逃げた先に、運命

夢鴉

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四章 散らばった真実をかき集めて

21-2 普通、それ置いてく?

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 俺は時が止まったのを感じた。
 カラオケの宣伝が遠くの喧騒のように聞こえる。

 ……今、信じられない言葉が耳を掠めた気がするのだが、気のせいか。
 気のせいだよな。最早そうであってくれ。

「……知らねぇの?」
「うん」
「大学も? 住所も、連絡先も?」
「うん。知らない。そういう話したことないし」

 マジかよ。
 俺は天を仰いだ。中高生の恋愛でももっと進んでるだろ、と思ったが、そもそも兄貴は恋愛としてカウントしていないことを思い出した。
 それなら仕方ない……仕方ないか? いや、どうなんだ。

(むしろ何で知んねぇんだよ)
 あんなに距離近かったくせに。毎朝俺を差し置いて飯を一緒に食ってたくせに。
 休みの日だって、よく二人で出かけていたのに。

(せめて連絡先くらいは知っとけよ)
 俺は内心で暁月に悪態を吐く。
 どうせ口にしたところで伝わらないんだから、思うだけで十分だろう。

「朝陽? 大丈夫?」
「……大丈夫なわけねぇだろ」
「えっ」

 兄貴が目を見開く。驚いた声を上げていたが、俺は全力でスルーした。
(――よし)

「おい、兄貴」
「こら、机を叩かない」
「悪い。って、そうじゃなくて。こっちは俺に任せて、今から暁月に会いに行け」

 兄貴は訝しげに目を細めた。

「会いに行きたくても、暁月くんの大学知らないってば」
「んなの荷物漁りゃ、手がかりくらいあんだろ。つーかスマホ置いてってんならスマホ見れば一発じゃねぇか」
「やだよ、そんな犯罪みたいなこと。第一、会いに行って何すんの?」
「忘れモン届けに来たって言っとけばいいだろ」

 兄貴の不信感は拭えない。
 嫌そうな雰囲気を前面に押し出す兄貴に、俺は舌を打ちたくなった。
 元ヤンの癖に、変なところで倫理観が強いというか、なんというか。

「兄貴が行かねぇなら俺が行く」
「はっ!? なんで!?」
「しゃーねぇだろ。兄貴は行かねぇって言うんだから」

 渋々、といった雰囲気を出しながら言えば、兄貴は見事に食いついて来た。
 細められた視線が俺を見る。

「朝陽が行っても仕方ないでしょ。暁月くんも困っちゃうんじゃない?」
「知らねぇよ。忘れてったアイツが悪い」
「でも、届けても何もないよ? お小遣いとか出す気ないし」
「別にいらねぇよ。まあ、どうしてもっつーんなら、代わりに大学の中、案内されてやってもいいけどな」
「なにそれ」

 いつもなら笑いが浮かぶ会話に、兄貴の剣吞な声色が零れる。本人は無意識なのだろう。
(そんな反応するくらいなら、最初っから素直に行くって言えばいいのによ)
 なんでそんな意地を張っているんだか。

「つーわけで、後で荷物取りに行くわ」
「っ、いや、でも……」
「どうせ冬休み終わったら向こう戻るしな。ついでにするには丁度いいだろ。大学知ってっし」

 兄貴の肩がピクリと震える。
 俺は垂らした釣り糸が引っ張られるのを感じた。

「……朝陽は、知ってるの?」
「あ? ああ、まあな。都内有数の大学だし、目立つしな、あそこ」

 俺はわざと煽るようなことを口にする。
 兄貴は俯いてしまって顔は見えなかったが、震える肩を見たところ――大丈夫だろう。

 俺の予想通り、兄貴は顔を上げる。
 ここに来る前の百倍は良い顔だった。

「暁月くんの大学、教えて」
「メイキのスニーカー」
「URL送っといて」

「交渉成立だな」

 俺は口角を上げた。
 大学名と大学がある場所を教える。ああ、そうだ。

「そういや、この前病院の前に高級車が止まってたって噂になってたぞ」
「えっ?」
「アイツ曰く、ベンツだったらしいけどな。まあ、こんなクソ田舎で高級車なんて目立つモン、乗る奴は限定されてんだろ」

 確信はないし、証明も出来ない。
 それでも、半分くらいは確信していた。

 ――車の持ち主は、暁月の関係者だと。

(これで情報量と報酬がトントンくらいだろ)
 ミッションはコンプリートだ。

 俺は満足げに口元を上げる。
 兄貴は少し考える素振りをした後、「そっか、わかった。ありがとうね」と立ち上がった。

 これで、冬休みに俺をわざわざ呼びつけた母さんも感謝するだろう。
 色違いで揃うスニーカーに思いを馳せる。ずっと悩んでいたから、丁度よかった。



「それにしても、まだ通ってるんだ、海未くんのところ」
「はあ?」

 唐突に変わった風向きに、俺はぐっと眉を寄せる。
「今そんな話してねえだろ」と告げれば、「いいじゃん、たまには」と言われた。たまにはも何も、結構な頻度で聞いて来てんだろ。

「うっせ。別にそんなんじゃねぇよ」
「またまた。海未くん元気?」

 兄貴のいつも通りの声に、俺は眉を寄せる。
「元気過ぎてうぜえ」と答えれば「そっか。よかった」と微笑まれた。

「情報くれた海未くんにもありがとうって伝えておいて」
「あー、もう。分かったから。さっさと行けよ」
「ハイハイ」

「それじゃあ、ヨロシク」と兄貴は笑みを零す。
 手を振り、走り去っていく背中を見送り、俺は盛大に息を吐き出した。

「ったく……余計なお世話だっつーの」

 ふと、白い部屋で一人佇む海未の顔が、頭を過った。
(兄貴が変なこと言ったからだ)
 俺は舌を打つ。

 思い出したら気になってしまうから、思い出したくなかったのに。
(まだいけるな)
 俺は時計を見て、腰を上げる。今日は行くって言ってなかったけど、まあ何とかなるだろう。

 カラオケボックスを後にした俺は病院へ向かうため、一番早い電車に飛び乗った。
 彼の寂しそうな顔が、柔く華やぐのを期待して。
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