん、案外食いしん坊なんですね」

 可愛い、なんて言うのは失礼だろうか。
 でもそう思ったんだから、仕方ない。

 みるみるのうちに顔を赤くする蜜希さん。
 その反応に、俺は少しだけ嬉しくなった。

(蜜希さんのおすすめの店に行くのもいいけど、それより――)

「ねぇ、蜜希さんの仕事って、どんなことしてるんですか?」
「……何、突然」
「興味本位です」

 俺は蜜希さんを見上げた。
 彼の頬は膨らんでいた。口元がむっと尖っている。

(やっぱり、可愛らしい人だな)
 疑いの目を向けてくる蜜希さん。
 俺はわざとらしく笑みを浮かべた。

 込み上げる好奇心が、腹の中で疼いている。
 俺は蜜希さんの服を指さした。

「その服、作務衣服って言うんでしたっけ。昨日、旅館の庭の仕事してるって言ってましたよね?  他には何かやってないんですか?」
「よく知ってるね」
「昨日教えてもらいましたから」

 蜜希さんは不服そうな顔をする。
 エプロンを取り、近くの棚の上に置く。
 雑に置かれたエプロンの紐がひらりと零れ落ちた。

「意地が悪いなぁ」
「そんなことは。俺は蜜希さんと仲良くなりたいだけです」
「ふーん?  じゃあ、ついでにやってみる?」
「え?」
「僕のお仕事」

 ニヤリ。蜜希さんが笑う。

 俺はハッとした。
(や、やられた……っ)
 俺はひくりと頬が引き攣る。

 ただ蜜希さんに仕事の内容を聞きたかっただけなのに。

「どうする?」と言う蜜希さん。
 勝ち誇った顔に、俺は負けを認めて両手を上げた。

 今更、断れる雰囲気じゃない

「……手伝わせていただきます」
「ふふふ。結構大変だから、覚悟しておいてね」

 そう言う蜜希さんは、どこか得意げだ。
 まるで自分の特技を披露する子供のようだ。

 俺は無意識に口角が上がる。
(まぁ、蜜希さんの為になるなら、何でもいいか)

 俺は「準備してきます」と席を立った。
 夏の太陽が窓越しに燦々と降り注いでいる。

 外はかなり暑そうだった。
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