53 / 62
三章 感情に蓋をして
20-3 汚さないで
しおりを挟む
しかし、そこに爆弾を落としたのは――彼女たちの友人である女性だった。
(どうして、暁月くんがそこで出て来るんだ?)
困惑する僕に、彼女たちは「それもそうね」と納得した顔をしている。
分かっていないのは僕だけだったらしい。
彼女たちの雰囲気がガラリと変わった。どこかニヤついた顔で僕を見る。
噂話が大好きな彼女たちが情報を得る時の、期待に満ちた顔だ。
「えっと、それはどういう……」
「あらやだ、隠さなくたっていいのよ~」
「そうよ。蜜希くん、あの子のこと気に入ってるんでしょう?」
「みんな『凛くんは蜜希くんの新しい番相手なんじゃないかー』って噂してたのよ」
ドクン。
心臓が嫌な音を鳴らす。
吹き出る汗を感じながら、僕は喉の奥に突っかかりを感じていた。
彼女たちは真偽など関係ないとばかりに話を進めていく。
最初から怪しいと思ってたとか、何度か一緒に出掛けているのを見かけたとか――そんな、他愛もない事実を、それっぽく。色眼鏡をかけて口にする。
(……みんな、そんなふうに見てたんだ)
僕は目が回るようだった。
湧き上がるのは――黒い憤り。
こっそり噛み締めていた奥歯がギリっと音を立てた。
「それで、本当はどうなの?」
「……暁月くんのことは、友人としてしか見てないですよ」
「またまたぁ、いいのよ、本当のこと言っちゃってっ!」
「私達、口は硬い方だしっ」
世界一信用の出来ない言葉に、僕はもう笑うしかなかった。
(何も、知らないくせに)
彼が優しい理由も、頑張り屋なところも知らないくせに。
暁月くんのことは、確かに好きだ。
でもそれは、恋愛とか、そういう意味じゃない。
それでも、暁月くんとの日々は僕にとっては家族と過ごしているような、大切な時間だった。
新しい弟が出来た、というとちょっと違うけど。
そんな温かくてかけがえのない日常。
宝箱に仕舞って、大切にしておきたいと思っていたものを、彼女たちは土足で踏み荒らしている。
『恋愛』という下心を、色眼鏡に塗りたくって僕達を見ていた。
(僕と暁月くんの大切な日々を、そんな陳腐な言葉で汚さないでくれ)
オメガだからと差別しなかった。
オメガなのにと見下したりしなかった。
そんな彼の優しさを、そんな低俗な言葉で片付けないでくれ。
「ッ、ぁーーーー」
「蜜希くーん、お待たせ~!」
口を開いた瞬間。遮るようにかなさんの声が店中に響いた。
はっとして振り返れば、髪を振り乱したかなさんが申し訳なさそうにこちらを見ている。その手には注文していたものを持っていた。
「すみませんっ」と意味もなく口走って、箱を受け取りに行く。
ありがとうございます、と頭を下げれば、「遅くなってごめんなさいね」と逆に謝られてしまった。
それからレジでお金と領収書を引き換えて、僕は商品を受け取る。
振り返れば、奥様方がこちらを見ていた。
間を開けたことで冷静になった頭を下げる。面には笑顔を張り付けて。
「すみません、それじゃあ俺はこれで」
「お遣いの途中にごめんなさいね~」
「いえいえ」
「またお邪魔するわね」
ありがとうございます、と告げて、僕は店を出る。
早足で店から遠ざかり、周囲を見渡す。誰もいないのを確認して――僕は大きく息を吐き出した。
「あー……危なかった……」
もう少しで、怒りに飲まれそうになった。
店の中で声を荒げるなんて、バレたら説教じゃ済まないかもしれない。
「いつもならもっと上手く躱せたんだけどなぁ……」
両親のこと、番の晃のこと、暁月くんのこと。
全てが重なって、降り積もってしまったのだろう。僕のポーカーフェイスもまだまだだな。
深く呼吸をして、気持ちを入れ替える。
ふと手のひらに痛みを感じて手を見れば、くっきりと爪の痕が付いていた。ちょっと血も滲んでいる。
これじゃあ仕込みの手伝いは出来なさそうだ。
僕は言い訳を考えながら、とぼとぼと帰路を歩いていく。
頭の中にこびりついた黒い感情。
心に広がる泥中に沈みそうになる自分を奮い立たせ、僕は旅館の敷居を跨いだ。
無性に暁月くんに会いたいのに、今ここに彼がいないことが、心底悔しかった。
(どうして、暁月くんがそこで出て来るんだ?)
困惑する僕に、彼女たちは「それもそうね」と納得した顔をしている。
分かっていないのは僕だけだったらしい。
彼女たちの雰囲気がガラリと変わった。どこかニヤついた顔で僕を見る。
噂話が大好きな彼女たちが情報を得る時の、期待に満ちた顔だ。
「えっと、それはどういう……」
「あらやだ、隠さなくたっていいのよ~」
「そうよ。蜜希くん、あの子のこと気に入ってるんでしょう?」
「みんな『凛くんは蜜希くんの新しい番相手なんじゃないかー』って噂してたのよ」
ドクン。
心臓が嫌な音を鳴らす。
吹き出る汗を感じながら、僕は喉の奥に突っかかりを感じていた。
彼女たちは真偽など関係ないとばかりに話を進めていく。
最初から怪しいと思ってたとか、何度か一緒に出掛けているのを見かけたとか――そんな、他愛もない事実を、それっぽく。色眼鏡をかけて口にする。
(……みんな、そんなふうに見てたんだ)
僕は目が回るようだった。
湧き上がるのは――黒い憤り。
こっそり噛み締めていた奥歯がギリっと音を立てた。
「それで、本当はどうなの?」
「……暁月くんのことは、友人としてしか見てないですよ」
「またまたぁ、いいのよ、本当のこと言っちゃってっ!」
「私達、口は硬い方だしっ」
世界一信用の出来ない言葉に、僕はもう笑うしかなかった。
(何も、知らないくせに)
彼が優しい理由も、頑張り屋なところも知らないくせに。
暁月くんのことは、確かに好きだ。
でもそれは、恋愛とか、そういう意味じゃない。
それでも、暁月くんとの日々は僕にとっては家族と過ごしているような、大切な時間だった。
新しい弟が出来た、というとちょっと違うけど。
そんな温かくてかけがえのない日常。
宝箱に仕舞って、大切にしておきたいと思っていたものを、彼女たちは土足で踏み荒らしている。
『恋愛』という下心を、色眼鏡に塗りたくって僕達を見ていた。
(僕と暁月くんの大切な日々を、そんな陳腐な言葉で汚さないでくれ)
オメガだからと差別しなかった。
オメガなのにと見下したりしなかった。
そんな彼の優しさを、そんな低俗な言葉で片付けないでくれ。
「ッ、ぁーーーー」
「蜜希くーん、お待たせ~!」
口を開いた瞬間。遮るようにかなさんの声が店中に響いた。
はっとして振り返れば、髪を振り乱したかなさんが申し訳なさそうにこちらを見ている。その手には注文していたものを持っていた。
「すみませんっ」と意味もなく口走って、箱を受け取りに行く。
ありがとうございます、と頭を下げれば、「遅くなってごめんなさいね」と逆に謝られてしまった。
それからレジでお金と領収書を引き換えて、僕は商品を受け取る。
振り返れば、奥様方がこちらを見ていた。
間を開けたことで冷静になった頭を下げる。面には笑顔を張り付けて。
「すみません、それじゃあ俺はこれで」
「お遣いの途中にごめんなさいね~」
「いえいえ」
「またお邪魔するわね」
ありがとうございます、と告げて、僕は店を出る。
早足で店から遠ざかり、周囲を見渡す。誰もいないのを確認して――僕は大きく息を吐き出した。
「あー……危なかった……」
もう少しで、怒りに飲まれそうになった。
店の中で声を荒げるなんて、バレたら説教じゃ済まないかもしれない。
「いつもならもっと上手く躱せたんだけどなぁ……」
両親のこと、番の晃のこと、暁月くんのこと。
全てが重なって、降り積もってしまったのだろう。僕のポーカーフェイスもまだまだだな。
深く呼吸をして、気持ちを入れ替える。
ふと手のひらに痛みを感じて手を見れば、くっきりと爪の痕が付いていた。ちょっと血も滲んでいる。
これじゃあ仕込みの手伝いは出来なさそうだ。
僕は言い訳を考えながら、とぼとぼと帰路を歩いていく。
頭の中にこびりついた黒い感情。
心に広がる泥中に沈みそうになる自分を奮い立たせ、僕は旅館の敷居を跨いだ。
無性に暁月くんに会いたいのに、今ここに彼がいないことが、心底悔しかった。
10
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~
伊織
BL
「オメガ判定、された。」
それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。
まだ、よくわかんない。
けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。
****
文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。
2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。
けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。
大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。
傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。
****
もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。
「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。
多分嫌いで大好きで
ooo
BL
オメガの受けが消防士の攻めと出会って幸せになったり苦しくなったり、普通の幸せを掴むまでのお話。
消防士×短大生のち社会人
(攻め)
成瀬廉(31)
身長180cm
一見もさっとしているがいかにも沼って感じの見た目。
(受け)
崎野咲久(19)
身長169cm
黒髪で特に目立った容姿でもないが、顔はいい方だと思う。存在感は薄いと思う。
オメガバースの世界線。メジャーなオメガバなので特に説明なしに始まります( . .)"
強欲なる花嫁は総てを諦めない
浦霧らち
BL
皮肉と才知と美貌をひっさげて、帝国の社交界を渡ってきた伯爵令息・エルンスト──その名には〝強欲〟の二文字が付き纏う。
そんなエルンストが戦功の褒美と称されて嫁がされたのは、冷血と噂される狼の獣人公爵・ローガンのもとだった。
やがて彼のことを知っていくうちに、エルンストは惹かれていく心を誤魔化せなくなる。
エルンストは彼に応える術を探しはじめる。荒れた公爵領を改革し、完璧な伴侶として傍に立つために。
強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。
※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。
※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。
※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。
※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる