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三章 感情に蓋をして
17-2 例えるなら、喉の奥の小骨
しおりを挟む「え? 凛くんなら、昨日でやめたわよ」
「えっ?」
母さんの言葉に、僕は声を上げる。
「聞いてないの?」と言われ、頷く。
「そうだったの。二人、仲いいし、てっきり知ってると思ってたわぁ」
「……昨日、ご飯持ってって、いないことに気が付いた」
「あら。本当に仲が良かったのねぇ」
母さんは微笑ましそうにする。
僕は母さんをじっとりとした視線で見た。
(そうじゃなくってさ)
僕としては無駄になった僕の労力と食材を労わって欲しいんだけど。
僕の気持ちが伝わったのか、母さんは「そんな顔しないの」と僕の頭を撫でた。
二十五にもなって頭を撫でられるなんて、屈辱過ぎる。
母さんの手をやんわりと振り払い、「そういう子供扱いやめてってば」と告げる。
「ほんっと、可愛くないわねー。凛くんは真っ赤になってたのに」
「はあっ!? あ、暁月くんに何してるんだよ!」
「いいじゃない。息子がもう一人増えたみたいで楽しかったのよ、こっちは」
勝手すぎる。
暁月くんだって立派な成人男性なのに。
(そりゃあ年下だし、ちょっと可愛いところはあったけど)
「繁忙期は過ぎたとはいえ、彼の抜けた穴は大きいわよー。蜜希も、これからは容赦なく接客に入れるから、気合入れなさい!」
「えぇ」
「えぇ、じゃないわよ! 全く!」
母さんはぷりぷりとしながら、食堂を出て行く。
僕の貴重な休憩時間に乗り込んで来たくせに、帰っていくときはあっさりだ。
(カフェラテくらい奢ってくれればいいのに)
僕はクリームソーダを飲みながら、内心ぼやく。
『二人、仲いいし、てっきり知ってると思ってたわぁ』
ふと、母さんの言葉が頭を過る。
(……僕だって、そう思ってたよ)
暁月くんがいなくなってから一日。
昨日は散々だったけど、時間が経てばちょっとは状況が見えて来る。
暁月くんはやめることを母さんに言っていた。きっと他のパートさんも知っているんだろう。
でも、僕には伝えてこなかった。
朝陽……はわからないけど、もしかしたら伝えているかもしれない。
(僕にだけ、いわなかったんだ)
「……僕の事、好きだって言ったくせに」
ふつふつと気持ちが腹の底から込み上げて来る。
何だろう、凄くムカつく。
どうせ言わないなら、みんなに言わないで嫌な印象持たれてしまえばよかったのに。
(暁月くんのばーか)
頭の中で悪態を吐き捨てる。
もし次会った時、へらへらしてたらその綺麗な顔が腫れ上がるまで往復ビンタしてやるからな。
物騒なことを考えつつ、僕はクリームソーダを飲み切る。
せっかく落ち着こうと甘いものを食べているのに、中々イライラは収まらない。
噛んで潰れたストローを横目に、僕はもう一杯クリームソーダをお代わりした。
冷凍庫を開けていれば、父さんに「お腹壊すなよー」と言われたが、知ったこっちゃない。
「壊したら暁月くんのせいだから!」
「ええっ!?」
勢いよく冷凍庫を閉めて、大きなバニラアイスが乗ったクリームソーダを手に、食堂に戻る。
アイスを掻き込んで、ソーダを一気飲みすれば少しだけ溜飲が下がった気がした。
まあ、少しだけだったけど。
「朝陽、暁月くんからやめるってこと、聞いてた?」
「あ?」
その日の午後。
事務所で偶然出会った朝陽に、僕はおもむろに尋ねてみる。
朝陽は心底嫌そうな顔をしていた。
「なんで」と呟く朝陽に「ちょっと」と返す。
「あいつ、何かしたのか?」
「いいから。答えて」
「はあ? あー……まあ、近々やめねェとってのは、言ってたな」
「それが何だよ?」と面倒くさそうに朝陽が言う。
僕は「そっか。ありがとう」とだけ告げて、会話を打ち切った。
(やっぱり言ってるじゃんッ!!)
僕は持っていた箒を投げるように掃除道具に押し込む。
ガシャンと派手な音が響くが、それすらも耳障りだった。
(ばか暁月! 僕にだけ言わなかったの何なの!?)
地団駄でも踏みたい気分だ。まさか僕の予想がこんなにも当たるだなんて思ってなかったし。
(好きって言ったくせに! 僕と仲良くなりたいとか言ってたくせに!)
都合のいいことだけ言って、肝心な時には何も言わないなんて、最悪だ。
腹の奥でゴロゴロと怒りが音を立てる。
今すぐにでも暁月くんの胸倉を掴みに行きたい。だって、勝手すぎるじゃないか。
「あ、兄貴……?」
「何」
「な、なんで怒ってんだよ」
朝陽が怯えた声で問う。間髪入れずに「怒ってない」と告げれば、朝陽はビクッと肩を震わせた。
(そんなに怖い顔してるのか、僕)
無意識だった。
僕は小さく息を吐いて心を落ち着かせると、振り返って朝陽を見る。
朝陽は真っ青な顔をして僕を伺っていた。
「朝陽、あいつから何か聞いてない?」
「あ、あいつって」
「暁月くんのこと」
「なにかって……」
「何かは何か」
何でもいい。
聞いていることがあれば教えて欲しい。
そう告げれば、朝陽は困惑したような顔をした。
何も言わない朝陽に、僕は徐々に怒りの熱が引いていくのを感じる。
(僕、何やってるんだろうな)
弟を怯えさせて、尋問して。
兄として恥ずかしくなってきた。
(まあ……暁月くんも朝陽も、お互いに苦手そうだったし、あんまり話さないか)
やめることは偶然耳にでもしたんだろう。
一緒に事務所で仕事をしている時は、時々話していたらしいし。
冷静になっていく頭で、僕はそう整理する。
そうじゃないと僕より朝陽の方が暁月くんの事を知っていたことに、説明がつかない。
僕は朝陽に『ごめん、何でもない。気にしないで』と言おうとして、口を開く。
――しかし、それよりも先に、朝陽が声を上げた。
「そういや、アルファ専門の医者を探してるから知らないかって聞かれたな」
「は?」
「あ、いやっ、その……抑制剤が切れる、つって」
朝陽の顔がさっきよりも蒼白になっていく。
まるで恐ろしく怖いホラー映画を見た後のようだった。
僕は再び、心の中の怒りが燃え上がり始めるのを感じる。
(アルファ専門の、医者ぁ?)
そんな話、僕は知らない。
「なんで」
「えっと、だから抑制剤が……」
「そうじゃない。なんで僕じゃなくて朝陽に聞いてるのって話」
僕の言葉に、朝陽は面食らったようだった。
視線が右往左往している。
「し、知らねーよ。同じアルファだから、言いやすかったんじゃねーの?」
「君たち、そんなに仲良くなかったでしょ。僕の方が親密だったのに」
「はあ? んなこと言われても知るかってーの」
「何だよ急に。兄貴らしくねぇぞ」と朝陽が言う。
僕は眉間にぐっと力を込めた。
(……ムカつく)
朝陽が知っていたことも。
母さんが知っていたことも。
僕だけが知らないことも。
全部全部。
むすっとしたまま何も言わない僕に、朝陽が後頭部を掻く。
あーだとかうーだとか唸った朝陽は、僕をちらりと見た。
「なんつーか、別に兄貴がそこまで気にする必要ねェだろ」
「えっ?」
僕は瞬きをする。
だって。それは。
「アイツ、アルファだし。どっか行ってもどーせどっかで好き勝手やってんだからよ」
「あ、ああ……」
(確かに、そう……だよね)
暁月くんはアルファだ。
何言語も操れる、スペックの高いアルファ。
ちょっとナイーブなところもあるし、打たれ弱いところもあるけど、世界的に人々から憧れられるアルファだ。
(僕なんかが心配する必要なんかないくらい……)
「……う、ん。うん、そうだよね」
「あー、まあ、責任感あるのは、兄貴のいいところじゃねぇの?」
「ふふふ。そうかな?」
いつものように軽口を叩く朝陽に、つられて僕も笑う。
朝陽がほっとしたような顔をした。……どうやら、要らぬ心配をかけてしまっていたらしい。
僕は別の掃除用具を取り出し、ロッカーを閉める。
必要なものを手に取って、カートに乗せる。
「あ。つーか兄貴、また手袋庭に置きっぱなしだったぞ」
「あ、ごめん」
「最近忘れもん多いんだから、気ぃつけろよ」
朝陽から手袋を受け取り、僕は頷く。
この手袋は、暁月くんが初めて草抜きを体験した時に貸した手袋だった。
(あの時の暁月くん、面白かったな)
くすっと笑って、僕はポケットに手袋を突っ込んだ。
――暁月くんは大丈夫。
その言葉が、心の奥に引っかかる。
何か納得しきれないものを飲み下したような、そんな感覚だった。
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