【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる

路地裏乃猫

文字の大きさ
44 / 55

44

しおりを挟む


 王宮に待たせていたウェリントン家の馬車に、今度は俺とウェリナの二人で乗り込む。
 マリーは、カサンドラと一緒に精霊教会に置いてきた。カサンドラはすでに容疑者リストから外れているし、マリーも、カサンドラの疑いが晴れた以上は俺達について回る必要もない。
 そんなわけで、往路に比べてひと一人分広くなった馬車だが、ウェリナと二人きりで乗り込む今のほうがなぜか手狭に感じられた。
 ほどなく馬車は王城の門を出る。次に向かう先はモーフィアス邸。ウェリナが使役する風の精霊によると、モーフィアス公はさいわい在宅中だという。

「会ってくれるかな」
「君がいるのにか?」

 問い返すウェリナの目は冷酷な情報官のそれで、俺は少し身震いする。
 要するに、いざとなれば王太子の俺を利用することも厭わないと言っているわけだ。繊細に見えて、意外としたたかだよな。こいつ。

「そうだな。いざとなりゃ我儘な俺が王太子権限を振りかざせばいいわけだ」

 まぁ俺も、いざとなりゃ権力を濫用してでもこいつを守りたくて、無理やり捜査についてきたわけだしな。その権力をウェリナが捜査に利用したとして、俺に文句を言える権利はない。

「けどまぁ正直驚いたよ。しつこいお前にしては随分あっさり引き下がるんだなって」
「カサンドラ妃の件か?」
「ほかに何がある」

 てっきり俺は、もう少し粘るのかと思っていた。ほかに容疑者らしき容疑者が見当たらないならなおさらだ。
 にもかかわらず、ウェリナはカサンドラの調査をいともあっさり打ち切った。

「彼女が襲撃犯でないことは、例の書庫を見る前からわかっていた」
「えっマジか」
「マジだ」

 確かに……書庫の調査も、今にして思えばかなりおざなりだったというか。

「えっ、じゃあ、何だってわざわざ教会に?」
「貴族階級の女たちが、教会の地下にこそこそと何かを持ち寄っているのは以前から把握していた。ただ、教会には俺の捜査権限が及ばないこともあって、これまで足を踏み入れる機会に恵まれていなかった。……で、今回の好機だ。せっかく見せてくれるものなら見といてやろう、とね。強いて理由を挙げるなら、まぁそんなものだよ」
「うへぇ、汚ねぇ奴」
「そこは職務に忠実と言ってくれ」

 そしてウェリナは不服そうにむくれる。が、その表情はすぐに困惑に取って代わる。

「ただ」
「ただ?」
「あ、いや……結局、あれは何だったんだろうな。内容はどれも男同士の……俺が把握するかぎり、彼らの間にああいったふしだらな関係は存在しなかったはず。まさか醜聞による攪乱工作? いや、だとしても、あえて秘蔵する意味がわからん……」

 顎に手を添え、ブツブツと独り言をつぶやくウェリナ。うーん、そこはあまり掘り下げる必要はないと俺チャンは思うぜ?

「え、っと、ところで話を戻すが、どうしてカサンドラ妃が襲撃犯じゃないと気づいたんだ?」

 するとウェリナははたと顔を上げ、つまらなそうに肩をすくめる。

「紅茶だよ」
「は? ……紅茶?」
「ああ。覚えているか。メイドに紅茶を出された際、彼女は、何食わぬ顔でそれを啜った。俺の目の前でだ」

 そういえばウェリナは、カサンドラが紅茶を啜るところをやけに真剣に見つめていた。

「えっと、それがどうかしたのか?」
「俺の力を覚えているか?」
「お前の? ええと、風と、それから……水?」
「そう」

 頷くとウェリナは、俺の前に右手を差し出す。手のひらを広げると、そこには鶏卵大の透明な球体がふよふよと浮かんでいる。
 スライム? いや、でも、この世界には魔物のたぐいは存在しないはず。

「えっと……それは?」
「水だよ。ただの」

 いやいや。ただの水が容器もなしに空中で一か所に留まるかよ。
 そう突っ込みかけた矢先、それは何の前触れもなく無数の針をバッと突き出す。その、ウニとも剣山とも取れる攻撃的な形状に俺が見入っていると、やがてウェリナは何食わぬ顔でそれを握りしめる。

「お、おい!」

 やめろよバカ! せっかくマリーに治してもらったのに、またズタズタにするつもりか――って、あれ?

「刺さって……ない?」
「水だからな」

 そしてウェリナは、ふたたび手のひらを開く。あの奇妙な水はどこにも見当たらない。代わりに、革の手袋がぐっしょりと濡れている。

「俺がその気になれば、これと同じことが彼女の飲んだ紅茶でも可能だった」
「紅茶で――うげっ」

 反射的に、俺は喉を押さえる。
 何食わぬ顔で会話しながらこいつ、スタンドバトルみたいなえげつないこと考えてやがったのか!

「え、っと……炎の力で、体内で蒸発させるつもりでいたんじゃ」
「それでも、俺の方が一手早い。それに彼女とて、腹に入れた水までは消しきれんよ。そんなことをすれば身体がミイラになってしまう。確かにモーフィアスの血は熱に強いが、乾燥への耐性はじつは常人とさほど変わらない。その意味で、四公の中でも敵に回したくないとされるのが水のルネス家だ。見てのとおり、暗殺にはもってこいの力だからな。その力を知る人間は、ルネスの人間がいる場所では絶対に飲みものは口にしない。……そう、知っていれば」

 だがカサンドラは、ウェリナの前でも平然と紅茶を口にした。
 と、いうことは。

「カサンドラ妃は、お前が水の力を使えることを知らなかった。つまり、一昨晩の襲撃犯じゃない……?」
「そういうわけだ」

 なるほど、聞いてみれば納得の理由である。
 ただ、そうなると生じる新たな問題。じゃあ結局、誰が襲撃犯なんだ?
 少なくとも、モーフィアスの血を引く人間には違いない。ただウェリナによると、あの女に似た背格好の女性は現在のモーフィアス家には存在しないという。
 とりあえず……モーフィアス邸に着くまで、この件は棚上げだな。

「ところで」
「ん、どした?」
「さっきの、転生者についての話だが……あ、いや」

 気まずそうに目を伏せると、ウェリナは無言でそっぽを向く。こわばる横顔の中で、エメラルドの瞳だけが不安げに揺れている。
 その不安は、ウェリナが現実を受け止めつつあることの証左だろう。
 俺が転生者である事実。さらに残酷な言い方をするなら、ここにいるアルカディアが、こいつの愛したアルカディアではない事実。それを今、ウェリナは必死で咀嚼しつつあるのだ。
 とにかく今は、こいつの葛藤を静かに見守るべきだ。大丈夫。こいつも馬鹿じゃないから、きっと、最後には正しい答えにたどり着いてくれる。

 それが、俺たちの至るべきハッピーエンドなんだ。
 たとえ、こいつの手のぬくもりや、くちびるの熱を失ったとしても。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

妹に婚約者を取られるなんてよくある話

龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。 そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。 結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。 さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。 家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。 いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。 *ご都合主義です *更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

処理中です...