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三章 感情に蓋をして
20-1 ぽっかり空いた穴は埋まらない
しおりを挟む暁月くんがいなくなってから、三ヶ月が過ぎた。
夏の間、荒んでいた心も時間が経つごとに落ち着いていった。
季節は冬。
港町であるこの町は本格的な寒さを迎えていた。
「蜜希ぃー! アンタまたそんな薄着で外出て! 風邪ひくわよぉー!」
「これくらい大丈夫だって」
「いいから! これでも巻いておきなさい!」
わざわざ廊下の大きな窓を開け、叫ぶ母さん。
僕が渋々受け取りに行くと、受け取るよりも先に強引にマフラーを巻かれた。
「痛いって」と苦言を零せば「文句言わない!」と強くマフラーを閉められた。苦しい。
よしっと背中を大きく叩かれる。勢いが良すぎて、散歩くらい前に出てしまった。
「だから痛いってば」
「いいじゃない。それよりほら、キビキビ働く!」
(母さんが呼んだくせに)
ぐっと飲み込んで、僕は箒片手に庭掃除に戻っていく。確かに寒いけど羽織は着ているし、マフラーを着けるほどじゃない。
ちらりと下を見れば、視界に映る可愛らしいピンク色。
「だから言ったのに……」
成人男性が着けるには少し恥ずかしい色合いに、僕はひとりごちる。
オメガで華奢とはいえ、男である僕にこの色は似合わないだろうに。
別に、僕が着けたくて着けてるんじゃないですからね、と誰かに言うわけでもない言い訳を内心で呟いていれば、「あ、そうだわ!」と母さんの声が聞こえた。まだ何かあったのか。
「ねぇ、蜜希。アンタそれ終わったらちょっと買い出しに行ってくれない?」
「それはいいけど、何買ってくるの? 食材の目利きとか出来ないよ、僕」
「大丈夫よ。受け取りに行くだけだから」
それなら、と僕は頷いた。
母さんは「それじゃあ、お金とリスト、いつものところに置いてあるから」と告げる。
元から断られることは想定されていなかったらしい。まあいいけど。
「あ、領収書はちゃんともらってくるのよ!」
「はーい」
僕はのんびりと返事をして、掃除に戻った。
あれだけ庭に落ちて来ていた枯れ葉は、この頃ようやく落ち着いてきた。だがやはり、まだまだ降り積もるものがある。
代わりに草抜きが減ったので、仕事量としてはそんなに変わらないけど。
(そういえば、草抜きが初めてだった暁月くんなら、枯れ葉の掃除とかもしたことなかったのかも)
草抜きの時の暁月くんの真剣な顔を思い出して、笑ってしまった。
あの顔をもう一度見られたのかもしれないと思うと、惜しいことをした気分だ。
「……本当に、惜しいなぁ」
僕は目を伏せて足元を見る。
彼が出て行ったのは自分のせいかもしれないのに、そんなことを思うなんて傲慢だろうか。
(……傲慢、なんだろうな)
気持ちには応えないくせに、彼の傍に居たかったなんて。
こういう僕の身勝手な感情に嫌気が差して、彼は出て行ってしまったんだろう。
わからないけど、きっとそういうことだ。
暁月くんの出て行った宵月旅館は、何となく明るさが足りない気がしていた。
しかし、今日も旅館は通常通り営業をしている。
観光客も来るし、オメガのお客さんも、アルファのお客さんも来る。
僕も、日に日に暁月くんを思い出している時間が少なくなっているような気がしている。
――いつも通りの日常。
もう三カ月も繰り返しているというのに、何となく認めたくない気持ちがずっとある。
駄々を捏ねる子供のような感情に蓋をして、僕は手に持っていた箒の音で掻き消した。
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