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四章 散らばった真実をかき集めて
22-1 君に繋がる鍵を探して
しおりを挟む――昔から、童話みたいな恋が苦手だった。
愛される主人公。
努力をすれば必ず報われる世界。
理不尽から切り離された世界で、幸せそうにする恋人たち。
そんなものはないと叩きつけられたのは、いつだったか。
オメガだと診断された時から、僕の世界は決まっていた。
期待したところで思ったような結果は生まれないし、オメガというだけで友人関係は破綻する。
部活動やクラブに入るのも嫌煙されがちだ。
まるで邪魔者扱いだと、昔は思っていた。
まあ、実際そうなんだろう。
発情期を抱えたオメガなんて、爆弾を抱えた爆弾魔みたいなもんだし。
僕だって逆の立場なら嫌だと思う。こんなやつ。
オメガだからといって僕が虐げられる理由にはならないし、嗤われる理由にもならない。
ましてや『オメガだからいいだろ』とのしかかられる理由になんて絶対にならない。
だから壊そうとした。全部。
僕をバカにするような奴はみんな痛い目を見ればいいと。
幼い僕は、本気でそう思ってたんだ。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
走る。走る。
息が上がる。慣れていない肺が血の味を滲み出して、喉の奥が苦くなる。
僕はそれを唾液と一緒に飲み下した。
僕は、なんで走っているんだろう。
確証なんかない。ただの人伝の証言で、信ぴょう性だって低いのに。
――暁月くんは、自分の意思で出ていった訳じゃない。
その可能性が浮かぶだけで、こんなに心が急いてしまう。
暁月くんは、晃じゃないのに。
「はあっ、はあっ」
上がる息が耳に響いて、うるさい。
こんなことなら日々運動しておけば良かったと思うが、今更思ったところで仕方がない。
「あ゛―、もう! 暁月くんのせいだから!」
僕は叫ぶ。いい年した大人が走っているなんて、恥ずかしい。
顔も赤くなっているだろうし、顔だって不細工になっているはずだ。
それでも足は止まらない。止められない。
『俺は、アルファが好きじゃない』
暁月くんの言葉が脳裏を過る。
あの時の暁月くんの言葉が本当なら、彼は今、一人で戦っているのかもしれない。
もしそうなら、助けてあげたい。
烏滸がましいかもしれない。僕なんかには無理なのかもしれない。でも、俯く暁月くんの顔を上げさせることは、出来るかもしれない。
「っ、母さん!」
ガラッ! と旅館の玄関を開けて、声を張る。
お客さんと思わしき男性が振り返った。スーツを着て宿泊なんて、仕事だろうか。
大変だな、なんて頭の隅で考えていれば、「こら蜜希!」と母さんの怒声が響く。
「正面から入って大声出さない!」
「ごめんっ! でもちょっと聞きたいことがあるんだけど!」
「はあっ!? そんなの後に――」
「暁月くんの大学ってどこ!?」
母さんの言葉を遮って声を上げる。僕の剣幕に、母さんは驚いて目を見開く。
後ろでは騒ぎを聞きつけたパートの佐藤さんが、状況を察してお客様を案内し始めていた。その姿に頭を下げながら、僕は旅館に上がり込んだ。
「蜜希、アンタねぇ……」
「母さん、暁月くんの大学知ってるでしょ? 教えてくれない?」
「聞いてどうするのよ」
「話をしに行きたいんだ」
僕は上がる息を無理やり整えながら言う。
「あと忘れ物もあるから届けたい」
「あら、そうなの?」
「うん、結構たくさん忘れて行っててさ」
僕は指折り数え、暁月くんに置いて行かれたものたちを上げる。
母さんは「そんなに忘れて行ったの?」と引いていた。
「うん。スマホもおきっぱだった」
「スマホも!?」
それは早く届けなきゃね、と母さんは息巻いた。
一変した態度に、僕はつい笑いそうになってしまう。
母さんは事務所に向かうと、棚からファイルを取り出した。従業員の個人情報がまとめられているファイルだ。
旅館の息子とはいえ、勝手に見るのは憚られる。
僕は少し離れたところで立っていた。
「あっ」
「! わかった!?」
声を上げる母さんに一歩踏み出す。母さんはゆっくりとファイルを閉じると、顔を上げた。
「私、凜くんに履歴書書いてもらってないわ」
「えっ!?」
今度は僕が声を上げる番だった。
(履歴書書いてもらってない!?)
「そ、それ、大丈夫なの?」
「えっと、そうね……どうなのかしら……」
母さんは真っ青な顔で呟く。
なんか、聞いちゃいけないことを聞いてしまった気がする。
開いてはいけない箱を開いてしまったかのような。
僕はすっと身を引くと、「自分で調べるよ」と言ってその場を後にした。
宛てなんてなかったけど、あのままいたら別のことに駆り出されてしまいそうだ。
(どうしよう)
最有力候補を失った僕は、天井を見上げる。必死に走って来たのに、まさかこんなに早く詰まるなんて。
予想もしていなかったことに、僕はううんと唸る。
他に何か、手掛かりを見つけられそうなものはないだろうか。
「あっ!」
(そうだ、スマホ!)
僕は走り出す。スマートフォンの話はさっきもしたのに、すっかり忘れていた。
旅館を飛び出し、家に駆けこむ。
暁月くんの荷物は僕の部屋に保管していた。まだ残暑も厳しかったから、部屋に置いておいたら壊れてしまうと思ったから。
(暁月くんはとりあえず僕に五回くらい感謝を言ってもいいと思う)
荷物を移動したこと、離れを掃除したこと、急に空いたシフトを埋めるために頑張ったこと。エトセトラ、エトセトラ……。
「スマホスマホ……あった」
僕はトートバッグを漁ると、スマートフォンを取り出した。
放置され過ぎて切れている充電を復活させるために充電器に繋いで、しばらく待つ。
そわそわと待ちわびて――いざ、電源を入れた。
「パスワード……」
画面に表示された文言に、僕はがっくりと項垂れた。
「そう……そうだよね……」
電源を入れたスマートフォンが何を一番に表示するのか、知らないはずはなかったのに。
ロックされたスマートフォンを前に、僕は項垂れる。
必死に引き寄せたツタが、途中で切れていたことに気付いた時のような感覚だった。
今度こそ本当に詰んだ。
暁月くんの居場所は愚か、大学すら調べることが出来ない。
自分はその程度の立ち位置の人間なのだと思うと、それだけで遣る瀬無い気持ちになる。
(このままきっと、暁月くんがいなくなったことを受け入れていくんだろうな……)
晃がいなくなった時と同じだ。
暁月くんは生きているし、同じ世界で偶然にも会うことが出来るかもしれない。
でも、きっと会うことは出来ないんだろう。彼の家は相当裕福そうだし。
「あ、そっか。調べればいいんだ」
僕は徐に自分のスマートフォンを取り出す。
あんまり使わないから、すっかり存在を忘れていた。
『暁月』と検索をすれば、ずらりと出てくる“AKATHUKI”の名前。
ホテルから始まり、リゾート、金融や飲食、専門店までが揃っている。
「暁月くん、とんでもないお金持ちじゃん」
本当、なんでこんなところに来たの。
(でも、わかるのは会社の住所だけか)
会社概要を見て、息を吐く。肩が自然と落ちた。
もし会社に行ったとして、暁月くんの元に連れて行ってもらえるとは思えない。寧ろ『うちの息子に関わらないでください』と門前払いをされる可能性の方が高いだろう。
僕は物乞いでも、泥棒猫でもないのに。
諦めムードが八割を占める中、僕は半ば自棄になってトートバッグの中を漁る。
人の荷物を漁ることに抵抗がなかったと言えばウソだが、こんな状況じゃそんな気遣いも意味ないだろう。
荷物を全て出して、ぐるりと見回す。やはり、暁月くんのいる場所を知る足掛かりになりそうなものはなかった。
僕はどうしたらいいのかわからず、手持無沙汰にポーチを開けたり、参考書をぺらぺらと捲ってみたりする。どれもこれもよくわからないものばかりで、だんだんと暁月くんが別の世界の人間のように思えて来た。
なんとなく財布を開けてみて――僕は目を瞬く。
入っていたのは、定期券だった。
「これって……」
『通学』と書かれた交通系ICカードが、財布の小窓から見える。
朝陽はモバイルで買っているが、暁月くんはどうやらカード派だったらしい。
(もしかして)
僕は自分のスマートフォンでインタネットを開く。
検索をかければすぐにヒットした。
「あけぼし、だいがく」
たぶん、この大学だ。
偏差値もかなり高いみたいだし、暁月くんの定期券の最寄り駅に一番近い。
在籍生徒の名前や、暁月君がどこの学部にいるかまではわからなかったけど、間違いないはずだ。
(あった)
暁月くんに繋がる道への、ヒントが。
高揚する気持ちに、全身が沸き立つ。身震いし、僕は大きく息を飲んだ。
よかった。嬉しい。暁月くんにまた会えるんだ。
「っ、母さん! 僕ちょっと出かけてくる!」
声を張り上げ、ドタドタと忙しなく部屋を出る。
母さんが家にいないことはわかっていたけど、言わずにはいられなかった。
勢い任せに家を出て、旅館に突撃する。静かな日本家屋に、僕の声が響いた。
二回目となれば、さすがに母さんも見過ごせなかったのだろう。
怒った母さんに首根っこを引っ張られ、事務所で正座させられた。それでも僕の舞い上がった感情は落ち着きを見せない。
反省の色を見せない僕に、母さんは呆れたように頭を抱えていた。
僕の頭の中には、暁月くんへのお土産が列を成していた。
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