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四章 散らばった真実をかき集めて
23-1 思わぬ人の影
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『日々をつまらないというのは、自分がつまらない人間になっていることの表れだ』。
そう言ったのは、誰だっただろうか。
どこかの心理学者だったような気もするし、ただのコメンテーターだったかもしれない。
どちらにせよ、その言葉は真実だと、俺は思う。
高く青い空を見上げて、ため息を吐く。
もう何度目になるかわからないそれに、いい加減自分でも鬱陶しくなってきた。
「りーん!」
「一緒に移動しよっ」
甘ったるい声と共に、女性たちが駆け寄って来る。
名前は……なんだったか。
「行かない」
「えーっ」
「凛、最近つれなーい」
むーっと頬を膨らませる彼女たち。つれないなんて知ったことじゃない。
俺は腰を上げて、教室を出て行く。付いて来る彼女たちを振り切るように、大股で歩いていれば「えーん、早いよぉ~」と甘ったれた声が聞こえて来た。
「凛―、もうちょっとゆっくり歩こ? 時間もまだ全然あるし」
「俺はついて来てくれなんて言ってないけど」
女性の内の一人が、えっと声を上げる。茶色いボブの髪が動揺に揺れた。
「で、でも次も講義一緒じゃん、私たち。だから移動も一緒に……」
「頼んでない。それに、なんで俺が君たちに歩幅を合わせないといけないんだ? 君たちが勝手について来てるのに」
「な、なんでって……」
言葉に詰まるボブカット。
後ろからもう一人の女性――長い黒髪だ――が慌てて援護に入って来た。
「何言ってんの、凛~! 私達女の子だよ?」
「だから? 何?」
「えっ」
「女だから、優先するのは当たり前だって? それとも、君たちがオメガだから?」
冗談じゃない。
そんなちんけなもので自分の時間を削るなんて、馬鹿がすることだ。
(蜜希さんはそんなこと一言も言ってなかった)
込み上げる思いを口にはしなかったものの、彼女たちには伝わったらしい。眉を寄せ、不審感を隠さない目で俺を見た。
「ちょ、ちょっと。なあに、凛。休み明けからなんか態度悪くない? 私達、なんかしちゃった?」
何もしないから嫌なんだ。
そうは口に出さなかった。まあ、何かしたのかと言われれば、したのかもしれない。記憶にはないけど、たぶん。
「悪いけど、俺は一人で行くから」
移動は二人でどうぞ、と言い捨て、俺はその場を後にする。
後ろから何やら怒る声が聞こえたが、どうでもよかった。
(蜜希さんの事以外、どうでもいい)
季節は冬になった。空は曇天。今にも雪が降りそうだ。
身を切るような寒さが心身を襲っても――俺は、あの数か月の出来事が忘れられないでいた。
蜜希さんの匂いも、顔も、仕草も。
全部思い出せる。
人が人を忘れる時は声から忘れていくというけれど、俺は彼の声すら忘れられそうになかった。
どうしてこんなに思ってしまうんだろう。
そんなことも考えてみたが、『蜜希さんが好きだから』という答えしか出なかった。そんなのわかり切ってることなのに。
「つか、こんなのがいいとか、みんなどうかしてるよな……」
会えないだけで、話せないだけで、こんなに苦しい。
頭の奥では蜜希さんの事ばかりを考えてしまって、どうしようもない。
それなのに、人はどうしてああも恋をしたがるのか。正直俺にはわからなかった。
でも、蜜希さんを思う気持ちだけは本物で。
「いっそのこと。もう一回家出してやろうかな」
ははっと笑い声を上げる。近くにいた人が俺を訝し気に振り返った。
一応、変質者じゃないから安心して欲しい。
(つまらないな)
ここに帰って来てから、世界が本当に色褪せて見える。
好きだったはずの授業も、怒りを抱いたり、馬鹿にしていた知人たちの会話も。
何もかもが、ただの「現象」としてその場にあるだけ。
そんな中で唯一心が動くのが――蜜希さんについて考えている時だった。
蜜希さんへ言いたいこと、伝えたいこと、話したいこと。
それらを思い浮かべては、何かを諦める日々。
大人になったように自分の感情に蓋をする自分は、傍から見たらとても滑稽だろうと思う。
連絡先のないスマートフォンに触れて、大きく息を吐く。
いつの間にか進めていた足は止まっていた。
窓を見れば、雪が降り始めている。寒いわけだ。
「あ゛ー、雪に紛れてひょっこり蜜希さんが落ちてきたりしないかなぁー」
まるで魔法にかかった姫が王子の手に落ちてくるように、空から落ちて来る蜜希さんを想像して、「いや、無理か」と呟く。
残念なことに、この世界には魔法も無ければ、蜜希さんはお姫様でもない。
どうやら俺は、強く願うあまり、頭がおかしくなってしまったらしい。
自分で自分を嘲笑っていれば、ふと、校門に立つ人の姿が目に付いた。
「……ん?」
じいっと目を凝らす。いや、まさか。
だって。あり得ない。
「……蜜希、さん?」
その人物が振り返る。顔を上げ、俺を見た気がした。
――間違えるわけがない。
あれは正真正銘、宵月蜜希だった。
そう言ったのは、誰だっただろうか。
どこかの心理学者だったような気もするし、ただのコメンテーターだったかもしれない。
どちらにせよ、その言葉は真実だと、俺は思う。
高く青い空を見上げて、ため息を吐く。
もう何度目になるかわからないそれに、いい加減自分でも鬱陶しくなってきた。
「りーん!」
「一緒に移動しよっ」
甘ったるい声と共に、女性たちが駆け寄って来る。
名前は……なんだったか。
「行かない」
「えーっ」
「凛、最近つれなーい」
むーっと頬を膨らませる彼女たち。つれないなんて知ったことじゃない。
俺は腰を上げて、教室を出て行く。付いて来る彼女たちを振り切るように、大股で歩いていれば「えーん、早いよぉ~」と甘ったれた声が聞こえて来た。
「凛―、もうちょっとゆっくり歩こ? 時間もまだ全然あるし」
「俺はついて来てくれなんて言ってないけど」
女性の内の一人が、えっと声を上げる。茶色いボブの髪が動揺に揺れた。
「で、でも次も講義一緒じゃん、私たち。だから移動も一緒に……」
「頼んでない。それに、なんで俺が君たちに歩幅を合わせないといけないんだ? 君たちが勝手について来てるのに」
「な、なんでって……」
言葉に詰まるボブカット。
後ろからもう一人の女性――長い黒髪だ――が慌てて援護に入って来た。
「何言ってんの、凛~! 私達女の子だよ?」
「だから? 何?」
「えっ」
「女だから、優先するのは当たり前だって? それとも、君たちがオメガだから?」
冗談じゃない。
そんなちんけなもので自分の時間を削るなんて、馬鹿がすることだ。
(蜜希さんはそんなこと一言も言ってなかった)
込み上げる思いを口にはしなかったものの、彼女たちには伝わったらしい。眉を寄せ、不審感を隠さない目で俺を見た。
「ちょ、ちょっと。なあに、凛。休み明けからなんか態度悪くない? 私達、なんかしちゃった?」
何もしないから嫌なんだ。
そうは口に出さなかった。まあ、何かしたのかと言われれば、したのかもしれない。記憶にはないけど、たぶん。
「悪いけど、俺は一人で行くから」
移動は二人でどうぞ、と言い捨て、俺はその場を後にする。
後ろから何やら怒る声が聞こえたが、どうでもよかった。
(蜜希さんの事以外、どうでもいい)
季節は冬になった。空は曇天。今にも雪が降りそうだ。
身を切るような寒さが心身を襲っても――俺は、あの数か月の出来事が忘れられないでいた。
蜜希さんの匂いも、顔も、仕草も。
全部思い出せる。
人が人を忘れる時は声から忘れていくというけれど、俺は彼の声すら忘れられそうになかった。
どうしてこんなに思ってしまうんだろう。
そんなことも考えてみたが、『蜜希さんが好きだから』という答えしか出なかった。そんなのわかり切ってることなのに。
「つか、こんなのがいいとか、みんなどうかしてるよな……」
会えないだけで、話せないだけで、こんなに苦しい。
頭の奥では蜜希さんの事ばかりを考えてしまって、どうしようもない。
それなのに、人はどうしてああも恋をしたがるのか。正直俺にはわからなかった。
でも、蜜希さんを思う気持ちだけは本物で。
「いっそのこと。もう一回家出してやろうかな」
ははっと笑い声を上げる。近くにいた人が俺を訝し気に振り返った。
一応、変質者じゃないから安心して欲しい。
(つまらないな)
ここに帰って来てから、世界が本当に色褪せて見える。
好きだったはずの授業も、怒りを抱いたり、馬鹿にしていた知人たちの会話も。
何もかもが、ただの「現象」としてその場にあるだけ。
そんな中で唯一心が動くのが――蜜希さんについて考えている時だった。
蜜希さんへ言いたいこと、伝えたいこと、話したいこと。
それらを思い浮かべては、何かを諦める日々。
大人になったように自分の感情に蓋をする自分は、傍から見たらとても滑稽だろうと思う。
連絡先のないスマートフォンに触れて、大きく息を吐く。
いつの間にか進めていた足は止まっていた。
窓を見れば、雪が降り始めている。寒いわけだ。
「あ゛ー、雪に紛れてひょっこり蜜希さんが落ちてきたりしないかなぁー」
まるで魔法にかかった姫が王子の手に落ちてくるように、空から落ちて来る蜜希さんを想像して、「いや、無理か」と呟く。
残念なことに、この世界には魔法も無ければ、蜜希さんはお姫様でもない。
どうやら俺は、強く願うあまり、頭がおかしくなってしまったらしい。
自分で自分を嘲笑っていれば、ふと、校門に立つ人の姿が目に付いた。
「……ん?」
じいっと目を凝らす。いや、まさか。
だって。あり得ない。
「……蜜希、さん?」
その人物が振り返る。顔を上げ、俺を見た気がした。
――間違えるわけがない。
あれは正真正銘、宵月蜜希だった。
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