13 / 62
一章 歪な世界
6-1 お邪魔します
しおりを挟む俺たちは従業員出口から庭を出て、今度は別の入り口から旅館の中に入った。
草の入った袋は指定の場所に置いて来た。
「ここで靴脱いで、これに履き替えてね」
「あ、はい」
蜜希さんに言われた通り、俺は靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
「ここは本来、従業員専用だからね。僕がいる時以外は入っちゃダメだよ?」
「わかりました」
「素直だねぇ」
ふふふ、と声を上げる蜜希さん。
蜜希さんはスリッパを履かず、足袋のまま涼しい顔で「こっち来て」と歩き始める。
真っすぐ正された蜜希さんの背中は、この旅館の雰囲気にぴったり合っていた。
俺は彼の背中を追いかけた。
フローリングの床は、鏡のように綺麗に磨かれていた。
右側は庭が広がっており、左には障子が綺麗に並んでいる。
障子の真ん中には、正方形の窓が付いていた。
中には低くて長い机と、向かい合わせの赤い座椅子が置かれている。
(ザ・日本旅館って感じがするな)
調べたらサンプルとして出て来そうだ。
今までいろいろなホテルに泊まって来たけど、こういうところは否応なしにテンションが上がる気がする。
(確かに、一泊くらいはしてみたいな)
そんなことを考えながら歩き続け、少し。
僅かに風が流れるのを感じる。
視線を向ければ、玄関が見えて来た。
「あ」
「ふふ。気づいた? あそこが昨日僕達が入ってきたところだよ」
曲がり角の先。
そこには見覚えのある靴箱の側面があった。
(結構入り組んでるんだな)
一人で入ったら迷子になりそう。
「気になるのもわかるけど、今回はこっちだよ」
「あ、はい」
蜜希さんは方向を九十度変える。
少し歩いた先には『事務所』と書かれた扉があった。
コンコン。
蜜希さんがノックをする。
「失礼します」
「し、失礼します」
先に入った蜜希さんに倣って、俺は事務所に足を踏み入れた。
中に入った瞬間、俺は足を止める。
「す、ごいな……」
「ふふ。でしょ?」
蜜希さんが苦笑いを浮かべる。
(紙のビルが、建ってる)
白い紙が作業用の机の上にいくつも重ねられている。
ファイルも紛れているのか、水色やピンク色といった物も間に見え隠れしている。まるで紙の城塞だ。
蜜希さんは苦笑いをしながら、タワーに手を添えた。
「整理整頓が追い付いてなくって。ついつい溜まってっちゃうんだよね」
「これって、もしかして今まで泊まったお客さんの……?」
「うん。ざっと七年分はあるかな」
「後は倉庫にあるよ」と蜜希さん。
(嘘だろ)
これが七年分? さらに倉庫とか……どうなってるんだよ。
「その、データ化とかは考えなかったんですか?」
「もちろん考えたよ。でもこんな田舎じゃパソコンを使ってる方が少なくってね。使える人も少ないし、みんな苦手意識があるっていうか」
「なるほど」
「僕もパソコンは苦手なんだけどね」
「今は弟が帰って来た時にちょっとやってくれてるくらい」と蜜希さんが言う。
(弟がいるのか)
そんな発見に嬉しくなる。
それも目の前の光景に吹き飛ばされそうだけど。
「掃除道具は奥だから」
「あ、じゃあ取りに行きますよ」
「ううん。狭いからいいよ。暁月くんはここで待ってて」
そう言われてしまえば、俺は大人しく頷くしかない。
「あんまり中見ちゃダメだよ?」と言われ、頷く。
蜜希さんは書類を倒さないように奥へと入って行く。
一応足の踏み場はあるらしい。良かった。
「それにしても、圧巻というか、なんというか……」
俺は部屋の中をぐるりと見回す。
やっぱり書類しか見えない。
(これは早急にどうにかした方がいいんじゃないか?)
あと三年もすれば部屋の通路が埋まりそうだ。
そんなことを考えていれば、ふと机の上に置かれた紙が目に付く。どうやら顧客一人一人に対する注意点が書かれているらしい。
『佐藤様:お子様三人でのご来館。お子様二人にアレルギーがあるため、食事は要確認』
『古城様:老夫婦二人でのご来館。旦那様が足が悪く、段差には気を付けて案内。奥様は朝の庭の散歩が好き。案内の際は草履の提供も忘れずに』
その他にも、名前と対処方法がいくつも書かれている。
「すごいな」
こんなにも手厚い対応をしているのか、この旅館は。
俺の知っているホテルじゃあ、ここまでの対応はしない。
『客を贔屓しない』という信念の元、全員が平等で、特別待遇は追加料金の上に成り立つ。
(……どっちがいいかなんて、俺にはわからないけど)
俺は紙を指先で撫でる。僅かに感じる紙の感触。
(これを書いた人は、どんなことを考えていたんだろうな)
ぼうっと紙の中に書かれた文字を見る。
誠実そうな、整った字は誰が見ても読むことが出来るだろう。達筆過ぎず、かといって教科書通りでもない癖のある字。
(なんか、いいな)
ふと、鈴の音がする。
飲まれかけていた意識が急激に覚めていくようだった。
顔を上げ、鈴のなった方へと顔を向ける。
視線の先には扉。
その上には『カウンター』と書かれていた。
どうやら誰かが来館したようだった。
(もうそんな時間なのか)
ホテルのチェックインは基本午後三時から。
二時に起きて草むしりをして、今は三時か四時あたりだろうか。
俺は静かに耳を澄ませた。
特に理由はない。あえて言えば、ただの好奇心だ。
「……――!」
「ですから……」
「……何か揉めているのか?」
俺は眉を寄せる。
扉に近づき、小さな小窓から様子を伺い見る。
見えるのは、英国風の男性と女性の二組。
何やら困った顔をしていた。
カウンターで対峙しているのは、黒い頭の女性。簪を付けているのがわかるが、誰だかはわからない。
「~~――! ――?」
「申し訳ございません、お客様。もう一度――」
俺は聞こえる声に何となく察する。
(もしかして、言語が通じてないのか?)
女性は時々英語混じりに話をしている。
しかし、英国風の男女は首を傾げるばかりで困惑した様子。
(間違いない。言葉が通じてないんだ)
俺は確信を得た。
幸い、俺は開いてが何を言っているかわかる。助けに入ることはできるだろう。
近くにあったエプロンを鷲掴み、腰に巻く。
作務衣服のままだが、どうにかなるだろう。
振り返る。蜜希さんはまだ、戻って来る様子はない。
掃除道具を取りに行っているだけなのに遅い気もする。だけど、今はカウンターの方が最優先だ。
『何よりも優先すべきは、客の満足度だ』
祖父の声が頭の中を反芻する。
温度のない言葉に、嫌なことを思い出したと舌を打ちそうになる。
俺は一つ息を吐いて――扉を開けた。
10
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~
伊織
BL
「オメガ判定、された。」
それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。
まだ、よくわかんない。
けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。
****
文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。
2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。
けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。
大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。
傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。
****
もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。
「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。
多分嫌いで大好きで
ooo
BL
オメガの受けが消防士の攻めと出会って幸せになったり苦しくなったり、普通の幸せを掴むまでのお話。
消防士×短大生のち社会人
(攻め)
成瀬廉(31)
身長180cm
一見もさっとしているがいかにも沼って感じの見た目。
(受け)
崎野咲久(19)
身長169cm
黒髪で特に目立った容姿でもないが、顔はいい方だと思う。存在感は薄いと思う。
オメガバースの世界線。メジャーなオメガバなので特に説明なしに始まります( . .)"
強欲なる花嫁は総てを諦めない
浦霧らち
BL
皮肉と才知と美貌をひっさげて、帝国の社交界を渡ってきた伯爵令息・エルンスト──その名には〝強欲〟の二文字が付き纏う。
そんなエルンストが戦功の褒美と称されて嫁がされたのは、冷血と噂される狼の獣人公爵・ローガンのもとだった。
やがて彼のことを知っていくうちに、エルンストは惹かれていく心を誤魔化せなくなる。
エルンストは彼に応える術を探しはじめる。荒れた公爵領を改革し、完璧な伴侶として傍に立つために。
強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。
※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。
※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。
※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。
※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる