57 / 63
四章 散らばった真実をかき集めて
23-1 思わぬ人の影
しおりを挟む
『日々をつまらないというのは、自分がつまらない人間になっていることの表れだ』。
そう言ったのは、誰だっただろうか。
どこかの心理学者だったような気もするし、ただのコメンテーターだったかもしれない。
どちらにせよ、その言葉は真実だと、俺は思う。
高く青い空を見上げて、ため息を吐く。
もう何度目になるかわからないそれに、いい加減自分でも鬱陶しくなってきた。
「りーん!」
「一緒に移動しよっ」
甘ったるい声と共に、女性たちが駆け寄って来る。
名前は……なんだったか。
「行かない」
「えーっ」
「凛、最近つれなーい」
むーっと頬を膨らませる彼女たち。つれないなんて知ったことじゃない。
俺は腰を上げて、教室を出て行く。付いて来る彼女たちを振り切るように、大股で歩いていれば「えーん、早いよぉ~」と甘ったれた声が聞こえて来た。
「凛―、もうちょっとゆっくり歩こ? 時間もまだ全然あるし」
「俺はついて来てくれなんて言ってないけど」
女性の内の一人が、えっと声を上げる。茶色いボブの髪が動揺に揺れた。
「で、でも次も講義一緒じゃん、私たち。だから移動も一緒に……」
「頼んでない。それに、なんで俺が君たちに歩幅を合わせないといけないんだ? 君たちが勝手について来てるのに」
「な、なんでって……」
言葉に詰まるボブカット。
後ろからもう一人の女性――長い黒髪だ――が慌てて援護に入って来た。
「何言ってんの、凛~! 私達女の子だよ?」
「だから? 何?」
「えっ」
「女だから、優先するのは当たり前だって? それとも、君たちがオメガだから?」
冗談じゃない。
そんなちんけなもので自分の時間を削るなんて、馬鹿がすることだ。
(蜜希さんはそんなこと一言も言ってなかった)
込み上げる思いを口にはしなかったものの、彼女たちには伝わったらしい。眉を寄せ、不審感を隠さない目で俺を見た。
「ちょ、ちょっと。なあに、凛。休み明けからなんか態度悪くない? 私達、なんかしちゃった?」
何もしないから嫌なんだ。
そうは口に出さなかった。まあ、何かしたのかと言われれば、したのかもしれない。記憶にはないけど、たぶん。
「悪いけど、俺は一人で行くから」
移動は二人でどうぞ、と言い捨て、俺はその場を後にする。
後ろから何やら怒る声が聞こえたが、どうでもよかった。
(蜜希さんの事以外、どうでもいい)
季節は冬になった。空は曇天。今にも雪が降りそうだ。
身を切るような寒さが心身を襲っても――俺は、あの数か月の出来事が忘れられないでいた。
蜜希さんの匂いも、顔も、仕草も。
全部思い出せる。
人が人を忘れる時は声から忘れていくというけれど、俺は彼の声すら忘れられそうになかった。
どうしてこんなに思ってしまうんだろう。
そんなことも考えてみたが、『蜜希さんが好きだから』という答えしか出なかった。そんなのわかり切ってることなのに。
「つか、こんなのがいいとか、みんなどうかしてるよな……」
会えないだけで、話せないだけで、こんなに苦しい。
頭の奥では蜜希さんの事ばかりを考えてしまって、どうしようもない。
それなのに、人はどうしてああも恋をしたがるのか。正直俺にはわからなかった。
でも、蜜希さんを思う気持ちだけは本物で。
「いっそのこと。もう一回家出してやろうかな」
ははっと笑い声を上げる。近くにいた人が俺を訝し気に振り返った。
一応、変質者じゃないから安心して欲しい。
(つまらないな)
ここに帰って来てから、世界が本当に色褪せて見える。
好きだったはずの授業も、怒りを抱いたり、馬鹿にしていた知人たちの会話も。
何もかもが、ただの「現象」としてその場にあるだけ。
そんな中で唯一心が動くのが――蜜希さんについて考えている時だった。
蜜希さんへ言いたいこと、伝えたいこと、話したいこと。
それらを思い浮かべては、何かを諦める日々。
大人になったように自分の感情に蓋をする自分は、傍から見たらとても滑稽だろうと思う。
連絡先のないスマートフォンに触れて、大きく息を吐く。
いつの間にか進めていた足は止まっていた。
窓を見れば、雪が降り始めている。寒いわけだ。
「あ゛ー、雪に紛れてひょっこり蜜希さんが落ちてきたりしないかなぁー」
まるで魔法にかかった姫が王子の手に落ちてくるように、空から落ちて来る蜜希さんを想像して、「いや、無理か」と呟く。
残念なことに、この世界には魔法も無ければ、蜜希さんはお姫様でもない。
どうやら俺は、強く願うあまり、頭がおかしくなってしまったらしい。
自分で自分を嘲笑っていれば、ふと、校門に立つ人の姿が目に付いた。
「……ん?」
じいっと目を凝らす。いや、まさか。
だって。あり得ない。
「……蜜希、さん?」
その人物が振り返る。顔を上げ、俺を見た気がした。
――間違えるわけがない。
あれは正真正銘、宵月蜜希だった。
そう言ったのは、誰だっただろうか。
どこかの心理学者だったような気もするし、ただのコメンテーターだったかもしれない。
どちらにせよ、その言葉は真実だと、俺は思う。
高く青い空を見上げて、ため息を吐く。
もう何度目になるかわからないそれに、いい加減自分でも鬱陶しくなってきた。
「りーん!」
「一緒に移動しよっ」
甘ったるい声と共に、女性たちが駆け寄って来る。
名前は……なんだったか。
「行かない」
「えーっ」
「凛、最近つれなーい」
むーっと頬を膨らませる彼女たち。つれないなんて知ったことじゃない。
俺は腰を上げて、教室を出て行く。付いて来る彼女たちを振り切るように、大股で歩いていれば「えーん、早いよぉ~」と甘ったれた声が聞こえて来た。
「凛―、もうちょっとゆっくり歩こ? 時間もまだ全然あるし」
「俺はついて来てくれなんて言ってないけど」
女性の内の一人が、えっと声を上げる。茶色いボブの髪が動揺に揺れた。
「で、でも次も講義一緒じゃん、私たち。だから移動も一緒に……」
「頼んでない。それに、なんで俺が君たちに歩幅を合わせないといけないんだ? 君たちが勝手について来てるのに」
「な、なんでって……」
言葉に詰まるボブカット。
後ろからもう一人の女性――長い黒髪だ――が慌てて援護に入って来た。
「何言ってんの、凛~! 私達女の子だよ?」
「だから? 何?」
「えっ」
「女だから、優先するのは当たり前だって? それとも、君たちがオメガだから?」
冗談じゃない。
そんなちんけなもので自分の時間を削るなんて、馬鹿がすることだ。
(蜜希さんはそんなこと一言も言ってなかった)
込み上げる思いを口にはしなかったものの、彼女たちには伝わったらしい。眉を寄せ、不審感を隠さない目で俺を見た。
「ちょ、ちょっと。なあに、凛。休み明けからなんか態度悪くない? 私達、なんかしちゃった?」
何もしないから嫌なんだ。
そうは口に出さなかった。まあ、何かしたのかと言われれば、したのかもしれない。記憶にはないけど、たぶん。
「悪いけど、俺は一人で行くから」
移動は二人でどうぞ、と言い捨て、俺はその場を後にする。
後ろから何やら怒る声が聞こえたが、どうでもよかった。
(蜜希さんの事以外、どうでもいい)
季節は冬になった。空は曇天。今にも雪が降りそうだ。
身を切るような寒さが心身を襲っても――俺は、あの数か月の出来事が忘れられないでいた。
蜜希さんの匂いも、顔も、仕草も。
全部思い出せる。
人が人を忘れる時は声から忘れていくというけれど、俺は彼の声すら忘れられそうになかった。
どうしてこんなに思ってしまうんだろう。
そんなことも考えてみたが、『蜜希さんが好きだから』という答えしか出なかった。そんなのわかり切ってることなのに。
「つか、こんなのがいいとか、みんなどうかしてるよな……」
会えないだけで、話せないだけで、こんなに苦しい。
頭の奥では蜜希さんの事ばかりを考えてしまって、どうしようもない。
それなのに、人はどうしてああも恋をしたがるのか。正直俺にはわからなかった。
でも、蜜希さんを思う気持ちだけは本物で。
「いっそのこと。もう一回家出してやろうかな」
ははっと笑い声を上げる。近くにいた人が俺を訝し気に振り返った。
一応、変質者じゃないから安心して欲しい。
(つまらないな)
ここに帰って来てから、世界が本当に色褪せて見える。
好きだったはずの授業も、怒りを抱いたり、馬鹿にしていた知人たちの会話も。
何もかもが、ただの「現象」としてその場にあるだけ。
そんな中で唯一心が動くのが――蜜希さんについて考えている時だった。
蜜希さんへ言いたいこと、伝えたいこと、話したいこと。
それらを思い浮かべては、何かを諦める日々。
大人になったように自分の感情に蓋をする自分は、傍から見たらとても滑稽だろうと思う。
連絡先のないスマートフォンに触れて、大きく息を吐く。
いつの間にか進めていた足は止まっていた。
窓を見れば、雪が降り始めている。寒いわけだ。
「あ゛ー、雪に紛れてひょっこり蜜希さんが落ちてきたりしないかなぁー」
まるで魔法にかかった姫が王子の手に落ちてくるように、空から落ちて来る蜜希さんを想像して、「いや、無理か」と呟く。
残念なことに、この世界には魔法も無ければ、蜜希さんはお姫様でもない。
どうやら俺は、強く願うあまり、頭がおかしくなってしまったらしい。
自分で自分を嘲笑っていれば、ふと、校門に立つ人の姿が目に付いた。
「……ん?」
じいっと目を凝らす。いや、まさか。
だって。あり得ない。
「……蜜希、さん?」
その人物が振り返る。顔を上げ、俺を見た気がした。
――間違えるわけがない。
あれは正真正銘、宵月蜜希だった。
10
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
幸せごはんの作り方
コッシー
BL
他界した姉の娘、雫ちゃんを引き取ることになった天野宗二朗。
しかし三十七年間独り身だった天野は、子供との接し方が分からず、料理も作れず、仕事ばかりの日々で、ずさんな育て方になっていた。
そんな天野を見かねた部下の水島彰がとった行動はーー。
仕事もプライベートも完璧優秀部下×仕事中心寡黙上司が、我が儘を知らない五歳の女の子と一緒に過ごすお話し。
オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~
伊織
BL
「オメガ判定、された。」
それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。
まだ、よくわかんない。
けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。
****
文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。
2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。
けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。
大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。
傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。
****
もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。
「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。
多分嫌いで大好きで
ooo
BL
オメガの受けが消防士の攻めと出会って幸せになったり苦しくなったり、普通の幸せを掴むまでのお話。
消防士×短大生のち社会人
(攻め)
成瀬廉(31)
身長180cm
一見もさっとしているがいかにも沼って感じの見た目。
(受け)
崎野咲久(19)
身長169cm
黒髪で特に目立った容姿でもないが、顔はいい方だと思う。存在感は薄いと思う。
オメガバースの世界線。メジャーなオメガバなので特に説明なしに始まります( . .)"
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる